(6)「抱いて」とねだった罪

 

「抱いてくれ、なんて言い出すから、あの時の再現かと思ったよ」

 

「もう一回、やり直したかったんです」

 

「...なんて無神経なこと言うんだって...。

すげえ、ムカついた」

 

「ごめん」

 

「それでも...悔しいことに、お前のことが好きなんだ」

 

「僕も」

 

唇同士を合わせたままの会話。

 

ユノの膝にまたがったまま、僕はユノの下唇をやわく咥える。

 

ユノの下唇は紅くふっくらとしていて、美味しそうなんだ。

 

僕は両手でユノの顎とうなじを支えて、顔の向きを何度も変えてユノの唇を味わい尽くす。

 

舌を入れるキスなんて、2回目。

 

S君との時は下半身だけを攻められた暴力で、キスなんてなかった。

 

よかった、唇を奪われなくてよかった。

 

ユノは僕にされるがままに、唇も口内も僕にゆだねている。

 

ユノの中に舌を差し込んだとたんに、勢いよく絡められて、僕は負けじとそれに応える。

 

やり方なんて全然分からないけど、少しでも身体の深い部分でユノと絡み合いたくて、僕は必死だった。

 

ぴちゃぴちゃとした粘着音と、粘膜同士の生々しい感触に僕の股間が重ったるくなってきた。

 

「...あっ!」

 

ユノの片手が僕のニットの下に忍び込み、広げた指で僕の生肌を撫で上げた。

 

 

何かを探していたユノの指は、それを見つけると爪先でひっかいた。

 

「...うんっ...」

 

びくりと身体が跳ねて後ろに傾いてしまった僕の腰を、ユノのもう片方の手で支えられた。

 

僕はひとりでする時、前を刺激しながら自分で自分の乳首をいじって慰めていたから...敏感だから...気持ち良過ぎる。

 

「...っあ...あ...ダメ」

 

僕のニットは顎下までたくし上げられ、吸い上げられたり、舌先で転がされたり。

 

5ミリにも満たない1点から、くすぐったい痺れが股間に向かって間断なく走るのだ。

 

キスどころじゃなくなった僕は、ユノの頭を抱きしめた。

 

「邪魔だ...」

 

僕のニットは脱がされ、裸の胸を丸ごと見られてしまって、急に恥ずかしくなった。

 

「僕は...男だけど、ユノは平気なの?」

 

「はっ。

今さら何言ってるんだよ?

俺んとこを見てみろよ?」

 

ユノの股間も、スリムなパンツを高く押し上げていて、この光景だけで僕は感じ入ってしまった。

 

「あっ!」

 

僕の腰を抱いたユノの腕に力がこもり、あっと思う間もなくひっくり返されて、ベッドの上に仰向けになった。

 

深いキスが再開して、僕らの口のまわりは唾液でべたべただ。

 

「ふ...んんっ...」

 

僕のベルトもボタンも、ユノは片手で器用に外してしまった。

 

脱がせやすいよう、僕も両脚を動かしてユノをアシストする。

 

暖房がよく効いていない肌寒い部屋での下着姿。

 

興奮で火照った僕は全然平気で、逆に暑いくらいだった。

 

さすがに慣れているなぁ、とキスをしながら僕は、女慣れしたユノに抱かれようとしている自分の立場に興奮した。

 

僕は根っからの、男の人に抱かれたがる男なんだと実感した。

 

ユノのもので、僕の中を貫かれる感覚を想像して興奮した。

 

ユノのパーカーを脱がせたら、色白の肌に不釣り合いなほど筋肉が盛り上がった胸が飛び込んできて、僕の喉が鳴る。

 

沢山の女の子たちが、この身体に夢中になってしまった気持ちがよく分かる。

 

ストレートだったユノが、男の僕を抱く羽目になってゴメン、と心の中で謝っていた。

 

だからつい、固く膨らんだ箇所に及んだユノの手を制してしまった。

 

女の子にはないはずのものが、僕には付いている。

 

今の僕は、素面だ。

 

「抱いてください」なんて威勢のいいことを言っていたのに、僕の全部がむき出しになる直前に怖気づいてしまった。

 

「ばーか。

俺はチャンミンがいいの。

チャンミンの身体もすごく...すごくそそるよ」

 

僕の心中なんてお見通しだと言わんばかりに、ユノは笑って言った。

 

そして、僕の手がゆるんだ隙に最後の1枚をはぎとられてしまった。

 

「ほんとに?」

 

「ああ。

俺の服も脱がせてくれよ」

 

僕の上になったユノのボトムスを、震える手で引き下ろした。

 

「あ...」

 

見下ろすと、僕のペニスとユノのペニスは触れ合わんばかりに天を向いていて、2本とも先を濡らしている。

 

朝の日の光の元、僕のもののユノのものも、色も形も全部、血管のひとつひとつ、毛の1本1本全部、露わになっている。

 

僕らは互いを欲している。

 

「あぅっ...!」

 

僕のペニスが、ユノの大きな手で包み込まれて、上下にしごかれ始めた。

 

「あ...あっ...ダメ...あっ」

 

強烈な快感が、下半身から胸に向かって一気に駆け巡る。

 

自分以外の手で与えられる、コントロール不能の快楽に、こすり上げられる度に声が出てしまうのだ。

 

「...僕のはっ、いいからっ...早く、早く挿れてっ!」

 

僕ばかり気持ちよくなるわけにはいかないと、指を伸ばしてユノのペニスを握りしめた。

 

僕の手の中のそれは、当然だけど僕のものとはサイズも形も違っていて、男らしさを見せつけられてぞくぞくする。

 

僕を欲しがっている証拠。

 

これから僕を満たしてくれるもの。

 

「はやく!

挿れて!」

 

「直ぐに出来るものじゃないだろう?」

 

「だ、大丈夫!」

 

しごく僕の手の甲に、ユノの手が重なった。

 

ユノは腰を落とし、僕のペニスとユノのペニスを重ね合わすと、まとめてしごきだした。

 

「もう触らないでっ。

イっちゃうからっ...。

ユノと繋がってから、イキたいからっ」

 

「そう言われても...」

 

ユノの片手が僕のお尻にまわり、割れ目にその指を埋めるように滑らした。

 

「ね?

大丈夫でしょ?

準備してきました」

 

僕を見下ろすユノの表情が、つかれたように熱っぽいものから、ふわりと優しいものに変わった。

 

「ヤル気満々だったわけか?」

 

「そうです」

 

「俺に断られるって思わなかったわけ?」

 

「...はい。

あっ...あ...ユノがなんと言おうと、僕はっ...。

絶対にユノを振り向かせてやるつもりでしたから」

 

ユノの眼が潤んでいた。

 

「自信たっぷりだな」

 

僕のお尻はユノの指をつるりと飲み込んだ。

 

「自信は...ありませんでしたけど...。

しつこく迫るつもりでし...あっ、ああっ!」

 

2本の指にぐるりとかき回されて、自分でもびっくりするくらい大きな声が出てしまった。

 

僕の腰は持ち上げられて宙に浮き、その隙間にユノの両膝が差し込まれる。

 

「いいのか?」

 

「うん」

 

仰向けになった僕の視界に、裸足の爪先。

 

等間隔に穴が並ぶ石膏ボードの白い天井。

 

靴下を履いた爪先。

 

天井の木目。

 

蛍光灯。

 

「...っ!!」

 

両脚をばたつかせて、ユノの腕を振り払ってしまう。

 

胸が苦しい。

 

ぶわっと全身に冷や汗が浮かぶのが、はっきりと分かった。

 

「...チャンミン...?」

 

ユノは半身を起こしてしまった僕の肩を抱いて、僕の顔を覗き込む。

 

「大丈夫か?

やめとこうか?」

 

「...いやだ!」

 

首がちぎれそうなくらい、激しく左右に振った。

 

「...でも...」

 

「嫌だ!

ユノ...お願い...抱いて、今すぐ」

 

「でも...」と渋るユノのペニスをしごいて、僕は再びユノの下に横たわった。

 

「わかった」

 

ユノは僕の唇、鼻の頭、おでこ、最後に頭のてっぺんにキスをしてくれる。

 

そして、かき抱いて僕の身体をうつ伏せにひっくり返した。

 

四つん這いの姿勢になった僕の背に、ぴったりとユノの身体が重なった。

 

「チャンミン。

俺はお前が好きだ。

『好き』じゃ足りないな...。

俺も、愛しているよ。

何度でも言うよ」

 

後ろから包み込まれるように抱きしめられて、きゅうっと幸福感が胸にせり上がってきた。

 

「俺はお前を傷つけたりしない。

お前が大事だから。

安心しろ」

 

「...ユノっ...」

 

「チャンミンの辛かったことも...何もかも、全部。

全部丸ごと。

...上書きしてやる。

安心しろ」

 

「...うんっ...」

 

マットレスについた手を握りしめた。

 

「上書きしてやるよ」

 

首の付け根を強く吸われた。

 

「あ...」

 

腰を強くひき寄せられて、これ以上はない程ぴったりと、僕とユノの身体は重なり合った。

 

「いいか?」

 

許可なんかいらないのに。

 

ユノの低くて優しい声音に、涙が溢れそうになる。

 

頷いた直後、僕の目の前で光が弾けた。

 

「ああぁっ...!」

 

僕は肩を落とし、組んだ両腕で口を塞いだ。

 

悦びの声なのか苦痛の声なのか、どちらともとれる、おかしな声をあげてしまいそうだったから。

 

僕の中が、ユノでいっぱい。

 

いっぱいで苦しい。

 

嬉しいのか、怖いのか、悲しいのか、幸せなのか...いろんな想いがいっしょくたになって、何がなんだか分からない。

 

「チャンミン、声をきかせて」

 

ユノに頬を撫ぜられて、塞いでいた腕を解く。

 

ユノでいっぱいになって、嬉しい。

 

時間をかけて腰を埋めたのち、ユノはもう一度僕に囁く。

 

「動かすよ?」と、僕に尋ねた。

 

その言い方が優しくて、まぶたの奥が熱くなった。

 

「っう...うっ...くっ...ユノっ...」

 

僕の目からぽろぽろと涙が出てきた。

 

一か月の間、ずっと我慢していた涙が一気に溢れてきた。

 

抑えていた声も止まらない。

 

最初は緩やかだった腰の動きが早まる。

 

口は開きっぱなしになって、マットレスに崩れ落ちる頃には、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

 

これでもかと、快感の波が次々と押し寄せる。

 

あまりにも幸福で、罰が当たりそうだった。

 

(つづく)

 

 

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(5)「抱いて」とねだった罪

 

あの日。

 

ユノはいつもの僕の無邪気なお願いだと受け取ってくれて、誠心誠意を込めて僕を扱ってくれた。

 

本当は責めたくて仕方がなかったんだと思う。

 

でも次にあった時の僕はボロボロで、責めるに責められなかったんだ。

 

暗く冷たく、固いユノの眼にひるみそうになるけど、ここで怖気づいたら駄目だ。

 

「言い方が悪かったです。

S君とのことを忘れるために抱いてくれ、と言っているんじゃないんです。

あのことは、僕の問題です。

僕がなんとかします。

僕に責任がありますから」

 

無表情のユノに気は急いて、まくしたてたくなるのを堪えて、表現に気を遣いながら続きを話す。

 

「僕は...ユノを傷つけるために会いに来たんじゃないんです。

お願いです。

最後まで話を聞いてください」

 

ここで大きく深呼吸をした。

 

「ユノに抱いてもらいたいのは...」

 

僕の緊張が伝わってきたのか、ユノの喉仏がこくりと上下した。

 

「上書きして欲しいんです。

ユノにバージンをもらって欲しいって頼みましたよね。

あの時のことを上書きして欲しいのです」

 

「俺とした時のことを、忘れたいってことか?」

 

「いいえ。

忘れたくないです。

とてもいい思い出です」

 

ユノが僕の初めてのために、優しく扱ってくれた事実が、宝物だった。

 

「......」

 

「立ったままじゃなんですから...座ってください」

 

僕はユノの手を引き、両肩を押してベッドに座らせた。

 

「ユノとはもっと、いい感じの『初めて』にしたいんです。

だから...やり直し、というか...。

もっとバージョンアップさせたもので、上書きして欲しいのです」

 

「なぜ?」

 

やつれたユノの顔。

 

小さな顔が、もっと小さくなっていた。

 

僕はユノを苦しめてきた。

 

S君との仲介役を果たしたユノ、傷だらけの僕を見てショックを受けたユノ。

 

ユノは僕のことが好きなのに、S君が好きな僕のおねだりに応えて、僕を抱いてくれようとした。

 

そして未だにユノの告白に応えていない僕。

 

ベッドに腰掛けたユノの足元に、膝を折って座った。

 

僕はユノを見上げ、彼の両手で包むように握った。

 

バイト先の力仕事のせいなのか、ざらついた手だった。

 

ユノはその手を引っ込めようとしたけど、僕はきつく握りしめてそれを許さなかった。

 

「僕のことが好き、と言ってくれましたよね?」

 

「...ああ」

 

「気付かなかっただろ?って言いましたね」

 

「ああ」

 

「気付いていませんでした」

 

「...だろうな。

そうだろうと、思ってたよ」

 

呻くようにつぶやいて、ユノはがっくりと頭を落としてしまった。

 

焦っちゃだめだ。

 

僕はユノを傷つけるために、ここに来たわけじゃないんだ。

 

僕はユノのつむじを見ながら、話を続ける。

 

「気付いていなかったのは、僕の気持ちでした」

 

「?」

 

勢いよく頭を起こしたユノと、真正面から目が合った。

 

「返事はまだしなくていい、ってユノは言っていました。

今、返事をします」

 

ユノの手の平がじわっと湿ってきた。

 

ユノは緊張しているし、僕の心臓もバクバクとうるさいくらい胸を叩いている。

 

 

「好き、じゃないんです」

 

「...そっか。

...だよな」

 

引き抜こうとしたユノの手を、そうはさせまいぞ、と握りしめた。

 

「すみません!

好きじゃないっていう意味じゃなくて...。

あーもー!」

 

手を離して、汗でべたべたになった手の平を太ももで拭った。

 

「うまく言えなくてすみません。

緊張しているせいですね」

 

告白なんて慣れてるくせに。

 

断られると知ってても、「好き」を伝えたい一心でぶつかっていけたくせに。

 

「好きです」を気安く、大量生産してきた自分だったのに。

 

ユノが相手だと、とても...とても緊張する。

 

言いたいことがぐちゃぐちゃになってしまう。

 

ユノの両手をとって、僕の唇に押し当てた。

 

 

 

 

 

「...愛しています」

 

ユノのぽかんとした顔。

 

「愛してます」

 

沈黙と、エアコンの風の音、窓の外を走り去る原付バイクの音。

 

「ユノを...愛しています。

好き、じゃないの意味は、こうなんです。

『好き』だけじゃ足りないんです」

 

ふぅっと、息を吐いた。

 

顔が熱い。

 

きっと僕の顔も耳も、真っ赤になっているだろう。

 

ユノの瞳がつやつやと、みずみずしくて、言葉を紡ぎながら「綺麗だなぁ」と見惚れていた。

 

青ざめていたユノの頬に、生気が戻ってきていた。

 

「ユノ。

僕は、いっぱい考えました。

僕はユノのことをどう思っているんだろう、って。

いっぱい考えました」

 

「僕の気持ちが伝わりますように」と祈りを込めて、ユノの手の甲に唇を押し当てた。

 

「ユノは、友達でした。

今の僕から見たユノはもう、友達じゃないんです。

ユノは友達じゃないんです...」

 

「......」

 

「ずーっと前からユノは、僕にとって『恋人』みたいなものだったんです。

...やっとわかったことです。

隣に恋人みたいなユノがいてくれたのに、僕は全然気づいていませんでした。

恋愛ってドキドキと、遠くからときめくものだと思い込んでいました」

 

乾いた唇を舐めて湿らせて、もう一回深呼吸した。

 

僕は今、とても大事なことを話している。

 

「僕は男の人が好きです。

男の人を見るとエッチな気持ちになります。

ユノは男の人です。

友達のユノにエッチな気持ちを持ったらいけない、とずっと思っていました」

 

「...チャンミン」

 

「ああっ!

エッチなことばかりじゃないですよ!

そこのところ、勘違いしないで下さいね」

 

ここまで話す間、涙は卑怯だからと、泣いてしまわないようぎりぎり堪えていた。

 

僕は男のくせに大体において泣き虫な質だから、大変だった。

 

「僕の話、ぐちゃぐちゃでしたね。

...すみません」

 

あれ...ユノの眉間にしわができてる。

 

顎もしわしわになっていて、ユノの方こそ涙をこらえているみたいだ。

 

「...そういうわけです。

つまり...ユノが...大好きだから、抱きあいたいのです」

 

さっきは口にできた『愛してます』が、今は恥ずかし過ぎて『大好き』が精いっぱい。

 

「ユノでいっぱいにして欲しい。

僕の中を。

上書きしてください。

へへっ」

 

最後に照れ笑いした時には、ユノの切れ上がった目尻が糸みたいに細くなっていた。

 

小さな鼻の頭も、赤くなっていた。

 

「...上書き、か...」

 

「はい。

僕のバージンを...あ!...もうバージンじゃありませんね...。

やり直しというか...上書きというか...。

そういうわけで...もう一回抱いて欲しいのです」

 

「はあぁぁ」

 

ユノの首が、再びがくっと折れてしまった。

 

「チャンミン...お前なぁ...。

何を言い出すと思ったら...」

 

「え...?」

 

「話の順番が滅茶苦茶だから、勘違いするじゃないか?」

 

ユノはふんと息をつぐと、床に座った僕の手を引っ張って立ち上がらせた。

 

「わっ!」

立ち上がった途端ぐいっと引き寄せられて、ユノの太ももの上にまたがっていた。

 

「『好き、じゃない』なんて言うからさ、グサッときたじゃないか!

紛らわしい言い方をするんじゃないよ」

 

「ごめん...」

 

「いきなり『抱いてくれ』だなんてなぁ...。

Whyが抜けてるんだよ。

はあぁぁ」

 

「...ごめん」

 

僕とユノは、額と額をくっ付け合った。

 

鼻のてっぺん同士もくっ付け合った。

 

3センチ先に、ユノのすっきりしたラインのまぶたと、澄んだ真っ黒い瞳。

 

僕は頬をわずかに傾けて、ユノの唇に僕のものをそっと押し当てる。

 

どうしよう...ドキドキする。

 

 

(つづく)

 

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(4)「抱いて」とねだった罪

 

あの日を境に、ユノは変わってしまった。

 

ユノの手や腕が何かのはずみで僕の身体に当っただけで、ユノは「ごめん」と謝って身を引いてしまう。

 

僕に告白してくれた日、真正面から僕を抱きしめてくれたのに。

 

弱った僕を案じて泊まってくれたユノの背中に、僕は寄り添って眠ったのに。

 

それ以降、肌の接触はなくなってしまった。

 

僕の髪をぐしゃぐしゃすることも、「ばーか」と言って腕を突くこともなくなった。

 

それがたまらなく寂しい。

 

腫れものに触るがごときで、次第にユノの言動に苛立つようになった。

 

ごめんね、ユノ。

 

ユノは悪くない。

 

ユノをぎこちなくさせてしまったのは、僕に原因があるから。

 

身体の傷も癒えた。

 

心の傷も多分...忘れた。

 

トラウマが残りそうな出来事だったのに、僕の心は別の恐怖に囚われていたのだ。

 

ユノが僕から離れていってしまう。

 

「チャンミンのことが好きだ」と言いながら、ユノが遠くなった。

 

僕を見る目は相変わらず優しいのに、その瞳の中に後悔の色を見つけてしまって、胸がすうすうと寒くなる。

 

ユノの後悔...僕には分かっていた。

 

ユノの告白を境に、これまでの僕らでいられなくなってしまったこと。

 

今まで通りの僕らの仲でいたくても、何かが変わってしまったこと。

 

ユノはきっと、僕に気持ちを打ち明けたことを、後悔しているんだと思う。

 

このままじゃ、僕らは終わってしまう。

 

急がないと。

 

既にユノは、行動に移した。

 

ボロボロになった僕を同情して、つい口走ってしまったものであったとしても、ユノは動いた。

 

次は僕の番だ。

 

 


 

 

以前なら気軽に訪ねていけたユノの部屋にも、足が遠のいていた。

 

「ふぅ...」

 

緊張を鎮めるため、僕は深く息を吐いた。

 

午前6時、携帯電話で時間を確認した。

 

初春であっても早朝は冷え込み、吐いた息が白かった。

 

ユノは隙間時間を恐れるかのように、まるで僕と会いたくないみたいに、2つの掛け持ちバイトに精を出している。

 

S君と同じバイト先を辞め、終夜営業のホームセンターで働いていた。

 

ユノの部屋のドアに背を預け、床に直接座り込んでユノを待っていた。

 

もうすぐ帰ってくるはずだ。

 

ユノと会ってからの言葉を予習する。

 

ユノのことを想うと、ぽっと明かりが胸に灯る。

 

4年間そうだったじゃないか。

 

あんなにもずっと一緒にいたのに飽きは訪れず、会う度嬉しくてワクワクしていたじゃないか。

 

その事実の意味を探っていた...ユノの告白の日からずっと。

 

膝に乗せた手の平を裏に表にとひっくり返して、僕の手を包み込んだ節の太いユノの手を想った。

 

どれだけホッとしたことか。

 

「チャンミン!」

 

膝の間に埋めていた頭を起こした先に、素晴らしく均整のとれた美しい青年が立っていた。

 

褪せたブルーのデニムにグレーのパーカー、カーキ色のMA-1を羽織っていた。

 

なんてことないコーデでもユノが着るとカッコよいんだ。

 

「ユノ...」

 

懐かしく感じてしまうのは、あの日以来ユノとの間に距離が出来てしまっていた証拠だ。

 

ユノの顔を見た直後、心臓がぎゅっと縮こまり、緊張している自分を自覚した。

 

「待ってたのか?」

 

差し出されたユノの手をつかんで、僕は立ちあがる。

 

「冷たい手だなぁ。

風邪ひくだろう?」

 

僕の二の腕を温めようと、ごしごしとさすってくれることがとても嬉しかった。

 

以前は当たり前の行為が、今じゃとても貴重で特別なものに思われる。

 

「ごめん...ユノ...ごめん」

 

「ごめん、って何だよ。

チャンミン...お前、前から変だぞ。

寒いだろ?

入れよ」

 

開けたドアを押さえて僕を先に通すのも、これまでと変わらない仕草なのに懐かしいのは、あの日を境に僕らの関係が変わってしまった証拠なのだ。

 

大丈夫。

 

僕とユノの間に流れる変な空気を...元通りにとは言わない...変えるために僕はユノに会いに来たのだ。

 

 


 

 

「何かあったかいものでも飲むか?」

 

部屋に入ってからのユノは、電気ポットに水を注いでスイッチを入れ、マグカップを出したりと落ち着きがない。

 

「インスタントコーヒーと...ココアと...どっちにする?」

 

ユノの部屋は、バージンをもらってくれとねだった日以来だった。

 

「徹夜で眠くって...コーヒーでいいよな?」

 

あれから一か月が経っていた。

 

「ユノ...」

 

「んー?」

 

ユノが勢いよくカーテンを開けると、朝日のましろい光が射し込んできた。

 

まぶしげに細めたユノの目と、そげた白い頬...ユノは少し、痩せたみたいだった。

 

僕はぎゅっと手を握って、腹の底に力を込めた。

 

「僕をっ...」

 

「?」

 

 

 

 

「僕を...抱いてください」

 

 

「は?」

 

 

上着を脱ぎかけていたユノの手が止まった。

 

 

「僕を抱いてください」

 

「......」

 

 

「抱いて...ください」

 

「...チャンミン...」

 

 

掠れた声だった。

 

 

「..どういうつもりだ?」

 

僕を真っ直ぐ見つめるユノの目が...怒っていた。

 

 

「どういうつもりって...」

 

「俺を何だと思ってるんだ?」

 

 

「ユノはっ...僕の大事な友達で...」

 

「ふぅん。

友達とセックスかよ?」

 

 

「だから、それはっ...」

 

ここに来る前に、頭の中で沢山シミュレーションした。

 

ユノとは4年も一緒にいたから、彼のことはよく分かっていたつもりだった。

 

だから、僕の言葉を受けてユノがどう反応するかも想像ついていたけど、実際のユノの反応は違っていた。

 

 

「チャンミン。

...俺は...道具じゃないんだ」

 

 

「ちがっ...!」

 

 

「確かに俺は、ヤリチンだった。

だからってなぁ...」

 

 

ユノは片手で目を覆ってしまい、絞り出すように言った。

 

 

「だからってなぁ...。

俺にも心がある。

前みたいなことは、御免なんだ」

 

 

「!」

 

 

「なぁ、チャンミン?」

 

覆っていた手を除けたユノの目は、真っ赤に充血していた。

 

 

「俺はチャンミンが好きだ。

好きだよ...好きだけど。

...そりゃないよ...」

 

 

ユノの目は怒っているんじゃなくて、哀しみでいっぱいなんだ。

 

 

そうだ。

 

僕はあの日、ユノを道具みたいに扱った。

 

ユノを悲しませただけじゃなく、ユノの人格を踏みにじる行為だった。

 

4年間のユノとの信頼関係を、一発でぶち壊してしまう罪。

 

無邪気にねだった「抱いて」のひと言は、凶器そのものだったのだ。

 

 

これが僕が犯した、最大の罪。

 

(つづく)

 

 

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(3)「抱いて」とねだった罪

(※暴力的な描写が途中ございます。成人指定です)

 

告白を受けるまで、ユノに対して抱いている感情について、深く分析したことがなかった。

ユノが出かけていって、ひとり部屋に残された僕はベッドから出て、狭いベランダへ出た。

乾いた空気は冷たいけど、ポカポカと温かい日差しに顔いっぱい晒して目をつむる。

そこに恋愛感情が存在していたのか...。

考えてみた。

僕にとっての恋心とは、ぽわぽわっと身体が宙に浮くみたいな甘い甘いものだった。

好きな人ができる。

高まる鼓動を抱えて、遠くから視線を送り、少しでも近づきたい一心で嘘くさいきっかけをわざと作ったりする。

言葉を交わすことができて、僕の名前を憶えてもらえて、少しずつステップアップしていく過程が楽しい。

でも、ほぼ全員が女の子が好きな『普通』の人だから、想いを伝えたところで無理な話。

無理だって分かってるけど、片想いでいるのが辛くなってきて、捨て身で想いを告げる。

気味悪がられて避けられることなんて、しょっちゅうだ。

そんな中、男の人が好きなS君の登場は、僕の心を舞い上がらせた。

渋るユノに頼んで、急接近をもくろんだ。

とんとん拍子に、付き合えることになった。

舞い上がる僕をユノは苦笑しながら、「やっとで彼氏ができたな」って僕の頭をくしゃくしゃっとした。

その時のユノは...辛かっただろう。

 

 


 

自分から想いを告げる経験がなかったユノ。

その初めての告白の相手が、僕だった。

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」

 

その言葉にハッと気づかされた。

ずっと、『誰かに片想いしている』自分に酔っていたことに。

僕にとって恋愛とは、一方通行のものだった。

ふわふわと甘さを楽しむ感覚的なもの。

だって、相互の心の通い合いに、心震えたり、傷ついたり、泣いたりした経験がないんだから。

実らないことが当たり前過ぎて、僕のことを好きになってくれる人の存在...僕に向けられた愛情の存在...全くの盲点だった。

僕は惚れやすい質だから、つまり繊細な男なんだと己惚れていた。

繊細どころか、鈍感過ぎるにもほどがある。

この人が僕の名前を呼んでくれて、「好き」って囁いてくれて、僕に触れてくれて、それからそれから...。

 

...夢みたいだ。

経験したかった。

もしユノに、「チャンミンはSのどこが好きなんだ?」と尋ねられていたら、

「男らしくてカッコいいから」としか答えられなかった。

それから、「S君は男が好きな人だから」としか。

 


 

 

S君の部屋に誘われた日。

ユノに電話をしたけど、立て込み中だったみたいでのろけ話を語れずじまいだった。

恐ろしい思いをした日。

S君と2人きりになるものだと思い込んでいた僕は、S君の友人だという2人がいて、がっかりした。

僕の肩を抱き寄せたS君は、「まずは酒でも飲もうぜ」と言って、紙コップの中身が減る度、際限なくお酒を注ぎ足していった。

 

「チャンミンは酒が強いなぁ」と、S君たちは上機嫌だった。

 

緊張と騒がしい雰囲気にのまれて、僕は注がれるまま中身を干していって、1時間もしないうちに視界がぐらぐらになった。

S君たちは何がしたいんだろう、ただの家飲みがしたかったのかな、なんて呑気な考えでいられたのはここまでだった。

S君の細めた目がぎらぎらしていた。

唇の両端がくいっと上がっていた。

いつの間にか僕の背後にまわった1人に羽交い絞めにされ、もう一人が僕のパンツのベルトを外した。

 

「やっ...やだっ!!」

 

何をされるのか、その時悟った。

 

「やだっ!!」

 

「やだってよ?

女みたいな言い方だなぁ」

 

太った方が下卑た笑い声をあげ、僕のパンツを一気に引き下ろしてしまった。

 

「やだっ...やー!

いやっ!!」

 

「うるせぇな!

口塞げ!」

 

後ろから手が伸び、僕の口がすっぽりと覆われた。

朦朧とした頭であっても、何をされるのか明らかで恐怖で心が凍りついた。

 

「んー!んっ」

 

2人にされるがままの仰向けになった僕を、S君は腕を組んでつったったまま観察していた。

さも面白そうに、ぎらついているのに、底なしに暗く冷たい目だった。

 

「んー、んー!!」

 

僕の両腕は一人にがっちりと抱え込まれ、もう一人に口を塞がれていた。

 

「チャンミン。

俺のことが好きなんだろ?」

 

「......」

 

「俺たち付き合ってるんだろ?

こういうことして当たり前だろ?」

 

S君は自身のパンツのファスナーを下ろし、靴下を履いたままの僕の両脚を肩に担いだ。

 

「ゴムとってくれ!

病気が伝染ると怖いからな...へっ」

 

脚をばたつかせたら、口を覆っていた手が一瞬外れて、直後に頬を張られた。

 

「脚もってろ」

 

首を左右に振ったら、口を覆う手指に力がこもり、僕の頬にその爪が食い込んだ。

 

「...っく、くそっ!

きっつ!」

「入んねぇのか?」

「いや...もうちょっと...いけるっ...!」

 

食いしばった歯の奥から悲鳴が込みあげ、目の奥では火花が散った。

 

「んっ...いけた!

...狭いな」

 

「こいつ、初めてか?」

 

「ひゃあぁ、マジで?

筋金いりのカマなのにか?」

 

「...いや...すげ...すげえよ...めっちゃイイ...!」

 

固くつむった目尻からあふれ出た熱い涙が、こめかみを伝って耳の穴を濡らした。

がくがくと揺さぶられ、その度に激痛が全身を貫く。

唸り声と荒い呼吸音が上から降ってくる。

 

「...なんだ、その目は?

見るなよ!」

 

めくり上げたトレーナーで目を塞がれて、視界から獣のようなS君が消えてホッとしたのは確かだ。

 

「おい!交代しろ」

「俺、男とやんの初めてなんだよな」

「おい、口にも突っ込んでやれよ」

 

渾身の力を込めてもがくと、頬を張られた。

目を覆っていたトレーナーも、いつの間にか手首に丸まっていた。

僕の口を塞いでいた手が外された時にはもう、抵抗する気力が消え失せていた。

暴れるともっと痛い思いをすることを学習したから。

喉の奥の奥まで突っ込まれてえずいたら、頭を小突かれた。

涙や鼻水、それからもっと汚いものでぐちゃぐちゃになった顔を、「汚ねぇな」と笑われた。

髪を鷲掴みにされて、頭皮が痛かった。

早く僕を解放してくれないかなぁ...。

早くお家に帰りたいなぁ...。

ユノは今、何をしているかなぁ...。

揺れる爪先の向こうに、天井の木目と蛍光灯。

埃だらけのカーペットに頬がこすれる感触。

鉄さびの味。

ねじりあげられて軋む肩の関節。

そして僕は、意識を手放した。

それまでの記憶が、実は鮮明だったことを、ユノには黙っていた。

 

「覚えていない」と嘘をついた。

 

 


 

 

「俺たちバイトがあるんだよ!

チャンミン、さっさと服を着ろ」

 

身体を丸めて床に転がっていた僕の背を、かかとで揺すられた。

全身が痛い。

脱ぎ捨てられた洋服を拾い集める。

足がもつれて下着に足を通せず、面倒になってそれをバッグに突っ込んだ。

半ば追い出されるようにして、S君の部屋を出た。

早朝で、道を歩く者は誰もおらず、僕はホッとした。

きっと今の僕は、酷い顔をしているにきまってるから。

アルコールの残る頭がズキズキと痛んだ。

屈辱や絶望、恐怖が数時間のうちに押し寄せて、あまりのショックに心は無だった。

早くおうちに帰りたい。

お風呂に入って、身体を綺麗にしたい。

一歩足を踏み出すたびに、激痛が下半身を襲う。

背骨も股関節も、膝も肩も首も...ギシギシと軋んだ。

デニムパンツの荒い生地が、下着無しのお尻にこすれる。

口の中も変な味がする。

胃の中のものを全部、電柱の根元にもどした。

一歩ごとに深呼吸をした。

 

ユノに会いたい。

ユノに迎えにきてもらおう。

思い立ってユノの携帯電話を鳴らす。

ユノの顔が見たかった。

 

 

そうだ。

僕はあの時、気付くべきだったんだ。

どうしようもなく恥ずかしい姿でいるのに、真っ先に声が聴きたくて、顔が見たかったのはユノだったんだ。

電話に出ないことに腹は立たなかった。

昨夜のことは自業自得だ。

S君の本性を見抜けず、油断していた僕が悪い。

ふわふわと甘ったれていた罰が当たったんだ。

目が覚めた。

 

「チャンミーン。

ったくお前は馬鹿だなぁ。

痛い目に遭っちゃったか。

よし、こっちにこい。

頭を撫ぜてやるから」

 

ユノに会いたかった。

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」

 

浮ついていて、真の恋が何なのかも知らないくせにユノに説教してて、加えてユノの気持ちに気付けずにいた自分が恥ずかしい。

 

ユノは優しい。

傷だらけの僕を見て、ユノは「ごめん」って言った。

その日の朝、僕がかけた電話に出られなかったことを謝っているのかと思った。

だけど、僕の顔を見て、「どこで怪我をしたんだ?」とユノは聞かなかった。

そっか...事情は既に知っていたんだね。

それで心配して駆けつけてきてくれたんだね。

恋心とは、ふわふわと甘く憧れるものだけを言うんじゃない。

僕の大事な人...ユノ。

恥を見せられて、身体を任せられるくらい信用できて、一緒にいて寛げて、叱ったり叱られたり。

テスト勉強をする首筋から香るユノの匂いにくらくらしてたし、Tシャツの袖をまくった二の腕にドキッとしたり、ドジな僕をからかう時の悪戯めいた笑顔。

とっくの前に、恋人みたいな人が側にいたんじゃないか。

最高な人がすぐ隣にいたのに。

僕はそのことにずっと、気づかなかった。

 

 

(つづく)

(2)「抱いて」とねだった罪

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ」

 

生まれて初めてだった。

 

男の人に「好き」と言われたこと自体が初めてだった。

 

嬉しいより先に驚きの方が大きかった。

 

この時初めて、これまでの自分を恥じた。

 

 


 

 

惚れた腫れたにうつつを抜かす僕の隣で、ユノはとっくに進むべき道を見つけていた。

 

志望研究室すら決められず、そんな自分が情けなくて、卑下した言葉を吐いてしまった。

 

「4年間、一体何をしてきたんだろう...」と。

 

必死な思いで入学したこの学校で、僕が得たものはなんだったんだろう。

 

めそめそする僕を、ユノは慰めてくれた。

 

ユノという素晴らしい友人を得ていたことが、僕の頭からすっぽりと抜けてしまっていた。

 

僕はユノに対して、失礼なことを口にしていたんだ。

 

「僕の4年間は何だったんだろう...」と。

 

そんな自分が恥ずかしい。

 

先を歩くユノの背中を追いかけて、よそ見ばかりしてつまづいてばかりの僕。

 

ユノは、僕がちゃんとついてきているか何度も振り返ってくれた。

 

そんなユノの、何を見てきたんだろう、と。

 

僕は恥ずかしい。

 

僕の視線はユノを通り越してところにあって、その目は常に誰かへの恋心で曇っていたのだ。

 

女の子から女の子を渡り歩いて、軽い男を演じていたユノ。

 

誰か一人を、深く時間をかけて好きになることのない男だと、呆れた僕はユノに忠告めいた台詞を何度も吐いた。

 

軽い付き合いばかりのユノと比べて、自分の方がよっぽどいい恋をしていると自負していた。

 

自分こそぽわぽわと浮かれておいて、何様のつもりだったんだろう。

 

ユノは進みたい道も明確、社交的で友人も多く、容姿も抜群で女の子たちはほっとかない。

 

「チャンミンといるとホッとする」と言って、ユノはいつも僕の隣にいた。

 

根暗で冴えないホモの隣に、さも当然とばかりに居てくれた。

 

正反対な僕らに向けて、どんな陰口が囁かれていたか。

 

ユノにはいつも彼女がいたし、僕にも好きな人がいた。

 

ユノは女の子が好きだし、僕は男の人が好きだ。

 

だから、安心だったんだ。

 

ユノはころころと彼女が変わったし、僕もころころと好きな人が変わった。

 

その時は夢中で、これが最高のものだと信じていても、ある日突然壊れてしまう。

 

恋愛とはなんとも頼りないものだ。

 

でも、僕とユノの仲は、そんなんじゃない。

 

もっと確固たるものなんだ。

 

僕らの関係が誇らしかった。

 

ユノみたいな素晴らしい人が 僕みたいな男の隣を歩いてくれることに感謝していた。

 

ユノが隣にいてくれるから、僕は安心して誰かに恋していられた。

 

僕は甘ったれ屋で、これまでの関係性が気に入っていた。

 

ユノに彼女ができて、僕にも彼氏ができても、同じように仲良くやっていけるって。

 

ユノは言った。

 

「チャンミンのことが好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」

 

なんてひどいことをユノにしてしまったんだろう。

 

初カレとの初夜にそなえて、「経験済」でいたいからって、抱いてくれとユノにおねだりした。

 

懐の大きい、モテ男のユノだから、義理で抱いてくれるだろう、って。

 

僕を「経験済み」にしてくれて、S君の元へ送り出してくれるだろうって。

 

ユノが僕のことを好きだなんて、知らなかった。

 

僕にあんなことを頼まれて、ユノは一体、どんな気持ちになっただろう。

 

「ひとりくらい、経験人数に男が加わっても構わないよね」と、酷いことを言った。

 

ユノは、哀しい目をしていたのに。

 

浮かれていた僕は、見てみぬふりをした。

 

僕はユノを傷つけた。

 

これが、僕が犯した「罪」のひとつだ。

 

 


 

 

どんな想いでユノは僕を抱いたのだろう。

 

緊張していた僕は、お酒を飲み過ぎていた。

 

覚えている限りでは、僕が痛くないよう、時間をかけて指で慣らしてくれた。

 

愛撫がうまかった。

 

女の子相手にもこうしてるのかな、とその光景を想像してしまった。

 

女の子が好きなユノが、男の僕に反応してくれて、嬉しかった。

 

僕の胸を念入りに、女の子にするみたいに触ったり舐めてくれて嬉しかった。

 

指でかき回されて、自分でやるのとはけた違いに気持ちよかった。

 

酔いが回ってきたせいで、うつ伏せの姿勢になった以降の感覚は定かじゃない。

 

翌朝目覚めたら、ユノはバイトに行ってしまった後だった。

 

くず入れにコンドームの空き袋と使用済みのそれ。

 

後ろがじんと熱を帯びていて、「そっか、僕はユノと『初めて』をしたんだ」って嬉しかった。

 

僕はなんとお目出たい、大馬鹿野郎なんだ。

 

ユノは僕に尋ねた。

 

「好きって...男としてか?」と。

 

僕は何て答えた?

 

ユノはしつこく僕に訊いてたじゃないか。

 

「どうして『俺』なんだ?」って。

 

別の恋にうつつを抜かしていた僕は、ユノの真意が分からず首を傾げていた。

 

僕はユノを傷つけた。

 

 


 

 

ユノはあれから3日間、僕の部屋に泊まりこんで、あれこれと世話をしてくれた。

 

「ユノ...彼女と会わなくていいの?」

 

ベランダから洗濯物を取り込む最中のユノは、「は?何を言ってるのかね、君は?」みたいな顔をして、僕の方を振り返った。

 

「...別れたよ」

 

「え...?」

 

ユノはどかっと床にあぐらをかいて、ベッドに寝転がった僕を見た。

 

「俺も心を入れかえたんだ。

これまでのちゃらんぽらんな生活から卒業したんだ」

 

「ユノはっ!

ちゃらんぽらんじゃないよ...」

 

「そう言ってくれるのは、チャンミンだけだよ。

でも、褒められた行いをしてきたとは言えないだろ?」

 

「確かに...」

 

「おいおい、チャンミン!

正直な奴だなぁ」

 

ユノは掛け布団の上に置いた僕の手を軽く握った。

 

突然のユノの行動にびっくりした僕は、わずかに手を引いてしまった。

 

「しまった」と思った時にはもう遅くて、ユノははっとしたようにその手を離した。

 

「ごめん。

そういうつもりで触ったんじゃないから誤解するな」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいな僕は、言葉が出てこない。

 

そんなんじゃないんだ、ユノ。

 

ユノの告白を聞いてから、どんな顔をして、どんな風に振舞えばいいのか分からないだけなんだ。

 

「俺は二股をかけない主義だって知ってるだろ?

俺には好きな奴がいるんだ。

別れて当然だろ?」

 

「......」

 

「怖い顔するなって、チャンミン。

今すぐ俺と付き合え、って迫っているわけじゃないんだ。

俺はチャンミンが好きだ。

何度でも言うぞ。

好きだから、側にいさせてくれ、な?」

 

ニカっと笑ったせいで傷が痛むのか、ユノは顔をしかめた。

 

「チャンミンの気持ちを今すぐ教えてくれ、とも言わない。

とにかく!」

 

ユノは立ち上がり、僕とお揃いのバッグを肩にかけた。

 

「今まで通りでいよう。

じゃあ、俺はバイトに行ってくる。

帰りは遅くなるからなぁ...今夜は自分ちに帰るよ」

 

多分、心細い顔が全面に出ていたんだと思う。

 

「ごめんな。

チャンミンを床に寝かすわけにはいかないんだ。

今夜はちゃんとベッドで寝ろ。

それに、チャンミンにくっつかれてたせいで、俺は寝不足なんだ」

 

「ちゃんと寝てろよ」と言いおいて、ユノは出かけていった。

 

 

 

 

ユノに伝えていない言葉がいっぱいある。

 

ユノの告白を聞いて、僕は嬉しかったんだよ。

 

好きだと打ち明けられる経験は生まれて初めてで、その相手が、僕の大事な人...ユノだったから。

 

僕のキャパシティーを超える出来事で、僕はどうしたらいいか分からないんだ。

 

「好きです」と誰かに告白するなんて、何度も経験してきたくせに。

 

それも、玉砕するって分かってて告白できていたのに、ユノに対してはそれが難しい自分がいる。

 

ユノへの想いは、一言で説明しきれないんだ。

 

気持ちをちゃんと整理してからじゃないと。

 

それまで待ってて。

 

だからユノ、謝らないで。

 

謝るのは僕の方なんだよ。

 

 

(つづく)

 

 

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