(20)TIME

 

~シヅク~

 

午前中は、全く仕事にならなかった。​

計測の手順を間違えてばかりで、機器のアラーム音を何度も鳴らしてしまった。

(たった2日の寝不足が、三十路にはこたえる...)

コーヒーのがぶ飲みで、トイレも近い。

少し前、作業着を泥だらけにしたカイを見かけたが、クリーンな今の時代、なかなか見られない姿だ。

やることの多くが手仕事、力仕事で、うちの職場の平均年齢が若い理由もうなずける。

催促されている報告書も仕上がっていない。

時刻を確認すると、あと15分でお昼休憩だ。

(ちょっと早いけど)

​私は、ランチが入ってるバッグを持って、ドームへ向かうことにした。

ドームの回廊ベンチで、ミーナは既にランチを終えたばかりのようだった。

(早っ!)

今日のミーナは、パステルピンクのワンピース姿で、ゆるく巻いた髪を複雑に編み込んだヘアスタイルにしてる。

(一種の職人技やな。

ミーナこそ、現場仕事が向いてるんじゃないかな)

​ミーナのヘアスタイルを見て、いつもそう思う。

「シヅク!お先~」

「受付カウンターを無人にしといていいの?」

ミーナの隣に、ドスンと腰を下ろして、私もお昼ご飯を取り出した。

「アポなしで来る人なんてほとんどいないから大丈夫」

私が男だったら悩殺もののミーナの笑顔。

「あんたの神経は図太いけど、ちんまりしか食べんのやな?」

「万年、ダイエッターですから」

「ミーナは痩せんでもよろし。

胸がでかいのは、羨ましいかぎりだって、カイ君なんか、あんたの胸にくぎ付けよ」

「やめてよシヅク。

彼、若いからね、24だっけ?

性欲バリバリの年ごろじゃない。

...私は年下には興味がないの。

やっぱり年上よね~...タキさんみたいな?」

ミーナは不敵な笑みを浮かべて私を見る。

「本日のタキさんは、どうだった?」

「まままままま、それはまぁ...いただきます!」

タキさんネタを今は振って欲しくない私だったから、大きな音をたててサンドイッチの封を開けた。

「あら!珍しい...ほらシヅク!」

「何?」

ピンクのマニュキュアのミーナの指さす方向を見る。

​ドームの中央辺りの小道を、チャンミンとカイ君が談笑しながら、歩いている。

そういえば、昨日のトラブルの復旧作業を、カイ君が手伝うとかなんとか、今朝タキさんが話していた。

あの時、チャンミンはものすごく不機嫌そうな顔したっけ。

感情をほとんど表に出さないから、珍しいと思ったんだっけ。

ミーナは二人の様子を眺めながら言う。

「チャンミンと会話が成立するのかな?」

「相手次第なんじゃない?」

「ねぇ、なかなかの光景じゃない?

二人とも、いい男なんだよねぇ」

「そうかもね」

(興味ないふりも難しい)

 

「カイ君はマメだから、モテるよね、絶対。

チャンミンは...むっつり君。

プライベートでは、違うかも~、こわ~い」

サンドイッチを齧りながら、私もミーナと一緒になって眺める。

チャンミンもカイ君も、頭が小さく、抜群にスタイルがいい。

 

二人ともきれいな顔立ちだけど、見た目は、

チャンミンの頬骨は高く、目鼻口のパーツが大きくて、鼻筋も太いのに対し、

カイ君は、奥一重の目尻が上がった涼し気な目と、女の子のような細くて高い鼻梁、

といった風にベクトルが違う。

(って、おい!

ちゃっかりしっかり観察してるんだ、自分ってば)

あれこれ考えこんでいたら、ミーナが私の背中を叩く。

「タキさんのこといい加減に諦めて、二人のうちどっちかにしなよ、シヅク~」

「うぐっ」

「年下も新鮮でいいかもよ~」

口いっぱいにサンドイッチを頬張っていたから、むせてしまう。

「シヅクはどっちが好み?」

ミーナはとても楽しそうだ。

 

「分かんないよ、そういう目で見たことないし...」

​「私だったら~、チャンミンかなぁ。

奥に秘めてる感がそそるじゃない、で、シヅクは?」

顔が熱くなっているのが分かる。

(おいおい、なにドキドキしてんだ!)

「わ、私は...カイ君かなぁ?」

 

「えーそうなんだー」とケラケラ笑うミーナをよそに、

(なぜそこで、逆を言っちゃうんかなぁ)

​赤面しているのがバレないよう、ゴクリと水を飲んだ。

 

 

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(19)TIME

 

「チャンミンさん」

 

声をかけられて振り向くと、カイだった。

「昨日のこと聞きました?」

「ああ」

カイは、早歩きのチャンミンと共に、ドームに向かう。

カイも長身でチャンミン並んでもほとんど差がない。

​「ぶわ~っと水があふれて、みんなてんてこ舞いだったんですよ」

カイは、大学卒業後にこの植物園に就職した24歳の快活な人物で、愛嬌たっぷり、屈託のない明るい性格だ。

​「うちの職場って、いい男が揃ってるのよねぇ。

恋が生まれないのはなんでぇ?」と、

ミーナがしょっちゅう嘆息するように、

カイの髪と瞳、肌は色素が薄く、すっきりとした目鼻立ちで繊細な雰囲気を持っている。

人より一歩下がった態度のチャンミンに臆することなく、持ち前の人懐っこさでチャンミンに接するカイ。

「チャンミンさん、安心してくださいね、今週いっぱい僕が手伝いますから」

「あ、ありがとう」

チャンミンは、カイの勢いに押されつつも、彼の明るさに微笑がもれる。

薄暗い廊下を抜けると、一気に視界が開けて、そのまぶしさに目を細めた。

ドームを一周できる回廊には、クラシカルな円柱が立ち並ぶ。

リズミカルに通り過ぎる円柱越しに、緑あふれる景色を見られるのも、ここに勤める者だけの特権だ。

二人は回廊を出て、区間分けされた畑が広がるフィールドを突っ切る。

「チャンミンさん、足早過ぎってば!」

「ごめん」

言われて気づいたチャンミンは、歩を緩める。

チャンミンは、誰かと肩を並べて歩くことに慣れていないのだ。

「そんな歩き方じゃ、女の子にモテませんよ」

「え?」

「チャンミンさんって、俺についてこいタイプっぽいですもんね」

歩き方と、モテるモテないが繋がらず、一瞬意味が分からなかったチャンミン。

(そういうことか!)

一瞬後、意味が分かったチャンミンの頭に浮かんだのは、シヅクと家路まで歩いた2日前の夜明けのこと。

肩の高さにあった、シヅクのショートカットヘアの頭。

(歩くスピードなんて、今まで気に掛けてなかったけど、あの時は、シヅクに無理をさせていたのかもしれない。

今度からは気を付けよう)

「僕なんて、どうすれば女の子にモテるかどうか、ばっかり考えてますよ」

カイはチャンミンを追い越して、ビニルハウスの扉を開けた。

水漏れ被害を被った第3植栽地は、ビニルハウスで保護されている。

​主に乾燥地を好む植物を植栽しており、乾燥した空気と土壌を再現するため、大型のエアコンも取り付けられている。

「暑いっすね、ここは」

乾いた熱風にカイは顔をしかめる。

​チャンミンは表情を変えることなく、中へ突き進んで被害状況を確認する。

「よかった」

想像していた程、被害が大きくないことに、チャンミンはホッとする。

​畝には小川のように水が溜まり、排水が逆流した箇所は土砂が削れ、畝に石が転げ落ちている。

​溜まった水を取り除いて、崩れた石垣は積みなおせば元に戻せる。

​逆流した水の勢いで外れたパイプは、タキがシリコンで固定してあった。

パイプの破損については、明日やってくる業者に任せればよい。

​チャンミンのこめかみを、つーっと汗が流れる。

(暑い中にいると、頭痛が始まるから、気を付けないと)

頭痛の予感に、ポケットの中の薬を意識する。

「チャンミンさん、まずは水を汲みだすんですよね?」

カイは腕をまくって、頑張るアピールしている。

「さぁ、アナログな仕事をやっつけましょう!」

「ありがとう、助かるよ」

カイはチャンミンの顔をしばし見つめていたが、

「おー、チャンミンさんも笑うんですね。

じゃあ、道具取りに行ってきまーす」

元気よく言ってハウスを出て行き、終始カイの勢いにおされっぱなしだったチャンミンが残された。

(シヅクとはタイプの違う元気のよさだな)

思わず、クスクス笑ってしまった。

 

 

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(18)TIME

 

シヅクとタキは、マスクとゴーグルをかけた格好で、保管室にいた。

エポキシ樹脂が半量まで入ったシリコン型の液面が水平を保つよう、慎重に​UVライトのスタンドの角度を変えた。

ほぼ一日中、PC相手の仕事が多いシヅクにとって、資料保管の作業は化学実験のようで、いい息抜きになっている。

材料の計量を、真剣な眼差しで行っているタキの横顔を、シヅクはちらりと見た。

(相変わらずのハンサムさんやなぁ)

シヅクより5歳年上のタキは、知識豊富で頭がよく、冷静で、ユーモアのセンスがあって、優しい。

加えて、背も高く、笑顔爽やかな、大人の魅力たっぷりの人物だ。

​シヅクは、タキと同じ部署に配属されて以来、タキの魅力にジワジワやられてしまい、はた目からもバレバレな位、彼に夢中だったのだ。

スタッフたちの間でも、「シヅク=タキのことが好き」の図式ができていて、からかいの種にもなっていた。

何事にも、はっきりさせたいのがシヅクの性格。

つのる想いに耐え切れず告白したが、「付き合っている人がいる」とあっさり玉砕。

大人のタキは、告白以前と変わらない態度で接してくれたので、一切気まずくなることはなかった。

「ああ、やっぱ、タキさん、カッコいい...」と、ますますシヅクは、タキに惚れ込んでいたが、なんでもタキには恋人がいるとか。

​(タキさんにメロメロだったのに、今日は胸キュン度が著しく低い...)

シヅクは、作業するタキに道具を取ってあげながら、自分の心の変化を分析してみる。

(よだれを垂らしたワンコみたいだったのに...

​今日の私は、とっても冷静な気持ちでタキさんを見ているぞ)

​シヅクが、率先してタキを手伝うのも、彼と30cmの距離に接近できるから。

(いつもは心臓ドキドキ、

「私のことを好きになってクダサイ」アピールしまくってたのに。

タキさんの側にいても穏やかな気持ちでいられてる、私...)

​「手がお留守になってるよ、シヅク」

考え事をしていたら、シヅクの手は知らず知らず止まっていたらしい。

「すみません!」

「寝不足だったからな、シヅクは」

タキはにこやかに笑いながら、ゴーグルを外し、シヅクの肩をポンと叩く。

(こらこら、そういう誤解を生むスキンシップはやめなされ)

「はぁ、頭がちゃんとまわってません」

シヅクは素直に認める。

(爽やかな笑顔やなぁ、相変わらず。

その爽やかスマイルに、何度やられたことか!)

シヅクもゴーグルとマスクを外して、乱れた髪を整える。

(笑った時の目尻のシワとか、たまらんかったのになぁ...)

タキは「やれやれ」といった風の微笑を浮かべて、シヅクを見下ろしていた。

「ミスが起きたら困るから、シヅクは自分の仕事しておいで。

あとは、僕がひとりでやるから」

「すみません」

シヅクはタキに謝ると、資料保管室を出て、自分のデスクがある部屋へ戻ることにした。

振り返ると、天井灯を消して暗くした部屋で、作業テーブルの上のライトが青白く、彫の深いタキの横顔を照らしている。

(あんなカッコいい顔見ては、メロメロやったになぁ、私...。

タキさんは、相変わらずパーフェクトなんやけどなぁ。

なんか、もう、違うんだよなぁ...)

ぼやきながらシヅクが歩いていると、ドームへ続く渡り廊下へ向かうチャンミンの姿を見かけた。

(おっ、チャンミン!)

 

 

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(17)TIME

 

 

「おーい、シヅク、チャンミンをいじめてるな」

開け放たれた事務所の戸口から、タキが笑いながら入ってきた。

「!」

ふざけあっていた二人は、ぴたと動きを止めた。

シヅクはパッと、チャンミンから離れた。

「タキさん、ひどいなぁ。

​心優しい私がいじめる訳がないじゃないですかぁ」

(チャンミンとじゃれ合ってるとこを見られてまったー!)

「いじめてたじゃないか~」

タキは手にしていたタブレットをコツンと、軽くシヅクの頭を叩く。

「タキさんこそ、暴力反対です」

顔を赤くしたシヅクは、ポットの置いてあるカウンターへ。

チャンミンは思う。

(何赤くなってるんだよ)

チャンミンは二人のやりとりを無言で観察していた。

「今朝は早いんだね、チャンミン」

タキはチャンミンに声をかけた。

​「あぁ、はい」

​チャンミンは姿勢を正して、タキに会釈する。

(なんか、イライラする)

「はい、タキさん、コーヒー」

​「ああ、ありがとう」

爽やかな笑顔を見せてタキは、シヅクからマグカップを受け取った。

タキは立ったまま、ひと口コーヒーすする。

「ちょうどいいね」

「タキさん、薄いのが好きでしたよね」

「さすが、分かってるね」

チャンミンは、シヅクとタキの会話を聞いているうち、不機嫌になってきていた。

(なんだよ、あれ。

このようなシヅクとタキのやりとりは、いつものことなのかもしれない。

一昨日までは、目にしてはいたけど、全く気にならなかったのに。

今は、すごく、すごく気になる)

タキは仏頂面のチャンミンに気付いて言った。

「チャンミン、昨日はいなかったから、知らないだろうけど、大変だったんだ。

カイ君が出勤してきたら、一緒に行って様子をみてくるといい」

「何かあったんですか?」

シヅクから何も聞いてなかったし、チャンミンは出社してから未だ、業務記録をチェックしていなかった。

「排水関係がね。

カイ君に聞くといいよ」

じゃっと手を挙げて、タキはシヅクの方を向く。

「シヅク、始業前に悪いんだけど、ちょっと手伝って欲しいんだ」

「いいですよ」

シヅクはタキと肩を並べて、彼らの仕事場へ行ってしまった。

事務所を出る際、シヅクは振り向いて、

「じゃあ、チャンミン、また後でね」

手を振った。

「あ、うん」

ひとり残されたチャンミン。

シヅクとふざけ合ったことがくすぐったかったし、シヅクが「また後でね」と言ってくれたし。

同時に、ムカムカとした思いも抱えていた。

(なんだよ、タキさんは。

 

シヅクの先輩だからって...。

 

僕は、彼が気に入らない)

チャンミンには、自分の気持ちの正体がまだ分かっていなかった。

胃の辺りがぎゅっとする、不快な感覚。

「あっ!」

(僕はシヅクと話したいことがあったんだ)

昨夜、チャンミン自身が挙げた3つのリストについてだ。

(シヅクは後で、て言ってたから、その時にしよう)

自分の席に座り、デスクの上の自分のマグカップに気づく。

シヅクが淹れてくれたコーヒーの存在をすっかり忘れていた。

カップに口をつけて、

​「うわっ!」

どろどろに濃くて苦いコーヒー。

​シヅクの仕業だ!

シヅクの小さな悪戯を可愛らしく思えて、ひとり笑いをするチャンミンだった。

 

 

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(16)TIME

 

「おはよう、シヅク」

出勤してきたシヅクが資料室のドアを開けると、タキがヘラでボウルの中身をかき混ぜている。

「タキさん、早いですねー」

シヅクはロッカーから、仕事用のジャケットに羽織る。

普段、始業時間の1時間前には出社しているシヅク。

自分より早く、他のスタッフが出勤しているのは珍しい。

「昨日は、大わらわだったからね。3時間のロスを取り戻しているんだよ」

植栽場の地下にある排水パイプが詰まり、大量の水が逆流したトラブルのことだ。

「大変でしたよね、昨日は...ふわぁぁ」

シヅクが大あくびをすると、タキはぷっと噴き出す。

「寝不足?」

「ちょっとだけ」

​「目が充血してるよ」

おとといの夜は、病院でチャンミンに一晩付き添い、昨日は興奮し過ぎで寝付けず、シヅクは睡眠不足だった。

「濃いコーヒーを飲んできま...ふぁぁぁ」

​「ははは。僕もこれが終わったら、一杯もらおうかな」

「はあい」

タキは、バッドに据えられたシリコン製の型に、ボウルで混ぜていた粘性の高い液体を注ぎ込む。

植栽場で採取された種子を、アクリル樹脂で封じる作業。

アクリル樹脂に閉じ込められた種子は、数十年、数百年後に取り出され、芽吹くだろう。

時を閉じ込じこめる作業だ。

シヅクは、空気が入らないよう、慎重にボウルを傾けるタキを後に、廊下へ出る。

(眠い...眠い...眠すぎる...)

シヅクは首を回しながら、電気ポットのある事務所へ向かった。

築100年を超える老朽化はなはだしいこの建物は、経費の都合上、備品もクラシカルだ。

(おっと!)

デスクで頬づえをついているチャンミンがいた。

(チャンミン!)

顔がほてるのがわかる。


チャンミンも昨夜なかなか寝付けず、悶々として朝を迎え、職場が開錠する時刻になるや出社してきたのであった。

ぼんやりと無心でいるのは、いつものごとくのチャンミンだったが、胸の辺りがざわざわとして、落ち着かない。

ゆったりと落ち着いているように見えたとしても、実際はチャンミンの心臓は高まっていった。

つまり、チャンミンは、シヅクが出勤してくるのを、「待っていた」のだ。

(緊張するなぁ。

最初は、おはようの挨拶して...次に何話そうかなぁ)

一方、不意打ちのチャンミン登場で、シヅクの眠気はあっという間に消えてしまった。

「おはよ、チャンミン!」

何気なさを装ってシヅクは、元気よくチャンミンに声をかけた。

「......」

チャンミンは、気づかない。

(無視かよ!)

肩すかしをくらって、シヅクはムッとして、ガチャガチャと乱暴にカップを用意し始める。

(いつものチャンミンに戻っちゃってる。

なんだよ~、意識してるのは私だけかよ)

シヅクは、インスタントコーヒーにを自分のマグカップにスプーン3杯入れ、タキ用に2杯、チャンミンの方を振り返って、

(しゃあないな。優しいシヅクさんだから)

と、チャンミン用に7杯入れ、ポットからお湯を注いだ。

(くくく、とんでもなく、苦いやつを作ってやったぞ)

小さないたずらにシヅクはニヤニヤしながら、

「チャンミン、はいどうぞ」

​ぼ~っとしているチャンミンのデスクに、マグカップを置いた。

チャンミンは目の前のマグカップを見、それから振り仰いでシヅクを認めると、

 

​「!」

 

チャンミンの表情は、気の抜けたものから、硬直したものに変わった。

(おい、なぜ顔が固まるんだよ)

「おは...よう、ございます」

(やっぱりいつものチャンミンに戻っちゃってる)

内心がっかりするシヅクだった。

「あれ?」

彼の後頭部のひと房の髪が、カーブを描いて突っ立っている。

(珍しい。毎日、ビシッときめてくるのにさ)

「チャンミン、はねてるよ」

「?」

シヅクは、自分の頭の後ろを指さすが、彼には意味がわからないようだ。

(飛び跳ねる?)

「ほらぁ、そこ、そこだよ」

​「え?」

チャンミンの頭を指さすと、彼は後ろを振り返る。

「しょうがないやつだなぁ」

シヅクはチャンミンの後ろにまわって、彼のツンとはねた髪に触れる。

「!」

シヅクに触れられて、ビクッとするチャンミン。

「怯えんでもいいやないの」

彼の髪を撫でつけながら、シヅクは彼の後頭部をまじまじと観察してしまう。

(あら、チャンミンのつむじ、可愛い)

チャンミンは、シヅクに触れられた頭から背筋まで、ゾクっとしたしびれを感じていた。

(あ...!)

鳥肌がたっている自分に気づく。

(まただ...。

僕はシヅクのスキンシップに弱い)

シヅクはチャンミンの髪をツンツンと引っ張る。

​「痛っ」

 

「宇宙からの信号を受信しとるんか、あんたは?」

シヅクがチャンミンの頭を、ふざけてぐいぐい押さえつけているうち、チャンミンもだんだん可笑しくなってきた。

「電波妨害してやる、これでどうだ!」

調子にのったシヅクは、チャンミンの頭をつかんで、前後に揺する

「やめろよ、シヅク。首の骨が折れる」

チャンミンはすっかり楽しくなって、大げさに首をすくめてみせる。

「シヅクは、怪力だから」

「なんだとー!」

​「アハハハ」

(シヅクと一緒にいると楽しい)

(チャンミンが笑ってる!)

​シヅクは初めてチャンミンの笑い声を聞いた。

ますます楽しくなってきた二人。

「せっかくだから、全部ボサボサにしてやる!」​​

「やめろって」

「朝から元気だね」

​「わ!」

事務所入り口の方からの声にチャンミンとシヅクは同時に振り返った。

 

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