(9)TIME

 

~シヅク~

 

私は艶消しアルミのドアの前に立っていた。

 

廊下は薄暗く照明されていて、同じデザインのドアが左右に同じ間隔をとって並んでいる。

ここは、高層マンションの35階。

 

ドアチャイムのボタンを押す。

仕事終わりに、チャンミンのお見舞いに行くことを思いついたのだった。

 

この言い方は、正確じゃないな。

 

本当は、今朝彼と別れた時点から、行く気まんまんだった。

 

​早く仕事が終わらないかなぁ、とチャンミンのお見舞いを楽しみにしていたのだ。

自宅まで訪ねていったら、おかしいかな?

 

ギリギリまで迷っていたけど、ぼんやりしてる彼のことだ。

 

​いちいち頓着せんだろう。

​ドキドキ...。

なんか、緊張するな...。

 

おいおい、何緊張してるんだ?

 

どうしちゃったんだ、私?

 

ビニル袋が手に食い込んで痛い。

くそ~、重い!

 

手がちぎれる。

 

ちょっと買いすぎたな、こりゃ。

 

「ん?」

あれ?

ドアは開かない。

 

トイレにでも行ってるんかな。

ドア右のディスプレイには、「在宅中」のサインが点灯しているから、留守ではないのは確実。

もう一回、チャイムのボタンを押す。

気密性が高いから、中でチャイムが鳴っているかどうかまでは分からない。

「......」

長いトイレだ。

風邪だったし、腹でも壊してんのかな。

「......」

電話をかけようか...?

リストバンドを操作しかけて、私ははたと気づく。

「あっ!!」

くそ~。

チャンミンの電話番号、知らんかった。

「ったく」

5回連続でボタンを押す。

「......」

まだ、ドアは開かない。

「......」

 

 


 

「シズク!」

 

ドアの向こうから、驚いた顔のチャンミンが顔を出す。

 

「大丈夫かなぁ、と思って、お見舞いにきたの」

 

買い物袋を持ち上げてみせて、にっこり。

 

「わざわざ、いいのに...中入って」

「おじゃましまーす」

 

チャンミンの部屋に入れてもらう私。

 

独身男性の一人暮らしの部屋だなんて、なんだか緊張するぞ。

ニヤニヤするのを我慢する。

「口に合うかわからないけど」

「ありがとう。一緒に食べる?」

「いいの?」

「一人で食べても寂しいし」

「さすがチャンミン君。きれいにしてるね、部屋」

「まあね。座ってよ。お茶を淹れるから」

チャンミンはお湯を沸かしに、キッチンへ。

私は、リビングのソファに座って...。

とか、とか!

 

​あれこれ予行演習してたのに!

 

予定が狂ったじゃないか!


 

回れ右して帰る訳にはいかない。

 

大量に買ってきたこいつらを、チャンミンに直接渡せないまま、帰るなんて絶対にヤダ。

もう一回、チャイムを鳴らす。

しーん。

...ちょっと待て...よ?

まさか!

 

まさかのまさかだけど!

チャンミン..倒れてるんじゃ...ないよね...?

私の脳裏に、床にごろりとうつぶせで倒れているチャンミンの姿が浮かぶ。

「えぇ~!」

「どうしよ、どうしよ!」

「チャンミーン!」

大声で叫んで、ドアを叩いたが、無駄だと気づいた。

​「馬鹿か、私は!」

​中に聞こえる訳ないじゃん。

どうしよ、どうしよ!

悶死しないでくれ、チャンミン!

私のたくましい想像力は、喉をかきむしって、もがき苦しむチャンミンを見せる。

​しばし考えた末、

​「非常手段をとるしかないな...!」​​

 

 

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(8)TIME

 

~チャンミン~

 

目覚めると、寝室の中は薄暗かった。

病院で処方された薬をきちんと服用し、ぐっすりと眠ったから、気分爽快だ。

 

抗生物質(これは風邪のため)と消炎鎮痛剤(これは頭痛のため)。

 

それから頭痛予防薬(毎日服用)の3種類。

 

僕は弾みをつけて起き上がると、乱れた毛布はそのままに、ペタペタ裸足でベッドルームを出た。

 リビングの照明は点けていなかったので、全面ガラス張りの窓から、外の景色がよく見えた。

 

僕の部屋は、35階。

 

僕は、ショーツだけ身に着けただけの格好で、窓の縁に腰掛けた。

規則正しく並ぶビル群の明かりと、眼下を走る車のライトが無数に光っている。

いつもこんな景色は目にしているのに、見ようとしていなかったに違いない。

夜景を見て、初めてきれいだと感じる自分に驚く。

 

こんなにきれいな景色を目にしても、乏しい僕のボキャブラリーじゃ、「きれい」としか表現できな自分。

僕はこれまで、余程ぼんやりと生きてきたんだと思う。

熱のせいか分からないけど、フィルターがかかったような視界が晴れてきて、目にするものや聞こえるもの、匂いや感触に敏感になったみたいだ。

敏感に反応して、僕の感情が激しく動いているのが分かる。

何だかじっとしていられない、というか...。

発見したのは、僕にも「感情」とやらがあること。

僕の「感情」を呼び覚ましたきっかけは、きっとシヅクだ。

淡々と無感情に生きてきた僕だけど、

嬉しいも、悲しいも、何もなかった僕だけど、

この感じは、全然嫌じゃない。

この点が驚きだ。

 

急に可笑しくなって、くすくす笑ってしまった。

ひとり笑いなんて、気持ち悪いぞ。

完全に日が暮れて、部屋が真っ暗なのに気づいて、ようやくライトを点けた。

​窓ガラスに、ボサボサ頭の僕が映っている。

髪を乾かさずに眠ったせいだ。

僕の髪の毛は頑固だから、手ぐしでなでつけるだけじゃ大人しくなってくれない。

もう一回、シャンプーをして、ドライヤーでセットしよう。

ちらっとシヅクの思い浮かべたのは確か。

ぼさぼさ頭の僕なんか見せられないよ。

 

​きちんとした姿を見てもらいたい。

シャワールームに向かう動線上に、脱ぎ散らかした洋服や下着が、散らばっていることに気づいた。

僕は、1枚1枚拾い集めながら、

「はぁ、全く...」とつぶやいた。

僕はどうかしてる。

ありえない、こんな僕はありえない。

 

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(7)TIME

 

シヅクは、チャンミンが体調不良で欠勤する旨を、上司に報告すると、ドーム型植物園の片隅にある、ベンチに腰かけた。

ここは、広大なドームの端っこに位置し、

生垣がいい目隠しになっている。

他のスタッフたちは滅多に訪れない。

一人で静かに作業したい時にぴったりの、

シヅクお気に入りの場所だ。

バッグから愛用のタブレットを取り出し、早速、作業に取り掛かった。

毎日欠かさず提出しなければならない、報告書の作成だ。

書き出しの言葉に悩んで、腕組みをしていると、

「シヅク!」

​と、彼女を呼ぶ声が。

生垣の陰からひょっこり顔を出したのは、同僚のミーナだ。

「あーここにいた、探してたんだよぉ」

シヅクは、入力中の画面をオフにし、ベンチから立ち上がった。

 

​「な~に?」

「トラブル発生で~す」

「もしかして、また課長?」

シヅクは、顔をしかめてみせる。

「そうなの。

ネットワークに繋がらないって。

画面もフリーズしちゃって、どうしようもないみたい」

「やれやれ・・・」

シヅクは、タブレットをバッグに入れ、先を行くミーナの後を追う。

ミーナは勤続5年でシヅクの先輩にあたるが、同い年ということもあって、気軽に会話できる仲だ。

小柄で、胸が大きく、眼がくりっとした、「ザ・女子」な人物である。

 

ドームに繋がる建物に移動する。

 

ドームは広大で、かなり歩くことになる。

「あとね、ツヅク。

もう一個トラブルがあってね」

​ミーナは首をふりふり、事務所につながるドアを開けた。

この施設そのものが旧式なので、自動ドアではない。

「え~、嫌な予感がするんだけど」

ドアを閉めて、事務所までの廊下を早歩きで進む。

「詰まっちゃったみたい、排水ポンプが。

​業者に連絡したんだけど、早くて明後日になるって。

​タキさんたちが今、応急処置で大わらわよ」

タキさんは、シヅクの大先輩で、シヅクと同じ管理部に所属する30代の男性だ。

「今日、チャンミンが休んでるでしょ?

彼って、給水設備の担当じゃん」

(チャンミン!)

『チャンミン』の名前がミーナの口からでて、シヅクはドキッとした。

「あぁ!そうだったね」

慌てて返事をするシヅク。

「あの子、いてもいなくても分かんないくらい存在感薄いのに、

こういう時に限って、いないんだから!

第3植栽地が水浸しなのよぉ!」

プリプリ怒るミーナ。

「彼...体調悪いみたいだよ」

シヅクは、昨夜から今朝までの出来事を思い出す。

「いつもの、頭痛?」とミーナ。

「風邪みたい」

「ふぅん」

チャンミンは、半年ほど前から、頭痛に悩まされているらしく、他のスタッフたちから見ても明らかなくらい、頭を抱えていたり、こめかみを押さえていたりと、随分辛そうだった。

ここ一ヶ月ほど前からは、仕事を早退することもたびたびだった。

「明日には出勤してくると思うよ、チャンミン」

(彼の名前を口に出すだけで、ちょっとドキドキするんですけど、私)

「来てもらわないと困るわよ!」とミーナ。

「課長ー!シヅクさんを連れてきましたー!」

課長に声をかけ、ミーナは「じゃあ、よろしく」と、自分の仕事場へ戻っていった。

「すまんすまん。

​急に繋がらなくなってしまってね、画面も動かないんだ」

​頭をかきかき、申し訳なさそうな課長。

「見せてください」

「おお、すまんすまん」と言って、課長は椅子をシヅクに譲る。

機械オンチで足手まといになりがちの課長だが、温厚でのんびりとした性質が憎めないキャラとしてスタッフたちから好かれている人物だ。

PC関係のトラブルがあると、課長はシヅクが呼ぶ。

 

シヅクは、一日の大半をデータベースPCの前で過ごしているため、PC関連に詳しいと思われているらしい。

 

シヅクはあっという間に不具合を直し、ありがたがる課長を後に残して、仕事場のひとつである保管室に入る。

タキさんは、パイプの故障個所の確認と応急処置に行っているのだろう、不在だ。

 

​被害がポンプ室にまで、水が逆流することになったら大変だ。

(こんな時にチャンミンがいないなんて!)

シヅクはロッカーから取り出した長靴を履き、上下繋がった作業着に着替えた。

​(報告書の続きは、終業後にやろう)

シヅクはタキを手伝いに部屋を飛び出していった。​

 

廊下を走りながらシヅクは思う。

(帰りにチャンミンの様子を見に行こう)

 

​シヅクは、ぐったりと弱ったチャンミンの顔を思い浮かべていた。

 

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(6)TIME

 

~チャンミン~

 

僕は、感動していた。

職場に向かうシヅクの後姿が見えなくなるまで、僕はマンションの前に立ち尽くしていた。

彼女が貸してくれたマフラーに、首をうずめる。

タクシーで香った、シトラスの香り。

マフラーからも、同じ香りがする。

いつまでそこに立っていたんだろう。

これから出かけようとする同じマンションの住民が、不審そうに僕を見ている。

​軽く頭を下げて、僕は早歩きで自室に向かった。


 

自分の部屋に入って、いつもはそんなことしないのに、荷物を放り出して、ソファに身を投げる。

​「はぁ...」

目をつむって、昨日の夕方から、シヅクと別れたマンションの前までの出来事を、ひとつひとつ思い返してみた。

それから、今、僕の心の中に湧き上がっているものを味わう。

​僕は、感動していた。

そう、感動している。

ごろりと寝返りを打って、「はぁ」とため息。

しばらくじっとしていたけど、ソファから飛び起きる。

落ち着かなくて、僕はシャワーを浴びることにした。

いつもはそんなことしないのに、靴下、セーター、Tシャツ、パンツと床に脱ぎ散らかしていった。

​いつもと違う僕。

お湯の設定温度を、火傷しそうなくらい上げて、蛇口をいっぱいにひねって、一気にお湯を浴びる。

勢いよく頭や肩に当たるお湯が気持ちいい。

体調不良でぼやけてた思考が、クリアになっていく。

熱いお湯のおかげで、頭痛もさらに治まってきたようだ。

僕の中で、ぐるぐる回っている「いろんなこと」が、整理されていく。

お湯を止めた後も、僕はシャワールームの中でたたずんでいた。

僕の体からぽたぽた滴り落ちる雫の音を聞いていた。

じっとしていられなくて、シャワールームを飛び出し、体を拭くのもそこそこに、ダイニング・チェアに腰かけた。

「はぁ...」

両ひじをひざに付き、両手で顔を覆う。

僕は滅多に笑わないし、無口だから、不愛想な奴だと周りから思われていると思うが、全くその通りだ。

体調が悪かったこともあったけど、昨夜の僕はシヅクに対して、不愛想過ぎたかもしれない。

あんなに親切にしてくれたシヅクに、「ありがとう」のひとことしか言えなかった。

次に会ったときに、ちゃんとお礼を言おう。

ちゃんと、言えるだろうか?

​こんな風に、自分の言動を振り返るのも初めてだ。

熱がきっかけで、性格が変わったのだろうか?

そんな馬鹿な。

うつろにぼんやりと暮らしてきた僕の視界に、シヅクが現れた。

これまでも、シヅクは僕の近くにいたんだけど、全然眼中になくて...。

​でも、

でも!

​目をつむって、じっくり思い起こす。

僕の額に触れた、シズクの手の平の、さらりとした感触とひんやりとした体温。

僕の顔を覗き込んだ、アイラインをひいただけのシヅクの目。

タクシーでシヅクの肩にもたれかかった時の、シヅクの香り。

五感で、シヅクの存在が、急に「生っぽく」、僕を刺激したんだ。

昨夜を境に、僕の視界が広がった。

​これまでモノクロだった僕の世界が、フルカラーになった。

停滞していた僕の思考や感情が、動き出したんだ。​

 

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(5)TIME

 

白々と夜が明けようとしていた。

 

​まだ外は薄暗いけれど、空のすそはほのかに白い。

​チャンミンとシヅクは、急患用出入口から外へ出ると、肩を並べて歩き出した。

きりっとした冷気が、まだ微熱のあるチャンミンの頬に気持ちよかった。

シヅクは、コートのポケットに両手を入れて歩きながら、チャンミンを見上げる。

「熱とだるさは、ただの風邪だってね」

「うん」

チャンミンのあご先は「ゾクっとしたらいけないから」と再び巻かれたシヅクのマフラーに埋もれている。

「よかったね」

「うん」

「頭痛によく効く薬をもらえてよかったね」

「うん」​

さんざん検査を受けた結果、医師からの説明によると、あっさり異常なしとのことだった。

拍子抜けだったが、チャンミンのバッグの中には、3種類の錠剤が、プラスティックボトルの中で音を立てている。

昨夜の雨でまだ濡れているアスファルト。

シャッターの下ろされた店舗街。

 

煌々と明るいコンビニエンスストア。

まだ暗いオフィスビルのエントランスホール。

シヅクが黙ってしまったので、チャンミンは右、左と交互に蹴りだす自分のスニーカーに視線を落とす。

隣には、シヅクの頑丈そうな黒い靴。

細身の黒いパンツ。

(ずいぶん、男っぽい恰好しているんだな)

視界の左にちらちらする、鮮やかな赤。

赤いダッフルコートはシヅクによく似合っていた。

(彼女は赤が似合う)

マフラーのないむき出しの首は寒々しくて、ほくろがある。

(髪の長さは僕と同じくらいだ)

短い髪から覗く小さな耳は、寒さで赤くなっている。

(アクセサリーはしないんだ)

目じりにひかれたアイライナー。

(シヅクによく似合っている)

知らず知らず、チャンミンはシヅクをじっと観察していた。

(今まで、気づかなかった。

隣を歩く、この人が、

どんな服を着ているのか?

どんなバッグを持っていて、

どんなヘアスタイルをしていて、

どんな横顔をしているのかなんて・・・)

 

 


 

ひょいっと横を向いたシヅクと、バチっと目が合ってしまった。

 

あからさまにビクッとするチャンミンの様子に笑うシヅク。

「何よ~じろじろと。

シヅクさんがあまりに美しくて、見惚れちゃった?」

シヅクが冗談めかして言うと、

シヅクと視線を合わせたままチャンミンは答える。

「うん」

「は?」

片足を踏み出したままのポーズで、シヅクは一時停止してしまった。

チャンミンも立ち止まる。

黒づくめのファッションに、ふわふわした女もののマフラーを巻いているチャンミン。

乱れた前髪のひと房が、片目にかかっている。

彼の瞳は、しんと澄んでいて、まっすぐシヅクに視点を結んでいる。

笑いもせず、かといって無表情でもないチャンミンの今の顔。

(かぁぁぁぁ・・・!)

シズクには、自分の顔にみるみる血が上って、耳まで赤くなっていくのが分かった。

「?」

チャンミンは、口をぽかんと開けて固まっているシヅクを、不思議そうに見つめる。

「顔が真っ赤だよ。

シヅクも風邪?」


 

びっくりしたよ。

普通っぽくさらりと言うんだもの。

おそらく、あの時のチャンミンには、照れも恥ずかしさもなかったのだろう。

思ったままを素直に口に出しただけだからね。

でも、なんか...感動したかも。

他人に興味をもたなくて、感情がわかりにくいチャンミンが、あんなこと言うなんて、ね。

私のこと見てた、なんて。

やれやれ、

ドキッとしちゃったじゃん。

これっぽっちで動揺する私はお子様か?

 

 


「チャンミン、頭を熱でやられたの?」

シヅクは、どぎまぎする自分を悟られないよう、冗談めかして言う。

「ああー!」

両手を空に向かって伸ばして、

 

「私は腹が減ったぞ!

あと2時間で仕事だぞ?

大丈夫かな、私?」

 

と、お腹の辺りを手でぐるぐるなでた。

シヅクは照れくさくて、チャンミンの方を見られない。

この間無言だったチャンミンも、ハッとしたように再び歩き出した。

「ごめん、僕のせいで...、

あの・・・、

空腹にさせてしまって・・・・」

「謝らないでー。

そういうつもりじゃないのよ」

 

​(謝りポイントがズレてるんだけど...

可愛いなぁ)

シヅクはチャンミンの正面に回り込んで、彼の顔を見上げる。

チャンミンは、本当に申し訳なさそうに眉をひそめている。

(可愛い顔しちゃって)

シヅクはパチンと手を叩いて、

「そうだ!

チャンミン!

肉まんをおごってくれ」

シヅクは、通りの向こうのコンビニエンスストアを指さした。

ちょっと驚いた表情をした後、再び眉をひそめてチャンミンは小さな声で言う。

「ごめん、僕お金がなくて...」

「あー!

そうだったね、ごめんごめん。

うーん、じゃあ今度、

今度、ごちそうしてな?」

「うん」

ほっとしたようなチャンミンのほほ笑みに、シヅクの胸がグッとつまる。

 

​(なんか、感動するんですけど・・・)

 


 

二人は、チャンミンの住むマンションの前に立っていた。

 

「チャンミン、今日は仕事を休むんだよ?

職場には私が説明しとくから」

「ちゃんと薬を飲んで寝ているんだよ?」

「うん」

じゃあね、と立ち去ろうとするシヅク。

「シヅク!」

​振り向くシヅク。

「ありがとう」

チャンミンには、これだけ言うのがやっとだった。

「どういたしまして」

にっこりとシヅクは笑った。

​その笑顔に、目が離せなかった。

 

 

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