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バブちゃん
「いっぱい買い物しましたねぇ」
チャンミンは、ドサドサっと置かれた紙袋を覗き込んで、呆れ顔だ。
「暑くなってきたでしょ。
夏服を揃えないとね」
ミミは、買い物してきたものをひとつひとつ取り出してみせては、チャンミンに見せる。
「僕のうちで出さなくてもいいでしょうに」
「チャンミンに見てもらいたいの!」
チャンミンは一日ミミの買い物に付き合い、冷たいものでも飲んでひと休憩しようと二人はチャンミンの部屋にいた。
(今日こそ、僕のおうちにお泊りしてくれますよね。
いよいよ、「アレ」を試す時が到来しました。
ぐふふふ)
・
「チャンミン、どう?」
白いサンダルを履いたミミがポーズをとっている。
「はいはい、可愛いですよ」
「『はいはい』って何よ!
全然見てないじゃないの!」
憤慨するミミをよそに、チャンミンは寝室のクローゼットに頭を突っ込んで、何やらごそごそと忙しい。
(メロン味がいいかな。
やっぱり、チョコレート味かな)
「ミミさーん」
チャンミンはリビングにいるミミに声をかける。
「なーにー?」
Tシャツに胸を当てていたミミは、寝室にいるチャンミンに向かって大声で答える。
「ブドウって好きですか?」
「ブドウ?
普通、かなぁ...。
マスカットなら大好きだよ」
(マスカットですか...。
マスカット味はないですね...)
顎に手を当て、うーんと悩むチャンミン。
(イボイボがいっぱい付いているのにしよう、よし!
今度は、ちゃんと箱から出しておいて...
枕の下に仕込んでおけばオーケーだ...っと)
(この帽子...微妙に似合わないな...返品しようかな)
買ってきたばかりの帽子をかぶった姿を鏡に映していたミミ。
「チャンミーン!!」
「はいはい。
似合いますよ~」
「こらっ!」
「わっ!」
真横にミミが立っているのに驚いたチャンミンは、手に持っていたものをさっと後ろポケットの中に隠した。
「こそこそと何やってるの?」
「えーっと...水着を探していたんです」
(これを見られたら、100%ミミさんに怒られる!)
「ベッドで?」
「ミミさんと、海に行きたいなぁって思いまして...」
「ふうん」
「で、何ですか?
僕に何の用ですか?
何か企んでる顔をしてますね」
ミミはニヤ~っと笑うと、背中に隠していたものをずぼっとチャンミンの頭にかぶせた。
「何するんですか!?」
「......」
ミミは目を真ん丸に見開いて、両手で口を覆っている。
(やだ...。
チャンミン...)
「何ですか?
...帽子...ですか?」
つばを持って、ミミによってかぶせられた帽子をとろうとした瞬間、
ミミがチャンミンの首にとびついた。
「可愛い!」
「へ?」
「チャンミン!
可愛い!
可愛すぎる!!」
チューリップハットのように、つばがひらひらとしたデザインのこの帽子。
夏フェスに行く時にかぶろうと、ミミが買ったこの帽子。
(私にはさっぱり似合わないこの帽子が!
チャンミンがかぶったら...なんて可愛いの!)
ベビーフェイスのチャンミンがかぶると、ますます幼稚になってミミは胸が苦しくなる。
(赤ちゃんみたい...)
「可愛いって、何ですか!?」
ミミに子ども扱いされるのを、日ごろ嫌がるチャンミンだった。
むぅっとして帽子をとろうとしたら、ミミに抱き寄せられ頭を撫ぜられた。
「よしよし」
「!!!!」
ミミの胸に頭を抱え込まれ、今度は背中をとんとんと叩かれた。
まるで赤ん坊をあやすかのように。
「僕は、赤ちゃんじゃありません!」
「は~い、泣かないでねぇ、よちよち」
「!!!!」
「おむつが濡れてるんでちゅか?」
(ミミミミミさん!
頭がおかしくなったんですか!)
「おむつを替えまちょうかね?」
(なんだかよく分かんないけど、ミミさんに付き合ってあげよう)
うんうんとチャンミンは頷いた。
「気持ちわるかったねー、よちよち」
(ミミさんは...もしかして...
もしかして...!
『赤ちゃんプレイ』の趣味があるんですか!?」
チャンミンの脳裏に、大股広げてミミの手によっておむつを交換される自分のイメージがぼ~わんと浮かんだ。
(どうしよう...
そのジャンルは、勉強不足です。
赤ちゃんプレイですか...えっちです...)
「おっぱいの時間でちゅねー」
「!!!」
(やっぱりミミさんは、『その手』の趣味の持ち主だったんだ!
でも...嫌いじゃないですねぇ...)
「おっぱい下さい...」
頬に押しつけられたミミの胸に、チャンミンの手が伸びたが、ぐいっと力いっぱい引き離された。
「え?」
きょとんとするチャンミンに向かって、ミミはベッドに仰向けになって倒れこんだ。
「はー!
気が済んだ!」
(気が済んだ?)
「ひどいですよ。
途中で止めちゃうんですか?
気が済んだって何ですか?」
ミミは起き上がると、チャンミンの頭をくしゃくしゃと撫ぜた。
「その帽子のチャンミン見てたら、我慢できなくって...
すごく可愛かったの。
一度でいいから、チャンミンを赤ちゃん扱いしてみたかったの。
満たされました。
ありがとうね」
ぷうっと頬を膨らませたチャンミンは、
「僕こそ、我慢できません」
起き上がったばかりのミミを押し倒した。
「ミミさんのおっぱいが欲しいです!」
「チャンミン!」
ずいっと寄せてきたチャンミンの顎を、ミミは両手でおしとどめる。
「今さら何ですか!?
僕の『男』の部分に火をつけておいて。
引き返せませんよ」
あの帽子をかぶったままで迫ってくるチャンミンだったから、ミミは可笑しくてたまらない。
「ぷっ」
(やだ...。
やっぱり可愛い)
仰向けになったミミの上にチャンミンはのしかかると、ミミの頭を囲うように両腕をついて上半身を支えた。
「笑っていないで、真面目に!」
ミミを睨んだチャンミンは、顔を斜めに傾けてミミに口づける。
「んんー
!」
(おー。
ミミさんとのキス...最高です)
(ごめん...チャンミン!
集中できない...
だって...だって...)
「ぷぷーっ!」
「ミミさん!」
こみあげてくる笑いを抑えきれないミミは、重ねた唇の合間で小さく吹き出してしまった。
「チャンミン...その帽子をとってくれないと...全然その気になれない...」
(いい雰囲気になればなるほど、
チャンミンったら...赤ちゃんみたいなんだもの...)
眉間にしわをよせて、口を思いっきりへの字にしたチャンミンは、帽子を取ってベッドの向こうに投げた。
「これでいいですか?」
帽子を脱いだ途端幼っぽさが消えて、先ほどのキスの余韻で男の色香が漂うチャンミンにミミはドキリとする。
(帽子ひとつでこんなに印象が変わるなんて!)
ミミはベッドに横たわると、覆いかぶさるチャンミンの両肩に腕を預けた。
(キスのやり直しです)
「あっ!」
と、ミミが声を出した。
「!」
ぴたっとチャンミンの動きが止まる。
「ごめんね、ちょっと待って」
ミミはチャンミンの下から抜け出ると、小走りで寝室を出て行ってしまった。
「え...?」
(可愛い下着に着替えてくるのかな...。
ミミさんったら...やる気満々ですね。
その情熱、僕がしかと受け止めますよ)
急にミミがいなくなって、しばし呆然としていたが、持ち前のポジティブシンキングを発揮するチャンミン。
チャンミンは、ミミが戻ってくるのをベッドで待つ。
靴下を脱ぎ、ベルトを外し、着ていたパーカーを脱ぎかけたが、
(おっと!
危ないところだった。
先に裸んぼになってたら、のちのちの進行に支障をきたしますよね。
少しずつ、お互いに脱がしていくってのが、正しい手順だ、うん)
5分後、ミミはチャンミンの元に戻ってきた。
(下着だけで登場...かと期待しましたが、
ミミさんは恥ずかしがり屋さんってこと、僕はちゃんと知ってますよ)
「いいですか?」
ミミは首を振る。
「?」
「ごめんね。
はっきり言うけど、今日はできません」
「へ?」
「今日はできないの」
「ええええーー!?
どうしてですか!?」
「うるさい!」
耳元で大声を出したチャンミンに、ミミは顔をしかめた。
「どうしてですか?
お腹がぽっこりしてても、僕は全然気にしませんよ。
ミミさん、お昼にいっぱい食べてましたからねぇ」
「失礼ね!」
「じゃあ、何でですか?」
「アレがきちゃったのよ」
「アレ?」
「そう、アレ」
「そうですか...」
チャンミンはがくりと肩を落とした。
「そればっかりは、どうしようもないですね...」
「せっかく準備してくれてたのに、ゴメンね」
「?」
ミミはチャンミンのズボンの後ろポケットに、素早く手を伸ばした。
「わ!」
ミミは人差し指と中指の間に挟んだものを、ちらちらとチャンミンに振って見せた。
「ミミさん!」
チャンミンの顔が、ばばばっと赤くなる。
「黒いパッケージ...『マグマX』...すごいネーミングね」
「そう...ですね」
(いつもと逆のパターンは、調子が狂います)
ミミはベッドの下に落ちていたものを拾うと、チャンミンの膝にまたがった。
そして、ぎゅっとチャンミンの頭にかぶせる。
「!!」
「可愛い!!」
「ミミさ~ん!」
チャンミンは抗議の表情をしてみせたが、ミミの笑顔を見てしまうと怒る気がなくなってしまうのだった。
「ぎゅー」
ミミはチャンミンの首に腕をまわすと、チャンミンの耳元で囁いた。
「フェスに行く時、この帽子かぶって行ってね」
「嫌です」
「ケチ」
「ミミさんがかぶっていったらいいでしょうが。
ほら、かぶってみせてください。
...ミミさん...。
...全然似合いませんね」
「ムッ」
「仕方ありませんね。
僕がかぶってあげますよ」
「可愛いー!
よちよち、ミルクをあげましょうねー」
「僕は赤ちゃんじゃありません!」
......そんなこんなで、この2人は相変わらず仲良しなのであった。
(『バブちゃん』おしまい)
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【番外編】Hug -チャンミンのビキニパンツ-★
ペールカラーが流行ですって?
太ってみえるじゃないの。
却下。
ハイウェスト・ボトム...お腹をすっぽり覆ってくれるから大歓迎。
深く倒した背もたれに身を預け雑誌をめくっていたら、頭上の光が遮られた。
「?」
視線を上に向けると、誰か...男の人?が、私を見下ろしていた。
逆光で顔はよく分からないけれど、にっこり笑った口元から覗く歯並びのよい白い歯が好印象だ。
「お嬢さん、ここ、いいですか?」
「は?」
お嬢さんですって!?
ぷぷーっと吹き出しそうになるのをこらえた。
薄い色つきレンズのサングラスをかけたその若い男は、私の許可も得ないまま隣に腰掛けた。
丸いレンズの下の目も丸くて、なかなか可愛いい子じゃないの。
「おひとりですか?」
「見ればわかるでしょ?」
「あなたのような素敵な方をこの浜辺で一人にしておくのは心配だ。
この僕があなたのボディーガードになってさしあげましょう」
「はぁ...」
なんてキザったらしい男なの!?
若いくせに...私より何歳も...、台詞がくさいんですけど!?
組んだ両腕を枕にしてごろりと横になったその男を、横目で観察した。
変な柄のシャツの下は当然だけど水着で、その下からにょきっと細くて長い脚が伸びている。
大きく育ち過ぎた子供みたいに、健全そうだ。
私はムキっと筋肉がつき過ぎていて、すね毛が濃い男の人の脚は好きじゃないから。
「日焼け止めを塗って差し上げましょうか?」
私の視線に気づいて、彼は傍らに置いたボトルを振ってみせた。
「いいえ!
結構です!」
「そうですか...」
私は雑誌の方に意識を戻した。
「泳がないんですか?」
「えっ?」
しまった...。
無防備にも、この軽薄そうな男に私の水着姿をさらし続けていた。
ワンピースタイプにしようか、セパレートタイプにしようか迷いに迷って、結局両方買ったのだった。
身体はひとつしかないから、この夏は海に1回、プールに1回行けばいいことだ。
今日はセパレートタイプをセレクトしていた。
上がモスグリーンで、下がダークグレーで、上下の色が別々なのがいい。
股ぐりも深すぎないし、おへそも隠れる深履きタイプ(流行りなのだそう)だから助かる。
「!」
若い男は、私の足先からデコルテまでを舐めるように見たかと思うと、再び足先へと視線を戻していく。
「!!!」
ぴとっと、若い男の手が私の太ももに落とされた。
「どスケベ!!」
雑誌を投げつけた。
「お嬢さんがあまりにも魅力的でして...。
こら!
“おいた”した僕の手は、懲らしめておきましたから安心してください」
若い男は自分で自分の手の甲をピシャリと叩いてみせた。
なんてくさい台詞...。
お嬢さんですって...。
「ププー!!!」
「ちょっとミミさん!
ここは笑うところじゃないですよ」
丸レンズのサングラスを外した若い男...チャンミンがむぅっと膨れていた。
笑いたい人は笑ってくれていい。
私とチャンミンは、『浜辺のナンパ』ごっこをしていたのだった。
バカバカしいでしょ?
「だってチャンミン...台詞がダサいんだもの...ぷぷーっ!
『お嬢さん』って...一体いつの時代?」
「仕方がないでしょう?
ナンパなんてしたことがないんだから」
チャンミンは、ビーチサンダル履きのかかとをパタパタさせた。
「キザったらしくて、案外ウケがいいかもよ?」
「ホントですか!?」
「そのサングラスは、どうしちゃったの?
いつものチャンミンじゃないみたい。
浜辺のナンパ師みたい」
ホントは似合っているけど、素直に褒めるのが照れくさくてけなしてしまった。
「これですか?
イメチェンですよ。
好青年な僕が、チャラくなって...ミミさん、惚れ直したでしょ?」
「ナンパの練習をしたかったの?」
「ミミさんという彼女がいながら、ナンパなんてしませんよ!」
「ほんとにぃ?」
目を細めてチャンミンを疑わしそうに見る。
お断りしておくが、この茶番劇を思いついたのはチャンミンで、私はチャンミンに付き合ってあげているだけ。
この端正な顔立ちとすらりとした長身の持ち主は、私の年下の彼氏だ。
「じゃあどうして、ナンパごっこなんてしたかったの?」
「それはですね。
いつもミミさんは僕の隣にいるでしょう?
隣にいるミミさんが当たり前になってきてるんです。
だから、他人の視線でミミさんを見てみたかったんですよねぇ。
新鮮じゃないですか?」
チャンミンはしみじみ、といった感じに目をつむって何度も頷いている。
やだな...可愛いことを言ってくれるのね。
「ホントは、ホンモノの砂浜でやってみたかったなぁ...」
「仕方がないよ...」
フロントガラスを大粒の雨粒が叩いている。
そう。
私たちは、車内にいた。
私が運転席で、チャンミンが助手席。
「全くもって、残念です」
「そうね」
海水浴に向かったものの、途中で大ぶりの雨に遭い、引き返そうとしたのにしつこく駄々をこねたチャンミンに折れたのだ。
車内から、グレーの海の高い波に洗われる砂浜を、恨めしそうな目でにチャンミンは眺めている。
「僕はこの日のために生きてきたんですよ?」
「大袈裟ねぇ」
なかなか休みが合わない私たちだった。
前回のデートは、チャンミンと一緒にショッピングに行ったときだったけ?
「恥ずかしいから、もう服を着ていいでしょ?」
チャンミンに請われて渋々水着姿になった私(しかも、車内で)。
浜辺で着がえるのが面倒だった私たちは、しっかり水着を着こんで出かけていたのだった。
「えー、そのままでいて下さいよ。
それにしても、車の中で水着って...えっちな光景です」
また始まった...。
チャンミンを無視してワンピースを頭からかぶる。
ゆるっとした麻のワンピースは、浜辺での着替えの時便利だから。
「ミミさん」
「はいはい」
「怒らないでくださいね」
「チャンミンが『怒らないでくださいね』って前置きするときは、絶対に私を怒らせること言うんだよね」
「ばれました?」
「怒るかもしれないけど、どうぞ、話していいよ」
「あの...今からしませんか?」
やっぱり...。
「却下」
「どうしてですか!?」
「外だし、明るいし、車の中だし、狭いし...ヤダ」
「ミミさんったら、だからこそいいんじゃないんですかぁ」
「嫌よ。
ハンドルとかにぶつけるし、誰かに見られるかもしれないし...」
「アレでしたら、バッチリ用意してありますよ」
やっぱり...。
「海に行くのに、どこでソレが必要になるのよ?」
「ほら、夏の浜辺は恋が生まれやすいでしょう?
『ひと夏の恋』ってやつです。
男と女の情熱が燃えやすいですよ。
僕の見事なボディを見て、ミミさんが発情するかもしれないじゃないですか?」
「はぁ!?
発情って何よ!?
チャンミンったら、私がいつも飢えてるみたいなことばっかり言うんだから!
ひどいわね!」
「まあまあ。
そんなに怒ると眉間のシワが消えなくなっちゃいますよ」
「シワって...私が年のことをどれだけ気にしているか、知ってるくせに!
ひどいよチャンミン...!」
両手で顔を覆って、わっと泣く真似をしたら、チャンミンは本気でおろおろしだした。
「ごめんなさい...ミミさん...ごめんなさい。
全部冗談ですから。
ミミさんは綺麗ですから。
シワがちょっとくらいあっても、それが魅力的なんですから」
「こういう時はね、シワなんか全然ない、って言わないと」
「あは。
そうですね」
ところどころで毒舌を織り交ぜるチャンミンは相変わらずのこと。
私をどぎまぎさせたり、ムッとさせるのを楽しんでるのだ。
けれども賢い子だから、からかった後にはフォローするのを忘れない、本気で触れて欲しくない話題は避けている。
「聞きたいことがあるんですが...。
怒らないでくださいね」
「次は何よ?」
「ミミさんは、カーセックスの経験者なんですか!?」
「バカっ!
チャンミンのバカっ!」
「そうですか...経験者ですか...」
しょんぼりしたチャンミンの頭をよしよしと撫ぜてやる。
話題を変えてあげようっと。
「チャンミン、じゃんけんしよ」
「えっ、えっ!?」
「じゃーんけん、ポン」
私がグー、チャンミンがチョキ。
「チャンミンの負け。
罰ゲーム決定!」
「いきなりじゃんけんなんて、ズルいですよ!」
「罰ゲーム!」
「何ですか?
雨の中踊ってこい、とかだったら全力でノーと言いますからね」
「チャンミン...その短パン脱いで」
「えっ!?」
「短パンを脱ぐの」
「これ、水着ですよ?
水着を脱いだら...、裸ん坊ですよ?」
「いーえ。
その水着の下にも水着を履いてる!」
「!!!」
「海水浴に気合を入れてるチャンミンなんて、私にはお見通し。
チャンミンの『勝負海パン』を見せて!」
「嫌です!
恥ずかしいから!」
膝上丈の水着の下に、ぴったぴたのビキニ型水着を履いているのを、出がけの着替えの時に目撃してしまったのだ。
チャンミンにはいつもからかわれているから、そのお返し。
「恥ずかしいのに、どうしてそれを履いてきてるの?」
「ミミさんがどんな水着を着てくるかで、どっちにするか決める予定だったんです」
「私の水着?」
「おばさんパンツみたいな水着だったから、半ズボン型にしたんです」
「おばさんパンツだなんて、失礼ね!
こういう形のが流行なの!」
「僕はもっと股がこう...ぐいっと深く切り込んだやつが好きなんです」
今日は着てくるのをやめたワンピース型の水着がそうだった。
「ミミさんのがセクシー水着だったら、僕もセクシム水着になりますよ」
先日チャンミンと買い物に出かけた時に、水着を2着買ったのだ。
「チャンミンの方こそ、勝負水着を見せなさい!」
「嫌です!」
「脱ぎなさい!」
「ひゃー、教官!
怖いです!
でも...厳しくされるの...僕は嫌いじゃないです。
ぐふふふ」
チャンミンの手が緩んだ隙に、上に履いた水着をぐいと引き下ろした。
「ちょっ...!」
「......」
「ミミさんもえっちですねぇ。
じろじろ見ないでくださいよ」
「......」
ぎりぎり見えるか見えないかの浅履きで、お初の時は暗くてよく見えなかったから、明るいところで見るのは初めてだけど...初めて見るけど...。
「チャンミンったら...ギャランドゥが凄いのね...」
「恥ずかしい!」
「へぇ...意外。
腕とか脚は薄いのにねぇ...」
「そんなに飢えた目で見ているってことは...『ヤル気』が出ましたか?」
「バカ!」
「なんでしたら、これも脱いじゃいましょうか?」
「チャンミンのバカ!」
「あははは!
さてと。
恥ずかしいので、もうおしまいです」
太ももの半ばまで下ろされた水着を引き上げてしまい、チャンミンのワイルドな下腹が隠れてしまった。
「残念」
「この水着は買ってみたものの、セクシー過ぎるんです。
もっこりしちゃうでしょ?
ミミさんの視線がここにばっかり釘付けになっちゃうでしょ?
海で泳ぐどころじゃなくなりそうですからね」
「こら!」
この子ったら、からかってばかりなんだから。
「そろそろ帰ろっか?
途中でご飯食べて行こうか?」
シートベルトをはめようとしたら、チャンミンに止められた。
「まだここにいたいの?」
チャンミンがふふんと得意げな表情をした。
「お昼は『ここ』で食べるんです」
「?」
「お弁当を作ってきたんです。
朝4時起きですよ?
浜辺でビーチパラソルの下で、食べる予定でしたが」
「わぁ!」
一人暮らしの若い男の子が所有していること自体が驚きの、お重を膝に乗せた。
サンドイッチや巻きずし、卵焼きにから揚げ、くし切りにしたオレンジもある。
なんて子なの...。
可愛いことしちゃって...。
「たんと召し上がれ」
「どれも美味しそう!」
「そうだ!
肌寒いですよね。
なんと、ホットコーヒーもあるんですよ」
後部座席に置いたトートバッグから、大きな水筒をとりだしてきた。
プラスティックのカップに、とぽとぽと熱くて黒い液体を満たす。
「気が利くでしょう?」
「うん」
白い湯気が、エアコンの冷気で冷えた鼻先を温めた。
「美味しい」
「でしょ?
暑い季節に熱い飲み物って、いいでしょ?」
「うん」
胃の腑からじわっと温かさが染み入っていく。
チャンミンの優しい心に触れて、嬉しくて、泣きそう。
「ありがとう、チャンミン」
「どういたしまして。
僕に惚れ直しましたか?」
「うん。
惚れ直したよ」
「お弁当を食べ終わったら...ミミさん、お願いがあります」
「それって、絶対に怒ることでしょ?」
「何だと思います?」
チャンミンの考えそうなことは、簡単に分かるんだから。
「ホテルで水着プレイ」
チャンミンは目を丸くして、ショックを受けたといった風にガクガクと震えて見せた。
「ミミさんったら...僕を越えてえっちですねぇ」
「え?」
「ミミさんの車を運転させて欲しいなぁ、ってお願いしたかったんですよ。
帰りは僕が運転しますよ、って」
「むっ!」
「ミミさんときたら...やれやれ...困った人だ。
僕はただ運転をしたかっただけなのに...」
「ホントは違うくせに!」
「ハハハッ。
どうでしょうねぇ?」
チャンミンは鼻にしわをよせて笑った。
「チャンミンのビキニパンツ」おしまい
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保護中: (3)1/3のハグー僕らの誕生日ー
(2)1/3のハグーシロクマ作戦ー
目覚めると、離したはずの布団がぴったりと寄せられていた。
チャンミンの小さな抵抗に、くすりとしながら寝起きのぼんやりとした頭で、隣の布団に視線を移すと。
(あれ?)
ひょろ長いチャンミンにしては、妙に布団がこんもりしているような。
「チャンミン?」
腕を伸ばして、えいっと掛布団をめくると...。
「ひゃっ!」
現れたのは、ふわふわの、毛むくじゃらの白い大きな塊。
ミミは尻もちをついたまま、理解が追い付かないまま、口を開けたままだ。。
「くくくく」
広縁の籐椅子に体育座りをしたチャンミンが、笑いこけていた。
「チャンミン!」
「ミミさん、びっくりしました?」
キッと睨みつけるミミを見るほど、クツクツと笑いがこみあげてくる。
「びっくりしましたよね?」
「.....」
「僕がいなくなって」
「......」
「シロクマになってて...、
驚きました...よね?」
「......」
「怒りましたか?」
「......」
応えず黙ったままのミミ。
「怒ってます、よね?」
「......」
「ごめんなさい」
ミミはため息をついた。
(反則だよ。
その目も、下がり眉毛も、への字口も)
「怒ってないよ。
チャンミンが元気になったみたいで、安心したの」
本当は、人の心配も知らずに、子供っぽいイタズラをして楽しんでいるらしいチャンミンの呑気さに、少しだけムッとしたのだけれど。
ずり落ちたタオルを取り換えてあげたり、湯冷ましを飲ませたり。
昨夜は寝たり起きたりを繰り返したため、ミミは寝不足気味だった。
夜中に、「コーラが飲みたいです、スカッとしたい」というチャンミンの要望を受けて、ミミはコーラを買いに行った。
財布を持って、スリッパ履きで。
照明がしぼられ、静まり返ったロビーでは自動販売機のたてるモーター音が低く響いていた。
チャンミンと二人、浴衣を着て、湯殿前のベンチで待合わせて、旅館の小さな売店でくだらない物を買うこともできなかったけれど。
チャンミンの新しい顔を見られた。
もともと言動が実年齢より幼い彼だが、言葉は選んで口にする賢明さと、細やかな気配りができる余裕も持ち合わせてる。
かいがいしく世話をやくことは、嫌いじゃない。
相手がチャンミンだから、むしろ楽しい。
チャンミンの小さなわがままが微笑ましかった。
「楽になった?
熱は?」
手招きすると、チャンミンは尻尾をぶんぶん振る大型犬のように、ミミのそばまで這ってきた。
チャンミンの額に手の平を当てる。
「んー。
まだ熱いわね。
朝ごはん食べたら、診療所で診てもらおう」
「え~、それはミミさんに悪いです。
せっかくここまで来たんですから。
僕は部屋で寝てます。
ミミさんは観光に行ってきてください」
「それはできません!」
きっぱり言いきったミミは、怒った表情を作ってチャンミンを見据えた。
女の子のように優しい目元と、薄っすら生えたヒゲとのギャップにミミは感心する。
(この子ったら、可愛いなぁ)
チャンミンは、間近に迫ったミミの顔に、先ほどまでのふざけた気分がかき消え、ミミを求める熱い想いが湧き上がってきた...。
昨夜、ふざけてミミさんの布団にもぐり込んだ。
勇気がたっぷりと必要なおふざけだった。
交際3か月。
ミミさんに手を出したくても、恥ずかしいことに、僕には経験がない。
ミミさんくらいの女性なら、恋愛経験も豊富なんだろうと想像すると、どうしても気後れしてしまって...。
初めてのお泊りだったのに、僕ときたらバッド・コンディション過ぎた!
せっかくの、せっかくのチャンスだったのに。
悔しいったら。
はぁ、それにしても、目の前のミミさんときたら。
色白だな、頬に散ったソバカスが可愛いな。
茶色の瞳に僕の顔が映っている。
ミミの目前で、チャンミンの焦点が自分ではないどこかに合っている。
「チャンミン?」
「はい!」
考え事をしていたチャンミンは、ハッとして現実世界に意識を戻す。
「大丈夫?
横になろうか?」
「...そうですね」
(あれ?)
いつのまにかミミの腰にまわったチャンミンの手が、さわさわと動いている。
「こら!」
「こればっかりは、どうしようもできないんです。
ミミさんがあまりに魅力的で...オートマティックなんです」
「冗談よ。
いいわよ、チャンミン、ハグして」
言い終える前に、チャンミンは力いっぱいミミを胸にかき抱く。
「ぎゅー」
「痛い痛い!」
視線を下げると、浴衣の裾からミミのふくらはぎがのぞいている。
(おー!)
浴衣の合わせが乱れたせいで、チャンミンの裸の胸にぴたりと頬を押し付ける格好になったミミ。
「......」
(こんなシチュエーション、初めてじゃないくせに。
チャンミンが緊張していると分かると、
こちらまで緊張してしまう)
「チャンミン」
「はい」
「このぬいぐるみ、どうやって持ってきたの?」
明らかにミミより大きい、巨大な白いふわふわの方を、あごで指す。
甘い雰囲気になってしまうのに照れたミミは、話題をふった。
「あれです」
チャンミンは、部屋の入口の方をあごで指す。
「あれに詰めて持ってきました」
ミミは、チャンミンの胸から顔を離して振り向くと、たたきに置かれたスーツケースが見える。
「ああ、なるほどね。
2泊3日にしては、大き過ぎるもの。
チャンミンは、数時間おきに着替える人なのか、とか。
愛用の枕でも入ってるんだろうか、とか。
いろいろ想像しちゃった」
ふうっと、チャンミンはミミの肩の上で息を吐く。
(ちぇっ、ハグした勢いでキスしようと思ったのに)
「ミミさんが朝起きたら、
隣の布団で寝ていたはずの僕が、シロクマに変わってて、
ミミさんがびっくり仰天する...というシナリオだったんです」
「はぁ...?」
(ちょっと聞きました?
なんなの、この可愛い計画は?
なんて可愛い子なの!?)
胸の奥底から、愛おしい気持ちが湧き上がってきてたまらなくなったミミは、チャンミンの背に回した腕に力を込めた。
「ぎゅー」
「ミミさん、バカ力です!
背骨が折れます!」
「...好き」
「!」
「......」
「聞こえません」
「......」
「もう一回言ってください」
チャンミンがミミの耳元で囁くものだから、その温かい息にミミの首筋が粟立つ。
「ミミさん...もしかして照れてます?」
ふふっと笑ったチャンミンの息がまたかかり、
びくっと反応してしまったミミに気付いて、
チャンミンは面白がって、何度もミミの首に息を吹きかける。
(年下のくせに、年下のくせに!
ふにゃふにゃと甘えん坊になったり、私をドキッとさせたり)
再び二人の間を包んだ、甘い雰囲気にのってミミとチャンミンは見つめ合って...。
キンコンとチャイムが鳴った。
「わっ!」
チャンミンとミミは弾かれたように、離れた。
「布団!」
「朝食!」
「おはようございます」
2名の接客係が布団を上げ、テーブルに朝食を並べ終えて退室するまで、チャンミンは部屋の隅で正座をして待機していた。
耳を真っ赤にしてかしこまっている姿が、ミミにとって可笑しいやら可愛らしいやら。
係の者とにこやかに雑談をしていたミミが、目で合図を送っている。
「?」
胸の辺りを指さし、手を交差するジェスチャーをしている。
「!」
ミミが伝えたいことが理解できたチャンミンは、大胆にはだけてしまった浴衣の衿を大慌てで直したのだった。
「ミミさん...お腹が空きました」
1組だけ敷いたままにしてもらった布団の中から、チャンミンがつぶやく。
「もう?」
読んでいた文庫本から顔を上げて、ミミは呆れた声を出す。
古民家を改築したこの旅館の名物のひとつが、お粥朝食だった。
「またお粥ですか...」と、山菜も一緒に炊きこんだお粥を前に、チャンミンはがっくりと肩を落としていた。
「ここを選んだのはチャンミンでしょ?」
「それはそうですけど」
「菓子パンがあるよ」
「ください!」
文庫本を閉じるとミミは、バッグからコンビニの袋ごとチャンミンに渡す。
「ミミさんのバッグには、僕のために何でも入っています」
「全く手がかかる彼氏なのよねぇ」
「そうですよ。
僕はミミさんの『彼氏』です...ぐふふ。
いいですねぇ。
『彼氏』って、いい響きです」
クリームパンを大きな口でかぶりつくチャンミンを、ミミは愛おしげに見つめる。
そして、広縁の籐椅子に座らせた巨大なぬいぐるみに視線を移した。
「ねぇ、チャンミン」
「はい」
「この子、シロクマじゃないわよ」
「えぇ!?」
布団から飛び出してきたチャンミンに、ミミはぬいぐるみの足裏に縫い付けてあるタグを見せる。
「犬だよ、紀州犬だって」
「どう見ても、シロクマじゃないですか!」
「耳がとがってるし、尻尾もくるんってしてるよ」
「そんなぁ...」
ぺたりと座り込んでしまったチャンミンを見て、笑うミミ。
「どうしてまた、ぬいぐるみなの?」
「TV番組で、芸能人がでっかいぬいぐるみを部屋に置いていたでしょう。
確か、クマでしたよね。
『私も部屋に飾りたい』ってミミさん言ってましたよね?」
「そういえば、そんなこと言ってたかも」
「ですよね?
運ぶの大変だったんですよ。
一番大きいスーツケースでも、ぎゅうぎゅうに押し込まないと入らなくて。
まるで死体を運ぶ犯罪者の気分でしたよ」
「あははは」
(つづく)
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