(前編)距離感

 

そういえば、彼の部屋を訪ねたことがなかった。

17年も側に居続けたのに、相棒のプライベート空間に招かれたことがなかったということか。

17年!?

信じられない。

仲が悪いわけではない。

周囲に言わせると、僕らは仲が良すぎるほど良いらしいし、僕もその通りだと思っている。

けれども、ユノにとって僕の存在はあくまでも「仕事仲間」に過ぎないらしいのだ。

エントランスのソファセットだとか、鏡のような大理石製の床だとか、エレベーターを下りてすぐに門扉付きの玄関ドアがあるだとか。

ぐんぐん上昇してゆくエレベーターの中で、「ああ、この人はやっぱり、別世界の人間なんだな」と、自分も似たようなとろを住まいにしているくせに、他人事のように思ったのだった。

僕はドアの取っ手横の操作板に、ユノの親指を押し付け、しばし考えたのち4桁の暗証番号を入力した。

 

ビンゴ。

 

きっとそうだろうな、と予想が当たった。

ユノを抱え直し、部屋の中へと引きずってゆく。

床下暖房のきいた真っ白な床に、どっしりとした木製家具が温かみを醸し出している。

天井までつきそうな観葉植物が潤いを与えていた。

 

「寝室は?

どこ?」

 

10人家族がゆうに暮らせるほどの広さと部屋数。

「彼はこんなに広い家にひとりで暮らしているのか」と、僕も似たようなところに住んでいるくせに、やっぱり他人事のように思ったのだった。

友人の多い彼のことだから、これくらいの広さは必要なのかもしれない。

...僕は招待されたことはないのだけど、と拗ねた気分になったこともあった。

 

「チャンミン...俺を送っていってくれ」

 

初めて頼られた。

僕は「しょうないなぁ」と、同席していたスタッフたちに向けて、呆れた表情を見せてみた。

彼のプライベート空間に興味津々だった。

そして何より、耳元で囁かれた熱い吐息にぞくりとした。

僕を招く気になった理由を確かめたかった。

 

 

脱力したユノは重い。

最近、タイトなスケジュールのせいで痩せたとはいえ、180超えの男はやっぱり重い。

大の男が3人はゆうに寝られる巨大なベッドに、ユノの身体をどさりと落とした。

彼の体重を支え続けてきた肩がきしむし、疲労した指は震えている。

僕はユノの隣に腰を下ろした。

ここはカーテンの必要がない高層階。

下界の灯りはここへは届くことがないから、赤く染まっているだろう頬や首や胸元は見られない。

 

「マジ疲れた」

 

すーすーと眠りこけるユノに聞かせたくて声に出してみた。

僕はユノに顔を寄せてみた。

うっすらと開いた唇の隙間から、アルコール臭い息が僕の鼻先に吹きかかった。

 

「マジで疲れたよ」

 

寝顔があまりにも綺麗過ぎた。

性別を超えた美しさだ。

彼の唇に吸い付いてみたくなっても仕方がない。

キスをして服を脱がして、それから...。

僕はこうなってしまうことを期待していたのかもしれない。

それぞれに恋人ができ、公私ともに充実した相方を喜ばしく思う一方、その実内心面白くなかった。

彼らの仲が「壊れてしまえ」と願っていたことを、僕は一切隠し通していた。

僕も可愛い女の子に言い寄られて悪い気はしなかったし、ひとなみに性欲はあったし...ユノに見せつける意味もあったのだと思う。

悔しいことに、ユノはニヤニヤ笑うだけだった。

家族よりも長く隣り合って歩いてきた僕らの関係はピークを過ぎていたが、安定の平行線を描いている。

そういえば若かりし頃、無意識にとる行動の距離感が近すぎると、周囲をざわつかせていた。

例えば、腰を抱くとか、クリームを相手の指ごと舐めるとか、狭いシャワールームを2人で利用したり...。

挙げだしたらきりがない。

「そういう関係」だと思わせた方が周囲のウケがいいことを知って、疑われても否定も肯定もしなかった。

...実際は、「そういう関係」ではなかった。

どれほど親密でも、僕らはあくまでも仕事仲間。

僕を部屋に招かなかったのがいい証拠だ。

彼のプライベート空間に入り込めるのは、恋人以上の存在。

僕だけの指定席だったユノの隣に、いつか誰かが座ることを想像すると、心の芯がぞくりと冷えた。

僕はユノとセックスがしてみたい。

今夜、セックスをするしかない。

僕にはその手の趣味はない。

ユノは正体を無くすほど酔っぱらっているし、僕もアルコールで気が大きくなっていた。

無防備に僕を部屋に招いたユノが悪い。

今夜同席していたロングヘアの美人に嫉妬した僕は、オオカミになりかけていたのだ。

身体同士が繋がったとき、僕らは真の意味での相棒になれるし、僕はユノを繋ぎ留められると妄信していた。

今さら好意の有無など問う必要ないほど、適温に保たれたぬるま湯に浸かり慣れきっていた。

ユノはどう考えているか分からないけれど、僕はこのぬるま湯が怖かった。

「時の経過」が怖い。

いつの間にか栓が抜かれていて、気づいたら湯船が空っぽになっているかもしれない。

年を重ねていった先が怖い。

30半ばを過ぎて、周囲の者たちの人生をうらやましく思うようになった。

今夜の酒の席にて、ユノの両隣に陣取った女性たちが忌々しかった。

僕に酌をする女性たちがうっとおしかった。

 

(つづく)

[maxbutton id=”24″ ]

[maxbutton id=”23″ ]

【BL短編】Chocolate Night

 

 

「ユノは、チョコレートは好き?」

「はあ?」

マグカップから唇を離して、ユノは信じられないといった表情になる。

「今、俺はココアを飲んでんだよ?

すっとぼけてんじゃないよ、シムチャンミン」

「いや...一応、確認しようとしただけ」

湯気立つマグカップの中身を、美味しそうに飲むユノ。

その姿を優しいまなざしで、見つめるチャンミンであった。

 

 


 

 

「何だよ、これ?」

「いいから、ユノはこれを付けて」

2人がいるのは、チャンミンの部屋の玄関先。

ユノはチャンミンに誘われて、彼の部屋を訪ねていた。

​「お前...正気?」

ユノは、チャンミンに手渡されたものを凝視した。

手の中のものは、黒いアイマスク。

「チャンミン...」

(チャンミンのやつ...目隠しプレイでもする気か!?)

「早く付けてよ、ユノ!」

​(これから俺は裸にされるんかな?

チャンミンの知られざる性癖を垣間見たような気がする...)

「こら!

強引だぞ!」

待ちきれないチャンミンは、ユノの目をアイマスクで覆う。

(わかったよ、チャンミン、お手並み拝見だ)

チャンミンは、ぶつぶつ文句を言うユノの手を引いて、リビングへ連れて行く。

「椅子はここ、座って」

ユノは、チャンミンに肩を押されて腰を下ろす。

 

チャンミンが立ち働く物音や、テーブルの上でカチャカチャいう食器を音を、視界を遮られた状態で聞いていた。

​(チャンミンの奴...何か計画があるらしいな)

少しづつ、ユノの心も期待感が満ちてきた。

「お待たせ、です」

するりとアイマスクを外され、まぶしさでまばたきを繰り返していたユノも、次第に目が慣れてきた。

​「わぁぁぁ!」

​テーブルはキャンドルの黄色い灯り、ワインレッドのテーブルクロスに、ダークブルーのナプキン。

​正面に置かれているのは、繊細なカットがきらめくガラスのお皿にのせられた、チョコレート・ムース・ケーキ。

​「チャンミン...これ、お前が作ったの?」

「そうだよ。

​ほら、今日はバレンタインでしょう?」

「そういえば...そうだった...」

(男同士だったから、バレンタインは無関係だと思ってたからなぁ)

 

「美味しそう!

お前って器用だなぁ」

「ほら、僕は何でもできるようになる男だから」

​「ちょっとは謙遜しろよ」

「このケーキには、シャンパンが合うから」

「お!奮発したねぇ」

​「どうぞ、召し上がれ」

​チリンとグラスを合わせ、ユノはスプーンをとった。

ふわっと柔らかい生地に、濃厚なチョコレート、ブランデーの香り。

「うまいなー、いいよチャンミン、最高だ!」

ユノのスプーンの手は止まらない。

​「うまい」を連呼しながら食べるユノを、チャンミンは頬杖をついてニコニコと眺めていた。

「チャンミンは?

食べないの?」

「食べるよー。

ユノが食べ終わったら」

​「ふうん」

​ユノのケーキは、早くも半分。

チャンミンの表情が真顔になってきた。

「あ、ユノ?」

「うぐっ」

「わっ!」

のどを詰まらせて、ユノは胸を叩いた。

「ユノ!

もっとゆっくり!

味わって!」

「わかったわかった」

「お願いだから、ゆっくり食べてよ」

ユノは手渡されたグラスの水を飲み干した。

「早く食べなよ。

せっかくなんだから、一緒にさ?」

「う、うん」

「変な奴」

「どう?」

​「美味しいよ」

スプーンを手に取ったが、チャンミンはユノの様子を見つめるばかり。

「見られてると、食べにくいなぁ」

​「......」

チャンミンの顔が固い表情に変わってきた。

「ユノ...?」

「ごちそうさま」

ユノのスプーンがガラス皿に置かれた時、​チャンミンの顔は信じられないといった表情になっていた。

「ユノ...!」

「チャンミン、美味しかったよ、ありがとな...?​」

ユノが最後まで言う前に、チャンミンが彼に飛びついてきた。

「おいっ、チャン...」

(いきなり、押し倒すんか!?)

チャンミンは、ユノを抱きしめた。

「チャンミン...興奮すんな...!」

​「ユノ!」

​チャンミンはユノを抱いていた腕を伸ばして、彼の顔を覗き込んだ。

「なんだよ!

びっくりするじゃんか!​」

「大変だ!

ユノ!」

チャンミンはユノの肩を揺さぶった。

​「大変だ!」

「こらこら、チャンミン!」

「ユノ!

病院へ行こう!」

​「はぁ?」

「病院へ行かないと!」

「なんでだよ!」

「早く!」

チャンミンは、コートを羽織りバッグを取ると、椅子に座ったままのユノの手を引っ張った。

「ほら、立って!」

チャンミンは、ぽかんとするユノにもコートを羽織らせ、マフラーを巻いてやり、彼のバッグを抱えた。

「行くよ!」

​チャンミンはひどく慌てて、玄関に向かいながら、

「ユノったら...あなたって人は!」

「だから何だよ!」

​「全く、あなたって人は!」

半ば泣きそうな顔でチャンミンは振り向いた。

「ユノは食いしん坊なんだよ!」

「そうだよ、悪いか?」

​「あれほどゆっくり食べて、って言ったじゃないか!」

「美味しかったから、ペロリと」

唇の端にチョコレートがついたままのユノを、じっと見ていたチャンミンの顔色がみるみる蒼くなってきた。

ユノを玄関に置いたまま、チャンミンはリビングに戻った。

「おーい!

チャンミンったら!」

​チャンミンはテーブルにつくと、やおら自分のケーキを食べ始めた。

(おいおいおいおい)

​チョコレートケーキが、チャンミンの大きな口にどんどんと消えていく。

(チャンミンこそ、病院へ行ったほうがいいんじゃないか?)

​「うぐっ...!?」

残り半分、となったとき、チャンミンは突然、口を押えた。

「大丈夫か!?」

今度はユノが蒼くなって、チャンミンに駆け寄った。

​「チャンミン!

毒か!?

毒が入ってたか!?」

チャンミンはまだ、口を覆っている。

「......」

「待て!

洗面器持ってくるから、我慢してろよ」

チャンミンは口元から手を外すと、その手を握り締めた。

「...ユノ」

​呼びとめられてユノは、チャンミンを振り向いた。

肩を震わせ、うつむいていたチャンミンは、きっと顔を上げた。

​「僕は、馬鹿だ」

「チャンミン?」

「僕は大馬鹿だ!」

チャンミンは立ち上がって、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。

​(チャンミンがおかしくなっちゃった!)

涙目になったチャンミンは、ユノの手を握った。

「チャンミン?」

​ユノは、自分の手を広げた。

「?」

手のひらには、小さな指輪。

 

ユノはそれをつまんで、目の上にかざした。

チョコレートにまみれていたが、光に透かすとブルーにも見える漆黒のセレンディバイトが埋め込まれている。

「チャンミン...お前...?」

「そうだよ!」

​ボサボサ頭になったチャンミンは、真っ赤な目をして叫んだ。

「ケーキを間違えた。

​計画では、ユノのケーキの中にあるはずだったんだ。

​いつまでたっても、出てこないんだ。

​ユノは、バクバク食べてたから。

​僕は、てっきり...。

​ユノがそれを飲み込んじゃったんかと思って...」

「チャンミン...」

「ユノは甘いものが好きだから。

​丸呑みしたんだと思ったんだ。

​でも、僕のケーキの中にあって。

...うわっ!」

​ユノはチャンミンに抱きついていた。

​「チャンミーン...可愛い奴だなぁ!」

ユノは、チャンミンの頭をくしゃくしゃにする。

​「お前~、俺を驚かそうとしてたんだな?」

チャンミンの髪はユノによって、ますます乱された。

「...僕は犬じゃない!」

ユノは満面の笑顔だった。

​「俺にプレゼントしようとしたんだな?」

「そ、そうだよ」

​「嬉しい!」

「つけてみせてよ」

「すっとぼけたこと言ってるんじゃないよ。

チャンミンがはめてやるんだよ!」

チャンミンはユノの手を取り、彼の右手薬指にそれをはめようとした。

「...あれ?」

​「ユノ...指太いんだね」

「チャンミン...。

天然か?

本気か?」

「こんな時にふざけるわけないだろ!」

​ユノはうろたえるチャンミンの頬を、するりとなでた。

 

​「これはな、ピンキーリングなんだよ」

「ピンキー?」

「小指につける指輪のこと」

​「ええー!」

ユノはチャンミンが握り締めるリングを取ると、自分の小指にはめた。

「ありがとうな、チャンミン」

「ねぇ、ユノ」

 

「んー?」

 

「催促してるつもりはないんだけど...僕の分は?」

 

「......」

 

「...別に気にしていないからね。

『恋人同士』のための特別な日だと言ったって、ユノも僕も男だし...。

今日は、僕が女の子みたいなことしちゃっただけだから...」

 

「来月」

 

「?」

 

「チャンミンへのお返しは来月だ。

ホワイトデーという便利な日があるだろう?

その日まで待ってろ」

 

「......」

 

「え!?

もしかして泣いてる?」

 

「...っうん...楽しみに待ってるね」

 

​ユノは、チャンミンの背中から腕をまわした。

 

​「ケーキも何もかも...最高のバレンタインだよ」

​ユノの手に、チャンミンは自分の手を重ねた。

​「僕は、ユノが大好きなんですよ」

「分かってる。

お前の愛は駄々洩れだから」

 

 

 

(おしまい)

 

 

[maxbutton id=”24″ ]

[maxbutton id=”23″ ]

 

【BL短編】埋める吸われる、繋がり交わる

引いたものをめり込ませた。

凄まじい吸引力で、二度と抜けなくなるかと怖くなる。

いいんだ、永遠に埋もれたままでいい。

抜いて刺して、回転させる。

ゆるんでいた壁が収縮して、締め付け始めた。

窒息しそうだ。

アオダイショウに呑み込まれたネズミの気持ちになる。

排出することしか知らなかったそこは、異物を受け入れる悦びを知ったのだ。

どん欲に吸いこみにかかる。

奥へ奥へと。

俺たちはれっきとした社会人で、最低限であっても人付き合いも必要で、衣食住を整えないといけない。

本来の機能通り、排出しないといけない。

永遠に繋がったままではいられないのだ。

締め付けから解放され、寂しくてたまらない。

埋めたものは奥へ奥へと送り込まれ、頭のさきまで飲み込まれてしまった。

俺たちの肉体はひとつになった。

二度と離れ離れになることはない。

ここでハッと気づくのだ。

それぞれ別個の肉体だったからこそ、せめぎ合いに夢中になれたのだ。

埋めてくるものを逃すまいと、首根っこを締め付け、吸い付いてくる。

吸い尽くされないよう、抜きさしを繰り返す。

届いてはいけない箇所を突いてみては、動きを封じる。

ひとつになれた感動と、身体の芯で繰り返される快感の小爆発。

一体になってしまった俺たちにはもう、経験することのできない感覚だ。

それならば、もう一度二つに分かれてみたらどうだろう。

ひとつになった塊を、まっぷたつに千切るのだ。

そして、かつてのように激しく交わるのだ。

僕たちは、まるで双子のような容姿をしているだろう。

全く同じ容姿の二人が繋がり交わる。

禁断の行為。

今度は、背徳的な行為に溺れる僕たち。

しばらくすると、寂しさに耐えきれずに一個になる。

くっついたり離れたり。

僕たちの遊びは永遠に続く。

 

(おしまい)

 

[maxbutton id=”23″ ]

[maxbutton id=”24″ ]

【BL短編】築30年木造アパート201号

 

 

時刻は21時過ぎ。

 

駅から繋がる地下道から現れたのは、コンビニの買い物袋をぶら下げた大学生2人だった。

 

築30年を超える木造アパート。

 

家賃が安く、住人の大半が最寄りの大学の学生や若いサラリーマンだ。

 

駅から徒歩10分の好立地だが、線路沿いなのと、繁華街から1本脇に入った立地のため、静かな環境とはいいがたい。

 

鉄製の階段をのぼる足音が、かんかんと響く。

 

共に長身の青年で、1人は黒髪、1人は白金に脱色した髪をしていた。

 

1列になって上るしかない狭い階段を、のぼりきった1人が手を伸ばし、後ろの1人はその手を握る。

 

201号室のドア前までの外廊下を、片時も離れがたいと言わんばかりに互いの腰に腕を回していた。

 

鍵を開ける時間ももどかしいのか、2人の顔が重なったのは、恐らくキス。

 

ドアが閉まってすぐに、台所の窓から黄色い灯りが外廊下に漏れた。

 

 

白金が台所のシンクで手を洗っている間、黒髪は買い物袋の中身を折りたたみテーブルに並べていた。

 

黒髪がカーテンを引き、TVとエアコンの電源を入れていると、白金は黒髪が脱ぎ捨てた靴下を洗濯機に持っていく。

 

「早く座れよ」と黒髪が呼ぶと、ボウルに入れた洗い立てのキュウリを持った白金が「お待たせ」と言って、黒髪の隣に座った。

 

ベッドにもたれて座った2人は、テーブルの上の食べ物と飲み物を黙々と、交互に口に運んでいた。

 

正面のTVからはバラエティ番組の笑い声、窓下の通りからは酔っぱらった若者たちのはしゃぐ声で賑やかしい。

 

「明日の講義、どうする?」

 

白金に尋ねられて、黒髪は「うーん...出席日数がヤバイ感じだから出るしかないなぁ」と答えた。

 

「朝イチだったよね」

 

「うん...。

はあ...疲れた...」

 

黒髪は立てた両膝に顔を伏せて呻いた。

 

2人は同じ大学に通う学生で、アルバイト先も同じで、ファストファッション店で週4日働いていた。

 

ピアスをいじっていた黒髪は「ふわあぁ」と大あくびをして、もたれたベッドにのけぞって大きく伸びをした。

 

「疲れたねぇ」

 

白金はよく冷やしたキュウリに肉味噌をつけて、しゃくしゃくと齧っていた。

 

その様子を、黒髪はベッドにのけぞったまま眺めていたが、

 

「チャンミ~ン」

 

と、白金の名前を呼ぶなり、後ろから彼の首に腕をまわす。

 

黒髪にぐらぐらと身体を揺すられたまま、白金...チャンミンはキュウリを齧り続けている。

 

「ユノもキュウリ、食べる?」

 

「うん」

 

肩ごしに突き出されたキュウリを、黒髪...ユノはぱくりとくわえた。

 

そして、喉奥までそれを飲み込んだ後、ねっとりと先端に向けて舐め上げた。

 

手にしたキュウリを頬張るユノの口の動きに、チャンミンは目が離せない。

 

舌先で先端をくすぐってみせるユノと目があった。

 

チャンミンの両脚の付け根が、うずうずとしてきた。

 

「チャンミンの...こうされたい?」

 

こくりとチャンミンは頷いた。

 

「こうされたらどうする?」と、キュウリに歯をあててみせると、チャンミンは顔をしかめた。

 

「この辺りを...こうされたら?」

 

ユノは舌先を尖らせてつーっと、キュウリを持つチャンミンの手元まで滑らせた。

 

チャンミンの喉が、ごくりと鳴る。

 

ユノはチャンミンの顎に手を添えて、振り向かせると唇を覆いかぶせた。

 

ちゅうちゅうと湿った音は、TVから流れるニュース番組にかき消された。

 

「んっ...」

 

チャンミンのニットの衿口に、ユノの手が忍び込んできた。

 

「ダメ」

 

その手をニットの上から押さえたチャンミンは、身体を回転させて、ユノの膝の上にまたがった。

 

2人は唇を合わせたまま、互いのボトムスのファスナーを下ろした。

 

「...んっ...ふっ...」

 

互いの背中に腹にと手を這わせながら、ベッドにもつれ倒れた。

 

「...ふっ...ふ...」

 

「待って」

 

ユノの下から抜け出たチャンミンは、右手を目一杯伸ばして照明の紐を引っ張った。

 

1DKの部屋は、つけっぱなしのTVが放つ青白い光だけになった。

 

「え~、消しちゃうの?」

 

「うんっ...恥ずかし...あっ...」

 

はあはあと、2人分の吐息。

 

ユノはベッド下に転がっていた箱からひとつを出し、口にくわえて封を切った。

 

「どう?

いける?」

 

「うんっ...いい感じ。

今朝もヤッたから...うん、いけるよ」

 

ベッドに乗って四つん這いになったチャンミンに、ユノが覆いかぶさる。

 

ギシギシとベッドが...ホームセンターで買ったシングルベッドが、きしむ。

 

「あぅっ...」

 

キュウリを入れたボウルが、チャンミンの足に蹴り飛ばされて床に転がった。

 

 

 

 

「チャンミン、チャンミン!

起きろ!」

 

ユノに布団をひっぺりはがされ、乱暴に肩を揺すられても、チャンミンは枕を抱え込んで抵抗する。

 

「う...ん、うーん」

 

「講義が始まるぞ!」

 

「ああぁっ!」

 

ユノの言葉にチャンミンの目はぱちりと開き、がばりと機械仕掛けのように飛び起きた。

 

「昨日とおんなじ服だし、お風呂にも入ってないし...」

 

布団をひっくり返して下着を見つけ出し、足を通しながらどこかに放り出したはずのスキニーパンツを探す。

 

「ズボンはチャンミンのケツが踏んでるって。

お前んちに寄る時間はないからな」

 

バッグに教科書を突っ込んでいたユノは、

 

「これ着ていけよ」

 

と、カーテンレールに引っかけていたトレーナーを、ハンガーごとチャンミンに放ってやった。

 

「ありがと」

 

チャンミンは、床に転がったキュウリを拾い上げ、キッチンのシンクで顔を洗うユノにタオルを取ってやると、冷蔵庫を覗き込んだ。

 

「牛乳飲む?」

 

「うん。

飲みながら行こう。

チャンミン...髪の毛、すごいことになってんなぁ」

 

鳥の巣のようにくしゃくしゃになったチャンミンの後頭部の髪を、ユノは水で濡らした手で撫でつけてやった。

 

「髪をブリーチしたらね、傷んじゃって...」

 

チャンミンはリュックサックを背負い、エアコンの電源を切り、牛乳の1リットルパックを抱えた。

 

1メートル四方もない三和土は、大柄の男子が2人同時に立つと、とても狭い。

 

「おい、チャンミンの靴下...片っぽは俺のだぞ」

 

「あっ、ホントだ!

ま、いっか。

ユノ、忘れ物!」

 

「早くしろよ、遅刻するぞ。

あの教授、1秒でも許さないんだから!」

 

「ユノ、チューして」

 

「な~んだ...」

 

数秒間、2人の顔が重なった。

 

木造アパート201号室のドアが開き、2人の大学生がもつれ出てきた。

 

1人は黒髪で、もう1人は白金色の髪をしていて、揃って長身だった。

 

揃ってトレーナーに細身パンツを身につけている。

 

外階段を踏む金属音がカンカンと響く。

 

「急げ急げ!」

「待って!」

 

猛ダッシュする黒髪を、白金が追いかける。

 

2人の大学生の姿は、地下道の中へと消えて行った。

 

 

(おしまい)

 

[maxbutton id=”23″ ]

【BL短編】蛇

 

 

僕はシャワーを浴びていた。

 

頭上から降り注ぐ熱いお湯が、一日の労働で強張った首や肩をほぐしてくれて、とても気持ちがいい。

 

真っ白なタイルを踏む僕の足は、血色よく染まっている。

 

「ひっ!」

 

視界をかすめたものに、僕は硬直する。

 

髪をかきあげた手が止まった。

 

恐怖が喉を締め、僕は呼吸を忘れた。

 

とぐろを巻いていたのが鎌首をもたげ、僕と目を合わせた。

 

ずるりずるりと、僕に忍び寄るそれ。

 

くねくねとくねらせて、僕を狙って近づくそれ。

 

青光りする銀色のうろこが、ぬめぬめと。

 

ゆっくり蛇行して、僕を目指している。

 

それの眼は漆黒だった。

 

魅入られた僕は、身じろぎせず、それの到着を待つ。

 

「...あ」

 

二又の赤がちろりちろりと、僕の小指をくすぐった。

 

固く引き締まっているのに、弾力ある筋肉の鞭が僕の足首をかする。

 

螺旋を描いて、ずるりずるりと僕の膝を上昇する。

 

繁殖力凄まじいつる草のように、僕の右足を巻きつくそれから、目が離せない。

 

「あ...」

 

内股の皮膚を引きずられて、ぞくりと寒気が下腹を襲う。

 

それは柔らかく過敏な中心を探している。

 

緩んだ瞬間を狙って、それは割れ目にこうべを埋める。

 

僕のそこは、既にパクパクと口を開けて待っている。

 

「ああ...っ」

 

侵入してきた固く引き締まったそれ。

 

強烈な痺れが背筋を貫く。

 

それは中で円を描きながら、奥へ奥へと突き進む。

 

「...ん...はっ...」

 

それが身をくねらすごとに、僕は喉を反らして高い悲鳴を漏らす。

 

いつの間に、それは僕の腕ほど太く膨れ上がっていた。

 

それの胴身は、僕の両膝をきつく締め付けている。

 

僕の中で、うねりくねらすしなかやかな身体。

 

僕の内壁もうねりながら、それを締め付ける。

 

...と、それは一旦、頭を引き抜いた。

 

鎌首が僕の弱いところを刺激して、その瞬間視界が真っ白になる。

 

間髪入れずそれは、獲物を狙うかのように、僕の穴倉に飛び込んだ。

 

「...んあっ...!」

 

限界まで開いた入口をみしみしと、さらに引き延ばしながら僕の中に入ってくる。

 

それは管の中でのたうって、僕の胃袋を目指している。

 

僕の中は、それでいっぱいに埋められる。

 

胃に達したそれは、いずれ僕の喉から顔を出すかもしれない。

 

恍惚の大波にさらわれた。

 

腰の力が抜け、鏡に両手を付いて半身を支えた。

 

「...ん」

 

滑らせた手の平で曇った鏡が拭き取られ、うっとりと色に酔う僕が映し出される。

 

「どう?」

 

耳朶に熱く吐息がかかる。

 

「いい。

すごく...いい」

 

鏡の中の、美しいその人と目が合った。

 

僕をぞくりとさせる、低くて優しいその人の声。

 

青みを帯びた、つやつやと濡れた瞳。

 

この一対に射すくめられた僕は、蛇の前の子ネズミのようになってしまうのだ。

 

その人の腕に後ろから、僕の腰は抱かれていた。

 

背中を押され、僕は深く身を屈めた。

 

肌と肌が打ち合う音。

 

シャワーが降り注ぐ中、バスタブをつかむ僕の指が白くなる。

 

その人に刺し貫かれて、僕は甘い悲鳴をあげる。

 

僕の腰に巻きつく腕に、じわりじわりと力がこめられる。

 

その人に丸飲みにされるのか。

 

僕がその人を丸飲みにするのか。

 

その人のものを、蠢く穴奥へと飲み込みながら、どちらなんだろうと僕は考えていた。

 

 

 

(おしまい)

 

[maxbutton id=”23″ ]