(18)ぴっかぴか

 

 

~ユノ~

 

チャンミンは「じゃあね」と胸の位置で女子っぽく手を振り、改札口の向こうへ消えていった。

 

なんだなんだ、可愛すぎるぞ。

 

俺が貸したボトムスはチャンミンの尻には大きいようで、余った生地が尻の下でたゆんでいる。

 

細い腰や小さな尻を注視する自分に、「こら!どこ見てるんだ!」と突っ込んだ。

 

なんだあいつは...。

 

なんなんだ、あいつは。

 

美貌のゲイボーイに口づけられた頬をこすった。

 

押し当てられた唇は柔らかかった。

 

特別おしゃべりでも騒がしい奴でもないのに、チャンミンがいるとそこは華やかに色づいた。

 

お開きになったパーティ、後に残されたホストのような寂しさというような...。

 

チャンミンと連絡先を交換したのは、うちで洗濯してやった衣類を返さないといけなくて、連絡手段がないと不便だろうと考えただけ...でもないか。

 

言い訳だな、これは。

 

正直に認めてしまえば、それだけじゃなく 「お友達になりましょう」と交際を申し込んだ奴が一向に、電話番号なりメールアドレスなりを教えてくれなかったことに焦れたのだ。

 

俺から言い出させる作戦だとしたら、さすが交際人数20人、恋愛の策士だ。

 

「ユノに見惚れてた」と言ったチャンミン。

 

目付きはとろんとしたものだったけど、ウルウルにさせた眼の奥はしん、としていた。

 

気になってしまって、おせっかいだってことは分かってはいても、忠告めいたことを吐いてしまったのだ。

 

20人だか30人と付き合ってきた、と話していた。

 

単に惚れやすいなだけの単純な奴なのか、独りになるのが怖くて男を渡り歩いていたのか...。

 

重すぎる愛情表現に付き合いきれなくなって、フったかフラれたか...。

 

いずれにせよ、チャンミンという男は恋愛ごとに関しては、馬鹿か達人かどちらかだろう。

 

どちらにしても、あのルックスだ。

 

チャンミンという蜜にひかれて、その気のある男どもがわらわらと寄ってくるんだろうな。

 

童貞の俺が言う資格はないのを重々承知で言わせてもらうと、『危なっかしい』に尽きる。

 

今までは何事もなくいられたのが不思議だ。

 

初対面の俺にケツの穴まで見せるくらいガードが甘い。

 

「気をつけた方がいいぞ」と俺の忠告にチャンミンは気を悪くする風でもなく、「ユノったら、僕を心配してくれるんだ」なんて、もっと眼をうるうるさせるんだから。

 

どこかでトラブルに遭うんじゃないかって、心配になってきた。

 

チャンミンが消えた後もしばし、そこに立ち尽くしていた。

 

それから突如、彼女との別れに胸がズキズキし始めた。

 

そうなんだよなぁ、忘れていたけど俺は傷心中だったのだ。

 

スマホを取り出し、彼女の連絡先を消去した。

 

俺は引きずるタイプの男なのだ。

 

鼻の奥がつんと痛くなり、じわっと涙がにじんできたのを堪えた。

 

失恋なんて慣れてるだろう?

 

次なる『この子だ!』を探す気にもならず、当分は喪失の痛みとぽっかり空いた時間を持て余すんだろうなぁ。

 

「おっと!」

 

改札口上部の時計が11時を指していて、今日の予定を思い出したのだ。

 

喉の渇きを覚え、ジュースでも買おうと自販機に駆け寄ったところで、チャンミンにポケットの中身全部、手渡したことも思い出した。

 

あ~あ。

 

俺はチャンミンに振り回されつつある。

 

でも、そんな自分が嫌じゃない。

 

なんでろう。

 

 

 

 

今日の俺は、実家に顔を出す約束があった。

 

ウメ祖母ちゃんの老人ホーム入居の日。

 

ばあちゃんっ子だった俺は、母さんと一緒に付き添ってやりたかったのだ。

 

実家の玄関の戸を開ける間もなく、「遅い!」と母さんに叱られた。

 

「ごめん。

えっと...荷物の用意は?」

 

「車に積んであるわよ」

 

小さく縮んでしまったウメ祖母さんを後部座席に、母さんを助手席に乗せて、ここから15km離れたホームへと車を走らせたのだった。

 

 

 

 

あてがわれたのは4人部屋で、備え付けの棚に持参した荷物を納めていく。

 

日当たりのよい広々とした部屋で、窓の外は芝生張りの広場と、色とりどりの花が植わっている花壇が周囲を縁取っている。

 

ヘルパーさんが車椅子に乗ったじいさんを押している。

 

出迎えたホーム長さんも感じのよい人だった。

 

いいところで俺は安心した。

 

鼻の奥がつんとしてきた。

 

半分ボケかけたウメ祖母ちゃんといえば、ベッドに腰掛けぼうっとしている。

 

ふと思い出したよう、「ユノや、こずかいをやろう」「ユノや、勉強はちゃんとやってるかい?」と俺に話しかけてくる。

 

その都度俺は、「この前もらったから足りてるよ」「いっぱい勉強しているよ」と答えた。

 

ウメ祖母ちゃんがここに入居することになってしまったことで、俺の目に涙が浮かんでしまう。

 

母さんは働いているし、俺も勤務先の都合上、ここから1時間離れた街に1人暮らしだ。

 

自宅で介護し続けるのも限界だったのだ。

 

出来る限りウメ祖母ちゃんの顔を見に来よう、彼女の好きなイチゴを買って来ようと心に決めたのだった。

 

「ユノや、嫁さんは元気か?」

 

「祖母ちゃ~ん。

俺はまだ結婚していないって」

 

ウメ祖母ちゃんの意識は過去と現在、さらに未来へとあっちこっち彷徨っているのだ。

 

「ユノや、孫を早く見せてくれ」

 

「うん、わかった」

 

 

 

 

「どうですか?」

 

ホーム長が顔を出したので、母さんは「いいところで、母も喜んでいます」と頭を下げた。

 

ウメ祖母ちゃんはベッドに横になっていて、俺は「喜んでいる『はず』です」と、心の中で付け加えた。

 

「担当の者をご紹介します」

 

ホーム長は振り向き、遅れてやってきた者を俺たちに引き合わせた。

 

「!!!!!」

 

銀髪のゲイボーイ。

 

俺はひっと吸い込んだ空気を、吐き出すことが出来ない。

 

チャチャチャチャンミンではないか!!!

 

チャンミンも目を真ん丸にして、言葉を失っている。

 

どうしてチャンミンがここにいるんだ!?

 

エロシャツにエロパンツ姿だったチャンミンが、ジャージパンツに白のポロシャツ、白のスニーカーに身を包んでいる。

 

なんと似合わないことか!

 

チャンミンがなぜ...ここにいる?

 

俺とチャンミンは真っすぐ目を合わせたまま、フリーズしている。

 

「あら?

知り合いでしたの?」

 

「...はあ」

 

俺は小刻みに頷いた。

 

「ウメさんを、このチャンミンが担当させていただきます」

 

ホーム長は固まってしまったチャンミンの背中を押した。

 

「ど、どうも、よろしくお願いします」

 

頭を下げるチャンミンは上目遣いで、俺から目を反らさない。

 

俺だって目を反らせない。

 

チャンミンが言い淀んでいた職業とは、介護士だったのだ!

 

 

(つづく)

 

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