~チャンミン~
しばしユノに釘付けになっていた男は、はっと我に返り、ユノの座るスペースを開けるとシートを叩いた。
「ユノさん、せっかくだから座れよ」
ユノはどすん、と腰を下ろすと、アクション大きめに足を組んだ。
「うちのチャンミンが世話になったな」
「!!」
ユノの第一声に、僕は「はあぁ?」だった。
「俺が目を離した隙に...。
放浪癖があってね。
面倒をかけていなければいいが...。
申し訳ない」
足を組んだままの謝罪じゃ、その意志はゼロだって見え見えだった。
「!!」
ユノの見た目と態度のギャップに、男もあっけにとられていたらしい。
男はペースを取り戻そうと咳払いすると、僕の恐れていたことを口にし出した。
「ユノさんは、こいつの素行を知らないのか?」
ユノは組んだ足を崩し、背もたれに両腕を預けると、男を見下ろす目線で話し出した。
「この子は不遇な生い立ちでね。
愛に飢えているだけのことだ」
「ユノさんはこいつの...何だ?」
「ふっ...。
俺はチャンミンの『ご主人』だ」
ユユユユユユユユノ!!!
何言ってんだよ!?
「ユノさんよ。
こいつはなぁ、とんだ尻軽男なんだ。
あっちこっちつまみ食いばかりしてる、遊び人だ。
俺はなぁ、こいつと付き合っていたんだ」
男は訴えたくて仕方がなったことを、怒りで声を震わせて言った。
「はあん?
それが?」
偉そうな態度なのに、ユノのTシャツは『I LOVE SABA』とある。
僕は緊迫した場なのにも関わらず、吹き出しそうなのを堪えた。
(外出着はお洒落なのに、ユノの部屋着はダサい)
余裕があるのはきっと、ユノに任せていれば大丈夫だという安心感があるからだろう。
ユノは男の鼻先に、びしぃっと指を突きつけた。
「あんたそれでも極道か?
それとも何かそのへんのタクシー屋のおっちゃんか、どっちや?」
「!!!」
(極道!?
それに、どうしてユノが、この男の職業を知っているんだ!?)
「俺はタクシー屋に用はないさかいな」
(どこぞの方言!?)
ユノの勢いに負けてたまるかと、男は次なる揺さぶりにとりかかった。
「俺だけじゃない、二股も三股も余裕だ。
挿れられ過ぎて、ずるずるなんだぜ?
...ユノさんも気の毒だな。
明日には捨てられるだろうよ?」
「そがな昔のこと誰が知るかい!!!!」
ユノの恫喝に、男たちは「ひっ!」と表情をこわばらせた。
ちっとも怯まないユノの態度と、ヤクザな言葉遣いに、男は調子を乱されてしまったらしい。
この場の会話の主導権はユノにあった。
「チャンミン。
帰るぞ?
二度とひとりでフラフラほっつき歩いたりするんじゃねぇ!!」
「...は、はい」
ユノに怒鳴られ、僕はしゅんと首をうなだれた。
ユノに圧倒されていたし、えらく怒っているし、ここで逆らったりしたら、ユノの怒りのボルテージを上げてしまう(ユノは切れやすいキャラなのかもしれない)
それから...ユノに守られている感が...嫌いじゃないねぇ。
「...ということで、このバカを連れて帰るよ。
付き添ってくれて感謝している」
ユノは膝に両手をついて、ぐっと前かがみになって頭を下げた。
「そうだ、君!
名前は?」
「×、××...です」
「他の御三方は?」
ぎろっと凄みあるユノの睨みに、男のツレたちは順に名乗っていった。
「××さん、うちの子が失礼をしたようで、それについても謝罪する。
この子にはたっぷりとお灸を据えてやる。
むち打ち100回。
メンズ用貞操帯の装着。
オナニー禁止1か月。
セックス断ち5年のお仕置きをしてやる!!
それに免じて許してやってくれ」
「ええぇっ!」
思わず声が出てしまい、振り向いたユノに睨まれた。
(む、むち打ちって...。
エロ絡みのものも酷すぎる...ジョークだよね)
ユノの鞭を振るうジェスチャーに、その光景を想像したらしい男たちは表情を歪ませた。
男の前のグラスをつかむと、ぐいっとひといきで煽った。
「ちっ、酒じゃねぇのかよ!」
ユノは悪態をつくと、僕の腕をつかんで強引に立たせた。
そして、注文票をもぎとり、僕を連れてテーブルを離れた。
「あいつ...やべぇ奴だぞ」
と囁き合う声が聞えた。
(つづく)
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