(26)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

ユノと僕はしばし無言で歩いていた。

 

僕はユノの1歩後ろを歩いていた。

 

ユノの小さな頭と均整の取れた後ろ姿に、ついて行った。

 

僕を救出に駆けつけて来てくれたこと、ユノと男たちのやりとりに圧倒されたこと...そして、僕の恥ずかしい本性を知られてしまったこと...。

 

この三つのどれもが、僕の思考を停止させるのに十分な事柄だ。

 

ひとつずつ片付けてゆこう。

 

「ユノ?」

 

ユノは振り向かない。

 

ユノの体表から、青白い怒りの炎が立ち昇っているように見えた。

 

「あ、ありがと...助かった」

 

「あんたなぁー!」

 

ユノは振り向くと、僕の胸ぐらをつかんだ。

 

「あのチンピラどもは何だよ~!」

 

(え...そこ?)

 

僕はぐらぐら揺さぶられる。

 

ユノを怒らせているものとは、ふしだらな僕の正体についてじゃなかったようだ。

 

「それは...えっと...。

付き合ってた人...付き合ってたほどじゃないけど...モゴモゴ...」

 

「4人ともか!?」

 

「違う!

ずっと喋ってた奴だよ」

 

「『俺の肉体を見てみろ』的な奴だろ?

ぴったぴたのTシャツ着てさ、乳首透けてるってば。

そこに目がいかないようにするのが大変だった」

 

「彼はそういう奴なんだよ」

 

ユノの偏見を補強してしまったなぁ、と思いながら、「半年前に別れたんだ」と答えた。

 

「どっちから?」

 

「...僕」

 

「へえぇぇ。

俺はフッたことはないが、フラれた立場の気持ちはよーく分かる。

あいつは、チャンミンのことがすげぇ好きだったんだろうなぁ。

フラれてしまって...辛かっただろうなぁ」

 

ユノの肩がすとん、と落ちた。

 

きっと昨夜の別れ話を思い出したのだろう。

 

そういえば、ユノは失恋したてだったんだよね。

 

「あの男...よっぽどあんたに執着してんだなぁ。

俺だったらとても出来んなぁ。

フラれた傷が恨みに変わって、ヤキ入れにきたんだろ?

舎弟どもを連れてさ。

1対4は卑怯だ。

あんな奴と別れて正解だ!」

 

「...ユノ」

 

僕の方こそフラれてもおかしくなかったんだ。

 

別れて正解だと言える資格があるのは、あの男の方なんだ。

 

今夜は熱帯夜だった。

 

深夜の時間帯なのにも関わらず、アスファルトから立ち昇る熱気で肌がねばついた。

 

見つけた自販機で炭酸ジュースを買って、ユノに渡した。

(このお金はユノに借りたものだけど)

 

「ユノの言ってること、意味不明だった。

あれが、ユノの本性...とか?」

 

「ああ、あれね。

任侠映画のワンシーンを真似てみたんだ」

 

「任侠!?」

 

「お友達設定で接したって、馬鹿にされるだけだ。

斜め上45度で対応しないと」

 

「じゃあ、タクシーの運ちゃんについては?」

 

「あれも、映画の台詞そのまんまだ」

 

「それがさ...正解だったんだよ。

あいつはタクシーの運ちゃんなんだ。

僕、びっくりしちゃって。

どうしてユノが知ってるんだろう?って」

 

「へぇ、偶然だなぁ。

あの台詞がぽっと頭に浮かんだんだ...さすが俺」

 

「うん。

さすがユノ、だよ」

 

僕に綺麗な横顔を見せて、隣で歩くユノ。

 

いま現在の僕には、エロ心は皆無だった。

 

あの男のように扱って、一通り貪ったのち「ポイ」なんて、絶対にユノ相手にはできないと思った。

 

改心したのかな?

 

人はこうも簡単に単純に生まれ変わられるなんて不可能と思っているから、ユノ限定の温情なんだろうな。

 

だから、男たらしの本性は変わっていないと思う...だめだなぁ、僕って。

 

昨夜知り合ったばかりなんだよねぇ...信じられない。

 

「...僕のこと。

軽蔑したでしょ?

ほら、尻軽とか...言ってたでしょ?」

 

これが最大の懸念事項だ。

 

あの場でのユノは、平然としていた(ヤクザになりきっていたこともあるだろうけど)

 

「軽蔑?

軽蔑しなきゃならん要素がどこにある?

あの御仁は、俺を揺さぶろうとチャンミンを貶めるようなことを言っただけだろ?」

 

「...それもあるけど...それだけじゃなくて」

 

歯切れ悪い僕の回答は、この期に及んであの男を悪者にしようとしているみたいだった。

 

「チャンミンは惚れやすいだけなんだろ?

綺麗な顔してるし、その手の奴らがわらわら集まってくるんだろ?」

 

「そうだけど、違う、違うんだ」

 

僕は否定したけど、その言葉も弱弱しい。

 

ユノにはそう思っていて欲しい...だから強固に否定しきれなかった。

 

こういうところが僕の狡さなんだろうな。

 

ユノは僕の二の腕を叩いて、笑顔を見せた。

 

「過去の恋愛を根掘り葉掘り聞くようなことは止めとくよ。

俺の過去も恥ずかしいことの連続だ。

童貞を捨てられなかった俺が悪いんだけどなぁ...恥ずかしいよなぁ。

ま、あんたが無事でよかったよ」

 

ユノがあの男の言うことを信じたのか信じていないのか、今のユノの台詞からは読み取れなかった。

 

ひとまずはユノに嫌われなくて済んでよかった、と思った。

 

 


 

~ユノ~

 

あのマッチョ男が言うように、チャンミンが『尻軽』な男だったとしても、俺とチャンミンはお友達になろうとしているんだ。

 

関係ない話じゃないか。

 

それなのに、どうして胸がムカムカするんだろう。

 

(つづく)

 

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