(27)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

「ユノはサバが好きなの?」

 

「サバより鮭の方が好きだ」

 

唐突なチャンミンの質問の意図が分からない。

 

俺はジュースの最後のひと口を飲み込んで、「腹減ったのか?」と訊いた。

 

テーブルの上の料理はほとんど手付かずだったし、あの場で気楽に飯は食べるのは難しかっただろう。

 

「だって、そのTシャツ...」

 

「これ?

...変か?」

 

俺は裾を摘まんだ鯖Tを見下ろし、これのどこがおかしいんだ?と首を捻る。

 

「変...じゃないけど」

 

「フォントがカッコいいだろ?」

 

「ユノが注目するのはそこなの?」

 

「ああ。

俺はロゴにメッセージ性は一切求めていないからな。

あくまでもデザイン重視派だ」

 

「それにしたって...」

 

「もう1枚あるんだ。

ロゴ違いのやつだけど。

やろうか?」

 

「いらない」

 

即答するチャンミンに、ムッとする。

 

「だって...ダサいんだもん」

 

「うるせーな。

文句言うなら、そのTシャツ返せ!」

 

「やん。

こんなところで脱がすなんて...」

 

「アホか!

そうやって、『そっち方面』に話題を持っていくから、俺は勘違いするんだぞ?」

 

「ユノが『そっち方面』に受け取ってるだけでしょ?

それにさ...ゆの」

 

「...」

 

チャンミンが『ゆの』と言う時は要注意だ。

 

上目遣いのチャンミンは、両手を腰の後ろに組み、頬を赤らめてこう言った。

 

「僕に...お仕置きしなくていいの?」

 

「アホかっ!?

冗談に決まってるだろ?」

 

「なんだ...本気じゃなかったんだ」

 

「メンズ用貞操帯なんて、どこに売ってるんだよ?」

 

「ネット通販で売ってるよ」

 

「うっわぁ...」

 

「鞭打ちは?

鞭なら持ってるよ」

 

「!!」

 

「ジョークだよ」

 

「おい!」

 

チャンミンの二の腕を突いたら、大げさによろけたふりをする。

 

そのよろけ方がちょっとだけ女子っぽくて、ドキリとしてしまったことは、チャンミンには絶対に内緒だ。

 

昨夜の攻めたファッションも確かにチャンミンに似合っていたけれど、俺から見ると過剰だった。

 

ふわふわとウェーブがかったシルバーヘアに、くっきりと整った顔立ち。

 

うむ...ゲイだと言われても納得かもしれない(ステレオタイプなイメージをまんま基準にした場合)

 

俺が貸してやった部屋着を身につけたチャンミン(ご丁寧にもTシャツに『部屋着』とある)

 

今のような気の抜けたファッションで引き算してやった方が、チャンミンの良いところを引き出してくれる。

 

「あんときの台詞は全部、冗談だ。

だからあんたは、自由に恋愛していろ」

 

そう言ってチャンミンの方を見ると、彼はふにゃりと複雑な表情をしていた。

 

そうだそうだ、チャンミンも失恋したばかりだと昨夜言っていた。

 

「...悪い。

昨日の今日で次の恋愛なんてできないものな」

 

「んー...まあ、そうだね」

 

こうしてチャンミンと肩を並べて歩いているわけだが、彼はどこに向かっているんだろう?

 

駆けつけた目的は果たした事だし、と俺は駅に向かっていた。

 

明日の出社時間を思うと、日付が変わるまでに帰宅したかった。

 

チャンミンを無事に救出できたのだから、もっとスカッとした気分になっていいものの、しこりのようなものが残っていて、どうもすっきりとしない。

 

そのしこりの正体を探るのは、疲労した俺の頭じゃあキャパを越えてしまいそうで、後回しだ。

 

外食チェーン店が並ぶ幹線道路を外れると、この辺りは住宅街だ。

 

老人ホームから10駅は離れているとなると、ここがチャンミンの最寄り駅なのだろう。

 

駅への歩道橋の階段に片足をかけ、「チャンミンちはどこ?」と尋ねた。

 

予想通りチャンミンは「この辺」と答えた。

 

俺は「じゃあな」と手をあげ、階段をのぼりかけた。

 

「ユノ!」

 

「おうっ!」

 

トートバッグが後ろに引っ張られ、階段を踏み外した俺はチャンミンの胸に抱きとめられた。

 

俺の真横にチャンミンの白い顔があって、「やっぱりデカい男だなぁ」と思った。

 

そして、顔同士が接近したことで、昼間のほっぺにチューを思い出してしまった。

 

「あっぶねーな。

ズッコケるところだったろ!?」

 

憤慨した裏では、ほっぺにチューを思い出してドギマギしていた。

 

「何か言い足りないことがあるのか?

全部話せよ」

 

自由過ぎる物言いでこれまで俺を翻弄してきたのに、今夜のチャンミンはやや大人しい。

 

チャンミンの癖なのだろう、上目遣いで探るように俺を見るのだ。

 

チャンミンは何かを告白したがっている。

 

多分その内容が、俺の胸のムカつきの根源なんだろうと思う。

 

でも、聞きたくなかった。

 

俺に近づいた理由を知って、がっかりしたくなかった。

 

...なんだ。

 

胸のしこりの正体に気付いているじゃないか。

 

でも、それを手に取り子細に眺めまわし、絡まり合ったほつれを解くのは止めにしておく。

 

なぜなら、ほっぺにチューも俺を動揺させるための作戦に思えてくるからだ。

 

「お友達になりたい」発言まで疑ってしまいそうだった。

 

人を疑う感情はとても苦しい。

 

その感情に支配されたくない俺は、すっとぼける。

 

知らないふりを続ける。

 

「えっと...えっと...」もじもじしているチャンミンに、俺はしびれを切らした。

 

「お前んちには泊まらんからな!」

 

「え~」

 

口を尖らせるチャンミン。

 

「え、そうだったのか!?」

 

チャンミンが言いそうな台詞を先回りして適当に口にしてみたら、どんぴしゃだったようだ。

 

(つづく)

 

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