ユノの手を引いて、僕は自宅への道を急いでいた。
終電まであと30分、途中で気が変わって逃げ出してもらったら困るのだ。
ユノとアレをしたいわけじゃなくて(そりゃあ、アレできたら素敵なことだけど)、あの男がユノに植え付けようとした悪いイメージを、できるだけ早く払拭したかったのだ。
どうせ僕という男はアバズレみたいな奴だって、早々と開き直るのは止めにした。
僕に引っ張られる格好でいたユノは、今は僕と肩を並べて歩いている。
「手を離せよ」
「逃げられたら困るもん」
その理由もあったけど、ユノと手を繋いでいたかった動機の方が大きいかな。
ユノの手首はがっちりと頑強...男の手...胸キュン。
いつもの僕が戻ってきた
「逃げねぇよ。
まあ、拉致られてるようなものだけどな。
逃げないから、手を離せよ」
「照れないで。
誰もいないんだし、ね」
間もなく日付が変わろうとしている時刻、片道3車線の幹線道路の歩道を歩いている者などいない。
脇道に入ると閑静な住宅地で、直ぐ近くに小学校がある。
さっきのファミリーレストラン前を通り過ぎて、シャッターの下りたドラッグストアとガソリンスタンドの前も通り過ぎた。
最後、コンビニエンスストアの前で右折したら直ぐだ。
後ろポケットの中のスマホが震えていたけど、知らんぷりした。
今夜のお相手を探している...後腐れのない...セフレのうちの一人からだろう。
「はい、到着しました」
「!!!」
案内された建物を見るなり、ユノは僕の手を振りきった。
逃げだそうとしたユノの手首を、両手でつかんで捉えた。
「離せ!」
僕の手をふりほどこうとするユノに、負けるもんか!
「ユノ!
違うって!」
「何度も言ってるだろ!
俺はあんたと寝るつもりはない!」
さすが逞しいユノだ。
僕は半ば引きずられてしまい、腰を落として必死に抵抗した。
「分かってるってば!」
「俺を騙したな!」
「騙してない!」
「ラ、ラ、ラブホテルじゃねぇか!」
「『元』ラブホテル!
ラブホテル『だった』建物だってば!」
「信じらんね~!
そんなバカな話あるかよ!」
ユノは真剣に頭にきているようだ。
目尻がキュッとキツネみたいに切れあがり、黒目がちの眼がギラッと輝いているのが、暗がりにも関わらず、よく分かった。
怒りでマヂになったユノの顔...悪くないねぇ。
ユノが逃げ出そうとしたのも当然か。
「ホントにホントの話!
見てよ、郵便ポストがあるでしょ?
暖簾もないでしょ?
看板もないでしょ?
営業してないでしょ?」
僕の指摘にユノは恐る恐るエントランスに近づいて、郵便ポストを確認している。
引き返して門柱のプレートに刻まれた『メゾン・ラスベガス』のマンション名に、腕を組みしかめっ面をしていた。
(僕もこの名称は気に入っていない)
壁の色がど派手なパープル色だし、メルヘンな門構えではあるけれど、そこを無視すればれっきとしたマンションだ。
暖簾(正式な名称は分からない)がはずされた駐車場には、住民の車が並んでいる。
「う~ん...」
「ね?
最近流行ってるんだよ。
ラブホテルを賃貸物件にリノベーションするってのが。
プライバシー面はばっちりだし、お風呂もトイレもある。
強いて欠点を上げれば、キッチンが狭いことかなぁ」
鍵を...と後ろポケットを探りかけた僕は、重大なミスを思い出した。
「...どうしよう」
部屋のカードキーは財布の中、財布は革パンのポケット、革パンはユノんち!
せっかくユノを連れてきたのに、部屋に入れないなんて!
「ほれ」
目の前に差し出されたのは僕の財布。
「...ありがと」
「財布がないと不便だろ?
あんたのズボンはまだ俺んちだけど」
「助かったよ。
ゆの、ありがと」
「...ま、まあな」
素っ気ない言い方なのは、照れてるからだね。
僕は財布からカードキーを取り出して、正面玄関ドア横のプレートにかざした。
「オートロック式なのだ。
ほら、グズグズしてないで、さっさと付いてくる!」
物珍しそうにきょろきょろするユノに、おいでおいでと手を振った。
・
閉め切った部屋はむっとしていたため、換気のために窓を全開にした。
「暑いでしょ?
そこにリモコンあるから付けて。
その前に手を洗って!
タオルは適当に使って。
冷蔵庫にビールあるから...そっか、ユノは弱いんだったね。
お茶か水のペットボトルがあるから自由に選んで。
その前にお風呂に入る?
あ、お腹が空いているなら何か作ろうか?」
「なあチャンミン...」
「?」
部屋に入ってからの僕は、落ち着きなくバタバタと動きっぱなしだった。
ユノは部屋の真ん中に立ち尽くしたままで、呆れた表情で僕の様子を眺めていたようだ。
「落ち着けよ。
あんた...俺のかーちゃんか?」
「え...」
どうやら僕は緊張しているみたいだ。
気になる男が僕のテリトリーに居る。
慣れていないんだ。
どう振舞えばいいのか...忘れちゃった。
「僕んちに泊まってよ」とユノにしつこく迫ったくせに、誰かを自分の家に入れたことは滅多になかった僕。
つまみ食いの男たちと関係を持つのは、必ず外と決めている。
(フッた男が別れた後、ストーカーまがいに僕のアパート前に張っていて怖い思いをしたことがある。それから、半同棲するのも必ず彼氏の部屋と決めている。
プライベートを見せてたまるか。
彼らとの交わりはいわばスポーツ、自身のフラストレーションを発散する時、エナジー補給タイム。
「俺に気を遣ってるだろ?
こっちまで気を遣っちゃうからさ、リラックスしろよ。
あんたの部屋なんだぞ?」
そう言いながらユノは、僕の部屋をぐるりと見回している。
僕はクローゼットからユノのために、着替えを取り出した。
恐らくユノは、僕に不信の気持ちを少しは抱いていると思う。
経験人数が多い男であることは、出会ってすぐには打ち明けていたけれど、ユノはそんな僕を単なる惚れっぽい男程度に思っているだろう。
出会いの店では、失恋したばかりと嘘泣きしてみせたからね。
彼氏がくるくる変わって、別れ話がこじれてしまった結果、今夜のような修羅場になるときもある。
身体の関係だけを求めて、数多くの男たちをハントし続けているだけじゃなく、彼氏らしき存在がいても、抵抗なく二股三股かけられる男とまでは思っていないはずだ。
本当の僕を知ってもらいたいのか、隠し通したいのか...。
隠し通したくても、ファミレスの一件でそれとなくバレかけてるからなぁ。
(つづく)