~チャンミン~
喉が渇いた僕たちは、最初に目に付いたカフェに飛び込んだ。
クーラーの効いた店内に入るなり、汗がすっとひいた。
「チャンミンは何が飲みたい?
注文しておくから、先に席についてて」
と、ユノは財布を出しかけた僕を制した。
「え、でも...」
「いいからいいから。
席なくなっちゃうし」
ユノはしっしっと手を振って、僕をレジカウンターの前から追い出した。
僕は窓際の席を選び、ユノがやってくるまでの間、通りの人々を眺めていた。
街路樹はギラギラ太陽にあぶられて、ぐったりしているように見える。
女の子たちが薄着になる季節、身も心も開放的になる夏。
多くの男たちは、女の子たちの襟元からのぞくブラジャーの紐、白いパンツに透けた下着...女の子たちの隙に股間を膨らませるのだろう。
(こういうのを見ても、全~然そそられないんだよなぁ...)
僕なんて、膨らませた股間の方に興味がある。
突然、キンと冷えたものが頬に押し当てられた。
「つめたっ!」
犯人はユノで、頬に押し当てられたのは僕がオーダーしたフルーツスムージーのカップだった。
「エロいこと考えてたんだろ?」
「YES。
ユノの裸」
「おい!」
真昼間の下ネタが苦手なユノは顔をぷいっと背け、太いストローでチョコレートシェイクを吸った(チョコレートソースにナッツ、ホイップクリームをのせた甘々な、女の子が好みそうなドリンク)
「そうだ!
精算するよ」
いそいそと財布を取り出そうとした僕の手を、「いや、いらない」とユノの手が制した。
「なんで?」
「チャンミンは出さなくていいよ。
俺、男だし、払わせてよ」
「男?
僕も男なんだけど?」
ユノは「やべっ」といった風に、片手で口を覆った。
「デートん時の男は、女の子に奢ってやるのが普通だってこと?
ユノったら、僕を女子みたく扱うんだね」
この程度で腹を立てたりしないけど、眉根をよせ不機嫌ヅラを作ってみせた。
「いや...そういうつもりはなくて...」
ユノにしてみたら、ごく自然な行為だったらしい。
(そうだろうと思った)
「いつもの癖。
悪気は全くないよ」
「映画代出してもらったんだよ?」
「いや。
チャンミンが昼飯代を出したんじゃん。
カフェ代は俺が持つべきだ」
「ランチセットだったじゃん。
映画チケットの方が高かったよ?
もぉ、ユノ!」
きりのない押し問答に苛ついた僕は声を荒げた。
「あのねぇ、ユノ。
カフェ代くらい出させてよ。
ユノはいつも友達の分も払ってやってるの?」
「まさか!
あいつらの分を奢ってやるわけないじゃん」
「でしょう?
僕は男だし、男友達みたいに扱ってよ」
「そうだな...ははは。
チャンミンも男なんだよなぁ」
と、ユノはうなじをポリポリ掻いた。
「そうだよ~」
男と女を比べてしまうユノを攻めたらいけない。
だって、ユノはノンケなんだもの。
どっちがカフェ代を出すのか悩んでしまったのもそうだ。
男と交際するのが初めてだから、女の子の時と比較してしまったり、行動に迷ってしまったり、今みたいに女の子扱いをしそうになったりする。
(それにしても...)
「男は奢るべきだと考えてるユノって、考えが古いよね?」
「そういうつもりはないよ。
俺だって割り勘の方がありがたいけど、そういうもんだって刷り込まれてるから、疑問にも思っていなかっただけだ」
ユノは半分空になったカップをテーブルに置くと、チェアの背もたれにもたれ脚を組んだ。
(健康そうなくるぶしだ)
僕は、期待に反して甘すぎたスムージーを持て余していた。
「払ってあげたくなるんだよね。
今のも、チャンミンに冷たいものを飲ませてやりたかったし、2人で楽しみたいし。
お洒落な店って一人じゃなかなか入れないからね。
俺が奢らなくても、チャンミンはもともと奢られ慣れてそう」
「うっ...」
今度こそムッとしてしまったが、悔しいことに否定できない。
「わかった!
これからは割り勘でいこう。
そうしよう」
「わかった。
ルールがあると分かりやすいよな。
俺、男と付き合うの初めてだから」
「ルールって...。
普通にしててよ」
無駄に悩みそうなユノの真面目さに不安になった。
「早く飲めよ、溶けちまうぞ。
チャンミンのも飲ませてくれよ。
俺のもひと口やるから」
むすっとしている僕をよそに、僕のスムージーを奪い、僕にシェイクのカップを持たせ、「あっめぇ!」「水はいるか?」「トイレへ行ってくる」とひとりうるさいユノ。
僕はいろいろと考えていた。
トイレから戻ってきたユノに、ぽつりとこぼした。
「僕さ、普通の恋愛ってしたことなかったから、新鮮なんだ」
「え...どうした、チャンミン?」
「こういうのがデートなんだなぁ、って」
「これが?
ベタなコースで申し訳なかったな、って思ってたくらいなんだぞ?
あんたこそ、いろんなところに連れて行ってもらったんだろうって。」
「ううん。
僕のデートって、いつも夜だったから。
分かるでしょ?」
「あ~、分かる...かも」
「ヤること前提だからね。
前戯のデートはいらないの」
ユノは「そっか...」とつぶやいて、ため息をついた。
「俺なんて、夜のデートはしたことない」
「そうだろうね。
ユノはおひさまの匂い」
「健全、ってことか?」
「うん。
僕は...ローションの匂い...っ!」
ユノに口を塞がれた。
「ひるまっから、エロいこと言うなよな~。
恥ずかしいじゃん」と赤くなっていた。
僕の自虐ネタに、「過去の話とかいい加減、イタイんだけど?」と苛ついたのかと思った。
僕は指折り数えてみた。
関係を持った男たちの数を。
100人を超えるかもしれない。
ユノに伝えた数を大きく超えている。
僕にとってH1回は ビール1缶程度の軽さ。
恋人がいたとしても(向こうが恋人だと錯覚しているに過ぎない間柄)、同時進行はザラだった。
「...チャンミンはいろんな奴と付き合ってきたんだなぁ」
ユノは腕を組み、しみじみと感慨深そうに頷いている。
「何それ?
『ローション』と聞いて思いついたの?」
「そんなところ」
「昔の彼氏にヤキモチ妬いた?」
ジョークで訪ねてみた。
(つづく)
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