(49)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

喉が渇いた僕たちは、最初に目に付いたカフェに飛び込んだ。

 

クーラーの効いた店内に入るなり、汗がすっとひいた。

 

「チャンミンは何が飲みたい?

注文しておくから、先に席についてて」

と、ユノは財布を出しかけた僕を制した。

 

「え、でも...」

 

「いいからいいから。

席なくなっちゃうし」

 

ユノはしっしっと手を振って、僕をレジカウンターの前から追い出した。

 

僕は窓際の席を選び、ユノがやってくるまでの間、通りの人々を眺めていた。

 

街路樹はギラギラ太陽にあぶられて、ぐったりしているように見える。

 

女の子たちが薄着になる季節、身も心も開放的になる夏。

 

多くの男たちは、女の子たちの襟元からのぞくブラジャーの紐、白いパンツに透けた下着...女の子たちの隙に股間を膨らませるのだろう。

 

(こういうのを見ても、全~然そそられないんだよなぁ...)

 

僕なんて、膨らませた股間の方に興味がある。

 

突然、キンと冷えたものが頬に押し当てられた。

 

「つめたっ!」

 

犯人はユノで、頬に押し当てられたのは僕がオーダーしたフルーツスムージーのカップだった。

 

「エロいこと考えてたんだろ?」

 

「YES。

ユノの裸」

 

「おい!」

 

真昼間の下ネタが苦手なユノは顔をぷいっと背け、太いストローでチョコレートシェイクを吸った(チョコレートソースにナッツ、ホイップクリームをのせた甘々な、女の子が好みそうなドリンク)

 

「そうだ!

精算するよ」

 

いそいそと財布を取り出そうとした僕の手を、「いや、いらない」とユノの手が制した。

 

「なんで?」

 

「チャンミンは出さなくていいよ。

俺、男だし、払わせてよ」

 

「男?

僕も男なんだけど?」

 

ユノは「やべっ」といった風に、片手で口を覆った。

 

「デートん時の男は、女の子に奢ってやるのが普通だってこと?

ユノったら、僕を女子みたく扱うんだね」

 

この程度で腹を立てたりしないけど、眉根をよせ不機嫌ヅラを作ってみせた。

 

「いや...そういうつもりはなくて...」

 

ユノにしてみたら、ごく自然な行為だったらしい。

 

(そうだろうと思った)

 

「いつもの癖。

悪気は全くないよ」

 

「映画代出してもらったんだよ?」

 

「いや。

チャンミンが昼飯代を出したんじゃん。

カフェ代は俺が持つべきだ」

 

「ランチセットだったじゃん。

映画チケットの方が高かったよ?

もぉ、ユノ!」

 

きりのない押し問答に苛ついた僕は声を荒げた。

 

「あのねぇ、ユノ。

カフェ代くらい出させてよ。

ユノはいつも友達の分も払ってやってるの?」

 

「まさか!

あいつらの分を奢ってやるわけないじゃん」

 

「でしょう?

僕は男だし、男友達みたいに扱ってよ」

 

「そうだな...ははは。

チャンミンも男なんだよなぁ」

と、ユノはうなじをポリポリ掻いた。

 

「そうだよ~」

 

男と女を比べてしまうユノを攻めたらいけない。

 

だって、ユノはノンケなんだもの。

 

どっちがカフェ代を出すのか悩んでしまったのもそうだ。

 

男と交際するのが初めてだから、女の子の時と比較してしまったり、行動に迷ってしまったり、今みたいに女の子扱いをしそうになったりする。

 

(それにしても...)

 

「男は奢るべきだと考えてるユノって、考えが古いよね?」

 

「そういうつもりはないよ。

俺だって割り勘の方がありがたいけど、そういうもんだって刷り込まれてるから、疑問にも思っていなかっただけだ」

 

ユノは半分空になったカップをテーブルに置くと、チェアの背もたれにもたれ脚を組んだ。

 

(健康そうなくるぶしだ)

 

僕は、期待に反して甘すぎたスムージーを持て余していた。

 

「払ってあげたくなるんだよね。

今のも、チャンミンに冷たいものを飲ませてやりたかったし、2人で楽しみたいし。

お洒落な店って一人じゃなかなか入れないからね。

俺が奢らなくても、チャンミンはもともと奢られ慣れてそう」

 

「うっ...」

 

今度こそムッとしてしまったが、悔しいことに否定できない。

 

「わかった!

これからは割り勘でいこう。

そうしよう」

 

「わかった。

ルールがあると分かりやすいよな。

俺、男と付き合うの初めてだから」

 

「ルールって...。

普通にしててよ」

 

無駄に悩みそうなユノの真面目さに不安になった。

 

「早く飲めよ、溶けちまうぞ。

チャンミンのも飲ませてくれよ。

俺のもひと口やるから」

 

むすっとしている僕をよそに、僕のスムージーを奪い、僕にシェイクのカップを持たせ、「あっめぇ!」「水はいるか?」「トイレへ行ってくる」とひとりうるさいユノ。

 

僕はいろいろと考えていた。

 

トイレから戻ってきたユノに、ぽつりとこぼした。

 

「僕さ、普通の恋愛ってしたことなかったから、新鮮なんだ」

 

「え...どうした、チャンミン?」

 

「こういうのがデートなんだなぁ、って」

 

「これが?

ベタなコースで申し訳なかったな、って思ってたくらいなんだぞ?

あんたこそ、いろんなところに連れて行ってもらったんだろうって。」

 

「ううん。

僕のデートって、いつも夜だったから。

分かるでしょ?」

 

「あ~、分かる...かも」

 

「ヤること前提だからね。

前戯のデートはいらないの」

 

ユノは「そっか...」とつぶやいて、ため息をついた。

 

「俺なんて、夜のデートはしたことない」

 

「そうだろうね。

ユノはおひさまの匂い」

 

「健全、ってことか?」

 

「うん。

僕は...ローションの匂い...っ!」

 

ユノに口を塞がれた。

 

「ひるまっから、エロいこと言うなよな~。

恥ずかしいじゃん」と赤くなっていた。

 

僕の自虐ネタに、「過去の話とかいい加減、イタイんだけど?」と苛ついたのかと思った。

 

僕は指折り数えてみた。

 

関係を持った男たちの数を。

 

100人を超えるかもしれない。

 

ユノに伝えた数を大きく超えている。

 

僕にとってH1回は ビール1缶程度の軽さ。

 

恋人がいたとしても(向こうが恋人だと錯覚しているに過ぎない間柄)、同時進行はザラだった。

 

「...チャンミンはいろんな奴と付き合ってきたんだなぁ」

 

ユノは腕を組み、しみじみと感慨深そうに頷いている。

 

「何それ?

『ローション』と聞いて思いついたの?」

 

「そんなところ」

 

「昔の彼氏にヤキモチ妬いた?」

 

ジョークで訪ねてみた。

 

 

(つづく)

 

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