(65.最終話)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

ユノは僕を抱きしめていた腕をほどくと、泡をすくっては僕の頭に乗っけ始めた。

 

「ユノに伝えたいことはまだあるんだ」

 

「え~、何だよ~。

やっぱ、こえぇなぁ」

 

「ユノ。

僕と一緒に住まない?」

 

ユノの手がぴたっと止まった。

 

「僕と一緒に暮らそう」

 

密かに温めていた計画を打ち明けた。

 

思いついたのはいつだっけ?

 

ユノの部屋を飛び出した昨夜のことだ。

 

喧嘩して部屋を飛び出したとしても、僕が帰るのは僕の部屋だ。

 

その日のうちに仲直りしたい。

 

頭が冷えるまで時間潰しをして、最終的には恋人と住む部屋に戻る...これが理想。

 

ユノに伝えたい話のメインディッシュがこれなのだ。

 

「...毎日やり放題じゃん」

 

ユノの第一声に、僕は吹き出した。

 

「ユノにはエッチィ技をいっぱい教えてあげる。

ねえ、返事は?」

 

「賛成に決まってるじゃん」

 

僕はユノの両脚の間でUターンし、彼と対面した。

 

胸の内で喜びが弾け、盛大に泡と水しぶきが辺りに散った。

 

...イメージで言うと、黄色い光の粒がパ~ン、って弾け、欠片がキラキラと空に散ったかのよう。

 

「よし!

そうしよう」

 

ユノの声があまりに大きかったものだから、隣のあんあん声がぴたっと止んだ。

 

「とにかくあんたは危なっかしい。

いつもどことなく不安げだった。

俺が叩き直してやる」

 

「何だよ、それ~」

 

「あとは、モテまくるのも心配だ。

これからもぞろぞろと昔の男が出てきそうだ」

 

「あのねぇ。

恨まれるほど深い付き合いをしてきた奴はほとんどいないから、その心配は要らないよ」

 

ユノは疑わし気に目を細めた。

 

「...わかったよ」

 

「ねぇねぇ。

どんな部屋にしようか?

最低でも1LDKがいいよね」

 

僕らは「ねー?」と、思いっきり破顔したお互いを指さした。

 

玉の汗をかいたユノの顔は茹でだこのように真っかっかだ。

 

他人とひとつ屋根の下で暮らすなんて、これまでの僕だったら信じられないことだ。

 

「でもなぁ...」

 

ユノは濡れた金髪をかき上げながら、「先月、アパートの更新したばっかで余裕がない」とボヤいた。

 

「金貯めないとな」

 

「心配には及ばないよ!」

 

僕はユノの肩を揺さぶった。

 

「アイツを売ったお金で支払おうよ」

 

「...アイツって...ダイヤのこと?」

 

「ピンポン。

売ろうって言ったの、ユノじゃん」

 

「そりゃまあ、そうだけど...。

昔の恋人から貢がれたものを、今の恋人との楽しみに使っちゃっていいのか?」

 

「僕のモノなんだから、僕が好きに使っていいんだ。

僕が一番欲しいものを手に入れるんだから、ダイヤも喜んでくれるさ」

 

「あんたって...タフだよなぁ。

切り替えが早いというか、ドライと言うか。

何年もあいつを引きずってたことが信じられねぇ」

 

ユノは珍しい生物を見る目になって、しみじみと言った。

 

「...さすが数多の男を転がしてきた男」

 

ユノがぽつりとこぼす本音は、頭にくるけれど面白い。

 

 

「ユノや、来たのか?」

 

ウメさんは眠っていたようだが、僕らの気配を察したのか目を覚まし、「よっこらせ」と半身を起こした。

 

「嫁さんも一緒に来たのか?」

 

ウメさんが言う「嫁さん」とは僕のことらしい。

 

ユノは「嫁さんじゃないよ、チャンミンさんだよ」と訂正したが、ウメさんは「うちの孫はいい旦那をしているか?」と、僕に笑顔を向けるのだ。

 

ムキになって否定する理由はないから、ユノより先に「もちろん」と答えてしまった。

 

続けてユノも、ちょっと困った表情で「まあね」と答えていた。

 

「ばあちゃん、ちゃんとメシ食ってるか?」

 

ウメさんは「昼も夜も食べていない。誰も食わせてくれない」と文句を言った。

 

「お腹、減ってますか?」と尋ねてみると、ウメさんは胃袋の具合をスキャンしているかのように目をつむりお腹に手を当てた。

 

昼食から時間が経っていないから、ウメさんの不満はすぐに消えてしまったようだ。

 

今日僕らは、ユノのお母さんから預かった着替えを届けにホームに寄ったのだ。

 

用事を済ませた僕らは暇を告げ、ウメさんの部屋を出た。

 

ユノと手を繋ぎたい欲求はあるけれど、昼間の今は無理だと最初から諦めていた。

 

本音は手を繋いで、素晴らしい恋人を見せびらかしたい。

 

ユノが恋人になってから抱けるようになった欲求だ。

「チャンミン...ごめんな。

今日のばあちゃんにとって、俺には嫁さんがいて、それがチャンミンってことになってるみたいだな。

チャンミンを女だと勘違いしてるかもしれない。

それか、チャンミンが嫁さんってことと、チャンミンが男ってことが結びついていないかもしれない。

でも、その勘違いは訂正しないでおくよ。

ばあちゃんには嘘つきたくないし、俺のすることに笑顔でうんうん、って見守ってくれる人だけど、なんだかんだ言って昔の人だ。

俺が男と付き合ってるって知ったら、腰抜かすよ。

上手に嘘をついてやるのも、ババ孝行かなぁ、って思うんだけど...どう?」

 

「僕は全然かまわないよ」

 

ユノは気にするんだろうなぁ、と思った。

 

ウメさんを誤解させておかないといけないことへの負い目だ。

 

『運命』だなんだと悩み浮かれていた僕らだけど、今後たくさんの難題に立ちふさがれ、その都度衝突するんだろうなぁ、と思った。

 

 

「女子相手だったら、俺はチェリーのまんまだよ」

 

僕んちの最寄り駅で降りた僕らは、並んで歩いていた。

 

「『女子相手』?

男ならいいってわけ?」

 

「チャンミン...。

俺がノンケだってこと知ってるだろ?

仕方がないじゃん。

俺の性的関心は女子にあるんだ」

 

「...知ってるさ」

 

ユノの言う通り、彼は男としか経験していない。

 

挿入する穴が、アソコかソコかで童貞の価値が変わるとなると寂しい気持ちになる。

 

ヤリまくってた僕には、寂しがる資格はないんだけどね。

 

ユノと出会ってから、身体と身体が繋がることについて、もっと慎重になろうと思ったんだ。

 

愛情の有無で、僕の意識が変わったってこと。

 

これからずっと、僕はユノがノンケであることを不安に思い続けるんだろうなぁ。

 

「こればっかりはしょうがないさ」

 

「心配だなぁ」

 

「俺がゲイやバイだったとしても、俺はあんた以外とはヤラないよ。

俺がチェリーだった理由を知ってるだろ?

俺は身体の結びつき以上に、心の結びつきを大事にしてるんだ。

心が伴わないHは絶対にしない」

 

ユノの気持ちは分かっているけれど、言葉にしてもらうととても嬉しい。

 

出会った時からユノにはブレがない。

 

「俺...チャンミンとヤッてから分かったことがあるんだ」

 

ユノの手が伸びてきて、僕の手を握った。

 

「身体の結びつきも、いいもんだな」

 

「でしょう?」

 

僕とユノは身体と心を別個に考えていたんだと思う。

 

あれこれ理由を付けてみては、相手に心と身体両方を預けることを渋っていたんだ。

 

ユノは身体を、僕は心を差し出すことに躊躇していた。

 

僕らが出会ったとき、心と身体のいずれかがぴっかぴかの新品だった。

 

そして、相手の初めてをかっさらったのだ。

 

暦では初秋であっても外気温は高く、斜めに射す西日が首筋を焼いた。

 

ちょっと髪を短くし過ぎたみたい。

 

ユノはうなじを気にする僕に気づいたようだ。

 

「また伸ばせば?

髪も好きなように染めなよ」

 

ユノの指が僕の髪に触れた。

 

頭皮を伝って首筋が粟立った。

 

いいねぇ。

 

僕はとってもエロいから、その指でいっぱいかき混ぜられたいと思ってしまったのだ。

 

(おしまい)

 

[maxbutton id=”23″ ]