(16)虹色★病棟

 

 

身体を拭きながら、念入りに消臭スプレーを全身に吹き付けているユノをちらちら見ていた。

 

自身の体臭を徹底的に閉じ込めてやろうという、強固な意志が感じられる。

 

ユノとは消毒液の香り、無臭そのものなのに。

 

「どうせマスクをしてるんだからさ。

スプレーしなくちゃいけないのは僕の方じゃないの?

ほら、シューっとして」

 

ふざけた僕はユノの前で万歳してみせた。

 

スプレーのノズルをこちらに向けたユノは、視線をある一点に釘付けにしている。

 

「お前...脇も剃ってるのか?」

 

「わ!」

 

大慌てで下ろした両手で身体を抱き締め、その場にしゃがみ込んだ。

 

「脇毛ボーボーでワンピース、着たくないでしょ」

 

「...確かに。

ワンピースを脱がしたら毛深い脇...ムード台無しだなぁ」

 

制汗スプレーをひと缶使う勢いで噴霧し終え、ユノはようやく下着を手に取った。

 

とっくに着替えが終わっていた僕はベンチに腰掛け、ユノの着替えが済むのを待っていた。

 

「脱がされること前提じゃないんですけど?」

 

「俺はワンピースを着たことがないから、ムダ毛を処理したい気持ちが理解できん。

脱がす立場で想像するしかないだろう?」

 

「う~ん、その通りだけどさ。

ユノだって清潔第一ならば、脇を剃ったらどうなの?」

 

「......」

 

無言になってしまったユノに、皮肉がきつすぎてしまったかな?と不安になってきた。

 

「僕の言ったことはジョークだから、ね?」

 

ところが、

 

「...チャンミンの言うとおりだな。

どうして今まで気が付かなかったんだろう」

 

なんて言うんだ、驚いてしまった。

 

「それにしたって、チャンミン。

お前もなにかとこじらせてるな」

 

と笑われた僕はムッとしてしまい、荷物を抱えて椅子から立ち上がった。

 

「先行ってるよ!」

 

脱衣所のドアがノックされた。

 

その鋭い音に、廊下に待ち構えていた次の番の者が、僕らを急かしているのだ。

 

「早くしないと、待ってる人がいるよ!」

 

僕は着替え途中のユノに構わず、脱衣所の鍵を外した。

 

「チャンミン!」

 

ユノの下着姿なんて、見られてしまえばいいんだ!...なんて子供っぽいなぁ、僕って。

 

脱衣所のドアが開くなり、順番待ちしていた者が中に踏み込んできた。

 

その者との衝突を避けようと、ユノは後ろに飛び退いた。

 

まともにぶち当たってしまった僕はずっこけながら、その華麗な動きに魅入られていた。

 

しなやかな肉体にふさわしい運動神経の持ち主だ。

 

困ったなぁ、と思った。

 

僕は喪失感に打ちのめされてここにやって来て、もう二度と恋など出来ないと思い詰めていた。

 

退所できた日には、精神はガタガタなままでも、衣食住を最低限保てるだけ働くことができる。

 

これが僕の目指していた将来だった。

 

ぽっと現れた一人の男性に、あっという間に恋に落ちてしまうなんて...。

 

ユノも泣いていたように、俺にとってのその人の存在とは、その程度だったのか、と。

 

ユノの場合は、衝撃が大き過ぎて悲しいセンサーが狂っているだけ。

 

でも、僕の場合は違う。

 

失ってしまった愛こそ生涯最高のもののはずだった。

 

3年間のたうち回る苦しみを経て、さあいよいよ新しい人生の出発だ、の矢先に出会ってしまった。

 

他の入所者の人たちはどうか知らないけれど、僕は男の人にも恋することができる。

 

喪失に別れを告げる場所で新たな恋を見つけてしまい、困ったなぁと思った。

 

そして、片想いで済ませるつもりがないことにも困ったなぁと。

 

尻もちをついた僕はユノからの冷たい視線に気づき、彼から指示される前に手を洗った。

 

入浴を済ませ清潔にしたばかりの手は、手袋で覆われた。

 

 

自室に戻った僕は、一度着たパジャマを脱いだ。

 

クローゼットを開け、色別に吊るしたワンピースをハープの弦のように撫ぜた。

 

「どれにしようかな...」

 

ユノとの散歩ではパジャマ姿が常で、いざワンピースを着るとなると恥ずかしかった。

 

初めて会った時、ワンピース姿の僕に驚いていたけれど、その眼差しには軽蔑の色がなかったことに好感を持てた。

 

コットン、ポリエステル、リネン、シルク。

 

ここに入所する際、形見であるこれら全てを持ち込んだ。

 

僕は常にパジャマ姿で、ワンピースを着るのはごくごく限られた時だけ。

 

(新入りが入所する時や、クリスマスと新年のパーティその他...)

 

ワンピースを着ていると、その人と今も変わらず繋がっている錯覚を起こす。

 

同時にこれらを身にまとっていると、過去を否定したくなるドス黒い感情を抑えてくれる。

 

小箱の中で暴れまわるもののひとつに、僕らの愛が破綻した時、心の中で竜巻のように巻き上がった強烈な嫌悪感がある。

 

ワンピースはそれを鎮めてくれるのだ。

 

 

僕のワンピース姿をひと目見るなり、ユノは「綺麗な色だな」と言ってくれた。

 

ベイビーブルーと白の太いストライプ柄で、メンズライクなシャツワンピースだから抵抗感を持たれにくいと思ったんだ。

 

白キャンバスのスニーカーを合わせていた。

 

ワンピースを着た男とは、決して美しい姿とは言えない。

 

だから、ワンピースの色を褒めざるを得なかったにしても、嬉しかった

 

僕らはベンチに腰を下ろした。

 

ワンピースの時はいつもそうだけど、両膝をこすりつけるように内股になっていた。

 

ここは三方を建物で囲まれているけれど、フェンスの向こうから吹く気持ちのよい風で、僕らの濡れた前髪も乾いた。

 

風通しのよいここでは僕ら二人だけで、ユノはマスクもゴーグルも外していた。

 

僕らがやって来たことを察したラムネは、温室の中から餌をねだってピリピリとさえずっている。

 

ユノはガウンのポケットからビニール袋入りの人参を取り出した。

 

「あら、いつの間に」

 

「お前のサラダに入るはずだった人参だ」

 

僕は相変わらず白いものを食べ、ユノも相変わらず密封された保存食を食べていた。

 

手始めに色鮮やかなものが苦手な理由を、ユノに教えてあげようと思った。

 

「最後の食卓がね...」

 

 

(つづく)

 

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