「ユノは汚くないよ」
ユノが潔癖症であるのはホントウだろう。
周囲はばい菌だらけ。
ユノの場合、潔癖症をこじらせてしまって、自分自身もばい菌だと思っていること。
身の回りのものから汚されたくないし、自分自身が分泌するもので周囲を汚したくない。
ばい菌に怖気が走る感覚がどれほど強烈かは、自分自身がよく分かっているから、余計に周囲の者に「汚い」と思われたくないのだ。
僕に手袋を強要するのは、僕の素手が汚いこともあるけれど、同時にユノに触れる僕の手を汚さないようにするためなんだ。
「ダメだ」
ユノの鋭い制止の声に、マスクのゴムにかけた指は止まった。
「俺を怖がらせることは止してくれ。
接近戦には慣れていないんだ。
それに、チャンミンの言葉をどれだけ信用したらいいか分からない」
「僕のことは信じて大丈夫...と言っても、信じられないよね。
知り合ったばかりだし...」
僕はマスクの下でため息をついた。
「ユノの潔癖症って...いろんな要素が入り組んでるね、ははは」
ユノは「そうだ、片方を直せば改善しそうに見えるけど、どっちを先に直すっていうだ?」と言って、シーツをかき寄せ、鼻の上までくるまった。
「ルールが多くて大変だよ。
周りの者たちは菌とカビの胞子、ウィルスまみれ。
それ以上に、俺も汚いんだ」
「どっちが先だったの?
周りが汚いと思ったのが先?
自分が汚いのが先?」
僕の質問に、ユノはしばし口をつぐみ、空を睨んで考え込んでいた。
「......」
「専門的なところに診てもらったことはあるの?」
「ない。
その必要がなかったから。
日常生活は不便だらけだけど、唯一、俺を許してくれる人がいてくれれば、俺は満足なんだ。
パーソナルなエリアは、俺とその人だけで十分」
確かにユノは、「その人となら抱き合える」と話していた。
今、こうして心の秘密を僕に打ち明けているけれど、それはLOSTに同時に居合わせた仲間意識によるものなんだ。
「清潔か不潔か...こいつを直すために来たんじゃない。
喪失から立ち直るためにここに来ているわけだろう?
チャンミンだってそうだっただろう?」
僕は頷いた。
心の古傷がうずくごとに、今なお心の小箱はガタガタと揺れ、まあまあコントロールできるようになった。
さらには、最近新しい鍵を付けてもらったから、ここをいつでも出られる準備は出来ている。
ここは何かを得るための場所じゃない。
手放す場所なんだ。
「それなのに、俺という男は...清潔か不潔かが気になって仕方がないんだ。
悲しむべきのことを、すっぽかしてるんだ」
「泣いていたでしょ、さっき?
ユノの大事だった人のことを思い出してたんじゃないの?」
「まあな。
思い出しては、その頃に戻りたいと願う...確かに、そうだ...そうなんだけど。
その人がとても遠い存在になってしまったことが、悲しいんだ」
「そりゃそうだよ。
うん、よくわかるよ、その気持ち」
僕はユノの頭を...形のよい小さな頭を...シーツ越しに撫ぜた。
素手でユノの黒髪に指をもぐらせ、梳くことができたら...と思った。
「チャンミンが想像している俺の気持ちは、ちょっと違うと思う」
ユノの言葉の意味がつかめずに首を傾げた。
(つづく)
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