(22)虹色★病棟

 

 

僕とユノの共通点はただ一つ。

 

早い遅いの時期の差はあるけれど、大切な人を失い、息の根が止まるほど苦しんだこと。

 

ひとりは絶望の底から脱出できるまで回復した者、もうひとりは、その暗い穴倉に飛び込んだばかりの者。

 

この差こそ、ありふれた言葉である『時間が解決してくれる』そのものだと思う。

 

当事者の気持ちをまるで無視した、無責任なものだと、反吐が出るほど嫌いな言葉だった。

 

特に「先輩入所者」たちが訳知り顔に得意げになって、「新入りたち」の肩を叩いて慰める。

 

悲しみに向き合う姿勢にもよるけれど、努力して忘れられるものでもないし、何もしなければ永遠に忘れられないものでもない。

 

頑張ろうが頑張るまいが、時間が悲しみを薄れらせてくれるものなのだ。

 

今になってしみじみと実感するのだ。

 

それなのになぜ、わざわざこのような施設に閉じこもって、失ったものと対面するのだろうか?

 

去っていった人への愛情がいかに深いものであったかを、ここLOSTに滞在することで知らしめているんだろうな、と僕は思う。

 

誰に向けて?

 

もう戻ってこない、去っていった人に向けて。

 

 

くっくと不規則に痙攣するユノの背中を撫ぜ続けた。

 

大きくて広い背中...でも、背骨が浮き出たやつれた背中だった。

 

ここに来て以来、ユノが口にしているものといえば、プロテインドリンクくらいのもの。

 

ユノの骨ばった指が、僕の二の腕に食い込んでいる。

 

「...思い出したの?」

 

僕の胸に目頭を押さえつけたまま、ユノは小刻みに首を振った。

 

ユノの温かい涙は次から次へと溢れてきて、僕のパジャマを濡らした。

 

清潔だの不潔だの言っていられない。

 

圧倒的な悲しみの前では、主義や嗜好の優先順位は低くなる。

 

3週間の間、僕のことをばい菌扱いはしていても、ユノはいつだって僕の話を聞いてくれた。

 

これは僕の想像だけれど、ユノは今になってようやく、これまで他人事のように感じていた喪失を、身をもって自分事として直面したんじゃないかな。

 

だから、大泣きできたんだ。

 

ユノは苦し気なのに、しがみついてくれることを喜ぶ僕の下心はサイテーだね。

 

 

僕らは枕を背当てクッション代わりにして、両脚を投げ出し、壁にもたれていた。

 

僕はユノの肩を抱いたままで、シーツにくるまったユノは僕の肩に頭をもたせかけていた。

 

激しい嗚咽はおさまり、今はぐずぐずいう鼻をティッシュペーパーで拭いている。

 

汗で蒸れた手袋を早く脱ぎたかったけれど、我慢するしかない。

 

身体同士を密着させている現状が、気になり始めた。

 

マスクをしているとはいえ、ユノはノーマスク、僕の肩にもたれているから、彼の髪先が僕の首筋にあたっている。

 

ユノ...平気なのかな...気づいていないだけなのかな。

 

いや...気付いているけれど、平気なんだ。

 

「...悪かった」

 

「ううん」

 

「泣いてすっきりした...というか、ちゃんと泣けてよかった」

 

ユノの鼻声が可愛かった。

 

「うん、泣くのはいいことだよ。

泣いてなんぼの所なんだよ」

 

視線を斜め下に落とすと、前髪とおでこが邪魔でユノの鼻のてっぺんしか見えない。

 

「...どんな人だった?」

 

恐る恐る尋ねてみた。

 

「いい人だったよ。

危なっかしいところがあって、目が離せなかった。

俺はその人のことを...仮に『彼女』としておこうか。

俺は『彼女』のことを忘れられない。

愛してきたし、今も愛している」

 

「...そっか」

 

ここは胸が「ズキリ」と痛む場面なんだろうけれど、平気だった。

 

僕だってそうだったから...お互い様なのだ。

 

「自分の中にもう一人自分がいるみたいなんだ」

 

「?」

 

「俺の中に真逆の自分が同居しているんだ。

亡き人を想って嘆き悲しむ俺...これは、表向き...というか、まあ...当然の姿だね。

で、理解しにくいのは、ノーテンキで前向きな俺の存在なんだ。

二重人格とか、そういうんじゃないぞ」

 

「うん、分かってる。

前にも話していたよね」

 

「ちゃんと覚えていてくれたんだ」

 

深く座り直そうとするユノに、彼の肩を抱いた手を引っ込めようとした。

 

「いや、そのままでいい」と、ユノの手が重ねられて驚いた。

 

「二人どころか三人いたよ。

三人目は、狡くて弱い俺だ」

 

ユノの手と手袋をはめた僕の手は重なったままだ。

 

「チャンミンの好意に甘えてる俺だ」

 

「それのどこが狡いの?」

 

「チャンミンは医者でもカウンセラーでもない。

俺と同じ入所者だ。

それなのに、べったり甘えてた。

ズタボロのくせして、チャンミンからの好意には気づいていたし、それに乗っかっていた。

俺は構って欲しかったんだと思う」

 

「ううん。

付きまとっていたのは僕の方だよ」

 

「チャンミンは鋭い人間だ。

相手が語らずとも察する能力は高い方だと思う。

それに甘えていたんだ。

...ほらな、こんな器用なことができる自分もいたんだ」

 

僕が気付いていることを、ユノは知っている。

 

「...ユノは汚くなんかないよ。

ユノが汚いなんて、僕は一度も思ったことないから。

だから...マスクを外していい?」

 

 

(つづく)

 

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