僕とユノの共通点はただ一つ。
早い遅いの時期の差はあるけれど、大切な人を失い、息の根が止まるほど苦しんだこと。
ひとりは絶望の底から脱出できるまで回復した者、もうひとりは、その暗い穴倉に飛び込んだばかりの者。
この差こそ、ありふれた言葉である『時間が解決してくれる』そのものだと思う。
当事者の気持ちをまるで無視した、無責任なものだと、反吐が出るほど嫌いな言葉だった。
特に「先輩入所者」たちが訳知り顔に得意げになって、「新入りたち」の肩を叩いて慰める。
悲しみに向き合う姿勢にもよるけれど、努力して忘れられるものでもないし、何もしなければ永遠に忘れられないものでもない。
頑張ろうが頑張るまいが、時間が悲しみを薄れらせてくれるものなのだ。
今になってしみじみと実感するのだ。
それなのになぜ、わざわざこのような施設に閉じこもって、失ったものと対面するのだろうか?
去っていった人への愛情がいかに深いものであったかを、ここLOSTに滞在することで知らしめているんだろうな、と僕は思う。
誰に向けて?
もう戻ってこない、去っていった人に向けて。
・
くっくと不規則に痙攣するユノの背中を撫ぜ続けた。
大きくて広い背中...でも、背骨が浮き出たやつれた背中だった。
ここに来て以来、ユノが口にしているものといえば、プロテインドリンクくらいのもの。
ユノの骨ばった指が、僕の二の腕に食い込んでいる。
「...思い出したの?」
僕の胸に目頭を押さえつけたまま、ユノは小刻みに首を振った。
ユノの温かい涙は次から次へと溢れてきて、僕のパジャマを濡らした。
清潔だの不潔だの言っていられない。
圧倒的な悲しみの前では、主義や嗜好の優先順位は低くなる。
3週間の間、僕のことをばい菌扱いはしていても、ユノはいつだって僕の話を聞いてくれた。
これは僕の想像だけれど、ユノは今になってようやく、これまで他人事のように感じていた喪失を、身をもって自分事として直面したんじゃないかな。
だから、大泣きできたんだ。
ユノは苦し気なのに、しがみついてくれることを喜ぶ僕の下心はサイテーだね。
・
僕らは枕を背当てクッション代わりにして、両脚を投げ出し、壁にもたれていた。
僕はユノの肩を抱いたままで、シーツにくるまったユノは僕の肩に頭をもたせかけていた。
激しい嗚咽はおさまり、今はぐずぐずいう鼻をティッシュペーパーで拭いている。
汗で蒸れた手袋を早く脱ぎたかったけれど、我慢するしかない。
身体同士を密着させている現状が、気になり始めた。
マスクをしているとはいえ、ユノはノーマスク、僕の肩にもたれているから、彼の髪先が僕の首筋にあたっている。
ユノ...平気なのかな...気づいていないだけなのかな。
いや...気付いているけれど、平気なんだ。
「...悪かった」
「ううん」
「泣いてすっきりした...というか、ちゃんと泣けてよかった」
ユノの鼻声が可愛かった。
「うん、泣くのはいいことだよ。
泣いてなんぼの所なんだよ」
視線を斜め下に落とすと、前髪とおでこが邪魔でユノの鼻のてっぺんしか見えない。
「...どんな人だった?」
恐る恐る尋ねてみた。
「いい人だったよ。
危なっかしいところがあって、目が離せなかった。
俺はその人のことを...仮に『彼女』としておこうか。
俺は『彼女』のことを忘れられない。
愛してきたし、今も愛している」
「...そっか」
ここは胸が「ズキリ」と痛む場面なんだろうけれど、平気だった。
僕だってそうだったから...お互い様なのだ。
「自分の中にもう一人自分がいるみたいなんだ」
「?」
「俺の中に真逆の自分が同居しているんだ。
亡き人を想って嘆き悲しむ俺...これは、表向き...というか、まあ...当然の姿だね。
で、理解しにくいのは、ノーテンキで前向きな俺の存在なんだ。
二重人格とか、そういうんじゃないぞ」
「うん、分かってる。
前にも話していたよね」
「ちゃんと覚えていてくれたんだ」
深く座り直そうとするユノに、彼の肩を抱いた手を引っ込めようとした。
「いや、そのままでいい」と、ユノの手が重ねられて驚いた。
「二人どころか三人いたよ。
三人目は、狡くて弱い俺だ」
ユノの手と手袋をはめた僕の手は重なったままだ。
「チャンミンの好意に甘えてる俺だ」
「それのどこが狡いの?」
「チャンミンは医者でもカウンセラーでもない。
俺と同じ入所者だ。
それなのに、べったり甘えてた。
ズタボロのくせして、チャンミンからの好意には気づいていたし、それに乗っかっていた。
俺は構って欲しかったんだと思う」
「ううん。
付きまとっていたのは僕の方だよ」
「チャンミンは鋭い人間だ。
相手が語らずとも察する能力は高い方だと思う。
それに甘えていたんだ。
...ほらな、こんな器用なことができる自分もいたんだ」
僕が気付いていることを、ユノは知っている。
「...ユノは汚くなんかないよ。
ユノが汚いなんて、僕は一度も思ったことないから。
だから...マスクを外していい?」
(つづく)
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