(21)虹色★病棟

 

 

僕は自分のことしか考えていなかった。

 

想いを伝えたい一心で、ユノの心の状態なんてお構いなしだった。

 

前回の恋の時も恐らく、僕は同じように振舞っていたんだと思う。

 

「好きなんだからいいじゃないか」と、好きな気持ちがあれば何でも許されるんだ、って。

 

僕はちっとも変っていない。

 

ユノはずっと聞き役で、僕の小箱の鍵を飲み込んだままだった。

 

 

 

昼間までいい天気だったのに、雨が降り出していた。

 

湿気とともにどんより曇った空気まで入り込んできそうで、部屋の窓を閉めた。

 

ここの窓はルーバー窓になっていて、全開にしても指4本通るのがやっと。

 

LOSTは簡単には逃げ出せないようになっている。

 

自ら望んで閉じ込められた以上、入所者たちは自ら与えた課題に全力で取り組まなければならない。

 

外界からの刺激から守られたこの場で、僕らは喪失体験を存分に味わい、反芻し、消化する。

 

悲しみに耐えかねて、治癒も半ばで逃げ出されたら、施設の評判に傷がつく。

 

だから施設側も本気を出して、入所者たちを閉じ込めにかかっている。

 

ここを脱出するのは、相当難しい。

 

何人かが挑戦して、失敗するのを見てきた。

 

喪失から立ち直っていない者には、困難過ぎる脱出ゲーム。

 

僕はといえば、新しい恋を得たことで、喪失から立ち直ったと証明された。

 

外界に出る準備は出来ているのに、ユノの側にいたい一心のあまり、仮病を使ってLOSTに留まろうとした。

 

いつまでも仮病でひっぱれない。

 

作戦を練らないと。

 

 

ユノがいなくて途端に暇になってしまった僕は、食堂をぐるりと見渡した。

 

食堂のテーブルで皆思い思いに、宛先のない手紙を書く者、入所したてなのかめそめそと泣いている者。

 

「忘れてた!」

 

僕はステーションカウンターの用紙を取って来ると、思いつく限りの衛生用品を記入して、スタッフに手渡した。

 

真の意味での潔癖症には僕はなれないけど、清潔を保つことならできる。

 

ユノレベルに汚れを取り除いたクリーンな身体でいれば、ユノは僕に触れてくれるかもしれない。

 

手の甲にふわりと乗せられたユノの手、僕を抱き上げてくれた力強いユノの両腕...素手で他人に触れる行為は、彼にとって耐えがたいことだったろう。

 

主義に反したことばかりさせてしまって、申し訳なかった。

 

 

まもなく夕飯の時間になるのに、ユノは部屋から出てこなかった。

 

時間厳守なユノにしては珍しかった。

 

迎えに行こうと席を立ってすぐ、思い直して席に戻った。

 

とても疲れていて、食事どころじゃないだろうから、寝かしておこうと思った。

 

あれ?

 

食事の時間、いつも僕の斜め後ろに座る人物がいなくなっていた。

 

彼は入所して1年も経っていなかったはず。

 

卒業したんだ...。

 

雨足が強まったようで、嵌め殺しの窓ガラスに、パラパラ音を立てて雨粒がぶつかっていた。

 

 

コツコツとノックをした後ドアを細く開け、顔だけを覗かせた。

 

マスクOK、手袋OK、パジャマも洗濯したてのものだ。

 

「...ユノ?」

 

室内は真っ暗だった。

 

廊下からの灯りが、ベッドに横たわるユノの背中を照らした。

 

「...ユノ」

 

繭のように背中を丸めていた。

 

「...っく...っく...」

 

それは、嗚咽だった。

 

喉の奥からしゃくりあげる声が、苦し気だった。

 

「ユノ...!」

 

黄色のラインの前で僕はスリッパを脱いだ。

 

 

ユノの結界の中へ足を踏み入れていいものか、しばし迷った。

 

後始末に大変な思いをさせたくなかった。

 

「ユノ?

僕だよ?」

 

ビニールカーテンを爪先でつまんで、室内温室内の様子を窺った。

 

ユノは着替えを済ませておらず、昼間と同じ恰好をしていた。

 

これは一大事だぞ、と思った。

 

ユノを慰めてあげたい。

 

悲しみとは、独りで対面しなければならないってことは分かってる。

 

好きなんだから放っておけないよ。

 

僕とは、押しつけがましい男なのだ。

 

クローゼットから洗い替えのシーツを取り出した。

 

シーツを広げ温室に入った僕は、ユノにシーツを覆いかぶせた。

 

ユノをシーツごと抱き締めた。

 

野生動物を保護する時みたいだな、と思った。

 

とても熱い身体だった。

 

一体いつから泣いていたの?

 

僕の腕の中でいっとき、ユノは身をよじった。

 

「チャンミンだよ」

 

僕の両腕は、ユノを離さなかった。

 

 

(つづく)

 

 

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