(20)虹色★病棟

 

 

 

屋外は肌寒いのに、温室内の空気は日光に温められ、汗がにじむほど暑かった。

 

僕はユノと距離をとり、マスクもしていた。

(僕のポケットには常に、マスクと除菌ティッシュが入っている...これはユノの為だ)

 

ラムネは僕よりもユノの方に懐いているようだ。

 

ニンジンをついばむラムネを見つめる細めた眼、それは優しいものだった。

 

ユノが許せば、彼の指に乗ってピーピーさえずりたがってる。

 

ずっと世話をしてきたのは僕なのだけどなぁ、なんてくやしい気持ちは全く湧かない。

 

空っぽの温室、そこにはクラシカルな鳥籠、すりガラス色の小鳥、白皙の青年。

 

どこかの画家か写真家が、作品として切り取ったワンシーンのようだった。

 

「ドアを開けておこうか?」

 

密閉された空気は耐えがたいだろうと温室のドアを開け放った。

 

すうっと涼しい風が吹き込んだ。

 

僕はマスクをしたユノの風下に移動した。

 

ところが「お前はこっちだ」と、ユノと立ち位置を入れ替わることとなった。

 

逆じゃないのかなぁと思ったけれど、げっそりとしたユノの横顔に、判断力が鈍っているのだろうな。

 

「...どう?

ちゃんと眠れてる?」

 

ここに入所してきて以来、ユノの眼の下の隈は薄らいできているものの、相変わらず病人の顔をしていた。

 

ユノは未だ、悲しみを全開させていないんだ。

 

中庭から病棟へ戻るエレベーターの中で、ユノは話し出した。

 

「最近...その人の夢を見るんだ。

夢の中で、俺たちは生活をしている、旅をしている。

夢の中で、喧嘩をしたりヤってたりする。

 

夢の中で俺は、『そっちに行ったら駄目だ』って止めたくても声が出せない。

絶望して俺は目を覚ます。

隣にその人はいない。

もう一度俺は絶望する...」

 

昼間、僕の前では飄々としていても、部屋で一人きりになった時、号泣しているかもしれない。

 

...それはないか。

 

ユノの眼はいつも充血しているけど、それは寝不足のせいだ。

 

それならば、ベッドに寝転がり、虚しく切ないため息をついているかもしれない。

 

「夢に出てくると、悶々と苦しいものだろうけど、夢の形をとって発散できるっていうのかな?

僕はとてもいい兆候にあると思うな。

専門家でもないのに適当なことを言ってごめん。

これは僕の考えに過ぎないからね」

 

「いい兆候、か...」

 

ユノの視線が遠いものになった。

 

ユノは考え事をすると、瞳に宿っていた意志のようなもの...とても濃い黒色をしている...を手放して、曖昧な眼差しになる...まるで瞳孔が消えてしまったかのように。

 

 

「今日は疲れた...夕飯まで休むよ」

 

 

ユノの部屋のドアがパタン、と閉まった。

 

僕はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 

亡くした最愛の人の夢を見てしまうのも、それに苦しめられるのも、当たり前のことだ。

 

次の恋をするなど、考えられない。

 

赤色に怯えているのは、ユノの結婚相手はおそらく不慮の事故で亡くなったのだろう。

 

血を沢山流して、ユノの腕の中で死んでしまったんだ。

 

緑色に塗りつぶされたドアの向こう。

 

ユノは帰るなり、服を脱ぎ、全身を除菌ティッシュで拭い、消毒スプレーを霧雨のように振りかけているだろう。

 

アクリル板とビニールシートに守られた、安全で清潔なベッドに横たわり、背中を丸めてぎゅっと目をつむる。

 

さっきの告白の答えを、ユノから貰っていない。

 

それでいいんだ。

 

今日の告白は、ユノからの回答が欲しくてしたものじゃない。

 

僕がどういうつもりでユノに近づいたのか、知ってもらいたかっただけだ。

 

僕の告白を無視している風には全然見えなかった。

 

何かしらの答えを出すには、その答えを導き出すために自身の感情を探らなければならない。

 

それどころじゃない今、僕の告白を一旦胸の中に仕舞って、保留にした。

 

ユノの優しさだ。

 

いつか余裕が出来た時に、胸の奥から取り出して、「どうしようか」と検討してくれたらいいなと思った。

 

僕は恋愛において、自己中だ。

 

僕の告白がユノの心に負荷を与えてしまったと、反省した。

 

 

いいアイデアを思いついた。

 

僕も『潔癖症』になればいい。

 

ユノの温室に入れてもらえる資格が欲しいから。

 

 

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(つづく)