(27)虹色★病棟

 

ユノの人差し指に、ラムネのグロテスクな足指が巻き付いている。

 

「その小さな頭で何を考えてる?

お前は悩み事はあるのか?」

 

その指を目の高さまで持ち上げ、ユノはラムネを覗き込んでそう話しかけていた。

 

透明ゴーグルとマスク、当然手袋を装着している。

 

「そんなに接近したら、ラムネがびっくりするよ」

 

「ふん。

毎日俺が世話をしてやってるんだ。

いい加減慣れただろうよ」

 

「まあ...その通りだけど」

 

新刊本が入荷した日など、結末を知りたくて徹夜で読書に夢中になった結果、僕は寝坊してしまうのだ。

 

ユノは起床してこない僕を待たずに早朝の散歩に出かけ、ラムネのエサやりや籠の掃除を済ませてしまうのだ。

 

動物を愛でることで傷ついた心を癒している...その通りだけど、ユノの場合は単純に動物が好きなだけなんだろうな。

 

日光が反射したゴーグルの下で、ユノの黒目がちの眼は三日月に細められているだろう。

 

かつての結婚生活で、ユノ夫妻は犬か猫を飼っていそうだ...なんとなく、そんな感じがする。

 

結婚かぁ...ユノのパーソナルエリアに侵入することを許された人。

 

僕だって負けてはいない、1週間前にキスをしたんだ(2枚のマスクを通してだけど)...これって凄いことだ。

 

出逢って1か月位しか経っていないんだよ。

 

ユノの言う気になる人とは十中八九、僕のことだと思う。

 

入所したその日から付きまとい始めた僕に懐いてしまい、刷り込みを恋に似たものだと誤解しているんだ。

 

喪失への対処法として、僕は小箱の中に押し込んでしまい、ユノの場合は代わりの温もりを求めたんだ。

 

いいのかなぁ...スタッフにバレなければいいのだけど。

「鳴いてごらん?」

厳重に管理された無菌ルームで、世界に1羽だけの貴重な小鳥の観察世話をする研究所員、みたいない出で立ちのユノ。

 

そんなユノの姿を、僕は少し離れたところから眺めていた。

 

ユノはとてもリラックスしているように見える。

 

なぜなら、ガラスを透かす日光にホコリとラムネの羽毛が舞っていることを、ユノは気にしていない風だったから。

 

本人が話していた通り、ユノの潔癖度合いにムラが生じるようになっているかもしれない。

 

亡き人を悲しむことに集中できない、それどころか『気になる人』の存在のせいで、他人と自分とどちらの汚染を気にしたらいいのか混乱していると...ユノの話から僕はこう捉えた(多少のニュアンスは異なっているだろうけど)

 

「ラムネちゃん、鳴いてごらん?」

 

声音がおかしくなってるって、気付いていないみたいだ。

 

ラムネの薄ピンク色の嘴が、コツコツとゴーグルを突っついた。

 

「!!」

 

ラムネの突然の反撃に、びっくりしたユノは後ろに飛び退った。

 

ラムネはユノの指から羽ばたき、温室内を旋回したのち彼の頭の上に着地した。

 

そんなユノが可愛らしくて大笑いする僕に、彼はムッとしていたけれど、すぐに一緒に笑い出した。

 

 

「『LOST』は有と無の境界に建っているみたいだな」

 

「境界かぁ...確かに」

 

僕らは中庭のフェンス前に立って、その向こうを眺めていた。

 

中庭の逆側...LOSTのエントランスがある側は、通行量の多い道路に面しており、半径2km以内に公共機関や繁華街、住宅地、オフィス街、学校など、すべて揃っているそうだ。

 

僕はフェンスの金網におでこをくっ付けて、遥か遠くを見つめた。

 

「チャンミンはどこに住んでた?」

 

ユノはポケットに両手をつっこんで、フェンスから1メートル離れた位置に立っている。

 

「僕が住んでたとこは、あっち」

 

「へえ、遠くまで来たんだなぁ」

 

「そうなんだよねぇ。

...でも、閉じ込められるんだから、どこにいたって変わんないよね。

ユノは?」

 

「俺はこっち。

もとはあっちに住んでたんだけど、仕事の関係で引っ越してきたんだ」

 

「?」

 

突然ユノに手を握られ、心臓が一瞬、喉のあたりまで飛び出しそうに驚いた。

 

だって、無人の中庭だとは言え、ここは外なんだよ。

 

ユノって...第一印象はツンデレ風なのに、実際は人懐っこくて、かつ積極的なタイプなんだ。

 

僕はユノに応えて、指同士を絡めて繋ぎ返した。

 

でも、恥ずかしくて仕方がなくて、前方を向いたままでいた。

 

熱々の頬を、前方から吹く乾いた風が冷やしてくれる。

 

この日のワンピース...橙色...の裾がはためく。

 

 

視線を感じて振り向いた。

 

中庭は入所者の部屋が並ぶ側だから、スタッフが外を眺める可能性は低い。

 

でも、面談室や洗濯室に面しているから、誰に目撃されるか知れない。

 

気をつけないと。

 

「このフェンス...よじ登るのは難しそうだな」

 

「そりゃそうだよ」

 

3メートルはあるフェンスの上辺には、大仰なネズミ返しが取り付けられている。

 

「てっぺんまで行く前に、サーチライトで照らされて捕獲されちゃうよ」

 

その光景を想像したのか、ユノは顔をゆがめた。

 

「地平線まで、『わあぁぁ』って叫びながらさ、走ったら気持ちいいだろうなぁ」

 

「有機物は少ないし、空気は乾いているし、マスク無しでいけそうだねぇ。

え!?

...ここから逃げ出したいの?」

 

「まさか!」とユノは目を丸くした。

 

中庭のフェンスの前に広がるのは、広大な砂漠だった。

 

(つづく)

 

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