(39)虹色★病棟

 

半裸で外に出るわけにいかないのでパジャマを羽織り、慌てたせいで1段ずらしでボタンをかけてしまっていた。

 

ユノに背中をつつかれてはじめてそのドジに気づき、僕は照れ笑いをした。

 

ユノは手袋とマスクを装着し直した。

 

とんとん拍子に、急速に、願った通りの展開になった。

 

ユノから向けられる好意を手放しで喜べない背景は確かにあるけれど、今夜の僕は忘れていたい。

 

後戻りできないところまで、今夜中に進みたかった。

 

なぜなら僕らには、曖昧な関係性を楽しむだけの時間的余裕がない。

 

今の僕らは冷静を欠いている。

 

勢い任せで、どこまで進められるかを確かめたいのだ。

 

ユノの洗濯ものは残したまま、僕らは洗濯室を出た。

 

夜勤のスタッフは仮眠中なのか、無人のステーションの前を早歩きで通り過ぎた。

 

ユノの部屋へ行く前に、僕は「一度部屋に寄ってもいい?」とお願いをした。

 

何を用意するものがあるのだろう?と、ユノは内心首を傾げていただろう。

 

僕はワンピースを着なくてはならないのだ。

 

 

思いがけないタイミングで訪れたこのチャンス。

 

「何にしよう...」

 

扉を開け放ったクローゼットの前で、僕は目を閉じた。

 

これで何度目になるのか、ファスナーを引き下ろされる時を想像し、足元にぱさりと落ちる瞬間を想像した。

 

その映像は常に無音でスローモーション、鮮やかなのにくすんだレトロな色合いなのだ。

 

うっとりしかけて、ハッと意識を現在に戻した。

 

夜明けまで数時間はあるけれど、ユノをひとりにしておけない。

 

我に返って、僕とどうこうしてしまうことに躊躇してもらっては困るからだ。

 

薄闇の中で行われるだろう営みだ、色合いよりも肌触りを重視しよう。

 

僕が手に取ったのは、古い映画に出てくる淑女が着ていそうなワンピースだった。

 

深みのある紫色で、とろみのある生地感、衿と袖口は白い。

 

 

苦労してファスナーを上げ、共布のベルトでウエストを引き絞った。

 

巡回に来たスタッフ対策として、駆け布団の下に筒状に丸めた毛布を仕込んでおいた。

 

「これで、よし...と」

 

ドアの隙間から廊下の様子をうかがって、誰もいないことを確認してから部屋を出た。

 

ワンピースにふわもこファーのスリッパはミスマッチ、どうせすぐに脱いでしまうから構わないのだ。

 

こつこつ。

 

耳をすましていないと聴き取れないほどささやかなノック音。

 

ドアを開けると、室内に充満した消毒薬の香りでむせかえりそうになった。

 

照明は枕元灯だけだった。

 

ユノはベッドに腰掛けて待っていた。

 

マスクも手袋もしていなかった。

 

ユノに酷い無理を強いているのでは、と小さな罪悪感に襲われた。

 

アクリル製の透明な壁と、出入口は透明ビニールシート...一か月前、僕も手伝って製作した室内温室だ。

 

ワンピースを身にまとった僕の姿を認めると、ユノの目はわずかに拡大した。

 

 

ユノの片手は僕の頬に添えられた。

 

洗濯室で一時中断させたアレへの流れは、キスから再開だ。

 

読書灯の灯りがユノの顔の半分を照らしていた。

 

ユノの顔面の造形美を、灯りで作る濃い陰が表現していた。

 

次に唇を重ね合わす。

 

塞いだ唇の下で、互いの舌先を触れ合わせた。

 

「んっ...んっ...」

 

キスは次第に熱を帯びる。

 

スカートの中へと侵入したユノの手は、まずは僕のお尻をがしっと掴んだ。

 

「!」

 

「運動不足の尻をしている」

 

そうつぶやくと、ユノはふふふっと笑った。

 

「仕方がないよ」

 

おあいこに、僕もユノのお尻をがしっと掴んでやった。

 

すごい...弾力抜群、ルックス最高、美味しそうなお尻だった。

もっと触りたくて、パジャマのズボンの中に手を突っ込もうとしたところ、その手首はユノに捕らわれてしまった。

 

「大人しくしてて。

触るのは俺の方だから」

 

「...いいけど」

 

僕は大人しく従い、ユノの肩にもたれかかった。

 

お尻から前へと移動していたユノの指が、ぴたりと止まった。

 

下着のデザインがボクサーパンツ型じゃなくて、ビキニ型だと分かったんだね。

 

おへその下の辺りを触ってみて、リボンがあるでしょう?

 

足ぐりはレースになっているんだよ?

 

ビキニパンツどころか、僕が今穿いているのはパンティなんだよ。

 

女性もののショーツに身を包んだ僕を、ユノはどう思うかな。

 

気持ち悪い?

 

そうだよね。

 

嫌われるかもしれないドキドキと、見てもらいたいドキドキ。

 

触って確かめなくても、ショーツの一点がじゅくりと濡れているのが分かっていた。

 

僕のものは鼠径部に沿って天を向き、小さな生地の中で窮屈そうにしているだろう。

 

わずかにずらせば、足ぐりから頭が出てしまそうだった。

 

ユノの片手は迷っていた。

 

僕に触れられるか否か、迷っていた。

 

素手だ。

 

今、手袋をはめたら僕を傷つけてしまう。

 

僕にはありありと、その迷いが伝わってきた。

 

「いいよ。

手袋。

はめて」

 

僕から勧めてあげれば解決する。

 

ユノと交際するとは、こういうことなんだ。

 

 

(つづく)