濯ぎ段階の洗濯機の丸窓を、水しぶきが一定リズムで叩いている。
あと15分は止まらない。
「......」
方向性について、僕らの間で話はついたのだけど、さてこれからどうしようか?
ユノはもじもじと僕のパジャマのボタンをいじっていて、僕は彼の髪を一筋ひとすじ梳いていた。
「......」
僕らの身体は十分に温まっていて、欲情に突き動かされるまま、この場で始めてしまってもよかった。
キスをした、気持ちは確かめ合った、アイドリング十分のはず。
でも、場所が悪いし、僕のポジションがあっちじゃなくてそっちになったことが予定外で、一呼吸とりたくなった。
大急ぎで話題を探した結果、
「彼とは結婚何年だったの?」
ユノにまたがった状態では相応しくない内容...彼の過去の恋を尋ねてしまう僕とは!
「んーっと...2年かな」
「式は?」
僕の唐突な質問に、ユノはどうってことない風に答えてくれる。
「式は挙げなかったんだ。
入籍する前から一緒に暮らしていたから」
「そうなんだ」
僕はユノの頭を抱きしめた。
心身のガードが一度外れると、僕は途端に甘えん坊になる。
こっぱずかしくて他所さまにはとても見せられない、聞かせられない。
マイナス距離となった今、僕は調子にのっていた。
我慢と遠慮をしてきた分、ユノに触れたくて仕方がないのだ。
「チャンミンっ...重い」
のしかかった僕を引きはがすと、ユノは驚く行動をとった。
「!」
ユノは手袋の履き口を咥えると、するんとそれを脱いでしまったのだ。
床にぺしゃりと落ちた手袋は、脱皮した殻みたいに見えた。
「え...?」
唖然とする僕に構わず、裸になったその手は僕のパジャマの中にするり、と滑り込んだ。
「ひゃっ...」
僕のすくんで丸まった背中が、ユノの手が肩から腰へと撫でおろされたことで、今度は反りかえった。
撫ぜられているうちに気持ちがよくなってきた。
うな垂れた先のユノの首筋を、喘ぎじみた息で湿らせた。
「手...平気なの?」
「んー?」
「後で洗わないとね」
「ふっ...そうだな」
「無理しなくていいよ」
「無理させてよ」
「後で熱がでるかもよ?」
「出たら看病してくれる?」
「そんなにキツいんだ!?
ねえ...気になって集中できない」
「ごめんごめん、無理していないよ。
触りたいから触ってる」
ユノの言葉が嬉しくて、もう一度彼の頭を胸に抱きしめた。
「どうして結婚式を挙げなかったの?」
「向こうが嫌がったんだ。
俺たちはいろいろ訳ありでね。
駆け落ちみたいな関係だったんだ」
「駆け落ちかぁ...。
情熱的だったんだね」
「なんとしてでも一緒になろう、という時は、お互いしか見えていない。
情熱的であればあるほど、周囲の人を傷つける」
「傷つける...?」
「チャンミンは逆の立場だったろう?
婚約者が出て行ってしまって。
ある恋を成立させるには、別の恋が破綻する
つまり、褒められた仲ではなかった、ってことだ」
「ああ...そういうことね。
それって、ユノの方が?
それとも、彼が?」
「大袈裟に言うと、二人とも罪深い。
略奪愛だね、いわゆる」
「あ、そう...」
ユノの過去を知って、嫉妬は起きなかったのか?
ユノと彼が一緒に暮らしていたと想像すると、焼け付くように胸は痛むけれど、僕にとっての彼は匿名性の高い人物だった。
顔を見たことがないからだ。
ユノと結婚していた人かぁ...。
彼の過去も含めて好き、だなんてとても言えない(言える人って少ないと思う)
そうか、LOSTに居るからだ。
ここは過去から隔絶された世界だから。
「出逢ってどれくらいだったの?」
「トータル4年くらいだよ」
「そっか...そうなんだ」
過去の恋愛を告白しながらの愛撫とは、とてもエロティックだ。
パジャマはたくしあげられ、その下にユノはもぐり込んだ。
「んはっ...!」
焦らすことなく、いきなりそこを吸われて僕の身体は魚みたいに跳ねた。
パジャマの裾がずり落ちて、その都度ユノはめくりあげてと、うっとおしそうだった。
だから僕はパジャマを脱ごうと、みずからボタンを外した。
その動作のひとつひとつを、生地をつまむ指先まで神経を行き届かせた。
女の人がランジェリーを取る時みたいに。
ユノの眼に色っぽく映るよう、知っている限りの色気をだしてみたんだけど、どうかな?
パジャマは肩から床へと滑り落ちた。
夜の洗濯室は涼しい。
目の前に露わになった僕の胸を、ユノは広げた手で揉むように撫ぜた。
「チャンミンのここ、小さくて可愛いね」
「えっ!?」
『小さい』の言葉の意味を一瞬、勘違をしてしまった。
婚約者に僕のアソコは「小さくて可愛い」と、言われたことがあったからだ。
(なんだ...こっちの方か)
上目遣いになったユノは、僕の乳首をなぶりながら、僕の表情を確かめている。
「...あ、は...んん」
尖った乳首を、とき解そうとペロペロ緩く舐めている。
舐められるほどに、より硬く縮こまっていくことに羞恥している僕の姿は、ユノを煽っている。
「...や...はぁ」
「チャンミン...声がエロい」
「だって...」
「ここ」と、ユノは僕の右乳首を摘まんで引っ張った。
「あああぁんっ!」
「ほら、感じすぎ。
婚約者が開発したのか?
それとも、自分で?」
「そ、それは...っんん」
「こんな風にいじられてたんだ?」
「りょ、両方...」
「妬けるね」
前が苦しい。
後ろも苦しい。
心臓がもうひとつあるみたいに、ズクズク脈打っている。
ユノと向かい合わせに跨って、僕の前はお互いの下腹に挟まれ、ユノのものは僕の真下を押し上げている。
苦しい...股間を開放したい。
でも、ここじゃ駄目。
「俺の部屋に...来る?」
僕は頷くと、ユノの上から下りた。
(つづく)