「え...。
お前のメシ...」
「ん?」
隣に座ったユノは、僕の食事がのったトレーを見て驚いたようだった。
隣、と言っても、椅子2つ分離れたところにユノは座っている。
スタッフたちはユノの為に、ビニール製のカバーにくるんだ椅子を用意していた。
念入りに除菌ティッシュで拭き清めたそこに、ユノは腰を下ろした。
「ユノだって変だよ」
ユノのトレーには、ミネラルウオーターのボトル、コンビーフの缶詰、プラケース入りのレトルト米飯、インスタントスープ。
マスクを顎下に下ろしたユノは、スプーンとフォークの袋を破りながら、「どこが?」と、眉をひそめて言う。
なるほどね、誰かが作った食事とスタッフが触れた食器が嫌なんだ。
「そんなんで栄養が偏るよ?」
「サプリメントとプロテインドリンクを飲んでいるから、これでいいんだよ。
俺のことはどうでもいい。
お前のメシこそ、異常だよ」
「そう?」
僕は米飯を飲み込んでから、自分のトレーを見る。
「全部、白じゃないか?」
そう。
僕の料理は全部、白いのだ。
牛乳、具なしのクリームシチュウ、ヨーグルトドレッシングをかけたホワイトアスパラ、塩を振っただけの米飯...。
「色が付いたものは嫌いなんだ」
むっとした僕は鼻にしわを寄せて、そう答えた。
シチュウを念入りにかき回し、人参の欠片を見つけると、ペーパーナプキンの上にスプーンですくいあげたそれを落とす。
自分が変だってことは分かってる。
分かってるけど...治らないんだ。
「悪かったな。
僕だって嫌いなものはある」
「ワンピースといい、ど派手な色のパジャマといい、お前にも拘りがあるみたいだけど。
それ以外のものは、嫌いってことじゃないか?」
「嫌いなものなんて...意識したことないよ」
僕は好きなものだけを、身の回りに置いておきたいだけなのだ。
「ユノだって、除菌にこだわってるでしょ?」
口にした後、「しまった」と思ったけど、予想に反してユノは「まあな」と気を悪くするでもなく答えた。
「白いばかり...。
そんなんだから、なまっちろい顔してひょろっとしてるんだ。
俺のプロテイン分けてやろうか?」
コンビーフを米飯の上に開け、スプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜたものから、僕は目を反らせた。
時間差で気付く。
ユノが僕にプロテインを分けてくれるって!
へぇ、いい奴じゃん。
「牛乳で割れば、限りなく白に近づくぞ?」
「ユノさん。
ありがと。
優しいね」
僕とユノは顔を見合わせて、微笑みあった。
マスクを外したユノはやっぱり、綺麗な男の人だと思った。
似た者同士の僕たちは、仲良くなれそうだ。
・
「起きろ!」
ドアをドンドン叩かれ、その大きな音に僕は飛び起きた。
寝坊?
朝食の時間は...あれ、まだ5時じゃないか。
僕は目をこすり、顔を出したばかりの朝日が薄いグレー色のカーテンを透かす様をぼうっと眺めていた。
よかった、今日は晴れなんだ、昨日は雨が降っていたからね。
傘をさしてのお散歩は、パジャマもキャンバス製スニーカーもびしょ濡れになってしまう。
「...ふあぁぁぁ」
眠い...大あくびの後、こてんとベッドに横倒しになってしまった時、
「チャンミン!
起、き、ろ!!」
ドアのノックは、ガンガン音にエスカレートしている。
「!!!」
ここでやっと、ノックの主がユノだと分かった。
僕はベッドを飛び降りた。
「スタッフに怒られるよ」
(僕らの部屋がある第1通路の面々は早朝体操の会メンバーが大半で、この時間は中庭に下りていってしまっていて、ユノの騒音に腹を立てる者たちが不在で助かった)
ドアの向こうに、昨日と同様、透明ゴーグルと黒マスクをしたユノが立っていた。
パジャマも昨日と同じ、白地に水色のストライプ柄のもの。
ドアをノックするなんて、思い切ったことができたのも、二重にした手袋のおかげ。
「...ねぇ、まだ5時だよ?
起きちゃったじゃないか。
朝風呂に入りたいの?」
わざとらしくあくびをしてみせたら、ユノは僕にティッシュペーパーの箱を投げつけた。
「これを付けろ」
それはティッシュペーパーじゃなくて、箱入りマスクだった。
「それから...」
ユノはもうひとつの箱を僕に投げて寄こし、「まったく...普通に手渡せばいいのに」と呆れながら、キャッチした。
ユノの場合、それが難しいってことは理解しているつもりだけどね。
「これも付けていろ」
「わかったよ」
僕は紙箱を開封しマスクを1枚、手袋を1双取り出し、ユノに見張られている中、きっちりと装着した。
「朝っぱらから何?」
僕を叩き起こした上、謝りもせず、マスクや手袋を強要するんだもの、寝起きの僕はご機嫌斜めだ。
マスクの下で僕はぷぅと膨れていて、僕の目が苛立っているとユノは察したようだった。
「...悪かった。
失礼なふるまい、許してくれ」
敬礼みたいに頭を下げられて、僕は慌ててしまった。
「やだ、ユノさん...頭を上げてよ。
寝起きで頭が回ってなかっただけだよ」
ユノの横柄さは、我が儘を通しているだけのものじゃなく、ちゃんと相手の反応を見たうえでジャイアンになってるみたいだ。
「そっか、ペンキ塗りだね」
「ああ」
ユノは心底イヤそうに眉をひそめて、
「あの色は好かん」
と、真っ赤な自室のドアを忌々し気に見ていた。
・
「...チャンミン。
なんだなんだ、このド派手な色は?」
ユノは僕の仕事ぶりを背後から見守っていた(刷毛に触るのが嫌なユノの代わりに、僕が全行程担う羽目になった。
無心になれる作業もいいものだ。
刷毛を滑らせると、その後に鮮やかな色の道ができる。
「赤の補色は緑でしょ?」
30分もしないうちに、真っ赤だったドアは艶やかなシトロングリーンに塗りつぶされた。
「緑はリラックスできる色なんだって」
「へぇ...」
「ユノの心の傷も癒えるといいね?」
ふり返ってウィンクして見せた。
しばし黙りこくったのち、ユノは「ああ」とほほ笑んだ。
(つづく)
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