(50)虹色★病棟

 

 

僕はユノの部屋を訪れていた。

 

パジャマ姿の25歳男子二人が、ベッドの上でティタイム。

 

神経を刺激する青白い天井灯は消し、温かい枕元の灯りだけで落ち着ける。

 

アルコール禁止の場所だから、ほのぼの平和な光景になってしまっても仕方がない。

 

でも、話題は深刻だった。

 

僕はユノの為に十分煮沸消毒したお茶道具で紅茶を淹れた。

 

ユノは僕の為にホワイトチョコレートを取り寄せていた。

 

中庭の散歩だけでは話し足りず、就寝前の1,2時間をユノの部屋で過ごすことも多かった。

 

会話だけじゃ物足りず、キスを交わしたり、それ以上のこともすることもあったりして...でも、本番は未だだった。

 

十分ユノの指でほぐされてきたから、いつその時が訪れても大丈夫なんだけどね。

 

「で...スタッフから何か言われたのか?

その話がしたいんだろ?」

 

僕は頷き、齧りかけていたチョコレートを皿に戻した。

 

「退所することになった」

 

「えっ!?

...あちっ」

 

僕の発言に驚いたユノは、口をつけていたマグカップを揺らしてしまい、唇を火傷してしまったようだった。

 

「退所?

退所って...退所...かぁ」

 

ユノは視線を僕の膝元に落とし、大きな手で口元を覆い、噛みしめるように「退所」と繰り返していた。

 

「...正式な話は明日だけど多分、『いついつまでに退所してくださいね』っていう話だと思う」

 

「...ここは、『おめでとう』と言うべきなんだろうね」

 

ユノはトレーを押しやると、僕の隣までずりずり移動して僕の肩を抱いた。

 

僕はユノの肩に頭をもたせかけた。

 

「『おめでとう』なんて言えるかよ、俺は嫌だ」

 

期待していた言葉がもらえてニマニマする僕は、呑気なものだ。

 

ユノの答えは分かっていたくせに、「どうして?」と尋ねる僕に、彼は「マジかよ?」と目を剥いた。

 

「ごめん。

『おめでとう』って言われたらどうしようかと思った。

だから、嬉しい。

僕は退所したくないよ」

 

3年前の僕は打ちひしがれ過ぎていて、LOSTを退所する日の姿など想像できなかった。

 

自身の世界に引きこもり、無くした彼との思い出を何万回と反芻していた。

 

時の経過と共に、次第に周囲の景色や、他の入所者が視界に入るようになり、退屈さを感じるようになり、社会復帰した時の姿をリアルに想像できるようになった時。

 

ユノと出逢った。

 

このままLOSTに暮らし続けたい...理由はシンプルだ。

 

ユノの側にいたいから。

 

「前みたいな引き延ばし作戦はもう使えない。

僕たちは仲良すぎるって、スタッフたちに気づかれてると思う。

夜の見回りの回数が1回分、増えたことに気づいてた?」

 

「あー、確かにそうかも。

でも、毎晩確認しているわけじゃないけれど。

寝付きは悪いけど、寝入ってしまったら朝まで眠れるようになったんだ」

 

「そうだね。

ユノの顔色、とてもよくなった」

 

間近にあるユノの頬をつんつんつついた。

 

しっとりときめの細かい肌だ。

 

目の下の隈は薄くなり、パサついていた髪は艶を取り戻していた。

 

入所して数カ月足らずで、こうも分かりやすく生き生きと変化した姿に、これでいいのかなと信じられない気持ちになる。

 

『ゆっくりゆっくり』

 

ユノの恩人の台詞が思い出される。

 

ユノ、慌ててないよね?

 

 

「いつ頃になりそうなの?」

 

「歴代の退所者を見てきた感じだと...1週間か2週間後かな」

 

「あと少しじゃないか...」

 

「うん...ここを出たくないよ

イヤだよ...ユノと居たいよ」

 

僕は膝に顔をうずめた。

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

僕の肩を抱いたユノの腕に力がこもった。

 

「でもさ、ここに居なくても大丈夫になったことは喜ぶべきだね。

俺はボロボロだったチャンミンを知らないけど、俺がここに来た時よりも明らかにチャンミンは明るくなったよ。

ワンピースも似合ってきて、可愛くなった」

 

「ふふっ」

 

「......」

 

...と、ユノは考え事にふけり始めた。

 

火傷を負ってぷくっと腫れた下唇を親指で撫ぜていた。

 

それは熟れすぎた果実で、張りつめた皮はとうとう破れ、真っ赤な果汁が滴り落ちる。

 

色っぽいなぁと見惚れていていると、「どうした?」とユノと目が合った。

 

「ううん、何でもない」

 

「ねぇチャンミン。

『もう平気だからここを出してくれ』と頼んでも、出してもらえないんだよな?」

 

「そうなんだ。

退所の判断は、あくまでもLOST側だ」

 

「そっかぁ...だよなぁ」

 

ユノは立てた両膝の間に、がっくりと首を落とした。

 

実はもうひとつ、LOSTを出る方法がある。

 

ラムネを飼い始めた入所者も、その方法を使ってここを出た。

 

不可能ではない。

 

ユノと僕はこの方法を実行するしかないのだろう。

 

困難な方法だけど、やるしかないようだ。

 

「チャンミン」

 

両膝の間で俯いているから、ユノの声はくぐもって聞こえる。

 

「なあに?」

 

「今からお前から指輪を取り出してやるよ」

 

「え...っ?」

 

3年前、絶望のあまり飲み込んだ婚約指輪のことだ。

 

勢いよく身体を起こしたユノの眼差しは、切羽詰まった真剣なものだった。

 

「時間がない。

俺もチャンミンのために、何かしてやりたいんだ」

 

「ユノ」

 

ユノの手は僕のうなじに添えると、ぐいっと自身の元へと引き寄せた。

 

僕らは口づけ合った。

 

 

(つづく)

 

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