(56)虹色★病棟

 

 

僕はユノを説得にかかる。

 

「わざわざ逃げ出さなくても、チャンミンはもうすぐ退所じゃないか?」

 

『ここを脱出しよう』発言に、ユノは信じられない、といった表情だ。

 

「ユノを置いてゆきたくない。

外の世界に出られた僕は、ユノがいつ退所できるか表門の前で待ち続けるなんて嫌だよ。

いつになるか分かんないんだよ?」

 

「俺はもう回復したと思うんだけど?

だから、LOST側も遅かれ早かれ出してくれるんじゃないかな?」

 

「甘いなぁ。

半年も経たずに、大手を振るってここを出た入所者はいない。

脱出した人を除いて、ね」

 

「脱出した人がいるのか!?

ここを?」

 

僕は大きく頷いた。

 

「逃亡したってことか?」

 

「ここに入る時、契約書にサインしたはずだよ。

本人の要望では出ることはできません、って」

 

「そうだったっけ?

あの頃は頭がパーになってたから、覚えてないなぁ」

 

「許可されて退所していくか、ここから脱走するか、どちらしかないよ。

『ここから出して下さい』『はい、どうぞ』はないワケ」

 

ユノは腕を組み、「う~ん」と唸っていた。

 

「それならば、脱走するしかないな。

俺がチャンミンの後を追ってここを抜け出すから、待ってろ」

 

「無理無理。

ユノは新入りだからLOSTについてまだ詳しくないだろ?

僕が退所した後、1人で脱走作戦を実行させるには心もとないんだ」

 

首も手も大振りしてみせると、ユノはムッとしたようだった。

 

「俺ってそんなに頼りない?」

 

「先輩の話は聞くものだよ。

僕ら2人、協力し合えば絶対に、ここを出られるよ。

ここを出たら...」

 

「俺はさ、面倒な目に遭いたくないから渋っているんじゃないんだ。

もし脱走が失敗した時、チャンミンの退所日が延期になったりしてさ。

チャンミンに迷惑がかけることが嫌なんだよ」

 

「刑期をまっとうする前に脱獄。

とっつかまって、刑期が延びる...ぷぷっ。

僕らは監獄に入れられているんじゃないんだよ」

 

「ははは、そうだね。

ここはただ、『元』閉鎖病棟なだけ。

...わかった。

俺も覚悟がついた」

 

ユノの両腕に捕まって、唇も塞がれた。

 

「俺もチャンミンとここを出る」

 

「...よかった」

 

唇を重ね合わせたままで僕は下を脱ぎ、ユノは前だけを出した格好になった。

 

夕飯まであと30分で、ねっとりと愛し合うには時間が足りなかった。

 

四つん這いになった僕のそこに、ユノは舌を這わせた。

 

「やっ...そこは。

汚いよ」

 

「俺の口も汚いから...いーの」

 

と言って、指も加えて十分にほぐした後、尖らせた舌を緩んだそこに差し込んだり、吸ったりした。

 

がくりと膝が折れそうになる。

 

悲鳴をあげそうになるのをぐっと堪えた。

 

入浴したのは午前中だったから、恥ずかしくて恥ずかしくて、僕は組んだ両腕の中に顔を伏せていた。

 

その後は...。

 

室内には肌を打ち合う音と、乱れた息づかい、リズムよくきしむベッド。

 

ドアを1枚隔てた外で、廊下にモップかけをするスタッフや、亡霊のように徘徊する入所者がいる。

 

僕らはとてもイケナくて、いいコトをした。

 

 

 

「体力をつけないと、いけないんじゃないか?

タンパク質が足りてないぞ?」

 

肉も緑黄色野菜も取り除いた僕の夕飯は、アイボリーホワイトだ。

 

メニューは塩コショウだけで炒めた具無しのパスタと、卵の白身と大根のサラダ。

 

ユノはと言えば、カップラーメンとパイナップルの缶詰だった。

 

 

 

 

偏食の僕らは似た者同士だった。

 

「栄養が足りないからもやしみたいなんだ」

 

ユノは教鞭棒で僕の二の腕を突いた。

 

「ユノこそ、レトルトものばっかり食べてるくせに、マッチョなんだもん。

ずるいよね」

 

「それはプロテインのおかげ。

俺はもやしなチャンミンの身体...好きだよ」

 

昼下がりのえっちを思い出して、ぼっと顔が熱くなった。

 

「ブラジャーとかフリフリのパンツとか、すげぇ似合うんだから。

「ここで際どい話しないでよ」

 

新たに今日加わった入所者の世話で、スタッフたちは皆出払っていたからいいものを。

 

「御馳走さま。

じゃんけんするよ」

 

僕らには配膳トレーの返却をじゃんけんで決めるという、子供っぽい習慣があった。

 

「チャンミンはじゃんけんが弱いなぁ。

あはははは」

 

3日連続で負け越している僕は、楽しそうなユノを睨みつけ、「早く食べて!」と急かした。

 

僕を困らせようと、ユノはパイナップルのシロップをスプーンにすくっては、ひとさじひとさじ舐めている。

 

脱出計画の打ち合わせをこれから始めようっていうのに、呑気なユノだ。

 

ムッとした僕は、ユノの手から缶詰をもぎ取った。

 

「...いたっ!」

 

ズキっと走った痛みに、缶詰から手を放してしまった。

 

派手な音を立てて転がった缶詰からは、シロップが飛び散った。

 

すかさず痛む箇所を確認すると、缶詰の縁で指を切っただけのようだ。

 

「大丈夫か!?」

 

僕の怪我の具合を確かめようと、慌てたユノは僕の手を引き寄せた。

 

「平気。

ちょっと切っただけだ」

 

深い切り傷のようで出血量が多く、僕は親指の付け根を握っていた。

 

傷口はそれほど痛まなかった。

 

「すまない。

俺が悪い」

 

ユノの顔色は真っ青になっていた。

 

「ううん。

僕が無理やりなことしたせいだ」

 

「ステーションで手当てをしてもらおう。

腕は胸より上に上げておいた方がいい」

 

「うん」

 

ユノは僕のパジャマの袖をまくしあげたり、近くの椅子に座らせたりと世話をしてくれる。

 

「足元に気を付けて。

汚れる。

ティッシュペーパーを貰ってきてくれるかな?」

 

手首をつたった血液がぽたり、ぽたりとリノリウムの灰色の床を汚していた。

 

「ああ」

 

僕の椅子の傍らに膝まづいていたユノは、ふらりと立ち上がった。

 

噴き出る血液と傷口を見ていると、気分が悪くなりそうなので、僕は天井を見上げていた。

 

「?」

 

ユノは僕に背を向けたまま、そこに佇んだままだった。

 

「...ユノ?」

 

ユノの様子がおかしくて、僕は彼のパジャマの裾を引っ張った。

 

そうしたら、ユノの身体はぐらりと後ろに傾いだ。

 

転倒したら危険だ!

 

「ユノ!?」

 

とっさにつかんだ裾を力いっぱい引き寄せて、僕の膝の上にユノを抱きとめることに成功した。

 

僕の肩に後頭部を預けたユノを見て、驚いた。

 

紙のように真っ白な顔色だった。

 

 

(つづく)

 

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