(58)虹色★病棟

 

 

「気持ちの整理はついた、って言っていいのかな」

 

「そうだろうな」

 

ユノはスーツケースへと中身を順に戻していった。

 

「不思議な場所だね、ここは」

 

「イメージとしての実体だったのか、それとも実体はあったのだけど、LOSTという場所柄いずれ消滅してしまうのか」

 

「LOST...名前の通りだな」

 

2人で脱走の意志は固まった。

 

「脱走に成功したら、どこに住もうか?

あっち?

こっち?」

 

「ユノは?」

 

「俺はあっちもこっちも両方住んだことがあるから、どちらでも構わない。

もともとはあっちに住んでいて、結婚を機にこっちへ引っ越してきたんだ」

 

「へぇ。

どこかですれ違っていたりして」

 

「もしそうなら、絶対に覚えていたよ。

ユノって目立つもの。

いろんな意味で」

 

ユノは僕の鼻をつまんだ。

 

「ふ~ん、どうかなぁ。

お互い他の人に恋をしていたんだから、目に入っていなかったよ」とユノは答えた。

 

その回答に少し傷ついてしまったけれど、僕の方も同じ答えを返していただろう。

 

前の恋があったから...その恋を失ったから...喪失に耐えきれなくてLOSTに逃げ込んだから、僕らは出逢ったのだ。

 

 

僕とユノの脱出計画は具体性を帯びてきた。

 

最初の鍵は既に見つけていた。

 

洗濯室の隅に、毒々しい赤い花を咲かせた造花の観葉植物がある。

 

「ホコリをかぶっているのに、根元だけ不自然に綺麗なんだ」

 

根元を覆った偽物の苔をめくると、銀色の鍵が現れた。

 

「鍵...?」

 

ユノは手袋をした手のひらに乗せられた鍵に、首を傾げていた。

 

「出口の鍵だと思う」

 

「なぜここに鍵があるんだ?

脱出してくれってお膳立てしてるみたいじゃないか?」

 

「その通りさ。

確かにここは、本人の要望があれば出してくれる場所ではない。

でも、脱走自体は悪いことじゃない」

 

「どういう意味?」

 

「脱走するほどの情熱があるのなら、もうLOSTに居る必要はないってことでしょ?

脱走に成功することは、傷を癒すためにLOSTに長期間滞在することと同じ意味だ。

ここを出たいという生命力を確かめるために、LOST側も本気で脱走を阻止する。

簡単に脱出を許していたら、LOSTの名が廃る」

 

「例えば俺の場合だと、過去の恋を塗り替えるほどの人と出逢って、離れ離れになりたくない思いが燃え盛っている」

 

ユノはコツコツと壁をノックしてみたり、僕が以前やってみたように、壊れた洗濯機の中をのぞいたりしていた。

 

「理由はひとそれぞれ。

引き離された人に会いに行きたい、逝ってしまったその人の元へと自分も追ってゆきたい。

...LOSTに耐えきれなくなる理由は人それぞれだ」

 

「...そうだな」

 

「ユノが僕についてきてくれると聞いて嬉しかった。

 

僕らは囚人じゃない。

 

LOST側も鬼じゃない証拠に、こうやってアイテムを仕込んでくれている。

 

『せいぜい頑張れよ』とけしかけているんだよ、きっと」

 

「罠じゃないよな?」

 

「その可能性もなきにしもあらず」

 

「この鍵ってどこで使うんだろう?」

 

「簡単には見つからないけど、よく探せば見つかる場所だと思う」

 

ユノは観葉植物の根元に鍵を戻す僕に、「なぜ戻す?」と尋ねた。

 

「鍵を見つけてしまったことをバレたくない」

 

「へえぇ」

 

浴室、脱衣室、インタビュールーム。

 

ダメ元で食堂と給湯室を探ってみた。

 

ユノと夢を共有し、実現するためのカギを見つける作業は楽しい。

 

「決行はいつ?」

 

「僕の退所日の前日」

 

「夜?」

 

「うん。

夜勤のスタッフだけになるから」

 

「映画みたいだ。

ワクワクする」

 

「頑張ろう」

 

僕らは顔を見合わせ頷き合い、笑顔で握手をした。

 

 

明日から天気が崩れるそうだ。

 

僕の退所の日は2日後に迫っていた。

 

だから、今日の散歩はLOSTでの最後のものになりそうだった。

 

そこで僕はとっておきのワンピースを着ることにした。

 

それはバナナ色をしていて、ウエストの後ろでリボン結びするデザインになっている。

 

いつかこのワンピースを着て好きな人と、海辺を散歩できたらいいなぁ、なんて夢見ていたなぁ。

 

荒野から吹く風にスカートをたなびかせ、僕とユノは手を繋ぐ。

 

苔むしひび割れたレンガ敷きの地面に、2人の白いスニーカー。

 

爽やかで絵になる光景。

 

うらびれた中庭と乾いた荒野の中で、僕らだけは瑞々しいのだ。

 

いいね、いい。

 

とてもいい。

 

クローゼットからワンピースを取り出し、胸に当てて鏡の前に立った。

 

それは元婚約者のもので、胸元に金メッキの熊のブローチを付けたのは彼だった。

 

これを着た彼とどこかへ出かけた記憶はなく、常にクローゼットに仕舞われていた。

 

彼が留守の間、僕はワンピースを着てみては、鏡の前でポーズをとったり、自慰行為にふけっていた。

 

ノックの音と共に「まだか?」と僕を呼ぶユノの声。

 

僕はブラジャーを付け、脇に消臭スプレーを吹きかけているところだった。

 

「ごめん、先に行ってて」と、ドアの向こう側へと声をかけた。

 

 

食堂にはひとりで将棋をさしているもの、送る宛がない手紙を書く者。

 

通り過ぎる華やぐワンピースに注意を払う者はいない。

 

彼らと僕との間には遠い隔たりがある。

 

僕も少し前までは、あの一員だったのだ...信じられない。

 

外出簿に記名し、僕はエレベータに乗り込んだ。

 

脱走を検討するようになった以降、何度も確認したエレベータホールとエレベータには、隠し扉のようなものはない。

 

ユノという新しい観察眼が加わったのに、どうしても最後の出口が見つからず困っていた。

 

過去に何人もの脱出者が存在するのだ、必ず出口はある。

 

エレベータの扉が開くなり飛び出し、小走りで中庭へと向かった。

 

ユノとの未来が開けたのだ。

 

そりゃあ、足取り軽くなるよ。

 

(つづく)

 

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