(59)虹色★病棟

 

 

ユノはいつものベンチに腰掛けていた。

 

僕は中庭を見渡して、誰もいないことを確認した。

 

わくわくとはやる胸をおさえ、後ろから近づいて、ポン、と肩を叩くと、ユノは「わっ」と分かりやすく飛び上がった。

 

「びっくりした?」

 

「ふざけんなよ~」とユノは振り返り、弾ける笑顔でジョークのこぶしを振り上げた。

 

「チャ...っ」

 

僕の姿を認めたユノの目が、大きく見開かれた。

 

信じられないものを目にしてしまった...といった風に。

 

「お前っ...そのワンピース...」

 

ユノは立ち上がり、ベンチを回りこんで僕の正面に立った。

 

「...どうしてお前が着てるんだよ?」

 

僕の両肩をつかんで、前後に揺すったのだ。

 

「?」

 

何に驚いているのか、ユノの行動が理解できない。

 

「これ?

え?

どうしてって...ワンピースなんて、いつも着てるじゃん」

 

ワンピースなんて何度も着ているのに、今日に限ってどうして駄目なのか?

 

豹変してしまったユノを前にして、心の内はどんどん冷え込んでいった。

 

僕は大きな間違いを犯したらしい。

 

それが何なのか、分からない。

 

「......」

 

「変なの?

似合わないってこと?

言ってる意味が分かんないよ」

 

ユノは顔を両手で覆い、この場にしゃがみこんでしまった。

 

「...ユノ!?」

 

ポケットに突っ込んでいた手袋とゴーグルが地面に落ちた。

 

ガウンの裾が地面を擦っていることに、ユノは気づいていない。

 

「僕の方こそ『どうして?』と聞きたいよ」

 

色がダメなのかな、と思った。

 

ユノには赤以外にもNGの色があるのだろう、と。

 

「このワンピースが気に入らないのなら、着替えてくるよ」

 

きびすを返す僕の手首は、ユノの力強い手で捉えられた。

 

「...ユノ...?」

 

手首にくいこんだユノの指が痛い。

 

「チャンミンは3年前にLOSTに来たんだよな?」

 

「うん。

元婚約者にフラれたのが3年前だ」

 

「それ...チャンミンが着ているそれ...」

 

ユノの声は掠れていた。

 

「マジかよ...」

 

顔を覆っていた両手がするすると落とされ、ユノは涙目で僕を見上げた。

 

「チャンミンのそれ...そのワンピース。

俺...知ってる」

 

「え...?」

 

「後ろのリボンも、ブローチも...俺、知ってる」

 

「...どういう...こと?」

 

「これを『知っている』ことの、何が問題なの?

お店で見たってこと?

それとも、誰かが着ていたとか?」

 

「ああ」

 

ユノは立ち上がり、僕から顔を背けて言った。

 

「チャンミンがどうしてそれを持っているんだよ...?」

 

「ユノも知ってるでしょう?

僕が着ているワンピースは元婚約者の形見みたいなものだって。

過去を引きずっている意味じゃなくて、気に入っているから着ているんだ。

綺麗な色だし、まだ新しいし、LOSTでの最後のデートに...中庭だけど...着たかったから...」

 

「熊のブローチ...俺が贈ったものだ」

 

「...え...?」

 

ユノが言いたいことの意味が分かりかけてきた。

 

「俺の夫となった『彼』が着ていた」

 

「......」

 

僕から婚約者を奪ったのは、ユノだった。

 

僕の元を出て行った婚約者と、ユノが結婚した人物は同一だった。

 

 

「チャンミン。

ドアを開けろ!」

 

ユノは僕の部屋のドアを叩いている。

 

「うるさい!

あっち行け!」

 

僕はもぐり込んだ布団の中から叫んだ。

 

部屋のドアには鍵はないため、本人の同意なく部屋に入ることは容易なことだ。

 

「入るぞ」

 

強引に入室してきたユノに、枕を投げつけた。

 

「裏切者!

僕の恋人を奪ったのはユノだったんだね?

彼には付き合っている人がいると知ってたくせに...!

僕から...僕から...彼を盗ったんだ!」

 

「俺の話を聞いてくれ」

 

「うるさい!」

 

僕は叫び、布団にもぐり込んだけれど、ユノによって引きはがされてしまった。

 

「...っ...!」

 

僕の背中にユノがのしかかる。

 

「...っもい!

重い!」

 

僕は暴れた。

 

「俺の話を聞いて欲しい。

彼には恋人がいることを知っていたから、ほとんどの期間は俺の片想いだった。

出逢ってすぐの頃、婚約指輪を贈るタイミングについて彼から相談を受けていた」

 

ユノは背後から頬と頬を合わせ、僕の耳元で語り始めた。

 

耳を塞ごうにも、ユノにのしかかられて身動きがとれなかった。

 

「恋人同士になるまで、2年近くかかったよ。

俺とチャンミンと同時進行の期間も確かにあった。

彼は罪悪感に苦しんでいた」

 

「僕を騙していたな...!」

 

ユノは僕を騙してなどいないことくらい分かっている。

 

僕をLOST送りにしたのは、元婚約者の裏切りであり、僕を裏切らなければならない種を作ったのはユノだった。

 

「『彼』は婚約者...チャンミン...の元を離れるとき、俺の気配がするものは全部持ちだしたと言っていた。

ただ、ブローチを付けたワンピースだけは見つからなかったと言っていた。

クローゼットに吊るしていたはずなのに、と」

 

身に覚えがあった。

 

自慰行為で汚してしまったワンピースをクリーニングに預けていた。

 

「婚約者と別れると告げられた時...彼はそれを着ていた。

女ものの服を着て現れた、初めての日だった。

そして、婚約者と同棲していたマンションまで初めて送っていった日だった。

シルバー色の車は俺のものだ」

 

カラフルな食卓と共に記憶がよみがえり、僕の脳裏で瞬いた。

 

マンションの正面玄関にシルバー色のスポーツカーが横付けされた。

 

元婚約者は運転席の男とキスをしていた。

 

あの日僕はベランダから、風に揺れるバナナ色のワンピースを見下ろしていたのだ。

 

 

 

 

「チャンミン...すまない」

 

僕は頭を下げるユノから顔を背けた。

 

ショックだった。

 

ショックだったけれど...。

 

あれ...?

 

...果たして僕は怒っているのか?

 

ユノに裏切られたと思っているのか?

 

自分の心をスキャンした。

 

傷心から解放され、喪失感を克服できたと余裕ぶっていたのに、今この時、無くしてしなった恋への執着心と胸の痛みが再び蘇ってきた。

 

ところが、その苦痛をおさめる心の小箱は無くなってしまっている。

 

僕を裏切ったのは元婚約者であり、ユノではない。

 

 

(つづく)

 

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