(61)虹色★病棟

 

 

とろとろうたた寝しかけたところ、ベッドから跳ね起きた。

 

時間が勿体なかったからだ。

 

食堂の窓の前で佇むユノと合流した。

 

明日からという予報が外れ、既に雨が降り始めていた。

 

嵌め殺しの窓ガラスは白く曇っていて、くっつけた鼻先が水滴で濡れた。

気温が低いようだ。

 

真っ赤な夕日と雨の組み合わせが、嘘みたいな景色で、不気味だった。

 

ユノから「中庭に行こう」と誘われた。

 

「今から!?

雨だよ?」

 

「夕飯まで1時間ある。

確認したいことがあるんだ」

 

そういえば、出口についてあてがあるとユノは話していた。

 

あらかじめ、この目で確かめておきたかった。

 

ワンピースを着るのは止めた。

 

雨に濡らしたくないし、いわくつきのアイテムになってしまったし、Tシャツ、パンツ姿の方が似合うとユノは言ってくれていたし。

 

 

白茶けていた荒野は雨水を吸い込み、辺りは濡れた土の匂いに満ちていた。

 

雨は温室のガラスの屋根にさざ波を作り、流れ落ちるとざーざーと大きな音を立てて地面を叩いている。

 

降り始めから1時間も経たないのに、排水処理が不十分な中庭には、あちこちと大きな水たまりが出来ていた。

 

温室のレンガ敷の地面は水平ではなく、沈下したレンガの箇所が凹みの溝を作って、外から流れ込んだ雨水の小川となっていた。

 

その雨水はラムネの鳥籠を乗せたテーブルの下へと流れ込んでいた。

 

ガラス板を叩く雨音で、声をはらないと互いの声が聞こえない。

 

ユノが籠の中に指を差し入れると、ぴょんとラムネが飛び乗った。

 

ガラス張りのここは夕暮れ時の雨に閉じ込められ、ラムネのラムネ色の羽は青白く、内側から発光しているみたいに見えた。

 

 

 

「美味しいものがあげる」と、僕は朝食で出された白パンをちぎってやった。

 

柔らかなパン生地を食むくちばしは、すりガラスのように半透明の薄ピンク色だ。

 

「ユノ、何を考えているの?

わざわざここまで誘っておいて」

 

ユノは人差し指にラムネを止まらせたまま、温室の中をぐるりと一周した。

 

「出口のあてはここだ」

 

ユノは靴を踏みならした。

 

「ここ?」

 

僕はかがんで、レンガ敷の地面を踏み鳴らすユノの足元をのぞきこんだ。

 

「テーブルの下のところ...水が流れ込んでいるだろ。

不自然にそこだけ凹んでる」

 

「どうして分かったの?」

 

「多くの人の目に触れるところではないと思うんだ。

滅多に人が来なくて、注意を払う人も少ない所とはどこだろう?って。

LOST側が提供している脱出口だから、見つけるのが困難過ぎても困る。

実際に成功している者が何人もいる。

...そこのレンガ、外せる?」

 

手を汚したくないユノは、僕に命令する。

 

「ええ~~」

 

温室の壁と地面との境界にあたりにどうどうと水が流れ込み、レンガが沈みこんで小池になっていた。

 

「んんっ...何か道具がないと、難しそう」

 

レンガとレンガの隙間は狭く、指が入らなかった。

 

泥で汚れた手をお尻で拭く僕に、ユノは嫌そうな表情だ。

 

「あのさぁ、そんなんで、脱走劇を演じられるワケ?

絶対にドロドロになるよ。

ユノに出来るわけ?」

 

と脅したら、

 

「愛の為なら俺は何でもする」と、くさい台詞を吐くのだ。

 

「俺はチャンミンと一緒にいたいんだ。

お前が好きだ。

大好きなんだ」

 

言い切るユノに僕は感動のあまり、無言になる。

 

そろりとユノの胸にすり寄って、背中に腕をまわした。

 

「僕も...大好き」

 

「ふふふ、ありがと。

チャンミンもあてはついているんだろ?

あそこだろ?」

 

「多分...。

でもそうなると、あそこと温室のここと出口が2か所になっちゃんだよね。

変じゃないかな?」

 

「第一段階はLOSTの建物から出ること。

第二段階は、LOSTの敷地から出ること。

ひとつの出口が一本で繋がっていれば最高なんだけど、2段構えじゃないかと俺は予想している」

 

「明日、うまく開くか試してみようか?」

 

「ああ、予行演習しよう」

 

 

 

夕飯後、スタッフに話があると呼ばれた。

 

退所手続きの件かな?と思っていたところ、告げられたのは甚だ都合が悪い内容だった。

 

「ユノ、どうしよう...」

 

泣きべそ顔の僕に、「どうした?」と声をかけたユノはゴーグル、マスク、手袋、ガウン、と完全防備姿だった。

 

ユノは動揺する僕を自室に連れてゆき、並んでベッドに腰掛けた。

 

「何か言われたのか?」

 

「退所日が...」

 

「退所日!?

取り消されたのか?」

 

僕は首を振った。

 

「1日早まったんだ。

退所日が明日になった」

 

「...明日だって...!?」

 

脱出決行は退所日当日の午前3時を予定していた。

 

「ふむ...」

 

ユノはゴーグルを外すと、指にバンドを引っかけてくるくる回した。

 

ユノは僕の腕をひき、膝の上に僕を跨らせた。

 

「チャンミンの退所が中止になろうと延期になろうと、俺たちがここを出る計画は変わらない。

あんな真実を知ってしまって、チャンミンの中に躊躇する気持ちが出来たんじゃないのか?」

 

「そんなの...ない。

ないよ!」

 

さっきは反射的にユノを酷く責めてしまった。

 

でもあの反応は、衝撃の事実を知ってしまったときの...一般的だと言われている反応をなぞられたものだった。

 

僕の中で湧き上がった怒りのようなものは、ユノに対するものではなかった。

 

それは、僕とユノとの仲を邪魔するかもしれないあの事実に対してだった。

 

恐怖に近かった。

 

「ねえ、ユノ。

『彼』のことで...ユノには僕らのこれからを見失って欲しくないんだ」

 

「見失うものか。

立ち直るまでに3年かかったチャンミンに比べて、俺なんか1か月も経たないうちにお前に惹かれていた。

すごくないか?

すごいだろ?

チャンミンのことがどれだけ好きか...これで分かってくれないかなぁ?」

 

「うん、分かってる。

僕だって3年も引きずっていたのに、ユノと出逢った途端吹っ切れた。

すごいよね?」

 

ユノの両手は柔らかさを楽しむように、ふにふにと僕のお尻を揉んでいた。

 

吸い寄せられるように唇同士が重ね合い、柔らかく湿った舌の感触を楽しんだ。

 

「続きは外で」

 

「今夜決行だ。

ぶっつけ本番だけどな」

 

「何とかなるでしょう」

 

万が一スタッフと鉢合わせになった時の為に、パジャマ姿で脱走し、途中で着替えることにした。

(ユノは大荷物になりそうだ)

 

荷造りする僕の様子を眺めていたユノは、トレーナーを取り出そうとクローゼットを開けた僕を、鋭い口調で止めた。

 

「それは置いていけ!」

 

「え...?」

 

ユノは僕の指が触れたもの...ワンピースを鋭い眼光で睨みつけていた。

 

「それは置いていって欲しい。

ここを出たらいくらでも買ってやるから。

全部置いてゆけ」

 

「...ユノ」

 

「『彼』の形見なんて置いてゆけ!

 

俺たちのこれからを、『彼』に支配されたくない。

これ以上何も、失いたくないんだ」

 

僕は頷いて、クローゼットのドアを閉めた。

 

ユノの言葉が嬉しすぎて、すん、と鼻を鳴らしていると、「俺の為にありがとう」と彼は優しく微笑んだ。

 

 

(つづく)

 

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