彼は「じゃあ、またな」と片手をあげ、僕も同様に「またね」と返した。
くるりと背を向けて遠ざかってゆく彼の後ろ姿を、僕は見送った。
あっさりしているんだな...。
いい気分はしなかった。
間もなく、辺りは暗闇に沈んでゆき、代わりに等間隔に並ぶ外灯が浮かび上がってくるだろう。
男同士の帰り際なんて、こんなもの。
べつに一人でも帰れるけど。
パッとしないのはね、傍に彼が...ユノがいないからだ。
僕はふぅっと息を吐いた。
ユノはこれからあの人に会いにいく。
オレンジ色に染まった空が、街並みの濃いシルエットに切りとられている。
僕の願い...ユノの隣に僕が居られたら...。
僕の夢は夕空に跳ねた。
あの人に会ったりなんかしないで。
あの人に会いに行くユノなんか嫌いだ。
・
僕の出る幕はないってわかってる。
二人を前にした僕には、居場所がない。
ユノの背中を切なく見つめるたび、僕は小さく息をする。
僕の視線に気づいた彼は、「どうした?」って。
「なんでもない」
空が滲んできて、僕は慌ててユノに背を向けた。
次に振り向いた時には、僕は笑顔になっている。
危ないあぶない。
気を抜くと僕の本心が顔を出す。
「もういいかい?」って。
「想いを伝えてもいいだろ?」って。
でもね、僕じゃ駄目なんだ。
ユノとあの人との一部始終を、僕は友人として見届けてきた。
あの人との関係が壊れた時、ユノがどれだけ打ちひしがれたか。
ずっとずっと、あの人の存在がユノの中に生きていた。
あの人への想いをにじませたユノの横顔に、胸が苦しくなる。
あの人から別れを告げられた時のユノを思い出す。
「会いたい」とあの人にすがり、馬鹿みたいに泣いていた。
僕はそんなユノの背を撫ぜるしかなかった。
・
でもさ、今、あの人とやり直せそうなんだって、さ。
塞いでいたユノの表情がパッと明るく花開いた。
そのキラキラ輝く瞳に、僕の気持ちは壊れそうだ。
夕焼けに染まる街。
これは片想いだ。
ユノとの未来も願いも、どこかへいってしまった。
言えるわけないなぁ。
「ユノが好きです」
いつかこんな日がくることなんて分かっていた。
さよならしよう。
「好き」の気持ちは手放そう。
ユノにはやっぱり、あの人がお似合いだ。
僕はあの人に叶わない。
僕の視線に気づいて、ユノは振り返った。
「どうした?」って。
僕は「なんでもない」と答える代わりに、こう尋ねた。
「チャンミンに会いにいくんだろ?」
ユノははにかんで「ああ」と答えた。
言ってもいいだろ?
...無理だよ、僕じゃ駄目なんだ。
言ってもいいだろ?
...無駄だよ、チャンミンじゃなきゃダメなんだ。
泣いてすがってもいいだろ?
...駄目だよ、二人を困らせてしまう。
もう「さよなら」してもいいだろ?
うん、いいよ。
夕焼けが染める街。
ユノの後ろ姿はいよいよ見えなくなった。
(おしまい)