僕は身を粉にして働いている。
自動販売機にジュースを補充する仕事をフルタイムでこなし、週に3日は終夜営業のスーパーで品出しのバイトをしている。
アパートの賃料、水道光熱費、その他諸々、食べ盛りが2人もいて...僕の家計は火の車なのだ。
あの子たちを養わなければならないからだ。
今夜はバイトがない日だから、早く帰れる。
あの子たちに美味しいものを買ってやろうと、滅多に寄らないコンビニエンスストアに立ち寄った。
小さな節約を重ねてきたから、コンビニのスイーツ(僕にとっては贅沢品)を買う余裕はある。
ワッフル生地に生クリームをたっぷりとはさんだものを2つと、「たまにはいいよね...」と、自分用に発泡酒の缶をとってレジに向かった。
「さむ...」
もう4月末だというのに、ぴゅっと吹き抜ける冷たい風が首元の体温を奪う。
ジャンパー(背中にドリンクメーカーのロゴがプリントされている)の襟元をかき合わせ、背中を丸めて家路を急ぐ。
足早に闊歩するスニーカーの爪先が擦りきれていて、「そろそろ買い替えた方がいいな...来月の給料が入ったら」と、頭の中で計算をする。
繁華街を抜け、幹線道路沿いを20分行って、左折してさらに10分歩く。
アスファルトから視線を上げると、僕らのアパートメントの門柱の灯りまであと少し。
・
ポケットから鍵を取り出す間もなく、玄関ドアが開いた。
「わっ!」
中から伸びた手に腕をつかまれ、勢いよく中に引きずり込まれた。
「おかえりー!」
力任せにかじりつかれ、その勢いでコンビニエンスストアの袋を玄関のたたきに落としてしまった。
「おかえりー!」
もう1人が室内から駆けよって、僕の背中にしがみついた。
「待って...ジャンパーを脱いでから...手を洗ってから...」
なんて制しても、この子たちは言うことをきかない。
2人に両手をひかれ、ダイニング兼リビング兼ベッドルームに腰を下ろす。
腰を下ろすや否や、背後に回った1人にジャンパーとトレーナーを脱がされた。
「待って...待って!」
正面の1人はウエストのボタンを外し、ファスナーを下ろす。
別の1人に靴下を脱がされ...。
「!!!」
1人増えてる!!
「ストップ!
スト~ップ!!!」
僕の鋭い制止に、3人の動きは止まった。
「そこに座りなさい!」
正面を指さし命ずると...下着だけというマヌケな恰好だったけど...「はい」と言って彼らは素直に応じた。
・
僕は2人の...今は3人になってしまった...男を養っている。
ある時、突如ユノという男が僕の前に現れた。
最初は1人だけだった。
異次元的に、宇宙的に美しい容貌の持ち主で、不思議な言語を話すため、社会に出すわけにはいかない。
彼の主食はとても偏っていて、フルーツとスィーツなのだ。
だから食費がかさむ。
(季節外れのいちごは高い)
僕が仕事を掛け持ちして働いているのは、こういう理由だからなんだ。
ところが...。
ある日、帰宅してみたら、ユノが2人になっていた。
彼曰く、愛情が増すとハートのキャパがオーバーしてしまって、2人になってしまったそうなんだ。
新たに加わった彼のことを、ユノユノと呼ぶことにした。
ユノとユノユノは見た目もキャラクターも同じだから(当然か)、どっちがユノでどちらがユノユノかは見分けがつかない。
彼らにしてみたら、どちらもユノでありユノユノだから、呼び間違えても頓着しない。
僕のことを2倍に大好きになってくれた証だから、嬉しい。
嬉しいよ、嬉しいけど...2人だなんて。
真っ先に浮かんだのは食費のこと...それからアレのこと。
2人同時だから、最初は痛いし苦しかったけど、毎夜繰り返すうちに慣れてきた。
先月からバイトのシフトを1日増やしたばかりなのに、ユノとユノユノとユノユノユノの3人になるなんて...。
座布団の上に並べられたカードに、今日はトランプ遊びをしていたんだな、と思う。
(3人になれば、大富豪も面白くなるし、もう1人増えればブリッジもできる...っておい!そんな呑気なことを考えている場合じゃない!)
「チャンミン、ごめん。
俺たちのために毎日、いっぱい働いてくれて...感謝しきれない」
「俺たちのために一生懸命なチャンミンを毎日見てたら...。
じ~んって感動しちゃって」
「疲れているだろうに、昨夜のチャンミンは凄い感じてくれて...。
声も凄かったし...。
嬉しくて、昼間、チャンミンのことを想っていたら...胸がキュッとしちゃって...」
「俺がもう1人増えてしまった。
ごめん」
僕の前で、3人のユノが横並びに正座して、親に叱られた子供みたいにうつむき加減で。
そして、3人揃って僕をそぅっと上目遣いで、探るように僕を見る。
僕こそ胸がキュッとしちゃうじゃないか!
赦してあげたいけど、3人は無理だ、僕の方がキャパオーバーだ。
「せめて2人になれないか、3人で話し合いなさい!」
この展開に頭がついていかなくて、この夜僕は早々と布団にもぐり込んだ。
背を丸めて横になった僕の後ろで、ユノとユノユノとユノユノユノは膝を突き合わせて何やら相談をしているらしい。
肩を揺さぶられて僕は目を覚ます。
「チャンミン、起きて」
陽が昇りきっていない時刻なのと、全身疲労が抜けきっていない僕は当然、不機嫌だ。
「何?」
前日痛めた腰に顔をしかめながら身を起こした。
「...あれ?」
ダイニング兼リビング兼ベッドルームの部屋にいるのは、ユノとユノユノの2人だけだった。
「もう1人は?」
ユノ(又はユノユノ)は、自身の胸を指しながら、「消えたんだ、俺たちの中に」と言った。
「そうそう。
昨夜はヤらなかったからね」
「は?」
「それからね、チャンミンのカッコ悪いところを思い浮かべて気持ちをセーブすることにした。
好きが溢れると、増えちゃうからね」
「チャンミンが女の人だったら、3人まとめても可能だったのになぁ。」
「チャンミンは穴が1つしかないからね」
「女の人でも無理だって!」と、ぞっとした僕は青ざめた。
「それにさ、チャンミンはウケ専だろ?
タチもいけるなら3人同時にできたけど、あいにく俺たちはタチ専だ」
「そうそう。
やっぱ、2本が限界だな、って。
泣く泣く2人になったよ」
3人が2人に減ったということは、1人分の愛情が減ったんだ...と、寂しくなったりして。
そんな僕の気持ちを見透かして、ユノ(又はユノユノ)は
「大好きなチャンミンに無理をさせるわけにいかないだろ。
だから俺たちも努力することにした」
「イチゴは2日に1回にする。
チャンミンが一生懸命稼いだお金で買ってくれた、って毎日思うと感動しちゃうから」
「アレも1回につき2回に我慢する。
チャンミンと何回も繋がると、好き度が増してしまうから」
「う~ん...」
2人の解決方法とはなんとも単純だ。
ということは、僕が2人にしてやっている些細なことに、彼らはいちいち感激していた証だ。
僕のほうこそじーんと感激してしまった。
「チャンミン、これなあに?」
ユノ(もしくはユノユノだけど、面倒だからこっちをユノと呼ぶ)の手に、コンビニの白いビニール袋がある。
玄関のたたきに落としてしまったままだったのを、忘れていた。
「ユノとユノユノのために買ってきたんだからね。
もぉ!
ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃないか!」
ぺしゃんこになったデザートに、がっかりしていると、ユノは「味は変わらないよ」とかぶりつく。
「俺たちのために買ってきてくれるなんて...。
それも、特売シールを貼ったスーパーのやつじゃなくて...。
俺たち...チャンミンのことがもっと好きになっちゃうじゃん」
目をうるうるさせているユノユノの背中を、ユノは「セーブしろ!」と叩いた。
それから、ユノは僕の下着を膝まで落とした。
「美味しいよ」とユノユノはクリームがたっぷりついた口で、僕のものに口づけた。
「...んっ」
クリームをすくいとったユノの指が、僕の窪みでくるくると遊ぶ。
奥も探られ、膝の力が抜けた僕はユノユノにしがみつく。
直後に熱いものがぐぐっと後ろから...ユノのものが分け入ってくる。
ユノに抱きかかえられた僕は、ユノユノに両足を巻きつけた。
「んんっ...!」
つむったまぶたの裏で火花が散って、腹の底から強烈すぎる快感の大波にさらわれた。
柔軟になったそこは、2人丸ごと受け入れる。
僕の身体は2人にゆだねられて、宙を浮く。
ゆっさゆっさと2人の間で僕の身体は揺れる。
ユノとユノユノは前後を入れ替えて重なり直す。
どっちがどっちなんて分からない。
僕にとってはユノもユノユノもユノなのだから。
2人にサンドされ、僕は涙を流したりよだれを垂らしたりと、それはもう恥ずかしい有様なんだ。
イチゴクリームの甘い香りが満ちる中、僕らは1つになる。
2人分のミルクを注がれた時には、僕の意識はぶっ飛んでしまっている。
風呂場までユノとユノユノに運ばれ、綺麗に身体を洗ってもらう。
ユノとユノユノに髪を乾かしてもらい、洋服を着せてもらい、彼らに見送られて仕事に出かける。
そして、じんじんするあそこをかばう歩き方に、同僚からいたわりの言葉をかけられるのだ。
「変な姿勢でコンテナを持ったから...」と、答えるしかないんだけどさ。
・
日付が変わった早朝。
バイトを終えて帰宅してみると、ユノがまた3人に増えていた。
「3人は無理だって!」と怒って、この日はお預けにすることにした。
僕はもう諦めていた。
これからもずっと、ユノたちに振り回され、ユノが全ての日々を送るんだろうな。
はぁ、とため息をついた。
これは諦めのものじゃない。
確かにしんどい。
しんどいよ。
愛の洪水で、溺れそう。
僕は女の人とアレすることが出来ないから、この先子供を持つことはないだろう。
でも、僕の存在が彼らを生かしていると思うと、もっと頑張らなくちゃと気合が入る。
一生、馬車馬のように働かないと。
彼らがまるで、僕の子供みたいだ、っていう意味じゃないよ。
とてもエロティックで可愛くて、惚れ惚れするほど美しくて不思議な存在。
2人まとめて僕の中に入ってきた感覚を、思い起こす。
気持ちがよすぎて意識が飛んでしまった。
だからこのため息は、とても幸福に満ちたものなんだ。
でも...やっぱり3人は無理だ。
(おしまい)
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