~ユノ~
チャンミンとようやく連絡がついた。
「チャンミン、着いたよ」
『はい、僕も着いたところ』
「ずいぶんゆっくりしていたんだな」
『いろいろとね』
俺は、わくわくとした気持ちを抑えきれなかった。
「俺は今、どこにいると思う?」
『うちじゃないんですか?』
「不正解」
『飲みにでも行ってるんですか?』
「不正解」
『えー、分かんない』
「びっくりするよ、絶対に」
『なんですか、それ?』
「チャンミンは絶対、びっくりする」
『もったいぶらないで、早く言ってくださいよ』
「1時間後には会えるよ」
『え?』
「すぐに会えるからな。
ちょっとだけ待ってろよ」
『え?』
「俺はね、今、空港にいるんだ」
『空港?
見送った後、ずっと?
どうしてです?』
「俺はね、チャンミンの国にいるんだ」
『はあ?』
「離れ離れは嫌なんだ。
だから、お前を追いかけた」
『......』
「...怒った?」
『いえ...』
チャンミンが黙り込んでしまったから、俺は少し不安になる。
『ユノ...』
「ん?」
『僕は今、どこにいると思います?』
「どこって、新しい家だろ?
こんな時間なんだし」
『違います』
「違う?」
『僕はね、ユノの国に戻ったんです』
「はあ??」
『僕...。
ユノと一緒にいようと決めたんです』
「?」
『離れて暮らすのは、嫌なんです。
だから、ユノの国に戻りました。
あなたの国で、一緒に暮らそうと決めたんです。
今まで通りに』
「......」
『馬鹿な男だって…あきれてますか?』
「まさか!」
『ほんとですか?』
「ああ。
俺こそ馬鹿な男だ」
「ぐふふ」
チャンミンはクスクス笑っているようだ。
『国を越えたすれ違いですね』
可笑しい。
嬉しい。
泣きたい。
笑いたい。
俺の心は、パンク寸前だ。
「俺らは…とんだ『バカップル』だなぁ」
『何ですか?
言葉がダサいですよ』
ひとしきり二人で笑った。
全く、俺らときたら...二人そろって...。
「...これから、どうする?」
『朝一番の便でユノは、こちらへ戻ってきてください』
「駄目だ。
チャンミンこそ、こっちに戻ってこい」
『いーえ。
ユノが来るんです』
「駄目だ。
チャンミンがこっちに来るんだ」
押し問答しているうち、俺はいいアイデアを思い付いた。
「そうだ!
どこか暖かい国へ行こう!」
『え?』
「二人にとって、新しいところへ行くのはどうだ?」
『なんで行き先が、暖かい国になるわけです?』
「うーん、なんとなく」
『何ですか、それ!』
「俺の国とも、お前の国とも、かけ離れた所がいいんじゃないかと思うんだ」
『どちらかの国だと、どちらかが犠牲を払ったみたいに思えるから、ってことですか?』
「それもある。
ほら、お互い無職になるんだし、新しい場所で再出発しよう」
『無計画過ぎません?』
そういいながらも、チャンミンの声は高く澄んでいる。
「これからについては、現地に着いてから一緒に考えよう」
『どこの国にします?』
「インドネシアはどうだ?」
『インドネシア!?』
「ああ」
『思いきりましたねぇ』
「なんとなく決めた。
適当だ。
俺は無鉄砲なとこがあるからな」
『あははは、確かに。
ユノは大胆派ですからねぇ』
「現地集合にしよう!」
『パスポートの有効期限は大丈夫ですか?』
「あったりまえだろ」
『チケット買うお金はありますか?』
「あるに決まってるだろ!
子供じゃねえんだから」
『よし!
向こうで再会です』
「面白くなってきたな!」
俺はニヤけてきて仕方がない。
~チャンミン~
僕は搭乗ゲート前の、ベンチに座っている。
この24時間の間で、3度目だ。
ここに到着した時は深夜だったから、数時間ベンチで仮眠をとった。
・
去年、ユノと旅行したバリ島を思い出していた。
蒸し暑い空気と汗ばんだ肌。
エアコンが効きすぎた部屋からバルコニーへ出ると、湿気交じりの暖かい空気に包まれ、ほんのしばらくホッとした。
開けた窓から、室内の冷気がこちらへ流れてきた。
部屋の中央に据えられた巨大なベッドに、ユノが大の字になって寝ていた。
堂々とした寝姿と、猫のように目尻が切れ上がった、美しくも穏やかな寝顔とのギャップが面白かった。
白いシーツにくたりと投げ出した手...小一時間前まで僕を愛撫していた指が、夢を見ているのかぴくぴくと動いていた。
僕はあの時、こう思ったのではなかったか。
この男を絶対に、手放さないと。
紙コップのコーヒーを飲みながら、全面ガラスの向こうを見渡した。
延々と延びる、白くかすんだ滑走路の先のすそが、曙色に染まっている。
夜明けの空の下、12月のひんやりとした空気を吸う様を、想像する。
太陽が間もなく姿を現すだろう。
ユノと繋いだ手は、二度と離さない。
僕はユノと生きていく。
新しい僕らの一日が始まろうとしている。
(おしまい)
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