(11)チャンミンせんせ!

 

 

 

(自転車は軽車両。

軽車両は歩行者とは違う)

 

ぶつぶつつぶやきながら、ユノはペダルを漕いだ。

 

バイト代を注ぎこんで買ったこの自転車は、最高の乗り心地だった。

 

初春の夜は風が吹くとまだまだ肌寒く、ユノはブルゾンのファスナーを引き上げた。

 

(初の実車教習は明日だ!

せんせと密室で2人きり。

あ~、ドキドキする)

 

ユノは恋する乙女と化していた。

 

 

チャイムの連打に、「るせぇな」とまるちゃんは不機嫌顔でドアを開けた。

 

頭ボサボサ無精ひげの男...ユノの親友だ。

 

コミュ障なまるちゃんは、実はユノ以上のイケメンで、ユノ限定ですらすらと口数が多くなる。

 

「遠慮してたら、お前出てこないじゃん。

ほれほれ、差し入れだ」

 

2つのビニール袋を掲げてみせると、まるちゃんはその中身をひとつひとつ取り出し、「サンキュー」とぼそりとつぶやいた。

 

買ってきたものをコタツに並べ、「いただきます」と二人は手を合わせた。

(万年コタツ)

 

音を絞ったTV番組はBGM代わりだ。

(聞きたくない音、聞かせたくない音はあるものだ。壁の薄い部屋に住む者なりのエチケット)

 

「オンナの話か?

バイト先の後輩の話?」

 

「...違う。

ほれ、飲みなされ」

 

ユノはまるちゃんのマグカップになみなみと、ノンアルコールビールを注いだ。

(二人とも下戸だ)

 

バイト先の後輩とはQのことで、「懐いてこられて、対応に困る」と一度、まるちゃんにこぼしたことがあった。

 

「Qのことだろ?

俺は彼女のことはなんとも思ってないよ」

 

「でも、可愛いんだろ?

勿体ないじゃん、付き合っちゃえば?」

 

「可愛いが理由で付き合えないよ」

 

ポテトサラダが苦手なまるちゃんは、それをユノの弁当箱に移した。

 

「もしかして、好きな子いるとか?」

 

チャンミンが好きな『子』にあたるかどうか、一瞬迷った末、「うん」と素直に認めた。

 

(俺には好きな人ができた。

ひかないでくれ。

その人は男なんだ。

どう思う?)

 

と、ユノは相談ごとの出だしの台詞を練っていると...。

 

「ユノ~。

俺の話を聞いてくれ」

 

突如、まるちゃんはユノの二の腕をガシっとつかんだ。

 

ずいっと近づいたまるちゃんの顔を、ユノは押しのけた。

 

「どうした?」

 

「マッチングアプリをやってみようと思うんだけど~?」

 

「はあぁぁ?

お前コミュ障だろ?

急にどうしたんだよ?」

 

「一日部屋から出ず、唯一会う人間といえばお前だけ。

2次元を恋人にしていていいのか?

このままでいいのか?

と怖くなったんだ」

 

「無理しなくていいんじゃね?

そのまんまのまるちゃんでいいと思うよ?」

 

まるちゃんはコタツの天板にごんごん額を打ちつけ始めた。

 

「声優さんのイベント行くのがギリ。

2.5次元もギリ。

3次元はキツイ!」

 

「『二次元を愛するヲタクはキモい。

二次元の女と結ばれることなんて、あり得ないのにばっかじゃないの~』とか抜かす奴がいるとか?」

 

「直接は言われたことはないけど、一般的にそういう風潮だろ?」

 

ユノは目をつむり、「う~ん」と唸り、言葉を探した。

 

「そういう奴がいたら、言い返してやれよ。

『そう言うてめぇこそ、そもそも論、三次元の奴に振り向いてもらってるのか?』っつうんだよ。

『同じ次元の奴に振り向いてもらえねぇくせに、異次元の者を愛する上級者に何えらそうなこと抜かしとるんじゃ、ぼけぇ』って言ったれ!」

 

チャンミンを前にすると「せんせ」と甘えた声を出せるのに、まるちゃんへのアドバイスの際は、威勢のいい言葉使いになるユノだった。

 

まるちゃんを慰めながら、「俺の恋も前途多難だなぁ」と心の中でぼやいていた。

 

(次元を乗り越えなければならない恋。

年上男子に夢中になっている俺。

いずれもクリアせねばならない案件は多くて、成就までの道のりのなんと厳しいことよ)

 

昼間のユノは、チャンミンの前では明るく無邪気に装っていただけで、実際は緊張ものだったのだ。

 

気持ちに気づいてくれ、と視線攻撃をしてみたが、早すぎたかな?やり過ぎだったかな?と振り返り反省していた。

 

ユノはあらためてまるちゃんを見た。

 

無精ひげを剃り、どてらを脱がせ、床屋に連れてゆき、こざっぱりとした服を着せれば、相当なイケメンになる。

 

潜在スペックが高い男なのだ。

 

この物語ではまるちゃんは主役ではないため、この辺で割愛しておく。

(みにくいアヒルの子なヲタク男子が、恋に目覚めた途端、白鳥に生まれ変わる...みたいなスピンオフ連載が始まったりして...)

 

「やってみたいのなら、一度試してみれば?」

 

「反対しないんだ?」

 

「反対して欲しいのか?」

 

「いや。

背中を押して欲しい。

会う時は、ユノについてきて欲しい」

 

「できるかよ!

会う会わないの前に、目当ての子はいるのか?

見せろよ」

 

ユノは手をひらひらさせ、まるちゃんのスマホを取り上げた。

 

「えっ!?

アプリもダウンロードしてないじゃん。

貸して、俺がやってやる」

 

ユノはさくさくと手順を踏んで、条件入力まで到達するとまるちゃんに尋ねた。

 

「まるちゃんの理想の子ってどんな子だよ?」

 

「同担OKなヲタクッ子」

 

「なるほど~。

まるちゃんの推しはマニアックだからなぁ、同担の心配はしなくていいんじゃね?」

 

...と、その夜は、自分の恋の相談どころじゃなくなってしまったユノ。

 

自身の恋については若葉マークなのに、他人の恋となると的確な恋愛アドバイスができるまるちゃん。

 

それはユノの場合も然り。

 

チャンミンとの恋も、まるちゃんの助言のおかげによるところが多いのである。

 

 

まるちゃんちからの帰宅途中、ユノはチャンミンのマンションに寄った。

 

(せんせ...もう寝ましたか?

俺、明日が楽しみです)

 

「おやすみなさい」とつぶやいて、ユノはその場を立ち去った。

 

危なかった。

 

あと少しでユノとチャンミンが鉢合わせするところだった。

 

ユノがマンション前を立ち去った直後、コンビニへ出かけようとするチャンミンがマンションから出てきたのだ。

 

このタイミングだったら、張り込み感はなく「偶然ですね~」で言い逃れできる。

 

あと少しのところでのすれ違い。

 

教習1日目の二人の距離は、まだまだだ。

 

 

(つづく)

 

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