(17)チャンミンせんせ!

 

 

「せんせはどんな恋をしますか?」

 

「!」

 

チャンミンの答えを待つユノの顔は、正面からの日光を受けてますます白く輝いていた。

 

その眩しさにチャンミンは言葉を失う。

 

そして、ユノとの交際の可能性を探っていた時だったことで、自分の気持ちを見透かされていたのかと冷や汗が出た。

 

ユノの口調は軽くても、ユノの目は本気(マヂ)だ。

 

そこに気づかない程、チャンミンは若くはない。

 

一切気持ちを悟られないようさりげなく質問できるようになるには、ユノは若すぎた。

 

(ユノはもしかしたら僕と同類なのかもしれない。

初対面の時から、凄い目で見ていたから。

...いや、そんな都合のよい展開になるはずがない。

そうだったらいいな、という話だ。

年上の男に憧れているだけだ、うん、それだけに過ぎない。

危ない危ない。

ユノのキラキラな眼にのせられて、本気になってしまうところだった。

彼は『生徒』だ。

20歳の学生だ。

僕とは大違いだ)

 

「せんせ!

俺の質問、聞こえてます?

せんせは...どんな恋がお好みですか?」

 

声が震えないようにするのに、ユノは必死だった。

 

(せんせは激しい恋がしたい人なんだと思う。

だって...だって、雨の中、号泣していたんだ。

とぼとぼと歩くあの背中が心配で、放っておけなくて後ろから見守った。

うーむ...あれは尾行、まさしくストーキング行為だったけど、それは脇に置いておいて...。

抱きしめてあげたかった。

せんせ、俺がせんせを守ってあげる、って。

激しい恋なら任せてください。

せんせの理想の恋を教えてください)

 

「ユノさん、教習に集中しましょうか?

恋バナはお終いです」

 

「え~」

 

ユノは口を尖らせた。

 

質問に答えられないチャンミンは、この話題を打ち切ることにした。

 

本心を誤魔化した、適当な返事をしたくなかったのだ。

 

チャンミンにとって恋愛とは、教習中に語れるほどの軽いものではないのだ。

 

「あ~あ。

せんせの恋愛観を知りたかったのに。

...恋愛相談にものってもらいたかったのに...」

 

ユノはぼそりとつぶやいた。

 

ユノにはプランがあったのだ。

 

1.チャンミンの恋愛観を知る

2.理想の恋愛を知る

3.恋人に求める条件を知る

4.過去の恋愛を知る

5.現在の恋人の有無を知る(既に知っているが、ここはとぼけておく)

6.恋の相談にのってもらう(ここで自分の気持ちを忍ばせる)

(テンパったユノは、2から5をすっ飛ばしてしまっている)

 

6については、意中の相手ご本人に恋の相談をするといった、回りくどいアプローチ方法なのだ。

 

『片想いの相手(=チャンミン)に近づくためにはどうしたらいいのか、その人(=チャンミン)がこんなことを言ったのだが、前向きな意味で捉えていいのか?』...などなど、片想いされているご当人(=チャンミン)に相談をする。

 

その人(=チャンミン)はユノと共に考え、アドバイスしてくれる。

 

例えば...「サプライズをしてみたら?

花を贈るとか?

花束に想いを込めるんだ。

分かりやすく...薔薇とかさ。

花言葉が『あなたを愛しています』っていうから」と、アドバイスしてくれたとしよう。

 

そしてある時、ユノは薔薇の花束を片想いの相手(=チャンミン)に贈るのだ。

 

「俺が片想いしていたのって...実はせんせなんだ」と告白。

 

「チャンミンせんせ!」と明るく元気に正々堂々じゃれついて、好きの気持ちをだだ洩れにさせているのに、「好きです」が言えずにいるユノ。

 

能天気に見えてユノは案外、自分に自信がないのだ。

 

チャンミンに断られるのが怖かったのだ。

 

「!!」

「!!」

 

クラクションの音に、二人は飛び跳ねた。

 

信号が青になっても発進しようとしない教習車に、後ろの車がしびれをきらしたのだ。

 

ここで恋の話題は終了となってしまった。

 

チャンミンはユノの最後の言葉を聞き逃していなかった。

 

(恋の相談、って言っていた。

それってつまり、ユノは恋をしているってことだよね。

僕のこと...まさか!

本人に相談してどうする!

...一緒にいた女子についての相談なんだろうか)

 

「......」

 

自動車学校に到着するまで、チャンミンは指示と注意以外の言葉は発せず、ユノも口を閉じて運転に集中していた。

 

 

「美味いものを食わせてやるから、今すぐ来い」

 

その夜ユノは、まるちゃんに呼び出された。

 

思い切ってした質問にまともに答えてもらえず、ユノはもやもやと不完全燃焼な心情を抱えていた。

 

ユノはチャンミンと出会ってから恋愛至上主義になりつつあった。

 

もしかしたら有益なアドバイスや励ましが貰えるかもしれないと、バイト後で疲れた身体に鞭打って、マルちゃん宅にはせ参じたのだ。

 

男友達には馬鹿話は出来ても、ガチな恋バナなんてとんでもないが、まるちゃん相手ならそのハードルが下がる。

 

 

「来てやったぞ」

 

ユノが訪れた時、まるちゃんは推しの誕生日を祝っていた。

 

万年コタツの天板上は、推しの好物イチゴづくしなのに、まるちゃんはイチゴにアレルギーがあって食べられない。

 

そこで毎年、ユノはイチゴ消費を担当している。

 

ウサギの着ぐるみをまとった推しのぬいが、ティッシュケースにもたせかけられている。

 

まるちゃんはぬいにイチゴケーキを食べさせたり、写真を撮ったりと楽しそうだ。

 

推しの儀式が済むまで、ユノは時間つぶしにスマホの通知を確認していた。

 

Qとクラスメイトからのメールが数通、母親からの着信が1件あった。

 

ユノはここで、チャンミンの連絡先を知らない自分に気づくのだ。

 

チャンミンの住まいを知っているだけで大満足。

 

教習中は胸いっぱい、それ以外は学校とバイトで忙しいけれど、教習中の余韻で胸いっぱい。

 

連絡先を尋ねる行為が頭になかったのだ。

 

知り合いレベルの者同士でも、気軽に連絡先交換をするキャンパスライフ。

 

近づきたい一心なのに、メアドすら知らないとは何たることだ、と。

 

「OK。

もう食べていいぞ」

 

まるちゃんから許可が出て、やっと料理に箸をつけることができる。

(今夜のメニューは全てスイーツ、箸は不要だが...)

 

まるちゃんは別メニューで、レトルトカレーだ。

 

「イチゴのピザって珍しいな。

へぇ...カスタードクリームか、デザートだなこれは」

 

「イチゴと言えば、スイーツにしかならんだろう。

なあ、ユノよ。

イチゴサラダっちゅうもんがあるらしいが、愚行だと思わないか?

イチゴの白和えとか、イチゴの冷製パスタとか...食える気がしない」

 

「まるちゃんはそもそもイチゴが食えないじゃん」

 

「じゃあ、想像してみ。

缶詰のみかんがサラダに入ってたらどうよ?

あるだろ、そういうんが?

缶詰のみかんの白和えって食えるか?

パスタはどうよ?」

 

「苦手かも。

まるちゃん、俺にもカレー食わせて。

口の中が酸っぱくなってきた」

 

テーブルの上のものをあらかた食べ尽くした二人は、コタツにごろりと横になった。

 

時間つぶしをしていたのだ。

 

 

「ユノ、そろそろだ」

 

まるちゃんは、いつの間にか寝入ってしまったユノの肩を揺すった。

 

まるちゃん宅に招集されたのは、イチゴ消費の他、0時解禁、推しの一番くじ引きの要員のためだった。

 

おひとり様5回まで、ユノと一緒なら1軒あたり10回引ける。

 

当選グッズはかさばるため、ユノの自転車があると助かる。

 

「フライングする店があるから、そこから廻ろう」

 

二人は食べ散らかした天板の上を片付け始めた。

 

「コンビニが終わったら、レンタルDVD店でピックアップしてゆきたいものがあるんだ。

予約注文してたやつの発売日なんだ」

 

「いつものドラマCD?」

 

「全部で7形態。

予約特典のクリアファイルが付いてくるんだ。

ユノ、行くぞ」

 

(レンタルビデオ店はせんせの家の近くにある。

せんせとばったり会っちゃったりして...)

 

ユノは部屋を飛び出していったまるちゃんを追いかけた。

 

 

(つづく)

 

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