(18)チャンミンせんせ!

 

 

ユノとまるちゃんはレンタルDVD店にいた。

 

二人は一番くじで獲得した賞品を両手に下げている。

 

外に停めたユノの自転車に置いておけないからだ。

 

ここはまさしく、ユノが恋に落ちた場所だ。

 

商品受け取りに手間取っているようで(新人スタッフが届いているはずの予約品を見つけられずにいる)、その間ユノは店内をぶらつくことにした。

 

「せんせにばったり会っちゃったりして...」と、淡い期待とともに。

 

深夜という時間帯もあり、店内は音と色の洪水なのに客はほとんどいない。

 

貸し切り状態だ。

 

(せんせが任侠コーナーにいたりして...萌える...居なかった。

アニメコーナー?...せんせってそんな感じ...居なかった。

アニマル系記録映画だったら...せんせ、疲れているんですね...居ないなぁ。

青春ドラマコーナー...これこそ“ボーイズラブ”ってやつっすね?

俺もボーイズラブものを観て勉強した方がいいのかなぁ...ここにも居ない)

 

店内を徘徊していたユノは、そろそろまるちゃんの用事は終わった頃だとレジカウンターの様子をうかがった。

 

まだ時間がかかりそうだった。

 

(スタッフが副店長を放送で呼び出したが、当人が行方不明。夜間は少人数体制で、新人スタッフが頼れるのは、副店長だけなのだ)

 

その時、自動ドアが開いた。

 

入店してきたのはTシャツとハーフパンツ姿のチャンミンだった。

 

(チャンミンせんせ!!!)

 

ユノの切れ長な眼はまん丸になった。

 

もの凄いスピードで、新作コーナーの棚の裏手に引っ込んだ。

 

(俺はなぜ、隠れた?)

 

会いたくて仕方がない人物が不意打ちに現れた時、実は心の準備が全くできていなかった現実。

 

チャンミンは手にとった新作映画のパッケージ裏を読んでいる。

 

二人を隔てているのは棚ひとつ。

 

ユノの心臓はドクドクと速い。

 

(話しかけようかな。

『せんせ、偶然っすね。

この辺に住んでるんすか?(知ってるけど)

何借りたんすか?

それ、俺も観たかったんすよね...えっ!?

いいんすか!?

じゃあ、せんせんちに行っちゃおうかなぁ...』

...な~んて)

 

ユノは息を整え、髪を整えた。

 

(よし!

声をかけよう!)

 

チャンミンの前に姿を現わそうと決心した時だった。

 

「お~い!

済んだぞ!」

 

(まるちゃん!!)

 

この声は、会計が終わりユノを探すまるちゃんのものだ。

(商品はカウンター下にあった)

 

まるちゃんという邪魔者はいるが挨拶だけはしようと、棚の陰から姿を現わしかけた時、ユノは気づく。

 

(せんせに見られたら困る!

誤解される!)

 

『誤解される』とは、一体何のことだろう。

 

まるちゃんは上下くたびれたスウェット姿だが、ユノ以上のイケメンだ。

 

(せんせは男が好きな男だ。

真夜中に寝巻みたいな恰好をした男といる俺!

まるちゃんを恋人だと勘違いする!

それは困る!!)

 

ユノは、両手に下げている手荷物のヲタク感についてはノーマークだった。

 

袋からフィギュアの箱が頭を出している。

 

一般的な感覚の者からすると、『キモイ』と引かれがちな恋愛攻略ゲームの幼顔・巨乳キャラだ。

 

まるちゃんとの付き合いが長いユノは、耐性がついていて抵抗感が全くなかったため、心配事はよそに向いたのだ。

 

実際にこれを目にして、チャンミンがどんな反応を示すのかは想像するしかない。

 

美少女フィギュアよりも、チャンミンと偶然出くわした喜びで、五感の全てを持っていかれたのでは?と想像できる。

 

新作コーナーはレジカウンターと同じ通路にある。

 

(チャンミンせんせに、まるちゃんと一緒にいるところを見られるわけにはいかない。

ここは退散するに限る)

 

ユノは新作コーナー裏の通路をダッシュした。

 

レジカウンター前でユノを探していたまるちゃんが、ふっと消えた。

 

ユノによってまるちゃんは、レジ真向いの棚裏へと引きずり込まれたのだ。

 

この時、新作コーナーにいたチャンミンは準新作コーナーへ移動したようで、目撃されずに済んだ。

 

「何だよ!?」

 

「帰るぞ」

 

ユノはまるちゃんを引っ張って、チャンミンがいるらしいエリアを避けるように、遠回りコースをとって出入口に向かった。

 

「おい、何だよ!?

どうしたんだよ、急に!?」

 

「しっ!」

 

「ユノ」と口にしかけたまるちゃんの口を覆った。

 

そして2人は、チャンミンに見つかることなく無事に店外へ出ることに成功した。

 

ユノは荷物を自転車の前カゴに入れ、両ハンドルに引っかけた。

 

「ずらかろうぜ」

 

「ずらかる!?

お前っ、何かパクったのか?」

 

「パクるかよ!

早く帰りたいだけさ。

早くグッズを見たいじゃん」

 

いつチャンミンが店から出てくるか知れない。

 

ユノはまるちゃんを急かした。

 

この場は早く立ち去るべきだ。

 

「珍しいことを言うなぁ。

分かったよ」

 

二人はまるちゃんのアパートへ向けて歩き出した。

 

「今回はついてたな。

A賞もB賞も押さえちゃったよ」

 

「押さえて当然。

あれだけ注ぎこんだんだ、捕れなかったら泣くよ」

 

「なあ。

まるちゃんって、誰かに告白したことってある?」

 

「は?」

 

ユノの質問は脈絡無視だ。

 

「どんな風に告白した?」

 

「それ、俺に訊くの?」

 

二次元ラブ、コミュ障なまるちゃんにすべき質問ではなかった。

 

「生身と経験がなくても、まるちゃんは恋愛の達人じゃん。

駆け引き上手だし、女子の気持ちにも詳しいじゃん」

 

ユノは決して、恋愛攻略ゲームをマスターしているまるちゃんをからかってはいない。

 

至極まじめに尋ねているのだ。

 

「誰かに告白する予定でもあるのか?

例の彼女にか?

そっか、あの子には興味がないんだったな。

他に好きなヤツがいるなんて、初耳だぞ」

 

「いや...俺じゃなくて、クラスにいるんだよ。

好きな子がいて告白したいんだけど、どうしたらいいか分かんないって、相談を受けたんだ」

 

自分のこととして相談できない照れが、ユノにはあった。

 

「そんなもの、自分の体験談をもとにアドバイスしてやればいいんじゃないの?」

 

「経験していないからアドバイスできないんだよ。

俺、誰かに告白したことなんてねぇもん」

 

「お前、告白されたことはあるもんな~」

 

「ああ」

 

ユノの恋は相手からのアプローチで始まるものがほとんどだった。

 

それプラス、「恋をすると胸が苦しくなる」などとチャンミンに語っていたが、その経験もなかった。

 

今の恋を除いて。

 

 

 

深夜の道路を走る車はない。

 

赤信号でも構わず横断しようとするまるちゃんは、スウェットの裾を後ろから引っ張られた。

 

「えっ、渡らないの?」

 

「赤信号だから駄目だ」

 

「あっそ。

自動車学校に通うと、交通ルールに敏感になるもんなんだな」

 

二人の男は、信号の赤ランプが緑に変わるのをじっと待った。

 

 

チャンミンが散歩のついでで寄ったレンタルショップ。

 

会計前に財布を忘れてきたことに気づき、レジスタッフに照れ笑いをして手ぶらで店を出た。

 

あの最悪な夜から2か月半が経っていた。

 

恋人抜きの夜に慣れてきた頃で、ようやく気持ちに余裕が出てきた。

 

今夜は気候もちょうどよく、ぶらぶらと散歩でもしようかと外出し、たまたまレンタルDVD店に寄ったのだ。

 

チャンミンはレンタルビデオ店前の交差点で、信号待ちの2人組に気づいた。

 

(あれ...?

今のユノだよね)

 

遠目ではっきりしないが、全身のシルエットに見覚えがあったし、白のパーカー、淡色のボトムスは、今日(日付が変わったから昨日)教習で着ていたファッションと同じだ。

 

チャンミンは一瞬迷った。

 

声をかけて振り返ってもらうには距離があることと、ユノが1人ではなかったことだ。

 

(友達...かな?)

 

ここでユノの心配は杞憂に終わった。

 

ユノは隣にいる同性イコール恋人と捉えてしまっていた。

 

相手がまるちゃんで助かった。

 

もしここで、ユノが女子(例えばQ)と一緒にいたりなんかしたら、チャンミンは諦めてしまっていたかもしれない。

 

それくらいチャンミンのユノに向ける想いは、センシティブなものだ。

 

信号が青になり、2人は横断歩道を渡り始めた。

 

このままでは見失ってしまうと、チャンミンは駆け出した。

 

(近づいて声をかけるべきか。

でも近づき過ぎたら気付かれてしまうし)

 

チャンミンは「どうしようどうしよう」と迷っているうちに、2人を尾行していた。

 

 

(つづく)

 

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