カランコロンと浴衣女子たちの下駄の音。
一帯はガヤガヤざわざわ騒がしく、浮かれた空気で満ち満ちている。
日が暮れても蒸した空気は相変わらずで、肌がベタベタする。
彼は耳たぶを蚊に刺されムズムズ痒くて、つまんだり引っかいたりしていた。
(あ~、かったるいなぁ)
頭数を合わせるために呼び出された花火大会の夜店。
客寄せの呼びかけや、醤油やソースが焦げる匂い、発電機のエンジン音、子供を叱りつける親の声。
「わっ!」
ぽん菓子の爆発音に、彼はまともに驚いてしまい恥ずかしさで周囲を見回す。
ぶつからずにすれ違うのもやっとの通りでは、誰も彼のことなど気にはしていない。
皆、目を離した途端行方不明になること確定の子供たち、夏休み中にくっ付いた彼氏彼女の顔しか見ていないのだ。
(心から花火を楽しむ者などいるのだろうか?)
キャッキャとはしゃぐ女子と、彼女たちの背に手をまわし、人混みの中スマートにエスコートしている(つもりの)男友達。
女子たちは水飴でコーティングされた串刺しのイチゴやレインボーカラーのシロップかけのかき氷、それから揃ってラムネの瓶を手にしている。
(あれは食うためのものではない。
持っている自分を可愛く見せるための小道具なのだ)
と、彼は意地悪に思う。
男友達はビールのプラカップやねじ巻き状の揚げポテト、割り箸に刺した醤油漬けきゅうり、焼きイカと、極めて俗物的だ。
30分後に花火が打ち上げられる予定だからと、鑑賞スポットまで移動している途中だった。
(花火に見惚れながらも、互いの指はもぞもぞと近づいて、パッと光が弾け彼女の頬が明るく映し出される...そんでもって、ドーンと轟音をバックにチューをするんだろ?)
(俺なんていなくていいじゃん。
今、バックレても分かんないよな)
彼は頭数合わせの為しぶしぶ参上したのにも関わらず、肝心の女子が1人欠席したことで、必然的にあぶれてしまった。
彼の名はユノ。
20歳の元気いっぱい、明るく素直な大学生だ。
ユノは心の芯から退屈していた。
早く帰宅して、恋人の声を聞きたくてたまらなかった。
花火大会とは、デート場所の花形だ。
その花形な場所へ、ユノは恋人に内緒で訪れていた。
「女子もいるけど、2人きりじゃないからOK」だと判断してしまうユノの甘さ。
確かにスケジュールは空いているし、誘われて断る理由もないけれど、グループデートということで一瞬間、返答につまった。
その一瞬の躊躇をつかれたユノは、
「頼む!
ユノはそこにいてくれるだけでいい!」
と友人に泣きつかれ、嫌々頷いたのだった。
つい先日、晴れて交際できるようになった恋人がいるというのに、早速、喧嘩の種をこしらえてしまったユノだった。
・
ユノには恋人がいた。
恋人とは自動車学校の指導員で12歳年上...まあまあな年の差だ。
さらに言うと、男性だった。
ユノはノンケ。
ユノのひとめ惚れから始まった恋。
ノンケがゲイに恋をした。
ドラマティックである。
さて、この夜はせっかくの花火大会だったが、あいにく彼氏は仕事だったため、スケジュールは空いていた。
自動車学校の補習代を稼ぐ必要がなくなり、アルバイトも週4日でよくなっていたのだ。
(なぜ補習代を稼いでいたかの事情は『チャンミンせんせ!』を読んでください)
スケジュールが空いてたから、渋々承諾した...ユノにしてみたら、それ以上もそれ以下もない単純なことだった。
恋人のために捧げる時間は増えたのに、社会人と学生とではフリーな持ち時間に大きな差がある。
ユノは恋人に会いたい気持ちを抑えて、彼宅へ突撃することを控えていた。
(毎日会いたいくらいだ)
恋人の休日に、彼から手料理を振舞われたことが一度あったくらい。
(俺の彼氏は、とっつぁんぼうや風だけど、年齢はれっきとした『大人』だ。
大人の色気ぷんぷんの30代。
俺は大人の彼氏に相応しい男にならねばならぬ!)
2人が付き合い出してまだ2週間だ。
健康な肉体を持つ青年2人が恋人同士になって、何もないとは信じられないかもしれないが、2人は唇同士のキスはおろか、2秒以上のハグひとつもしていないのである。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]