(2)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

(せんせに電話しよう)

 

ユノは友人グループから徐々に距離を取り、人ごみに紛れる形で完全に離脱した。

 

バックレたのである。

 

(せんせの声が聞きたいなぁ)

 

ユノは後ろポケットからスマホを取り出すと、現在時刻を確認した。

 

ディスプレイの発信中番号は、当然チャンミンのもの。

 

『もしもし』

 

2回目の発信音が鳴り終える前に電話に出たということは、チャンミンはユノに電話をかけようか、電話がかかってくるのを待っていたのか、スマホを手にしていたということだ。

 

「せ~んせ。

お元気ですか?」

 

『ユノさん。

僕はまだ仕事中なのです』

 

今日初めて聞くユノの声に、チャンミンの耳たぶがぞくぞくした。

 

恋愛体質で交際相手にはメロメロとろとろになる質のくせに、ユノ相手だとなぜか調子が狂う。

 

今までの恋愛経験から学習したノウハウや、ありがち思考パターン等、役に立たない。

 

これは、入校日の教室で、ユノの「好きです」視線光線を浴びた時から、うすうす気づいていたことだった。

 

『仕事中の電話は駄目ですよ』と忠告する必要はなかった。

 

昼間、電話をかけてくるとしても2日に1回程度、チャンミンの休憩時間か終業時間後を見計らったもので、ユノは飼い主の気持ちまでキャッチできる天才犬のようだった。

 

チャンミンは電話を受けることはあっても、かけることはほとんどなかった。

 

大人の余裕を見せつけているわけでも、意地をはっているわけでもなく、調子が狂っているだけのことだった。

 

調子が狂ったチャンミンは、例えば極端な照れ屋になり、突き放してみたり、物欲しげな言動をとってしまったりと、ツンデレ男子になりがちなのだ。

 

もっと甘えたい、頼って欲しい...でも恥ずかしい。

 

2週間かそこらだから、時間の経過と共に関係性もほぐれてくるだろうと分かっていても、「こんなんじゃ駄目だ」という焦りは止められない。

 

「休憩時間でしょう?

ちゃんと教習1分前には切りますから」

 

『...それならいいですけど...』

と、チャンミンは渋々といった風を装うのだ。

 

『そうだ、ユノさん。

ちゃんとご飯食べましたか?』

 

「もち。

タコ焼きと~、焼きトウモロコシとクレープを食いました」

 

『夕飯のメニューにしては...屋台メシのようですね』

 

(しまった!)

 

ユノは、『屋台メシ』の言葉に、ハッと気づかされた。

 

花火大会に来ていることは、チャンミンには内緒なのだ。

 

祭り会場から数百メートルは離れた場所からかけている電話だから、賑々しい音楽やカラオケ大会の歌声はほとんど遠のいていた。

 

だとしても、油断してしたせいで、ポロリと本当のことを漏らしてしまったのだ(ユノは嘘をつき慣れていない青年である)

 

「あ~、それは...。

腹が減り過ぎて、買い食いしてたんすよ」

 

『そうでしたか。

ユノさんは若いですからね。

お腹も減るでしょう。

でも、もっとバランスの良いものを食べましょうね』

 

つい2週間前まで心労のせいで胃を傷め、頬をこけさせていた者からの説得力のない小言だ。

 

「せんせぇ。

俺、子供じゃないっす」

 

『ふっ、まあ、いいですよ。

今日も元気でしたか?』

 

英語の例文のような質問内容に、チャンミンは自分が嫌になる。

 

『お前と居ると退屈なんだよ』と、過去の恋人に吐かれた言葉に傷ついたことを、思い出してしまった。

 

ところが、ユノは笑ったりはせず、「元気っす、いつも通り」と答えたのだった。

 

(何を話そうか?

タイムリミットあと5分!

おい、チャンミン。

ユノに質問したいことはないのか?

何か面白いネタはなかったか?)

と、頭フル回転で話題を探すチャンミン。

 

ユノが卒業してしまった今、2人の間にこれといった話題がないのは事実なのだ。

 

ここに、12年の年齢差も加わるので、話題探しに脳内を奔走することになる。

 

実際この2人の場合、どんな話も面白いネタとなり、ポンポンと会話が弾む相性のよさがあるのだが、チャンミンはそれに気づけていない(同様にユノも)

 

『ユノさんは、何してますか?』

 

「俺っすか?

今...歩いてます」

 

『でしょうね』

 

ユノの乱れた呼吸が、チャンミンのスマホの受話口から聞こえてくる。

 

「おっ!

せんせ、もうすぐ休み時間、終わりますよ」

 

『そうですね』

 

「そうした方がいいっす。

ちょっと早いけど」

 

『......』

「......」

 

「せんせ...あの...」

 

『はい、何でしょう?』

 

「来週の約束...すげぇ楽しみっす」

 

『ぼ、僕も...。

...楽しみです』

 

チャンミンの「楽しみです」の部分は消え入りそうだったため、「楽しみです!」と、ボリュームを上げて言い直した。

 

「せんせからそう言ってもらえると、ますます楽しみになってくるっす。

あ...。

もう切ります。

せんせも次の教習の用意もあるでしょうから...」

 

『えっ!?

もう?』

 

そのまま、電話を切ってしまいそうなユノの言いぶりに、チャンミンは慌てた。

 

『まだ...5分あります』

 

チャンミンが粘ったのは、今夜、何の約束もしないまま電話を切ってしまうのは寂しかったのだ(自らは誘わないという...)

 

本日の教習もあと1時限、時刻はまだ20時で、仕事終わりのチャンミンと途中で落ち合うことも可能だ。

 

実はユノは、交際しているのは『社会人』であることを、異常なまでに特別視していた。

 

「学生相手とは違うんだぞ」と、肩に力が入り過ぎていたというか...。

 

そのため、今夜も電話だけで切るべきだ、とセーブをかけていた。

 

(せんせは仕事でお疲れなんだ。

お気楽大学生の俺のペースを求めたらいけない!)

 

数カ月近く、「好き好き」アピールをしてきたのにもかかわらず、いざ夢が叶ってみると、どう関わり合ったらいいのか途方にくれてしまったユノであった。

 

その為、恋愛体質のチャンミン相手にしては、遠慮の度合いが過ぎていた。

 

(せんせの邪魔をしたらいけない。

ガキ臭く我が儘言うとか、絶対にNOだ!)

 

「切りますね。

せんせも...」

と、その直後、ユノの背後彼方でパッと閃光がひらめいた。

 

振り向く間もなく、ドーンと轟音が鳴り響いた。

 

(花火だ...)

 

街の人工照明で空の裾はぼんやり明るいが、花火の明るさの方が断然勝っており、目が眩んで夜空が見えなくなった。

 

超高層ビルはない地方都市。

 

丸ごとの花火が建物の輪郭をくっきり照らし出した。

 

(わあ...)

 

『その音は何ですか?』

 

「あ゛っ...」

 

ユノは、チャンミンの問いかけにギクリとした。

 

これは、後ろめたいと思っている証拠だ。

 

チャンミンと電話中であることを一瞬忘れ、花火に感動してしまいそうになっていたが、チャンミンに内緒で、花火大会に来ていることを思い出した。

 

花火会場はユノの家からも大学からも、遠く離れたところにあり、ユノの家や大学、さらに自動車学校にまでは、これほどの大音量の花火の音は聞こえるはずはない。

 

花火は次々と打ち上げられ、とても誤魔化せるものではない。

 

「えーっと...」

 

嘘はよくない、とユノは「花火大会に来てるんす」と答えた。

 

『1人で行っちゃうほど、花火を見に行きたかったんですか?』

 

「そう!」

 

(ちょっとだけ違うけど、認めてしまえ!)

 

「そんな感じです」

 

『よほど行きたかったんですね』

 

疑いをもたないチャンミンに、「せんせ、ごめん」と心の内で謝った。

 

『お友達と一緒じゃなくて、“1人”なんですか?』

 

チャンミンは念を押した。

 

ユノは考える。

 

(今はひとりでいるし、そもそもあの集まりには俺はほとんど参加していなかった。

あいつらの後ろを付いて歩いただけだったから...)

 

「はい、1人っす」

 

『そうですか...。

今夜、一緒に行かれなくてすみませんでした』

 

「いや!

謝らないでくださいよ。

仕事なんすから」

 

本来の予定では、今夜の花火大会はチャンミンと行くはずだった。

 

ところが、チャンミンの同僚Kが夏風邪をひいてしまい、チャンミンが彼のシフトを受け持ったのだ。

 

「それからっ、来週の予行演習なんすよ。

せんせと夜店で何を食べようかなぁ、とか。

下見に近いかなぁ。

来週の会場とは場所が違いますけどね」

 

ユノの可愛い行動に、チャンミンの心はキュンとする。

 

「じゃあね、せんせ。

お仕事頑張ってください」

 

『はい。

ユノさんも、気を付けて帰ってくださいね』

 

通話を切るなり、ユノのスマホは着信音を鳴らした。

 

「あっれ~、せんせ?

どうしたんすか?」

 

相手はチャンミンだった。

 

『忘れ物をしました』

 

「忘れ物...?」

 

すぅっと息を吸う音。

 

『今夜、会いませんか?』

 

「せんせ...」

 

思いがけないお誘いに、ユノは心の内で号泣していた。

 

 

翌日...。

 

「馬鹿たれ!」

 

まるちゃんの雷が落ちた。

 

 

(つづく)

 

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