(1)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

カランコロンと浴衣女子たちの下駄の音。

 

日が暮れても蒸した空気は相変わらずで、肌がベタベタする。

 

耳たぶを蚊に刺されムズムズ痒くて、つまんだり引っかいたりしていた。

 

(あ~、かったるいなぁ)

 

頭数を合わせるために呼び出された花火大会の夜店。

 

客寄せの呼びかけや、醤油やソースが焦げる匂い、発電機のエンジン音。

 

「わっ!」

 

ぽん菓子の爆発音に、まともに驚いてしまい恥ずかしさで周囲を見回す。

 

ぶつからずにすれ違うのもやっとの通りは、誰も彼のことなど気にはしていない。

 

皆、目を離した途端行方不明になるだろう子供たち、夏休み中にくっ付いた彼氏彼女の顔しか見ていないのだ。

 

(心から花火を楽しむ者などいるのだろうか?)

 

キャッキャとはしゃぐ女子と、彼女たちの背に手をまわし、人混みの中スマートにエスコートしている(つもりの)男友達。

 

女子たちは水飴でコーティングされた串刺しのイチゴやレインボーカラーのシロップかけのかき氷、それから揃ってラムネの瓶を手にしている。

 

(あれは食うためのものではない。

持っている自分を可愛く見せるための小道具なのだ)

 

と、彼は意地悪に思う。

 

男共はビールのプラカップやねじ巻き状の揚げポテト、割り箸に刺した醤油漬けきゅうり、焼きイカと、極めて俗物的だ。

 

30分後に花火が打ち上げられる予定だからと、鑑賞スポットまで移動している途中だった。

(花火に見惚れながらも、互いの指はもぞもぞと近づいて、パッと光が弾け彼女の頬が明るく映し出される...そんでもって、ドーンと轟音をバックにチューをするんだろ?)

 

(俺なんていなくていいじゃん。

今、バックレても分かんないよな)

 

頭数合わせで参上したのにも関わらず、肝心の女子が1人欠席したことで、自動的にあぶれてしまった。

 

彼の名はユノ。

 

20歳の元気いっぱい、明るく素直な大学生だ。

 

ユノは心の芯から退屈していた。

 

早く帰宅して、恋人の声を聞きたくてたまらなかった。

 

花火大会とは、デート場所の花形だ。

 

その花形な場所へ、ユノは恋人に内緒で訪れていた。

 

「女子もいるけど、2人きりじゃないからOK」だと判断してしまうユノの甘さ。

 

確かにスケジュールは空いているし、誘われて断る理由もないけれど、グループデートということで一瞬間、返答につまった。

 

その一瞬の躊躇をつかれたユノは、

「頼む!

ユノはそこにいてくれるだけでいい!」

と友人に泣きつかれ、渋々頷いたのだった。

 

つい先日、晴れて交際できるようになった恋人がいるというのに、早速、喧嘩の種をこしらえてしまったユノだった。

 

 

ユノには恋人がいた。

 

恋人とは自動車学校の指導員で12歳年上...まあまあな年の差だ。

 

さらに言うと、男性だった。

 

ユノはノンケ。

 

ユノのひとめ惚れから始まった恋。

 

ノンケがゲイに恋をした。

 

ドラマティックである。

 

さて、せっかくの花火大会だったが、あいにく彼氏は仕事だったため、スケジュールは空いていた。

 

補習代を稼ぐ必要がなくなり、アルバイトも週4日でよくなっていたのだ。

(なぜ補習代を稼いでいたかの事情は『チャンミンせんせ!』を読んでください)

 

スケジュールが空いてたから、渋々承諾した...ユノにしてみたら、それ以上もそれ以下もない単純なことだった。

 

恋人のために捧げる時間は増えたのに、社会人と学生とではフリーな持ち時間に大きな差がある。

 

ユノはチャンミンに会いたい気持ちを抑えて、チャンミン宅へ突撃することを控えていた。

 

チャンミンの休日に、彼から手料理を振舞われたことが一度あったくらい。

 

チャンミンおススメの居酒屋へ出かけるのは、来週の約束になっている

 

(俺の彼氏は、とっつぁんぼうや風だけど、年齢はれっきとした『大人』だ。

大人の色気ぷんぷんの30代。

俺は大人の彼氏に相応しい男にならねばならぬ!)

 

2人が付き合い出してまだ2週間だ。

 

健康な肉体を持つ青年2人が恋人同士になって、何もないとは信じられないかもしれないが、2人は唇同士のキスはおろか、2秒以上のハグひとつもしていないのである。

 

12歳も年下のノンケと交際すること自体初めてのチャンミン。

 

ユノが男性の身体を見て欲情するところまでには至っていないことを、チャンミンは見抜いていた。

 

(...となると、肉体関係は焦らない方がよいだろう。

いざ、大事なところを触られたり、しゃぶられたりしたら...引いてしまうかもしれない)

 

ラタトゥイユを美味い美味いと食べるユノを微笑ましく眺めながら、チャンミンはそう思ったのである。

 

「じゃあ、せんせ。

俺、明日早いんで帰ります」

 

ユノは空になった皿を台所に下げると、ショルダーバッグを肩にひっかけた。

 

「えっ!?

もう?」

 

立ち上がりかけたチャンミンに、ユノは目を丸くした。

 

「せんせ...俺が帰っちゃうから寂しいんすか?」

 

言葉につまるチャンミン...だったが...。

 

「......はい」

 

(僕の彼氏は真っ直ぐな人だ。

僕も素直でいたい。

ユノは僕を裏切るような人じゃない。

だから、正直な気持ちは惜しげなく出してもいいんだ)

 

「わぁ...。

はっきり言われちゃうと、照れますねぇ」

 

照れたユノは頬を赤らめポリポリとうなじを掻いた。

 

「泊まっていきたいのは山々ですが、明日はマヂで早いんです。

お泊りは来週ってことで」

 

ユノは「じゃっ」と手を挙げると、玄関に向かいスニーカーを履いてしまった。

 

(ホントに帰っちゃうの?)

 

ユノのあっさりとした対応に、チャンミンは肩透かしを食らった。

 

日頃「せんせせんせ」と懐いてくるのだから、帰れと言っても、名残惜しく居座るかと予想していたから。

 

『ユノさん、学業は大切ですよ。

僕もあなたと夜ふかしをしたいですよ。

でも、今夜は我慢です。

ね?

僕の言う事を聞いて、帰りましょう。

下まで見送ります』

...とかなんとか台詞も考えていたくらいだったのに。

 

エレベーターの中、そろりと伸びたユノの手がチャンミンの指先に触れた。

 

チャンミンは、その指を素早く捕らえた。

 

(せんせ...ワイルドですね)

 

「......」

 

その動きはまるで、美味そうな獲物が近づくのをじっと身を潜め、「今だ!」のタイミングで飛び掛かったタチウオのようだった。

 

(ハグ...はいきなり過ぎるかな?

誰かが乗って来て見られても困るし。

おいチャンミン!

今まではもっと積極的だっただろう?

すぐにパンツを脱いでいただろう?

...それは、相手から求められて、それにのせられてだったから。

ユノに触れたい気持ちはセーブしないと!

引かれてしまう)

 

「......」

 

2人はそれぞれの思いで忙しく、手を繋いだだけで先に進むことなく、エレベータは1階に到着してしまった。

 

ユノはマンション前で見送るチャンミンに手を振って...何度振り返ってもそこにチャンミンがちゃんといて驚くのだ。

 

交差点を曲がるとようやくチャンミンの姿は見えなくなり、猛烈な寂しさに襲われたのだった。

 

涼しい顔でいたけれど、内心後悔でいっぱいだったのだ。

 

(せんせんちにお泊りしたかった~。

...勢い任せにヤッてしまえるほどの勇気とテクが今の俺にはねぇ...。

悔しいかな、今夜は帰るしかないのだ。

...ん?

待てよ。

俺はせんせの裸を見て、勃つのだろうか?

これは大問題だぞ!)

 

まるちゃんに相談すべき案件なのか、ユノは迷ったのだった。

 

 

花火大会に話を戻そう。

 

(あ~あ。

せんせに会いたいなぁ...)

 

と、呑気にしているユノだったが、今の光景を愛しの彼氏チャンミンに見られたりなんかしたらどうするつもりなのだろうか。

 

ラブコメでは、目撃されることでストーリーが動くお約束になっているのである。

(ま、いいや。

来週こそ、せんせとお祭りデートだぁ)

 

今週は駄目でも、花火大会は隣町で翌週開催される。

 

(花火観て、せんせに居酒屋へ連れていってもらって、それから...。

やっべぇー!)

 

 

例えば、の話。

 

夜間教習中。

 

チャンミンは教習車から、女の子連れで歩くユノを目撃してしまう。

 

当然、教習どころじゃなくなるが、曲がりなりにも中堅教習指導員。

 

先月、大型自動車教習指導員資格取得試験に合格したばかりのチャンミンせんせ。

 

はらわた煮えくりかえっているが、平静を装って教習を続けるしかない。

 

ガチガチにハンドルを握る教習生(19歳専門学校生)に命じて、縁日広場に乗りつけさせ、教習車を飛び出してユノを捕まえ、問いただしたい衝動をぐっと堪える。

 

自動車学校に到着し、終了チャイムが鳴り終えるなり、チャンミンはスマホを取り出す。

 

『ユノさん!

あなたは今、どこにいますか?』と、即効電話をかけるだろう。

 

ここでユノは正直に答えるのか否か。

 

ユノのことだから、

「せんせ!

お仕事お疲れ様ぁ」と、チャンミンからの電話を呑気に喜ぶだろう。

 

ケロリとしたユノに、チャンミンはもっと腹を立てるのだった...。

 

 

...こんな、ラブコメでありがちなエピソードがこの先起きるのだろうか?

 

 

(つづく)

 

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