駐車場は5割方埋まり、店内は夜ふかし目的の客たちが商品を物色中だった。
ユノは躊躇なき足取りで店内奥を目指し、堂々と暖簾をくぐった。
ユノの身長ほどの高さの棚がぐるりと四方を囲み、その棚を肌色の比率高めな背表紙がぎっしりと埋めている。
(どれにしよう...)
ユノの探査の目は左上からスタートし、ジグザグに舐めてゆき右下段でゴール。
1つの棚が終われば、次の棚へ移る。
目的のアダルト動画にたどりつくまでの検索キーワードを思い浮かべる。
1歩後ろに下がり、もう一度ジャンル名の書かれた札を確認する。
「...無いか」
ユノが探していたものは見つからなかったようだ。
(やっぱ、特殊だからかな。
ネットで探した方がいいな)
せっかく来たついでだからと、不完全燃焼に終わった性欲を呼び起こす目的もあり、ユノはノーマルな作品を手に取ると暖簾の外に出た。
「!!」
上の空だったユノは、通路にいた客と衝突してしまった。
「ユノ!」
「まるちゃん!」
鉢合わせしてしまったのは親友同士。
ユノはAVコーナー帰り、まるちゃんはアニメコーナーに向かう途中だった。
「おっす。
何してんだ?」
まるちゃんはフードを目深にかぶっており、季節感無視のファッションだ。
(まるちゃんは他人に顔を見られるのを嫌う)
カゴの中身に注がれたユノの視線に気づき、まるちゃんは得意げに言った。
「これさ、すでに廃盤になってて、市場に出回っていない奴なんだ。
ところがレンタル店にはあったりするんだ。
ここってチェーン系じゃないから、マニアックなものが結構あるんだぜ?」
次にまるちゃんはユノが手にしたモノを確認するなり、すっとその目を細めた。
「ふ~ん。
やっぱ、『好き』と『好き』とはやっぱ、違うもんなんだなぁ」
ユノにはまるちゃんの言葉がすんなり理解できない。
「『好き』と『好き』?」
「ユノは先生が『好き』
でも、女の子の裸が『好き』
恋愛対象と性欲の対象の性別が別って話」
「ああ。
その通りだ。
悪いか?」
ユノが手にしていたDVDはごく普通のAVもので、男性同士ものではなかった。
まるちゃんはさも気の毒そうに、「悪いっていうか、大変だなぁと思って」と言った。
「......」
「...俺んちくるか?
新しい紅茶を手に入れたんだ」
ユノは迷うことなく「行く」と答えた。
今夜抱えてしまったモヤモヤを、恒例のまるちゃんとのトークで整理したくなったのだ。
支払いを済ませた2人は、まるちゃん宅へと向かった。
「昼間来たばっかりなのに悪いな」
この日、ユノがまるちゃん宅を訪れるのは2度目だった(昼間、ユノはまるちゃんに『馬鹿たれ』と叱られ、冷やし中華を一緒に作って食べた)
「別に。
だって、『ユノ』だから」
「どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味。
さっきカップ麺食っちゃったから、夕飯は何もないぞ」
チャンミンへの差し入れまで食べる羽目になったユノは満腹だった。
まるちゃんは雪ん子のように頭を覆っていたフードを脱ぐと、早速湯を沸かし出した。
「手に入れたってのはな、カフェインレスの紅茶なんだ。
果たして香味は普通のと変わらないのか、試してみたくってさ」
ユノは湯が沸くまでの間、茶葉の購入先や価格の説明を始めるまるちゃんの話を一通り聞き終えた。
湯気立つカップが万年コタツの天板に置かれ、まるちゃんが胡坐をかいて座るなり、ユノは「俺は困った状況にある」と切り出した。
「そんなこと分かってる」
まるちゃんは目を閉じて、香りを楽しんだ。
「さっき、まるちゃんが言った通りだよ。
『好き』と『好き』の違い。
俺はそこにつまづいたんだ。
...あっちぃ!」
ユノは話し出しに意識が反れてしまったことで不用意にカップに口をつけ、舌を火傷してしまった。
呆れたまるちゃんは「そういうところが、『ユノ』なんだよ」と、製氷皿ごとユノに手渡した。
「ユノが合コンに行ったこと、まさか打ち明けてないよな?」
「合コンじゃね~し!
バラすワケないだろ?」
「罪悪感に負けて、自分からバラすようなことはしてないだろうな?」
「お、おう!」
チャンミン宅でぎこちない空気に負けて、カミングアウトしてしまいそうだったユノはドキッとした。
・
まるちゃんは紅茶をひと口すすると、「カフェイン抜いてるからか...あっさりしてるな」とつぶやいた。
「バラすバラさないの話どころじゃなくなった」
「どういう意味だ?」
まるちゃんはレンタルバッグからDVDを取り出すと、PCの電源を入れた。
「...せんせにバレてるかもしんない...」
「はー?
大問題じゃないか!
最初に言えよ」
「会話のリードを取ってたのは、まるちゃんじゃないか!」とユノは心の中で悪態をついた。
「そうじゃないかって思ったのは、せんせの態度が変だったんだ。
気のせいじゃない。
『しら~』っとしてたんだ。
昨日までそんなんじゃなかったのに...」
スロットルにDVDをセットするまるちゃんの手が止まった。
「バレてるのが本当だとして、ルートは何だろう?」
「それが分かんないんだよ」
ユノはほどよく冷めた紅茶を、ぐびっとカップ半分飲み込んだ。
「会場にユノの知り合いがいて、そいつが先生の知り合いだった。
そいつが今日の昼間、先生に告げ口した。
でも、そいつには悪気はない」と、まるちゃんは予想してみる。
「なんで?」
「ユノと先生が付き合ってることはシークレットなんだろ?」
「ああ。
でも、Qと車校のK先生は知ってる」
「じゃあ、犯人はその2人だ」
きっぱり言い切るまるちゃんに、ユノは大急ぎでスマートフォンを取り出した。
「おい!
どこに連絡するんだよ?」
「Qに訊いてみるんだよ」
「早まるなって
まだそうだと決まってないだろうが!」
ユノはまるちゃんからスマートフォンを取り上げられ、唇を尖らせた。
「そういう顔を俺に見せても、キモイだけだ」
「ちっ」
「先生の様子が変だったのは、仕事で嫌な思いをしただけかもしれないじゃん。
例えば、新しい教習生が最悪なヤツだったり」
「ありうるな。
せんせはご機嫌斜めだっただけだな、うん」
友人付き合いをおろそかにしていたせいで、彼らの近況に疎くなっていたユノ。
U君が自動車学校に入校したことを知らないものだから、犯人候補にまったく見当がつかなくても当然だったのである。
(つづく)
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