(あ~あ。
せんせに会いたいなぁ...)
と、呑気にしているユノだったが、今の光景を愛しの彼氏チャンミンに見られたりなんかしたらどうするつもりなのだろうか。
ラブコメでは、目撃されることでストーリーが動くお約束になっているのである。
(ま、いいや。
来週こそ、せんせとお祭りデートだぁ)
今週は駄目でも、花火大会は隣町で翌週開催される。
(花火観て、せんせに居酒屋へ連れていってもらって、それから...。
やっべぇー!)
・
ここで、“例えば”の展開を想像してみよう。
夜間教習中。
チャンミンは教習車から、女の子連れで歩くユノを目撃してしまう。
当然、教習どころじゃなくなるが、曲がりなりにも中堅教習指導員(中年の入り口にも足を踏み入れかけていたりする)
先月、大型自動車教習指導員資格取得試験に合格したばかりのチャンミンせんせ。
はらわた煮えくりかえっているが、平静を装って教習を続けるしかない。
ガチガチにハンドルを握る教習生(19歳専門学校生)に命じて、縁日広場に乗りつけさせ、教習車を飛び出してユノを捕まえ、問いただしたい衝動をぐっと堪える。
自動車学校に到着し、終了チャイムが鳴り終えるなり、チャンミンはスマホを取り出す。
『ユノさん!
あなたは今、どこにいますか?』と、即効電話をかけるだろう。
ここでユノは正直に答えるのか否か。
ユノのことだから、
「せんせ!
お仕事お疲れ様ぁ」と、チャンミンからの電話を呑気に喜ぶだろう。
ケロリとしたユノに、チャンミンはもっと腹を立てるのだった...。
...こんな、ラブコメでありがちなエピソードがこの先起きるのだろうか?
・
(せんせに電話しよう)
ユノは友人グループから徐々に距離を取り、人ごみに紛れる形で完全に離脱した。
バックレたのである。
(せんせの声が聞きたいなぁ)
ユノは後ろポケットからスマホを取り出すと、現在時刻を確認した。
(電話、しちゃえ)
ディスプレイの発信中番号は、当然チャンミンのもの。
『もしもし』
2回目の発信音が鳴り終える前に電話に出たということは、チャンミンはユノに電話をかけようか、電話がかかってくるのを待っていたのか、スマホを手にしていたということだ。
「せ~んせ。
お元気ですか?」
『ユノさん。
僕はまだ仕事中なのです』
今日初めて聞くユノの声に、チャンミンの耳たぶがぞくぞくした。
恋愛体質で交際相手にはメロメロとろとろになる質のくせに、ユノ相手だとなぜか調子が狂う。
今までの恋愛経験から学習したノウハウや、ありがち思考パターン等、役に立たない。
これは、入校日の教室で、ユノの「好きです」視線光線を浴びた時から、うすうす気づいていたことだった。
『仕事中の電話は駄目ですよ』と忠告する必要はなかった。
昼間、電話をかけてくるとしても2日に1回程度、チャンミンの休憩時間か終業時間後を見計らったもので、ユノは飼い主の気持ちまでキャッチできる天才犬のようだった。
チャンミンは電話を受けることはあっても、かけることはほとんどなかった。
大人の余裕を見せつけているわけでも、意地をはっているわけでもなく、調子が狂っているだけのことだった。
調子が狂ったチャンミンは、例えば極端な照れ屋になり、突き放してみたり、物欲しげな言動をとってしまったりと、ツンデレ男子になりがちなのだ。
もっと甘えたい、頼って欲しい...でも恥ずかしい。
2週間かそこらだから、時間の経過と共に関係性もほぐれてくるだろうと分かっていても、「こんなんじゃ駄目だ」という焦りは止められない。
「休憩時間でしょう?
ちゃんと教習1分前には切りますから」
『...それならいいですけど...』
と、チャンミンは渋々といった風を装うのだ。
『そうだ、ユノさん。
ちゃんとご飯食べましたか?』
「もち。
タコ焼きと~、焼きトウモロコシとクレープを食いました」
『夕飯のメニューにしては...屋台メシのようですね』
(しまった!)
ユノは、『屋台メシ』の言葉に、ハッと気づかされた。
花火大会に来ていることは、チャンミンには内緒なのだ。
祭り会場から数百メートルは離れた場所からかけている電話だから、賑々しい音楽やカラオケ大会の歌声はほとんど遠のいていた。
だとしても、油断してしたせいで、ポロリと本当のことを漏らしてしまったのだ(ユノは嘘をつき慣れていない青年である)
「あ~、それは...。
腹が減り過ぎて、買い食いしてたんすよ」
『そうでしたか。
ユノさんは若いですからね。
お腹も減るでしょう。
でも、もっとバランスの良いものを食べましょうね』
つい2週間前まで心労のせいで胃を傷め、頬をこけさせていた者からの説得力のない小言だ。
「せんせぇ。
俺、子供じゃないっす」
『ふっ、まあ、いいですよ。
今日も元気でしたか?』
英語の例文のような質問内容に、チャンミンは自分が嫌になる。
『お前と居ると退屈なんだよ』と、過去の恋人に吐かれた言葉に傷ついたことを思い出してしまった。
ところがユノは笑ったりはせず、「元気っす、いつも通り」と答えたのだった。
(つづく)
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