(29)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「せんせ、怒ってませんか?」

 

「いいえ

僕は怒ってませんよ」

 

「嘘だ。

ちょっとはムカついたでしょう?」

 

「そうですねぇ...」

 

図星をつかれたチャンミンは、ユノから目を反らした。

 

「...ユノさんが女の子と会ったと聞いたら、面白くないですよ」

 

「...うっ...ですよね」

 

ユノは顔を覆った。

 

「やっぱり女の子がいいのかもしれないと、不安になります」

 

「そんなことっ...ありませんと言いたいところですけど...否定できません」

 

「正直でいいですね」

 

そう言ってチャンミンは、しょんぼり俯いてしまったユノの肩を抱いた。

 

ユノはここで、「女の子なんて全く興味ありません」と言い切るべきだったかもしれない。

 

しかし、まるちゃんとした『好きと好きの嗜好の違い』についての会話を思い出したのだ。

 

現段階のユノの中では、2つの『好き』の距離が離れていた。

 

心が求めるものと身体が求めるものが合致しないことに、ユノは戸惑いと焦燥感を抱いていた。

 

素肌が触れ合っていない状態で、その答えを出せとユノに求めるのは性急だった。

 

「俺の恋愛対象は女子っす。

だからどうしても、もし露出高い女子なんかとすれ違ったら、目で追ってしまうと思うんす。

今のところ、そういうのは全然ないんで分からないけど。

それはそれで...別口っす」

 

「ぷっ。

『別口』ですか」

 

ユノの言葉選びが面白く、チャンミンは思わず吹き出してしまった。

 

「せんせだって、めっちゃ好みの男がいたら、『美味そう...』って視線奪われません?」

 

チャンミンは「否定できませんね」と答えたが、それはユノの為についた優しいウソだった。

 

(他の男に目を奪われることはなんてあり得ない。

僕はユノに夢中だ。

この想いをまっすぐ、ユノにぶつけたらいけない。

ユノにとって、僕らの恋が重荷になる。

ユノを縛ってしまう)

 

別れ際に「重い男だ」と捨て台詞を吐かれてしまった苦い思い出があった。

 

(だからと言って、前の恋愛がそうだったように、恋人の行いをなんでも許してしまうような関係性は二度とごめんだ)

 

ユノに悪気や下心が一切なかったとしても、『交際間もないにも関わらず、恋人に内緒で合コンに参加していた』ことを後に知らされて、笑って許せる者は少ないだろう。

 

しかしチャンミンは、スルーすることにした。

 

関係を深めよう、2人で過ごす時間を増やそう、前に進もうと、心に決めたのだ。

 

「そうっすね。

もし俺の彼女が他の男とデートしてたら、ショックっす。

せんせが男だからって油断してました」

 

「そうですよ。

僕は男です」

 

「あははは」

 

「ユノさんはまだ大学生で、これからの人です。

のびのびとしたユノさんが好きなので、今まで通りの人付き合いをして欲しいのです」

 

チャンミンの言葉は、まるちゃんのアドバイス通りの内容だった。

 

「ひとつ僕からのお願いがあります」

 

「はい!」

 

ユノは背筋を伸ばした。

 

真っ黒な目をキラキラさせ、どんな命令でもお任せくださいと、尻尾を振る優秀な猟犬のようだった(例えば、ビロードタッチの短毛種で毛色は黒、尖った耳にしなやかに引き締まった身体、伸びやかな長い脚を持つ大型犬)

 

切れ長アイズの効果で、思考回路や言動も冷静なイメージを持たれがちだった。

 

実際は外交的で懐っこく、ユノの笑顔は周囲をたちまち明るくさせる。

 

恋愛に関しては、幻想を抱いていないため、淡白なところがあるきらいがあった。

 

チャンミンこそがそんなユノを蕩けさせ、忠実なワンコ化させてしまう唯一の人物だった。

 

「許可を取る必要はありませんが、バレないようにお願いします」

 

「んなことしませんよ!

せんせに全部、報告します!」

 

ユノはチャンミンの手をとり、両手で包み込んだ。

 

「そこまでして欲しくないですよ」

 

「あ~、そうっすね。

やり過ぎは重いっすね」

 

2人は顔を見合わせ、手を握りあったままくくくっと笑った。

 

雰囲気が和んだところ、ユノはコホンと咳ばらいをすると、再び姿勢を正した。

 

「せんせに打ち明けたいことがあるんす」

 

「?」

 

何を言い出すのか、チャンミンは身構えた。

 

「昨日、せんせを押し倒したでしょ?

いろいろと勝手が違っててテンパっちゃったけど。

まさか、せんせを好きになるなんて想像もつかなかったし。

え~っと...すんません。

俺はいろいろと初心者です」

 

「僕もユノさんみたいな人と付き合うのは慣れていません。

すれ違いが起きそうになったら、その都度お話をすればいいでしょう」

 

「その通りなんすけど、俺言ってるのはもうちょっと深いことでして。

せんせをもっと知りたいんすよ。

恋人ってそういうもんでしょ?」

 

「はい。

今朝のように、正直に気持ちを打ち明けましょう」

 

「いいえ。

話し合いじゃなくて、もっと大人なことです」

 

(大人...)

 

ユノが何を言おうとしているのか、チャンミンはすぐには理解できなかった。

 

もじもじ恥ずかしそうにしているユノを見てようやく、『もしかして、アレのことを言っているのか!?』と。

 

色白だったユノの頬が、赤く染まっている。

 

「せんせの期待に応えてあげたいんすけど...」

 

チャンミンの胃袋のあたりが、きゅ~んと締め付けられた。

 

長らく押されていなかった、とあるボタンが押された。

 

これまで何度か述べてきたが、恋愛中のチャンミンは身も心もどん欲な男だ。

 

温厚そうに見えて、実は我が強く、快楽に弱かったりする。

 

チャンミンの穏やかそうなこげ茶色の眼に、ポッと欲望の炎がともった。

 

それまで「せんせってやっぱり可愛いなぁ」と呆けていたユノは、急に真顔になったチャンミンの変化に気づいた。

 

「あれ?」と思う間もなく、ユノはソファに仰向けに押し倒されていた。

 

「!!」

 

驚いたユノは反射的に身を起こそうとしたが、両肩を押し付けるチャンミンの腕の力はあまりにも強かった。

 

微笑みをたたえていたチャンミンの表情が「雄の顔」になっていた。

 

「せんせっ!

ちょっ!」

 

チャンミンの指が、ユノのズボンのボタンにかかった。

 

そして、ボタンが外され、次にファスナーが引き下ろされた。

 

「せんせ!

ちょっ、ちょっと待って下さい!」

 

チャンミンは腕に体重をかける。

 

「今!?

今っすか?」

 

「はい。

『今』です」

 

ユノはチャンミンの豹変についてゆけず、目を白黒させていた。

 

「僕も正直になることにしました。

ユノさんに抱かれたいです」

 

「だからぁ!

俺...そういうの知らないっって言ったでしょう?」

 

「僕がリードします」

 

(男前...!)

 

股間をさらされようとしているにも関わらず、チャンミンが初めて見せた漢らしさに、ユノの胸は高鳴る。

 

(可愛いだけだったせんせが、かっこいい。

俺ってすげぇ。

...男相手に萌えている!)

 

この一瞬の油断を狙って、チャンミンはユノの下着をめくった。

 

「せんせ!」

 

ユノは目をむいた。

 

「何すんすか!?」

 

チャンミンの顔が、まさに己の股間に近づこうとしていたのだ。

 

(つづく)

 

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