(28)チャンミンせんせ!

 

 

『連絡先の交換をすること』

 

親友まるちゃんのアドバイス通りに行動を起こした。

 

ここでようやく、冒頭のシーンに戻る。

 

ユノは勇気をふり絞り、タイミングを見計らってチャンミンへ連絡先を尋ねたシーンのことだ。

 

結果といえば、連絡先を教えられないと断られ、用意していたメモも渡せなかった。

 

(チャンミンは規則に従ったに過ぎないが、説明が下手過ぎた)

 

チャンミンに拒絶されたと落ち込んでいたユノは再び、まるちゃんに泣きついた。

 

『自動車学校の指導員に恋する教習生』の相談にのっていることとして、まるちゃんに相談したのだ。

 

大学の先生と自動車学校の指導員は同一人物なのに、とっさに別個の相談ごとのように扱ってしまったのは、まるちゃんに悟られたくなかったためだ。

 

「最初からストレートに打ち明けていればよかった」と、ユノは後悔した。

 

何でも相談しているくせに、今回の相談事に限っては、『友人の恋の相談にのっている』といったまわりくどいことをしていたせいもあって、いまさらカミングアウトしにくい。

 

結果、まるちゃんは別個の相談事として扱ってくれたうえ(ユノはそう認識している)、「自動車学校の指導員はグラマー美女だろ?」と、ユノをからかった。

 

バレなくてよかった、とユノは胸を撫でおろしたのだ。

 

(あれ?

『バレなくてよかった』と思ってしまったのはなぜだろう?)

 

ユノはバイト先のファミリーレストランからの帰路の途中、定例のチャンミン宅参りを済ませた。

 

深夜シフト開けであるのに頭はクリアで、自転車のペダルを漕ぎながら思いにふけっていた。

 

(やっぱ俺、チャンミンせんせが男だってことを気にしてるのかな?)

 

赤信号に捕まり、青信号まできっちり待った。

 

(女の子とばかり付き合ってきたけれど、イマイチ真剣になれなかったのは、俺は男の方が向いているんじゃないか?って、思ってたくらいだ。

だから、平気なつもりでいたけど、どこか無理をしていたのかな?)

 

ユノはあの冷たい雨の夜に受けた衝撃を思い出してみた。

 

(凄い綺麗な横顔だった。

感情むき出しのせんせに心動かされた。

男同士でも恋ができるんだと感激した。

俺も男であることに感謝した)

 

ユノは心の中でぎゅっと拳を握った。

 

(あの夜の感情を思い出せ。

これまでのせんせを思い出せ。

まんざらでもない感じだったじゃないか!

いちいちビックリして、照れちゃって、かぁいいんだから(クスクス))

 

自転車のペダルは羽のように軽く感じられ、ひと漕ぎで驚くほど前に進んだ。

 

親友のアドバイスで目が覚めた。

 

ユノにとってこの恋の障壁とは、『先生と生徒の関係性』に尽きる。

 

その障壁を無くす方法は簡単だ...とっとと学校を卒業すればよいこと。

 

(チャンミンせんせ!

俺、大急ぎで卒業しますよ。

卒業したら、せんせに告白します!)

 

 

(なるほどね)

 

まるちゃんはドラマCDを聴きながら、ユノに関する振り返りをしていた。

 

『連絡先の交換をすべし』とユノにアドバイスをした後の結果が、『告白してしまったけど、どうしよう!』にまで発展してしまっている。

 

(なるほどそういう訳ね)

 

お互い鼻たれ小僧だった頃からユノの相談事にのり続けてきただけはある...まるちゃんにはお見通しだった。

 

(ユノは自動車学校の先生に片想いをしている。

先生は35歳くらいで、ユノは20歳。

まあまあな年の差だな)

 

まるちゃんはさらに、数週間にわたってユノから受けていた相談内容と照らし合わせてみた。

 

(『先生』という点が共通している。

学校の先生は『男』で学生も『男』

すぐに思いつくケースじゃないから、恐らく真実)

 

まるちゃんは仮定を立ててみた。

 

(ユノの片想いの相手は、自動車学校の指導員で、35歳くらいの男性だ。

これが正解だ)

 

(「連絡先の交換をしろ」とアドバイスはしたけれど、「告白をしろ」とまでは言っていないんだけどなぁ...。

そういうところがユノらしいのだが...。

なんでまた男を好きになってしまったんだか。

あの様子だと、ユノはガチだ。

...何かあったら報告を兼ねて相談してくるだろうから、それまで放っておこう)

 

 

ユノがお次にやるべきことは、Qとの関係にけじめをつけることだ。

 

自動車学校の教習が終わった後、行きつけのファミリーレストランに場所を移し、Qには恋愛感情はないことをはっきり伝えようと思った。

 

来週、卒業検定だというQの最後の教習が終わるのを、ユノは待っていた。

 

何も知らないQは、滅多にないユノからの誘いに喜んだ。

 

ユノへの恋愛感情の有無は、Qの主観的な想像に過ぎないが、誰が見ても明らかだった。

恋愛感情を抱いていることは見え見えなのに、Qはユノに対してそれらしいことをほのめかしたことはあっても、はっきりと告白をしたことがない。

 

この点が厄介だった。

 

ユノからの告白を待っていた可能性も捨てきれない。

 

Qは気が強く、自身が平均以上の顔立ちをしていることを知っている。

 

ある日突然呼び出されたかと思えば、「俺を諦めてくれ」と告げられる。

 

プライドを傷つけられたQは、

「ユノのことは只の友だちだと思ってたんだけどな。もしかして、好かれてるって自惚れてた?」と言い出しそうだった。

 

(曖昧な態度を取り続け、誘われれば応じていた俺が悪いんだ。

罵られても受け止めよう)

 

「ユノからの誘いなんて珍しい」と嬉しそうに言われたら、罪悪感でその笑顔を壊す言葉を引っ込めたくなる。

 

ユノのように、恋における修羅場に身を置いた経験はなくとも、誰かに「NO」を突きつける前は緊張してしまうだろう。

 

Qを待ちながら、ユノはやはりあの冷たい雨の夜を思い出してみるのだ。

 

(せんせは泣いていた。

恋人を責めたら、捨て台詞を吐かれていた。

『ユノさん!もっと手前からブレーキを踏みましょう』なんて言ってるせんせが、『ユノ、次の休みはどこへ行こうか?』なあんて言い方でさ。

呼び捨てかぁ...いいなぁ。

敬語じゃなくなるって...いいなぁ。

いや...さん付けに敬語も...悪くないねぇ)

 

「お待たせ、ユノ!」

 

ユノの隣で空気が動き、甘い香りが漂った。

 

「あ、ああ」

 

「手を振ったのに全然、気付かないんだもの」

 

Qは口を尖らせ、白くてすんなりした両脚を、プラプラとさせた。

 

こういった類の、ある一定数の男子たちをキュンとさせられる仕草が、ユノには通用しない。

 

「夕飯にはちょっと早いけど、行こうか?」

 

ユノはベンチから立ち上がった。

 

「...どうした?」

 

Qはベンチに腰掛けたまま、立ち上がろうとしない。

 

「...ユノ、なんか変」

 

「変...かな?」

 

「忙しい忙しいって言って、電話に出てくれないし、そっけなかったのに、急にご飯に行こう、なんて...変!

何か悪い事考えてるでしょう?」

 

「...うっ」

 

恋の修羅場未経験のユノは、嘘をつき慣れておらず、女の勘を甘く見ていた。

 

ぎくりとしたユノの反応を見て、Qの心中は不安なもので満たされてしまった。

 

「ここじゃなんだから、とりあえずファミレスに行こう」

 

ベンチに腰掛けたままのQに、ユノは手を差し伸べた。

 

この行動もとても珍しいもので、不安感でQの鼓動は早まった。

 

「ここじゃなんだから、って何よ?

ここじゃ駄目なの?」

 

「Qに話があるんだ」

 

レストランで食事を済ませた頃になって、そう切り出す予定だったのが、前倒しになった。

 

「ここでしてよ」

 

「それはちょっと...」

 

ユノは待合室を見回すと、ただならぬ二人を遠巻きに見ている教習生が数人いる。

 

「話を聞くまで、ここから動かないから!」

 

Qは頑としてでもここを動かないぞ、の意味を込めてユノを睨みつけ、腕と足を組んでふんぞりかえった。

 

困り果てるユノの姿はまるで、『彼女に内緒で参加した合コンが後日バレてしまい、ガンガンに責められている彼氏』...のようだった。

 

「わかった」

 

ユノはため息をつきそうになったのを耐え、渋々Qの隣に腰掛けた。

 

「頼むからボリュームを落としてくれよ」

 

「ヒソヒソ声じゃ言えないようなことなの!?」

 

「だから!

声を落として欲しい、って頼んだろう?

無理ならば、今日話すのは止しておくよ」

 

「...分かったわよ」

 

渋々頷くQに、ユノは深呼吸をし、乾いた唇を舐めて湿し、咳ばらいをしたのち、結論から口にした。

 

「Q、ごめん。

俺、好きな人がいるんだ」

 

「...え」

 

Qの表情は力の抜けた無になった。

 

「...好きな人がいるから、これまで通りに会うことは出来ない」

 

(言った!

言ったぞ!)

 

バクバク打つユノの心臓は、口から飛び出しそうだった。

 

 

(つづく)

 

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