(せんせは『受け』の方だから、いろいろ準備がいるんだよな)
脱衣所から寝室に戻ったユノは、背中からベッドに倒れこんだ。
(どうか俺のムスコよ。
怖気つかないでくれ)
ユノは目をつむり、チャンミンの姿を思い返していた。
出逢いの日から想いが成就した日までを順に、頭の中でプレイバックしていた。
(泣き顔も笑い顔も、怒った顔も、せんせの顔は全部好きだ。
せんせは男だけど、なんでか知らないけど、めちゃめちゃ惹きつけられた。
見た目だけじゃないんだ)
チャンミンのどんなところに惹かれたのか、ひとつずつ挙げていった。
(神経質そうだし、仕事に一生懸命だし、真面目だし、堅苦しい人なんだけど、そういうとこが可愛いし。
...すげぇ優しいし。
からかいたくなるし、甘えたいだけだったけど...そろそろ頼ってもらわないとな。
俺、せんせの『彼氏』なんだから。
それなのに、繊細なせんせを早速傷つけちゃったし。
平気そうな顔してたけど、絶対に嫌な思いをさせちゃった)
「くそっ」
雨降りの夜、前彼に振られてボロボロ涙を流していたチャンミンを思い出した。
(俺はせんせを泣かせちゃダメなんだ。
せんせは直ぐに泣いちゃう人だから。
やべ...俺も泣きそう)
熱い涙がつーっと、耳の中へ零れ落ちた。
ユノは「俺、めっちゃせんせが好きじゃん」とつぶやいた。
(せんせ...まだかなぁ)
エアコンから吹き付ける冷風が身体を冷やし、鳥肌が立ち始めていた。
「さむっ」
ユノは夏掛布団の中にもぐりこんだ。
冷えた身体が徐々にぬくもってきた。
(せんせ...早く来てください)
と、うとうとしかけた時、マットレスが沈んだ。
その後、温かく湿った空気がふわっと、ユノの鼻先に触れた。
「ユノさん?」
「あ...すんません。
寝ちゃってました」
目を開けたすぐ側に、チャンミンの顔があった。
ユノの感情は、チャンミンへの想いで盛り上がったままだった。
わずか10分のうたた寝の間、チャンミンの夢を見ていたのだ。
(チャリンコでせんせに会いに行った夜。
せんせは感激して泣いていた。
思い出すだけでマジ泣ける)
ユノは腕を伸ばすと、チャンミンを布団の中へ引っ張り込んだ。
「ユノさっ...!」
背丈は同じくらいでも、力はユノの方が上だった。
ユノはチャンミンの首にかじりつくように抱き付いた。
照れ隠しに、「せんせ、ぎゅー」と言いながら。
チャンミンの湯上りの生肌が、ユノの腕に胸にと直に密着した。
チャンミンもユノと同様に、タオルを腰に巻いただけの姿だった。
「せんせ。
やっとここまできたっすね」
「そう...ですね」
顔と顔を見合わせて語るのは恥ずかし過ぎて、互いの首筋に頬を押し当てていた。
「変な感じ」
ふっと鼻から漏れ出た息が、チャンミンの肩に吹きかかる。
「ユノさん...。
気持ち悪くないですか?」
「何がです?」
「男と抱き合ってて...気持ち悪くありませんか?」
「男と抱き合うことは、気持ち悪いっすよ。
これまで、抱き合いたいとも思ったことはなかったっす」
「...っ」
身体を離そうとするチャンミンを逃すまいと、ユノはチャンミンの両腿に脚を巻き付けた。
「話は途中です。
俺が今、抱いているのはせんせ
せんせは男だけど、『別口』なんすよ」
「『別口』...」
「『別口』って言い方はぬるいっすね。
え~っと、『特別席』って言い方が近いかも。
前から何度も言ってるかもしれないっすけど、なんでか分からないんすけど...俺、せんせがいい」
ユノはチャンミンの背を抱きなおした。
「せんせじゃなきゃダメなんだけど。
『性別を無視できるか』と問われたら、迷いなく『できる』と答えられない、微妙なスタンスなんすよ...今のところ」
「そうでしょうね。
分かりますよ」
チャンミンはかつて、どのような誘い文句でノンケの彼氏を『その気』にさせたのか、思い出そうとしてみた。
(彼の場合は、アルコールの力を借りたんだっけ?
体の関係から始まったんだっけ?
同じ高校に通っていた子だった。
彼は男同士のそれに興味津々だったなぁ。
長くは続かなかった。
なんせ田舎だったからなぁ...)
チャンミンは、ユノの『今』に嫉妬するくせに、自分こそ経験値が高い故に過去の恋を引き合いに出してしまう癖があった。
「さっきは乱暴なことをしてしまって、申し訳ありません」
「ううん。
あれくらいしてくれなきゃ、いつまで経ってもせんせに手を出せずにいたかも。
やってみないと分かんないし」
「男ですみません」
「俺こそ、ノンケで面倒くさくてすんません。
せんせと抱き合ってて、俺...すげぇ幸せっす。
あ~、せんせって生きてるんだな、って」
「何ですか、それ?」
「ははっ。
せんせって、身体デカいんすね」
セミダブルのベッドは、長身の男2人が並んで寝転ぶには少々狭かった。
あと十数センチでつま先が飛び出てしまう。
「それじゃあ...やってみましょうか?
リードしてくれるんでしたよね?」
「...そんなこと...言いましたっけ?」
とぼけてみたけれど、チャンミンの顔も心も大赤面でその効果は薄い。
(僕ったら、なんとクサいことを口走ってしまってたんだろう)
きっとユノは男の身体を前にして怯んでしまうだろうから、チャンミンは力づくでコトを進めるつもりでいた。
シャワータイムの間、ユノは覚悟を決め、チャンミンは我に返り、めり込むほどにユノに抱きしめられたチャンミンは、雄の顔をはぎ取られてしまっていた。
ユノは熱気がこもった肌掛け布団をベッド下へ蹴飛ばした。
「リードはいりませんよ」
自身のそれが役に立つかたたないかが心配事として、ユノの心をずっと占めてきた。
チャンミンを抱きたいか抱きたくないか否か。
(俺は抱きたい!)
「せんせ」
チャンミンの耳たぶに唇を触れんばかりに囁いた...もちろんわざと。
チャンミンの首筋が粟立った。
ユノはチャンミンの耳下を軽く吸うと、彼の顎を伝って唇へ移動した。
すると待ち構えていたチャンミンの舌が絡みついてきた。
「んん...」
顔の傾きを2度3度変えては口づけ直し、唇が十分熱く火照った頃、ユノの唇がチャンミンから離れた。
ユノは、膨らみのないチャンミンの胸に舌を這わせていった。
「んっ...」
ジグザグと、胸先に向かう柔らかくて温かく濡れた感触は、身体の中心をむずがゆくさせる。
つい声が漏れてしまう。
ユノの舌先がつん、と触れた。
「んっ」
チャンミンの腹が痙攣した。
この小さな一粒とあの場所は、1本のコードで繋がっているのだろう。
勃ちあがりかけていたチャンミンのものが、瞬時に天を向いた。
にもかかわらず、チャンミンの意識の半分は冷静だった。
(ユノは僕の身体をどう思っているのだろう...)
ユノはチャンミンの胸先を味わっている。
ユノの髪を梳きながら、彼の頭を押しのけようか迷っていた。
「あっ...」
空いていた片方の先を、ユノはもてあそび始めたのだ。
2本の指でつまみ、指の腹でころころと転がしている。
チャンミンの中心と後ろの間が、きゅんきゅんと切なくしびれてきた。
ユノはチャンミンの胸先を吸いながら、余分のない胸板をさするように揉み上げている。
(気持ちいい。
気持ちいけれど、ユノは無理をしているんじゃないだろうか?
きっと、ぺたんこの胸に幻滅しているに違いない)
(つづく)
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