(36)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

 

まるちゃんとの会話で、様々な感情で渋滞していたユノの思考も整理された。

まるちゃん宅を出たユノの自転車は、自宅へ向かうのではなく、元来た道へ引き返したのだった。

当然、チャンミンのマンションへ、だ。

ユノの心身は、夜勤明けと不発に終わったセックス、恋人との気持ちの行き違いでへとへとのはずだったが、彼にとってチャンミンに関するすべてが最優先。

疲労は二の次だ。

(このモヤモヤを晴らしたい!

早く!

今すぐ)

ユノはこの後のプラン...チャンミンとソファに並んで座り、互いの思いをさらけ出す2人のシーンが思い浮かべていた。

(今日明日ですべてを知り合うことは無理だけど、いい呼び水となってくれるはずだ)

ユノの自転車はあっという間に茶色いタイル貼りのマンションに到着した。

(戻ってきたって、一応せんせに伝えておこう。

俺に知られたくないことシテるかもしんないし)

例のアナルビーズこそが、チャンミンの機嫌を損ねた原因のひとつだろうことくらい、ユノは察していた。

マンションのエントランス前で、チャンミンのスマートフォンを鳴らそうとしたところ、電話に出られない、電波の届かない場所にいない旨のアナウンスが流れるばかりだった。

ユノはあいにく、チャンミン宅の固定電話の番号を知らなかった。

(せんせ...寝てるのかな?

突撃訪問になってしまうが仕方ない)

チャンミンの住むマンションはオートロック式だ。

キーパッドにチャンミンの部屋番号を叩いてみたが、スピーカーは沈黙したままだ。

(やっぱり、あのまま眠ってしまったんだろうな)

都合よくマンションの住人が現れるものではない。

オートロックに阻まれたユノは、すごすごと引き返すしかなかった。

(せんせぇ...話がしたいのに)

 

 

時は遡って1時間前。

チャンミンは、マンション地下に駐車している愛車に乗り込んだ。

助手席には、洗面具と衣類を詰め込んだバッグがある。

チャンミンの車はスロープを上り地上へと出た。

昼真っ盛りの外はまぶしく、目を細めたチャンミンは慌ててサンバイザーを下した。

(大事なことを忘れていた!)

最初の信号待ちの時、チャンミンはバッグの中からスマートフォンを探りだした。

家を出る前に、職場へは電話連絡を入れておいたが、ユノへの連絡は今朝の気まずさから先延ばしにしていた。

今日のデートをすっぽかしたし、来週は花火デートも控えている。

「...ちっ」

スマートフォンの電源が切れていたのだ。

ボタンを何度押してもディスプレイは真っ暗のまま。

昨日から丸1日以上、充電しそびれていたスマートフォンがバッテリー切れを起こしたのだった。

ドジな自分に呆れつつ、先を急いでいたチャンミンは自宅まで引き返すのをあきらめた。

(現地に着いたら連絡を入れよう。

きっと、今はまだ僕と話をしたくないかもしれない)

信号が青になり、チャンミンはゆっくりとアクセルペダルを踏みこんだ。

 

 

シーンは再びユノに戻る。

午後を過ぎても夕方になっても、チャンミンと連絡が取れなかった。

(俺とは話もしたくないから、スマホの電源を切ってるんだ)

チャンミンから連絡があるかもしれないと、何度もスマートフォンを確かめてみたが、まるちゃんからの着信が数件あったのみ。

(どうせ、一番くじ要員の依頼だろう)

今日のユノはチャンミンのことで頭がいっぱいで、親友の趣味に付き合ってやる余裕が皆無だったため、着信を無視していたのだ。

通りの反対側に渡り、チャンミンの部屋がある辺りを見上げてみたところ、明かりが漏れているようには見えない。

(留守か...)

ユノはマンションの地下駐車場に向かった。

場内を見渡しても、チャンミンの青い車はどこにもなかった。

(せんせ、どこに行ったんだよ。

電話も繋がらないし...)

ユノは駐車場のエレベータ前に腰を下ろした。

チャンミンが帰宅するまで待つつもりだったのだ。

ユノは両脚の間にがっくり頭を垂れ、目をつむった。

チャンミンの行先が思いつかないことに チャンミンのことを何も知らないことに気づかされていた。

(俺が思いつくのは、レンタルDVDショップと自動車学校...。

たったこれだけじゃん)

チャンミン宅を出てからすでに10時間が経過していた。

いい加減、寝不足の疲れがにじみ出てきたようだ。

ユノはうつらうつらしながら、チャンミンを待ち続けた。

 

 

チャンミンの車はコンビニエンスストアの駐車場に乗り入れた。

フロントガラス越しの真夏の日光がじりじりと、チャンミンの頬骨と二の腕を焼く。

喉の渇きを覚え、有料道路に入る前に飲み物を買っておこうと思ったのだ。

車から降りた時、チャンミンは目を見張った。

ちょうど店から出てきたのが、見覚えある人物だったからだ。

 

(つづく)

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