「せんせ~!」
ユノは青色の車の接近に気付き、大きく手を振った。
チャンミンは、指定されたコンビニエンスストアの駐車場でユノをピックアップした。
仕事帰りのチャンミンの私服姿に、ユノはドキリとしてしまう。
さんざん目にしてきた教習指導員の制服姿...ネイビーのブレザーにグレーのスラックス、ボルドーのネクタイ...も好きだったけれど。
チャンミンは、車に乗り込んできたユノの全身を素早く見た。
「髪をセットしているユノさん...珍しいですね」
(どきぃ)
チャンミンはラフに分けた普段のユノの黒髪が好きだけど、軽くセットしてある今夜のスタイリングも新鮮だった。
気が進まないグループデートであっても、女子がいるからとヘアスタイリングしていたのだ。
ポロシャツとホワイトデニム姿で、ファッションについてもいつもよりきちんと感が高かった。
ユノは女子が好きな男子だ。
恋人がいても女子がいるのなら野暮ったいのは格好悪い、最低限のお洒落はしたいと思うものなのだ。
「さて、これからどこに行きましょうか?」
(『停車』とは、すぐに発進できる状態で5分以内...)
チャンミンは後方を確認し、ウィンカーを点滅させると慎重に車を発進させた。
(※チャンミンは自動車学校の教習指導員をしている。詳しくは『チャンミンせんせ!』を)
仕事帰りで夕飯を食べておらず空腹だが、ユノは買い食いをしていたと言っていた。
「ユノさん」
「!!」
ユノの方を振り向いた時、チャンミンの横顔に見惚れていたユノとバチっと目が合ってしまった。
まさか見られているとは思わず、チャンミンの挙動不審のスイッチが入ってしまった。
「よ、よっ...夜店はまだやっているようなら、何か食べてみようかな...」と、どもりながらの提案。
目が合うだけでドキドキトキメキ。
「10時くらいまでやってるらしいっすよ」
「行きましょうか」
チャンミンの車は祭り会場へと向かったのだが、気付けば渋滞の真っ只中に居た。
「あ~あ、マズった~。
通行止めのせいだ!」
「混んで当たり前ですよね。
全然頭にありませんでした」
花火大会帰りの人々がぞろぞろと、歩道いっぱいに占めていた。
アルコールで気が大きくなった彼らは騒がしく、水風船や巨大ぬいぐるみといった一夜限りの玩具を手にしている。
「進みませんね」
前の車のテールランプが付いたり消えたり、チャンミンの車はじりじりとしか前進しない。
「せんせ、ごめんね」
「何がです?
謝るのは僕の方ですよ」
「せんせが何を謝るんです?」
見当がつかない風にユノから尋ねられて、チャンミンは「『会いたい』って...誘ってしまいまして...」と、ぼそりと答えた。
ユノはフロントガラス向こうに視線を向けたままのチャンミンを、ちらりと横目で見た。
(せんせ...照れてる。
カワユス)
と、じわりと感動していた。
「俺の方こそ、せんせに会いたかったっす。
ほら、卒業する前は毎日会えてたけど、今はたまにしか会えていません。
な~んて、まだ2週間ですけど」
「ふっ。
毎日電話でお話しているでしょう?」
チャンミンの言う通り、毎晩の電話が彼らの日課となっていた。
「足りませんね。
電話だけじゃぜ~んぜん、足りないっす。
今夜みたいに、会いたいなぁ...」
「ふっ。
ユノさんはストレートですね」
「俺がこういう人間だって、分かってるでしょ、せんせ?」
「そうでしたね」
徐行しては止まり、進んだかと思えば信号に捕まり、渋滞を抜けた頃には22時を過ぎていた。
それまでの間、ユノとチャンミンは会話を楽しんだ。
「隣でハンドルを握るこの人が、俺の彼氏だとは...」と、ユノは未だに信じられない気持ちになる。
「先生」でなくなったチャンミンにまだ慣れておらず、相変わらず敬語で名前ではなく『せんせ』呼びのままだった。
指導員として生真面目な顔をしたチャンミンも好きだったし、仕事帰りでポロシャツの片衿が立ってしまっているところも愛おしい(早くユノに会いたくて慌てたらしい)
年上だったり、先生生徒の関係だったこともあって、チャンミンを前にすると、子供っぽくはしゃいでしまう自分に反省してみたりもして。
一方チャンミンは、赤信号の度助手席におさまっているユノを盗み見する。
(この子が僕の新しい『彼氏』...。
凄いなぁ...信じられない)
3度に1度はユノの視線とぶつかってしまうが、クールに流せないチャンミンは慌てて正面を向いたりするから、ユノに大笑いされる。
「俺の顔に何かついてます~?」
「付いてます。
ソースが付いてます...ここに」と、チャンミンは頬を指してみせた。
「嘘っ!」
チャンミンに会う前、焼きトウモロコシとタコ焼き、屋台で買い食いしていたユノは、慌ててバックミラーに顔を映した。
「ホントだ!
うわ~、だっさ。
もっと早く教えて下さいっすよ~」
ユノは唇の端に付いたソースを親指で拭い取った。
「さっきまで暗かったから、今気づいたのですよ」
駅前通りに差し掛かったことで、通りの電飾が車内を明るく照らした結果だった。
チャンミンはユノの太ももに手を添えたい衝動と闘っていた。
シート周辺の暗がりでは、ユノのホワイトデニムは目立った。
教習中に、ボトムスの生地が太ももの筋肉で張りつめていた光景に、生唾を飲んだ経験があった。
両太ももの中心に視線が吸い寄せられそうになるのを、何度も堪えた。
指導員の立場でいた時は我慢するしかなかったのが、晴れて恋人同士となった今はそうじゃない。
(抱き合い、キスし合い、あれやこれやしたい放題。
僕は『下半身』のことばかり考えている。
ユノの身体が魅力的過ぎるからいけない。
好きな相手を前にして、性欲がくすぐられなくてどうする)
朴訥な雰囲気に反して、恋人モードのチャンミンは肉食なのだ。
甲斐甲斐しい世話焼き女房で、ベッドの上では奔放なのだ。
チャンミン自身そのギャップを自覚しているので、ノンケであるユノにドン引きされないよう気を配らないといけなかった。
(つづく)
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