(5)チャンミンせんせといちご飴

 

渋滞を抜けた頃には22時を過ぎていた。

 

それまでの間、ユノとチャンミンは会話を楽しんだ。

 

「隣でハンドルを握るこの人が、俺の彼氏だとは...」と、ユノは未だに信じられない気持ちになる。

 

「先生」でなくなったチャンミンにまだ慣れておらず、相変わらず敬語で名前ではなく『せんせ』呼びのままだった。

 

指導員として生真面目な顔をしたチャンミンも好きだったし、仕事帰りでポロシャツの片衿が立ってしまっているところも愛おしい(早くユノに会いたくて慌てたらしい)

 

年上だったり、先生生徒の関係だったこともあって、チャンミンを前にすると、子供っぽくはしゃいでしまう自分に反省してみたりもして。

 

一方チャンミンは、赤信号の度助手席におさまっているユノを盗み見する。

 

(この子が僕の新しい『彼氏』...。

凄いなぁ...信じられない)

 

3度に1度はユノの視線とぶつかってしまうが、クールに流せないチャンミンは慌てて正面を向いたりするから、ユノに大笑いされる。

 

「俺の顔に何かついてます~?」

 

「付いてます。

ソースが付いてます...ここに」と、チャンミンは頬を指してみせた。

 

「嘘っ!」

 

チャンミンに会う前、焼きトウモロコシとタコ焼き、屋台で買い食いしていたユノは、慌ててバックミラーに顔を映した。

 

「ホントだ!

うわ~、だっさ。

もっと早く教えて下さいっすよ~」

 

ユノは唇の端に付いたソースを親指で拭い取った。

 

「さっきまで暗かったから、今気づいたのですよ」

 

駅前通りに差し掛かったことで、通りの電飾が車内を明るく照らした結果だった。

 

チャンミンはユノの太ももに手を添えたい衝動と闘っていた。

 

シート周辺の暗がりでは、ユノのホワイトデニムは目立った。

 

教習中に、ボトムスの生地が太ももの筋肉で張りつめていた光景に、生唾を飲んだ経験があった。

 

両太ももの中心に視線が吸い寄せられそうになるのを、何度も堪えた。

 

指導員の立場でいた時は我慢するしかなかったのが、晴れて恋人同士となった今はそうじゃない。

 

(抱き合い、キスし合い、あれやこれやしたい放題。

僕は『下半身』のことばかり考えている。

ユノの身体が魅力的過ぎるからいけない。

好きな相手を前にして、性欲がくすぐられなくてどうする)

 

朴訥な雰囲気に反して、恋人モードのチャンミンは肉食なのだ。

 

甲斐甲斐しい世話焼き女房で、ベッドの上では奔放なのだ。

 

チャンミン自身そのギャップを自覚しているので、ノンケであるユノにドン引きされないよう気を配らないといけなかった。

 

(ユノに触れたい...でも、触れるまでに勇気がいる。

少しでも触れるだけで、ドキドキしてしまう。

まるで、思春期の気持ちになる。

どうしてだろう。

押し倒したいのに躊躇してしまう。

あの頃の僕は、どうだったかなぁ...。

クラスメイトのノンケの男子が好きだった...

騎馬戦で、僕は騎手で彼は騎馬役だった...僕の股間に彼の腕があって...むずむずしてしまって...反応してしまいそうになって...。

でも、隠さないといけなかった。

...なぜなら彼はノンケだったから...。

僕が男が好きな奴だと知らないから。

おい!

チャンミン、何を思い出してるんだ!

仕方ないよ。

ユノといると、僕は思春期に戻ってしまうんだ。

だって、ユノは僕がゲイであることを、全然頓着していない男だから。

だから余計に、手を出しずらい。

...でも、身体の欲求には逆らえなくて...)

 

...と、もの思いにふけっていると、肩を揺さぶられ、自分を呼ぶ声が不意に耳に入ってきた

 

「お~い、せんせ~!

こっちに帰還してきてくださ~い」

 

「はっ!!」

 

「せんせったら。

事故りますよ。

運転に集中してくださいよ」

 

ユノは、チャンミンの取り扱いに慣れつつあった。

 

「すみません...」

 

「せんせ、腹減ってません?」

 

「そうですね...そういえば」と、チャンミンは下腹を撫ぜた。

 

(腹が出てきたかもしれない...)

 

2人とも試験に合格したおかげで、チャンミンの胃痛はおさまり、栄養不足気味だったのを取り戻すかのように、食欲が増していた。

 

「減ってますけど...。

ユノさんはどこか寄りたいところはありますか?」

 

「せんせが行きたいところでいいっすよ。

俺はどこでもOKです」

 

「ユノさんが行きたいところにしましょう」

 

「いやいや、俺はせんせについてゆきますって」

 

「僕こそ若者の店は詳しくないので、ユノさんにお任せしたいのです」

 

「俺だって詳しくないっすよ。

ファミレスとかファストフードとか、そういうとこばっかっす」

 

「長い間ハンバーガーを食べていませんねぇ」

 

「ハンバーガーがいいんすか?」

 

「いえ。

ハンバーガーは久しぶりだなぁと思っただけです」

 

「じゃあ、何が食べたいです?

ハンバーガーでもいいっすよ?」

 

「いえ。

ユノさんは何がいいですか?」

 

「せんせが決めてくださいよ。

俺はさっき食べたんでそれほど腹は減ってないんすよ。

せんせ優先です」

 

「困りましたね...」

 

「さっぱり系?

こってり系?

辛い系?」

 

「そうですねぇ...」

 

「せんせって、もしかしてメニューをなかなか決められない系の人です?」

 

「あ...そう...かもしれません」

 

歴代の彼氏たちに、「早く決めろよ!イライラする」と、急かされた時のことを思い出して言った。

 

「僕は自分で決められないので、ユノさんが決めて欲しいのです。

ユノさんが今、食べたいものは何ですか?」

 

「食べたいもの...何だろ。

う~ん...ホルモン焼き...かなぁ」

 

ユノは祭り屋台の鉄板で、じゅうじゅう油をはじいて焼かれるホルモンを思い出しながら言った。

 

「ホルモン焼き!?」

 

何でもいいと言っておきながら、ヘヴィな料理名が出てきて、チャンミンは焦った。

 

「ホルモン焼きはちょっと...。

もう少し、軽いものが...」

 

「ほ~らね。

やっぱ、せんせ基準がいいんすよ」

 

チャンミンはこっそりと、脇腹をつねってみた。

 

(中年にさしかかった僕...早めに手を打たないとみっともない身体になってしまう。

ユノの若い身体の隣に僕の身体。

裸になった時、ユノはどう思うのだろう?

男の身体である上に、腹が出ている。

ああ!

僕の思考はどうしていつも、エロへと行きついてしまうんだ!)

 

「せんせー?

意識どっかに行っちゃってます?」

 

チャンミンの太ももに、ユノの手が乗せられたのだ。

 

「ひゃっ!」

「危ねっ!」

 

車はぐらっと一瞬蛇行した。

 

前を走る車に追突しそうになったのを、急ブレーキで回避できた。

 

「び、びっくりした!」

 

「俺の方こそ、びっくりっすよ。

自動車学校の先生が事故起こしてどうするんす?」

 

「すみません...」

 

「せんせ、疲れが溜まってるんっすね?

今夜は真っ直ぐ帰りましょうか?」

 

「は、はい。

そうですね」

 

ユノに触れられた箇所から、ぞくぞくと甘い痺れが件の箇所へと走っていた。

 

(まずい...)

 

チャンミンは、その痺れを反芻させて味わいたいところだったが、件の箇所が反応しそうだった。

 

「はあ...」

 

気を静めようとチャンミンがついた深呼吸を、疲労によるものだと、ユノ受け止めた。

 

「ほらぁ、やっぱり。

なんでしたら、俺、運転変わりましょうか?」

 

「......」

 

「せんせの沈黙...なんかムカつくっす」

 

「運転は昼間にしましょうか?

片側2車線の広い道路で」

 

ユノの眼がすっと、細くなった。

 

「俺の運転は信用ならん、と言いたいのですね」

 

「(そうだけど)違いますよ。

初心者マークが無いから、駄目、ってことです」

 

「ふん、そういうことにしておきますよ」

 

その後しばらくの間、チャンミンは運転に専念し、ユノはサイドウィンドウの外の景色を眺めていた。

 

車はユノのアパートへと向かっていた。

 

「せんせの次の休みはいつですか?」

 

「明後日ですよ。

半休です」

 

「来週は花火大会に行きますけど、明後日も会いませんか?」

 

「いいですよ...」と、自分から誘いたいくらいだったのに、先に誘われると勿体ぶるチャンミンだった。

 

「学校は?」

 

「う゛っ...。

平気っす」

 

「ダメです!」

 

「出席とらない講義なんで、サボっても平気...」

 

「ダメです!!」

 

チャンミンは、ユノの言葉にかぶせてぴしゃりと言った。

 

「僕と付き合うために、学業をおろそかにするのは許しません」

 

「ちっ。

やっぱせんせは先生っすね」

 

ユノは「あ~あ」とボヤいて、両腕を頭の後ろに組んだ。

 

チャンミンは、説教臭くなってしまったことに、すぐに後悔した。

 

「すみません。

指導員だったのが抜けませんね」

 

「いえ。

俺が不真面目なだけで、せんせが言ってることは正しいっす」

 

ユノに愛想を尽かされるのではと、ヒヤッとしたのだ。

 

「明後日の次の日は、ユノさんはお休みですか?」

 

「夜勤明けですけど、1日休みっすよ」

 

「僕は明後日から連休なので、その時、会いませんか?」

 

それは正面を向いたままの誘い文句だったため、ぱあぁぁっと輝いたユノの表情をチャンミンは見逃してしまった。

 

「いいんすか!?

会う!

会います!」

 

ユノと過ごす時間は心踊るものだけど、その時間を失ってしまう怖さも芽生えかけたチャンミンだった。

 

 

(つづく)

 

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