(6)チャンミンせんせといちご飴

 

まるちゃんの部屋にシーンを戻す。

 

「わーってるよ。

まとめると...。

せんせはすげぇ覚悟を持って俺と付き合うことにしたんだから、その決意を尊重してやりなさいよ。

年下のノンケを恋人に持つ不安感を理解してやりなさいよ。

...そういうことだろ?」

 

「分かってるじゃん」

 

「あのな~、俺にだって恋愛経験はそれなりにあるんだぞ?」

 

「ふん」

 

まるちゃんは鼻で笑い、「どれもパッとしなかったくせにさ」と言った。

 

まるちゃんの言う通りだった。

 

ユノはごろんと床に寝っ転がった。

 

(まるちゃん宅は万年コタツの癖に、夏場はイグサの敷物に交換するという細やかさがあった。

引きこもりの為、居心地よい室内空間を心がけているのである)

 

ユノは「わーってるよ...わーてる...分かってる...」とつぶやいた。

 

(せんせと付き合えたことに有頂天になってて、せんせの立場になって考えてみることを怠っていたかも)

 

ユノの腹が「ぐぐ~」と鳴った。

 

「腹減ったな。

友の為に冷やし中華を作ってあげようではないか」

 

まるちゃんは台所に立つと、湯を沸かし始めた。

 

「俺も手伝うよ」

 

ユノはその隣でキュウリを刻み始めた。

 

昼食の用意をしながら2人の会話は続く。

 

「ユノよ。

デキる男の条件とは何だと思う?」

 

「いい男?」

 

「ユノが合コンに行った件に話は戻るんだけどさ」

 

「もういいじゃんかよ~。

十分反省したし」

 

まるちゃんは卵を溶き、ユノは沸かした湯に中華麺を投入した。

 

ユノは、キュウリをつまみ食いしようとするまるちゃんの手を、「しっしっ」と払いのけた。

 

「俺の話を聞きたまえ。

ユノは女がらみの誘いを断れないからって、ほいほいのっただろ?

きっぱり断るべきだったのをな」

 

「まるちゃん、しつこい」

 

卵が焼けるいい匂いが、狭い台所に漂い始めた。

 

ユノは湯がいた中華麺をザルにあげ、流水にさらした。

 

もくもくと白い湯気が、台所から部屋へと立ち昇った。

 

「ところがだ。

『きっぱり断る』ってのもよし悪しなんだ」

 

「悪しって...断るのが正解だったんだろ?」

 

今後、その手の誘いがあっても、ばっさり断ろうと心に決めていたユノだったから、まるちゃんの言葉には困惑した。

 

「誘いの全てを跳ね退けてしまったら、ユノの交友関係にヒビを入れてしまう可能性があるなぁ、って思ったんだ。

『断りなさい!』と強制できない。

だってお前...友達とワイワイやるのも好きな方だろ?」

 

「う...ん。

まあな」

 

社交的なユノは、友人知人は多い方だった。

(自宅にまで上がり込んで、共に冷やし中華を料理するまでの仲はまるちゃんだけだが...)

 

チャンミンに夢中になって以来、彼らとの付き合いが二の次になっていた。

 

大学バイトチャンミン、バイトチャンミン大学、チャンミン大学バイト...この3つを行き来するだけの生活が、数カ月続いている。

 

誘いを断り続けるものだから、「付き合いが悪い」と文句を言われっぱなしだった。

 

花火大会という名の合コンについても「たまには顔を出してやらないと」と、放置してきた野郎友だちへの罪滅ぼしの意味もあった。

 

軽はずみにホイホイと参加したわけではないのだ。

 

まるちゃんが卵焼きを短冊切りする隣で、ユノは中華麺を皿に盛りつけた。

 

「それってさ、『恋人と友人、どっちが大事?』って話じゃねぇの?

ほら。

彼女がさ、男友達と遊んでばっかの彼氏に問い詰める典型的なやつさ。

『せんせと友だち、どっちを大事?』ってことを、まるちゃんは問題にしてるのか?」

 

「違う」

 

「違う?」

 

2人は冷やし中華をコタツに運ぶと、「いただきます」と手を合わせた。

 

ずるずると麺をすする音がしばらく続いた。

 

「まるちゃんの言いたいこと、俺には理解できん。

恋人の方を優先しろ、っていう話じゃねぇの?」

 

「違う。

デキる男とは、そのどちらでもない。

3つ目の選択肢があるわけさ」

 

ユノはまるちゃんの皿からキュウリを奪っては口に運んだ。

 

「その3つ目って何なのさ?」

 

「恋人も友人も両方大事にするんだ。

...その両方ともいない俺が言うのもなんだが」

 

「え~。

俺って『友人』じゃないんだ?」

 

「ユノは親友」

 

照れもせず、さらっと言うまるちゃん。

 

「どうも」

 

ユノも平然としている。

 

「友人関係重視でいくか恋人関係重視でいくのか...どちらに重心を置くべきかを決めることではないってこと。

友だちと一緒に遊べばいいし、恋人と会いまくるのもよし」

 

まるちゃんは皿の底に残った麺をきれいにさらった。

 

「両方の誘いに全部応えるってこと?

両方にいい顔しろってこと?

それが『いい男』?

どこが?」

 

(人付き合いの仕方が、せんせと出逢う前の俺と変わらないじゃないか)

 

ユノは複雑な表情をしている。

 

予定が空いていれば広く浅く、男女問わず誘いにのってきたユノだったからだ。

 

「これまでのユノでいいんだよ」

 

「?」

 

「『これまで』って言うのは、先生と会う前のユノのことだぞ。

ユノはいろんな奴らとそれなりに付き合ってきたじゃん」

 

「まあね」

 

「ユノは無理してる感じはないし、俺はいつも感心してたんだ。

バランスとるのがうまいんだよ。

多分、先約があった時、うまいこと断ってたと思うんだ。

そうじゃね?」

 

ユノはチャンミンを知る前の交友関係を思い出してみた。

 

相手が嫌な思いをしないよう、上手に断り、上手に嘘をつき、上手に代替案を挙げて、人間関係を壊さずにこられた。

 

チャンミンと出逢ってから、ユノの行動パターンが変わったのだ。

 

「もともとバランスよかったのに、先生を知って以来ユノのバランス感覚はガタガタだ。

先生が一番大事。

でも、友だち付き合いもそろそろ、見直さなきゃならない」

 

「そうだな...。

半年近く、せんせだけに意識を向けていた。

例の花火大会に誘われた時、友達の存在を思い出してさ。

女の子がいるから嫌だったけど、『友達付き合いも復活せんと駄目だ』って思ってさ」

 

「一方的に責めてしまって悪かった」

 

まるちゃんが洗って濯いだ食器を、ユノはフキンで拭いてシンク下に収納した。

 

「謝らなくていいさ」

 

ユノはモテる男だが、恋愛の達人とまでは言えなかった。

 

まるちゃんは「同性との恋愛は初というから、高度なバランス感覚をユノに求めるのは早計なんだけど...」と思った。

 

「先生を裏切るようなことはしたらいけない。

でも、どーしても断れない誘いもある。

その誘いが先生には内緒にした方がいいような内容だった時、どうすればいい?」

 

ユノは昨日の花火大会と、迎えに来たチャンミンの笑顔を思い出した。

 

「内緒ごとは徹底的に隠し通せ、ってことか?」

 

「そういうこと。

追加すると、嘘がバレそうになった時に備えて、フォローする嘘も用意しておけよ、ってこと。

先生を傷つけないために、うまいこと立ち回れるような『デキる男』にならないとあかん、ってことさ」

 

滔々と話すまるちゃんを、ユノは「あのさ~」と遮った。

 

「まるちゃんが言ってること、めっちゃ当たり前の話じゃね?

俺だって知ってるさ」

 

まるちゃんは、「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「当たり前なことが難しいんだよ。

無防備にほいほいと出掛けやがって。

今回のことだって先生が気付かなくて幸いだったな。

いつどこでバレるか分からないんだぞ?

ちゃんと言い訳を...先生を傷つけない言い訳を考えておけよ」

 


 

時は遡って、昨夜のチャンミン...。

 

エレベータの扉が開くと、とぼとぼと重い足取りのチャンミンが現れた。

 

(寂しいなぁ...)

 

仕事帰りにユノと会ったばかりだったのに、自宅に帰りついた時にはもうユノ不足になっていた。

 

チャンミンは、自分が寂しがり屋であることを知っている。

 

(用意していた話題は沢山あった。

ユノのことを知りたい。

自分のことも知ってもらいたい)

 

気持ちばかりが上ずってしまい、ユノの発言に慌ててしまったりと、言いたいことの半分も口にできていない。

 

それがチャンミンの欲求不満の原因になっていた。

 

「ぷぷっ」

 

唇の端にソースを付けたユノを思い出し、チャンミンは吹き出した。

 

「か~わいい~」

 

声が漏れている。

 

玄関ドアを閉めてからリビングのソファに座り込むまでの間。

 

この間の動作は目をつむっていても、流れるように毎日正確にたどることができる。

 

その一連の行動のひとつが、冷蔵庫を開けビールを1本手に取り、ソファに座るまでに半分は飲んでしまうことだ。

 

ところが、プルタブにかけたチャンミンの親指が止まった。

 

(ん...)

 

チャンミンは脇腹をつねった。

 

「......」

 

ビールを冷蔵庫に戻したチャンミンは、炭酸水を代わりにとり、ユノを送った後に調達した温野菜サラダをテーブルに広げた。

 

PCを立ち上げ、『花火大会 恋人 サプライズ セクシー 思い出』とキーワード検索をかけた。

 

「......」

 

チャンミンの眼にディスプレイが映っている。

 

(あ...!)

 

チャンミンの瞳孔が広がった。

 

何かいい情報がヒットしたようだ。

 

 

(つづく)

 

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