(6)チャンミンせんせといちご飴

 

「自動車学校って、夏休みあるんすか?」

 

唐突にユノは訊ねた。

 

『休みが取れるのなら、俺と1泊旅行とかどうですか?』と提案する前に、探りをいれることにしたのだ。

 

ユノが通う大学では、前期試験が全て終了する今週末から夏休みが始まるのだ。

 

毎晩電話で会話をしていたにもかかわらず、これまで休暇についての話題が出てこなかったのは、一歩踏み込んだ話ができるほど交際している事実に慣れていないだけのこと。

 

一歩踏み込んだ話とは、「お泊り有りの約束」のこと。

ここしばらくは、目前の花火大会のプランで2人の頭はいっぱいだったのだ(今夜の予定が来週に延びてしまったのだが...)

 

ユノの質問にチャンミンは 「5日ほど取れることになっていますが、まともに取ったことはありませんね」と答えた。

 

チャンミンは同僚Kと異なり、職場の雰囲気を過剰に読み取る傾向にあった。

 

上司同僚たちが提出した休暇希望の隙間を埋めるような休暇を取りがちだったため、5日連続の休暇を取ったことがない。

 

「そうっすか...。

社会人ってそういうもんなんすね」

 

「うちはシフト制ですから。

ユノさんはもうすぐ夏休みなんですよね?

2か月ほどあるんですよね?」

 

チャンミンはかつてのお気楽時代を思い出しながら、「いいなぁ」と心から羨ましそうに言った。

 

「テストが終われば、今週末から休みっす。

せんせが仕事なら、俺もバイトをみっちり入れようかなぁ...」

 

ユノはヘッドレストの後ろで腕を組み、「短期のバイトを入れよっかなぁ」とボヤいた。

 

この時のユノには、「連休取ってくださいよ。そして、旅行に行きましょうよ」とねだるつもりがなかった。

 

我が儘な恋人にはなりたくなかったためだ。

 

連休が取りづらいチャンミンに無理を言って困らせたくない。

 

チャンミンは不覚にも、夏休みを話題に持ち出したユノの真意を直ぐに読み取れなかった。

 

5連休取ろうと思えば取れるというのに。

 

有休もたっぷり残っているというのに。

 

「ユノさんは実家に帰ったりはしないのですか?」

 

実家が遠方にあるチャンミンにとって、長期休暇と言えば帰省だった。

 

「近からず遠からずって距離ですね、電車で2時間くらい?

半端に近いでしょ?

1泊くらいは帰るかもしれませんけど、今年はどうしようっかなぁ...決めてません。

せんせの実家はどこっすか?」

 

「○○です」

 

「遠いっすね~」

 

「はい」

 

チャンミンは○○の田舎の出で、3人兄妹の長男、実家では米農家を営んでいる。

 

「山と田んぼしかありませんよ。

 

「へぇ...」

 

ユノは運転席におさまった長身のチャンミンを上下、何往復も観察した。

 

素材はいいのだが、守りに入った髪型や服装のせいで、どこか朴訥とした雰囲気を醸し出している。

 

まるちゃん(ユノの親友)が、チャンミンのことを『とっつぁん坊や』と称していたのも頷けた。

 

「あ~、イメージ出来るかも...。

なんてゆうか...」

 

ユノからの遠慮のない視線のせいで、チャンミンの片頬がムズムズと痒くなってきた。

 

我慢しきれなくてポリポリ、鼻の脇を掻いた。

 

ユノは頭に浮かんだイメージを口にしようとしたが、その言葉はマズいと気付き、「ナチュラルでピュア、って感じ」と言い換えた。

 

(あっぶね~。

『童貞っぽい』って言うところだった!)

 

「それって褒め言葉だと受け取ってよろしいのでしょうか?

32歳にもなってピュアだなんて...。

僕もいろいろ経験していますから...それなりに汚れていますよ」

と、チャンミンは大人の男を気取ってそう言った。

 

チャンミンの良いところを沢山見知っているハズなのに、表現力不足な自分が悔しいユノだった。

 

(せんせの童貞感の話はどうでもよくて!)

 

「お盆休みは取れないんすか?」

 

ユノは本題への再接近をはかることにした。

 

「取ろうと思えば取れますが、お盆の頃は道が混むでしょう?」

 

ひどい渋滞に巻き込まれて辟易するよりもと、チャンミンは毎年帰省時期をずらすようにしていた。

 

「せんせんとこでお盆祭りとかはないんすか?」

 

「ありますよ」

 

チャンミンは、幼い頃に河川敷から見上げた花火を思い出していた。

 

(掻き壊してもなお痒い虫刺され痕、自販機で買った缶ジュース。

貰ったおこずかいは使いきれなかった。

直接地面に腰を下ろしたお尻が湿ってしまった。

河原は暗くて、人の気配が分かる程度。

僕がここにいることを、誰にも知られたくなかった。

でも、花火は見たかった。

りんご飴を食べてみたかったけれど、屋台会場には近づけなかった。

花火が弾けた1秒間だけ、それが誰なのか判別できた。

でも、その時は皆空を見上げている)

 

「......」

 

ユノは口をつぐんでしまったチャンミンの横顔を、しばらくの間眺めていた。

 

交差点を3つ通過した頃になって、ユノは口を開いた。

 

「せんせの次の休みはいつですか?」

 

夏休みの話は尻切れトンボになってしまったが、来週の花火大会よりさらに直近の予定を入れることにした。

 

「明後日です。

半休です」

 

「来週は花火大会に行きますけど、明後日も会いませんか?」

 

「いいですよ...」と、自分から誘いたいくらいだったのに、先に誘われると勿体ぶるチャンミンだった。

 

「試験は?」

 

「終わりました。

まあまあだったかな。

後はレポートを1本提出して終わりっす」

 

「レポートは終わったのですか?」

 

「未だです。

でも、余裕っす」

 

事実、今夜の花火大会にのこのこと出掛けられるほどだったのだ。

 

「ダメです!」

 

「先輩からノートをコピってるんで、それを写せば全然OK...」

 

「ダメです!!」

 

チャンミンは、ユノの言葉にかぶせてぴしゃりと言った。

 

「僕と付き合うために、学業をおろそかにするのは許しません」

 

「ちっ。

やっぱせんせは先生っすね」

 

ユノは舌打ちをすると、ぷいっと顔をあちら側に向けてしまった(拗ねてみせたのだ)

 

チャンミンは、説教臭くなってしまったことをすぐに後悔した。

 

「すみません。

指導員だったのが抜けませんね」

 

ユノは直ぐに振り向くと、にっこり笑った。

 

「いえ。

俺が不真面目なだけで、せんせが言ってることは正しいっす」

 

チャンミンの車はユノのアパート前に到着した。

 

(つづく)

 

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