(7)チャンミンせんせといちご飴

 

「じゃあ、せんせ。

送ってくれてありがとうございます。」

 

ユノはショルダーバッグを肩にひっかけると、助手席のドアを開けた。

 

「えっ!?

もう?」

 

チャンミンの反応に驚き、ユノは目を丸くした。

 

「『えっ?』って?

これからレポートをやるんすよ。

真面目にやれって言ったの、せんせっしょ?」

 

「いや...まあ...そうでしたね」

 

ユノは上げかけた腰をシートに落とした。

 

ハザードランプを点滅させたチャンミンの車の脇を、時おり車が通り過ぎた。

 

ユノのアパートが建つこの通りは静かで、交通量は少ない。

 

「せんせ...俺が帰っちゃうから寂しいんすか?」

 

言葉につまるチャンミン...だったが...。

 

「......はい」と、素直に認めた。

 

(僕の彼氏は真っ直ぐな人だ。

僕も素直でいたい。

ユノは僕を裏切るような人じゃない。

だから、正直な気持ちは惜しげなく出してもいいんだ)

と、チャンミンは思う。

 

「わぁ...。

はっきり言われちゃうと、照れますねぇ」

 

照れたユノは頬を赤らめ、ポリポリとうなじを掻いた。

 

「俺んちに寄ってもらいたいのはヤマヤマですが、レポート書くのにズルしないことにしました。

イチから資料を集めるんで、今夜からやんないと」

 

ユノは「じゃっ」と手を挙げると、車から離れた。

 

(ホントに帰っちゃうの?)

 

ユノのあっさりとした対応に、チャンミンは肩透かしを食らったかのようだった。

 

日頃「せんせせんせ」と懐いてくるユノだから、車から降りろと言っても、名残惜しく居座るかと思っていた。

 

さらに、『俺んちに上がってくださいよ。大したもんは出せませんから』とか言って、チャンミンを車から引きずり下ろすかと予想していたくらいだった。

 

(勉学に励めといったのは僕の方。

第一、   今夜ユノの部屋に上がったとして、僕らは何をしようっていうのだ。

お喋りの続き?

...それだけで済むはずないだろう)

 

その気のある者同士が夜、密室で2人きりになれば期待してしまうことはひとつだけで、特に男同士の場合、探り合いや駆け引き、ムード作りなど無用だ。

 

(僕の頭の中が何でいっぱいなのか、ユノにバレてしまうわけにはいかない!)

 

チャンミンは期待外れのあまり、しょぼんとなりそうな表情をしゃきっと引き締めた。

 

ユノは、チャンミンが下げた助手席のサイドウィンドへと身を乗り出した。

 

「運転気を付けて下さい」

 

「当然でしょう?

僕が誰だとお思いですか?」

 

「今夜のせんせ、変でした。

どっかいっちゃってるし」

 

確かにその通りだったチャンミンは、「受け持ち教習生が増えたので...」と適当な言い訳をした。

 

「......」

「......」

 

2人はしばし、見つめ合った。

 

ユノの顔を見たいからと、今さらルームライトを点けるのは照れくさい。

 

チャンミンはユノに気付かれないよう鼻で深呼吸をし、ユノの心臓はバクバク音を立てていた。

 

ユノはサイドウィンドウから車内へと頭を突っ込んだ。

 

広い肩がつっかえたが、構わず運転席へと身を乗り出した。

 

チャンミンはシートベルトを素早く外し、助手席へと半身を傾けた。

 

ところがあと数センチのところで、ユノはチャンミンから身を遠ざけてしまったのだ。

 

「え...?」

 

「避けられた!」と傷つく直前に、ユノの唇とチャンミンの唇が真正面からぶつかった。

 

ぶちゅっと音がしそうな、小さな子供たちが好奇心でしてみるようなキスだ。

 

チャンミンが口を開ける間際に、ユノの唇が先に離れた。

 

「びっくりしました?

フェイント・キスです」

 

ユノはケラケラ笑うと、ポカンとしているチャンミンの両頬を包み込んだ。

 

「ディープなやつは、俺のレポートが終わってからにしましょう。

じゃないと、今夜興奮しちゃって資料探しどころじゃなくなりますもん」

 

「...そ、そうですね」

 

チャンミンは自身の頬に添えられたユノの手の甲を撫ぜた。

 

「こういうのって、いいな」と思った。

 

「レポート頑張ってください」

 

チャンミンはウィンカーを反対側に切り替えた。

 

「それから...明後日の予定はOKです」と付け加えた。

 

「マジっすか!

やった!」

 

「待ち合わせについては、電話でしましょうか?」

 

ガッツポーズをするユノを見つめるチャンミンの優しい微笑み。

 

チャンミンは後方を確認すると、車を発進させた。

 

バックミラーに目をやると、小さくなってゆくユノがちゃんといて驚くのだ。

 

数十メートルも走ると、ユノの姿は見えなくなってしまった。

 

 

ようやくテールライトが見えなくなった時、ユノは猛烈な寂しさに襲われた。

 

涼しい顔でいたけれど、内心後悔でいっぱいだったのだ。

 

(せんせを部屋に上げればよかった。

...勢い任せにヤッてしまえるほどの勇気とテクが今の俺にはねぇ...。

悔しいかな、今夜は帰ってもらうしかなかったのだ。

...ん?

待てよ。

俺はせんせの裸を見て、勃つのだろうか?

これは大問題だぞ!)

 

ユノの思考は遅れて、あっち方面へとスイッチが切り替わった。

 

(これはまるちゃんに相談すべき案件だぞ!)

 

(つづく)

 

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