(8)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

今日はU君の実車教習第2時限目。

 

U君は、ユノとは別のタイプのおしゃべりな男子学生だった。

 

普段、滅多に教習生と雑談をしないチャンミンなのに、『ご希望のコース予約を承りました』と、昨夜ネット予約した件の確認メールが届いていたことで、ノリがよかった。

 

「つい少し前まで、僕の担当にユノさんという子がいたのですが...」

 

(もしかしたらU君は、ユノのことを知っているかもしれない)

 

2人は同じ大学に通っている...共通項を見つけたチャンミンは、ユノの違う顔を知りたくなった。

 

第3者の口から聞かされる恋人情報...こそばゆく、恋人のことがもっと好きになったりもして。

 

「U君はまさか、僕とユノが恋人同士だなんて想像つかないだろうな」と、くすぐったい気持ちになった。

 

今日のチャンミンはとても機嫌がよく、同性同士の交際への後ろめたさが薄らいでいたこともあり、ユノの名前を出してしまっていた。

 

「Uさんは知っていますか?

同じ学校の学生なのですが...?」

 

するとU君は助手席のチャンミンを向いて、目を丸くしている。

(彼はユノと違って、運転センスが抜群によかった)

 

「ユノ!?

俺の友だちですよ!」

 

「ホントですか!」

 

教習中であることを忘れ、チャンミンの興奮ボルテージが一気に上がった。

 

「Uさん、よそ見運転になってますよ」

 

「あー、はいはい」

 

チャンミンにはうすうす気づいていたことがあった。

 

ユノほど口うるさく指導をしていた教習生が、これまでいなかったということに。

 

教習生ごとに差はつけないモットーでいたくせに、ユノが卒業してしまった今になって、彼にだけ手厳しい指導になっていたことに気づいたのだ。

 

今の場合など、「ユノさん!僕ら2人ともあの世ゆきですよ?」と、冷たく言い放っていただろう。

 

指導において、ユノだけを贔屓してはいけないと意識し過ぎた結果である。

 

「あいつ。

カッコいい奴でしょ?」

 

「ええ、そうですね。

イケメンでしたね」

 

恋人を褒められて、チャンミンは嬉しかった。

 

「でも、自分のカッコよさに気づいてないんですよ、あいつ」

 

「そうだろうなぁ」と、チャンミンは思った。

 

(ユノはそんな感じの男だ。

自分がどれだけいい男なのかを自覚しているのなら、わざわざ僕を好きになるはずがない)

 

ユノの学生の顔はもちろん、プライベートについても、まだまだ知らないことばかりだ。

 

「あれだけのイケメンだったら...やっぱり、モテますよね?」

 

まずは、一番気になっていることを訊ねた。

 

「そりゃモテますよ」

 

(!!!)

 

「...そうですか。

ですよね...」

 

「ですよ~」

 

教習車は場内コースを出、車庫前の乗降場所で停車した。

 

その直後、車庫に取り付けたスピーカーから教習終了のチャイムが鳴り響いた。

 

「お疲れ様です。

Uさんはこの調子で頑張ってください」

 

チャンミンはスタンプを押すと、教習簿をU君に手渡した。

 

「そうだ!

昨日だっけな、ユノと遊びましたよ」

 

「へぇ...」

 

(昨日といえば、花火大会で渋滞に巻き込まれてしまった日だ)

 

「一緒に遊ぶの、凄い久しぶりだったんですよ。

あいつ、ずーっと付き合いが悪かったから」

 

U君の言う事は、チャンミンにとって身に覚えがあった。

 

「僕と出会ってからのユノは、ずっと僕にかかりっきりだったから...」と、申し訳ない気持ちになった。

 

U君はバッグからスマートフォンを取り出し、すらすらと操作をすると、チャンミンに差し出した。

 

「花火大会に行ってきたんですけど...」

 

「花火大会...?」

 

「☓○川のやつです」

 

このところ、チャンミンの頭の中は来週の花火大会で占められていたため、昨日の花火大会の話を出されてもピンとこない。

 

「そんときの写真です。

SNSにあげました」

 

浴衣姿の女子3人、4人いる男子のうち1人はU君、もう1人はユノだった。

 

「男4人は同じ学校。

女の子たちは××短大の子です。

それなのに、ユノの奴、途中で行方不明。

後ろを振り向いたらいないの」と、U君は笑った。

 

チャンミンは、喉が詰まったかのように息苦しくなった。

 

「先生?」

 

スマホ画面が滲んでくるし、耳鳴りがし始めた。

 

様子のおかしいチャンミンを呼ぶU君の声が聞こえない。

 

(女子は他の大学の子だって?

これって合コンじゃないか!?)

 

真っ青な顔色をして黙り込んでしまったチャンミン。

 

「先生...どうかしたんですか?」

 

ショック状態から回復するにつれ、徐々にU君の声が耳に届いててきた。

 

「あっ...すみません。

写真、ありがとうございます。

皆さん、楽しそうですね。

次の教習が始まってしまいますね」

 

校舎に戻るU君の後ろ姿を眺めながら、チャンミンはぼんやりとしていた。

 

ワクワクとした気分は一瞬でしぼんでしまっていた。

 

 


 

1日の勤務を終えマイカーに乗り込んだ時、バッグの中のスマートフォンがメッセージ着信を知らせた。

 

「!」

 

ディスプレイを確認すると『ユノ』からのもので、チャンミンは喜ぶよりも複雑な心境になってしまった。

 

明らかに、昼間見たSNSの投稿写真の影響を引きずっていた。

 

『今日、せんせんちに遊びに行っていいですか?』

 

「明後日まで我慢できないのですか?」と、チャンミンは返答した。

 

『できない』

 

『せんせに会いたい』

 

『顔を見たらすぐに帰ります』

 

『いいですか?』

 

『せんせ、お願いします!』

 

矢継ぎ早にメッセージが次々と届いた。

 

チャンミンはため息をつくと、『OK』のスタンプを送った。

 

すると、ぴょんぴょん飛び跳ねるウサギのスタンプの返信があった。

 

チャンミンはスマートフォンをソファに放り投げた。

 

(なんだよ...ユノは)

 

バウンドしたスマートフォンはフローリングの床に落下し、固い音をたてた。

 

チャンミンはスマートフォンをそのままに、ソファに身を投げた。

 

ユノに訊ねたいことがあった。

 

(訊ねたいことって何だろう...?

...訊ねたいというより、問いただしたい。

あの女の子たちは誰?)

 

チャンミンは靴下を脱ぐと、部屋の向こうに放り投げた。

 

(心配することないさ。

ユノは友達が多い子だし、複数人だし、U君は意味深なことは何も言っていなかったし。

ユノは途中でいなくなった、って言ってたし。

きっと、僕と合流するためだったんだ。

友達同士でわいわい遊びにいっただけだ)

 

チャンミンは床に転がっていたスマートフォンに手を伸ばした。

 

(僕は何を気にしているのだろう?

胸がモヤモヤする。

ユノが女の子と会っていたこと?

それもそうだけど...)

 

「!!!」

 

勢いよくチャンミンは飛び起きた。

 

(そうだよ!

僕に嘘をついていたことだ!

花火大会に出掛けていたことを黙っていた!)

 

夜になってやっと、モヤモヤの原因が分かったチャンミンだった。

 

ソースを唇の端に付けたままのユノを微笑ましいと思っていたのに、なんだか騙された気分だった。

 

(嘘をついたのは、悪いことをしていた意識があったからだ。

ユノの嘘つき...!)

 

交際期間2週間では、探り合いのところが多くて2人の絆はまだまだ浅い。

 

1枚の写真、ユノの嘘。

 

不安感に支配されてしまったチャンミンだった。

 

 

指だけじゃ慰めきれず、洗面台下の棚から小道具を取り出した。

 

(ホントに僕って...カッコ悪い。

何やってるんだろ?)

 

チャンミンは寂しさとむしゃくしゃした時、小道具に頼ってしまう...そんな自分を浅ましく思うけれど、止められないのだった。

 

(もうすぐユノがやってくる。

急がないと!)

 

 

アルバイトを終えたユノは、真っ直ぐチャンミンの部屋を目指してペダルを漕いだ。

 

途中コンビニエンスストアに寄り飲み物を買うと、茶色のタイルのマンション前に自転車を停めた。

 

ユノの今日いちにちは充実していて、さらに一日の締めくくりに恋人に会えるのだから、気分の良さに鼻歌が自然と出てしまう。

 

(我慢できなくてせんせんちに押し掛けるなんて、強引だったな)

 

チン、と音と共に、エレベータの扉が開いた。

 

(俺とせんせは今のところ平穏だ。

バレたら誤解を呼びそうなことしでかしたけど、まるちゃんのおかげで軌道修正できた。

口喧嘩もしていないし...)

 

部屋のドアの前に立ったユノ、チャイムを押そうとする指が止まった。

 

(せんせのことは好きだけど...気を遣ってしまうところがある)

 

ユノは思いを吹き飛ばすように、首を振った。

 

(まだ付き合ったばっかだし。

こういうものだよな。

最初だからぎこちないだけだよな)

 

チャイムを押すと、すぐにドアが開いた。

 

「せんせ、こんばんは」

 

「ユノさん、いらっしゃい」

 

ユノの目には、チャンミンの表情が硬いように映った。

 

一瞬、嫌な予感が心をよぎった。

 

(つづく)

 

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