今日はU君の実車教習第2時限目。
U君は、ユノとは別のタイプのおしゃべりな男子学生だった。
普段、滅多に教習生と雑談をしないチャンミンなのに、『ご希望のコース予約を承りました』と、昨夜ネット予約した件の確認メールが届いていたことで、ノリがよかった。
「つい少し前まで、僕の担当にユノさんという子がいたのですが...」
(もしかしたらU君は、ユノのことを知っているかもしれない)
2人は同じ大学に通っている...共通項を見つけたチャンミンは、ユノの違う顔を知りたくなった。
第3者の口から聞かされる恋人情報...こそばゆく、恋人のことがもっと好きになったりもして。
「U君はまさか、僕とユノが恋人同士だなんて想像つかないだろうな」と、くすぐったい気持ちになった。
今日のチャンミンはとても機嫌がよく、同性同士の交際への後ろめたさが薄らいでいたこともあり、ユノの名前を出してしまっていた。
「Uさんは知っていますか?
同じ学校の学生なのですが...?」
するとU君は助手席のチャンミンを向いて、目を丸くしている。
(彼はユノと違って、運転センスが抜群によかった)
「ユノ!?
俺の友だちですよ!」
「ホントですか!」
教習中であることを忘れ、チャンミンの興奮ボルテージが一気に上がった。
「Uさん、よそ見運転になってますよ」
「あー、はいはい」
チャンミンにはうすうす気づいていたことがあった。
ユノほど口うるさく指導をしていた教習生が、これまでいなかったということに。
教習生ごとに差はつけないモットーでいたくせに、ユノが卒業してしまった今になって、彼にだけ手厳しい指導になっていたことに気づいたのだ。
今の場合など、「ユノさん!僕ら2人ともあの世ゆきですよ?」と、冷たく言い放っていただろう。
指導において、ユノだけを贔屓してはいけないと意識し過ぎた結果である。
「あいつ。
カッコいい奴でしょ?」
「ええ、そうですね。
イケメンでしたね」
恋人を褒められて、チャンミンは嬉しかった。
「でも、自分のカッコよさに気づいてないんですよ、あいつ」
「そうだろうなぁ」と、チャンミンは思った。
(ユノはそんな感じの男だ。
自分がどれだけいい男なのかを自覚しているのなら、わざわざ僕を好きになるはずがない)
ユノの学生の顔はもちろん、プライベートについても、まだまだ知らないことばかりだ。
「あれだけのイケメンだったら...やっぱり、モテますよね?」
まずは、一番気になっていることを訊ねた。
「そりゃモテますよ」
(!!!)
「...そうですか。
ですよね...」
「ですよ~」
教習車は場内コースを出、車庫前の乗降場所で停車した。
その直後、車庫に取り付けたスピーカーから教習終了のチャイムが鳴り響いた。
「お疲れ様です。
Uさんはこの調子で頑張ってください」
チャンミンはスタンプを押すと、教習簿をU君に手渡した。
「そうだ!
昨日だっけな、ユノと遊びましたよ」
「へぇ...」
(昨日といえば、花火大会で渋滞に巻き込まれてしまった日だ)
「一緒に遊ぶの、凄い久しぶりだったんですよ。
あいつ、ずーっと付き合いが悪かったから」
U君の言う事は、チャンミンにとって身に覚えがあった。
「僕と出会ってからのユノは、ずっと僕にかかりっきりだったから...」と、申し訳ない気持ちになった。
U君はバッグからスマートフォンを取り出し、すらすらと操作をすると、チャンミンに差し出した。
「花火大会に行ってきたんですけど...」
「花火大会...?」
「☓○川のやつです」
このところ、チャンミンの頭の中は来週の花火大会で占められていたため、昨日の花火大会の話を出されてもピンとこない。
「そんときの写真です。
SNSにあげました」
浴衣姿の女子3人、4人いる男子のうち1人はU君、もう1人はユノだった。
「男4人は同じ学校。
女の子たちは××短大の子です。
それなのに、ユノの奴、途中で行方不明。
後ろを振り向いたらいないの」と、U君は笑った。
チャンミンは、喉が詰まったかのように息苦しくなった。
「先生?」
スマホ画面が滲んでくるし、耳鳴りがし始めた。
様子のおかしいチャンミンを呼ぶU君の声が聞こえない。
(女子は他の大学の子だって?
これって合コンじゃないか!?)
真っ青な顔色をして黙り込んでしまったチャンミン。
「先生...どうかしたんですか?」
ショック状態から回復するにつれ、徐々にU君の声が耳に届いててきた。
「あっ...すみません。
写真、ありがとうございます。
皆さん、楽しそうですね。
次の教習が始まってしまいますね」
校舎に戻るU君の後ろ姿を眺めながら、チャンミンはぼんやりとしていた。
ワクワクとした気分は一瞬でしぼんでしまっていた。
1日の勤務を終えマイカーに乗り込んだ時、バッグの中のスマートフォンがメッセージ着信を知らせた。
「!」
ディスプレイを確認すると『ユノ』からのもので、チャンミンは喜ぶよりも複雑な心境になってしまった。
明らかに、昼間見たSNSの投稿写真の影響を引きずっていた。
『今日、せんせんちに遊びに行っていいですか?』
「明後日まで我慢できないのですか?」と、チャンミンは返答した。
『できない』
『せんせに会いたい』
『顔を見たらすぐに帰ります』
『いいですか?』
『せんせ、お願いします!』
矢継ぎ早にメッセージが次々と届いた。
チャンミンはため息をつくと、『OK』のスタンプを送った。
すると、ぴょんぴょん飛び跳ねるウサギのスタンプの返信があった。
チャンミンはスマートフォンをソファに放り投げた。
(なんだよ...ユノは)
バウンドしたスマートフォンはフローリングの床に落下し、固い音をたてた。
チャンミンはスマートフォンをそのままに、ソファに身を投げた。
ユノに訊ねたいことがあった。
(訊ねたいことって何だろう...?
...訊ねたいというより、問いただしたい。
あの女の子たちは誰?)
チャンミンは靴下を脱ぐと、部屋の向こうに放り投げた。
(心配することないさ。
ユノは友達が多い子だし、複数人だし、U君は意味深なことは何も言っていなかったし。
ユノは途中でいなくなった、って言ってたし。
きっと、僕と合流するためだったんだ。
友達同士でわいわい遊びにいっただけだ)
チャンミンは床に転がっていたスマートフォンに手を伸ばした。
(僕は何を気にしているのだろう?
胸がモヤモヤする。
ユノが女の子と会っていたこと?
それもそうだけど...)
「!!!」
勢いよくチャンミンは飛び起きた。
(そうだよ!
僕に嘘をついていたことだ!
花火大会に出掛けていたことを黙っていた!)
夜になってやっと、モヤモヤの原因が分かったチャンミンだった。
ソースを唇の端に付けたままのユノを微笑ましいと思っていたのに、なんだか騙された気分だった。
(嘘をついたのは、悪いことをしていた意識があったからだ。
ユノの嘘つき...!)
交際期間2週間では、探り合いのところが多くて2人の絆はまだまだ浅い。
1枚の写真、ユノの嘘。
不安感に支配されてしまったチャンミンだった。
・
指だけじゃ慰めきれず、洗面台下の棚から小道具を取り出した。
(ホントに僕って...カッコ悪い。
何やってるんだろ?)
チャンミンは寂しさとむしゃくしゃした時、小道具に頼ってしまう...そんな自分を浅ましく思うけれど、止められないのだった。
(もうすぐユノがやってくる。
急がないと!)
・
アルバイトを終えたユノは、真っ直ぐチャンミンの部屋を目指してペダルを漕いだ。
途中コンビニエンスストアに寄り飲み物を買うと、茶色のタイルのマンション前に自転車を停めた。
ユノの今日いちにちは充実していて、さらに一日の締めくくりに恋人に会えるのだから、気分の良さに鼻歌が自然と出てしまう。
(我慢できなくてせんせんちに押し掛けるなんて、強引だったな)
チン、と音と共に、エレベータの扉が開いた。
(俺とせんせは今のところ平穏だ。
バレたら誤解を呼びそうなことしでかしたけど、まるちゃんのおかげで軌道修正できた。
口喧嘩もしていないし...)
部屋のドアの前に立ったユノ、チャイムを押そうとする指が止まった。
(せんせのことは好きだけど...気を遣ってしまうところがある)
ユノは思いを吹き飛ばすように、首を振った。
(まだ付き合ったばっかだし。
こういうものだよな。
最初だからぎこちないだけだよな)
チャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
「せんせ、こんばんは」
「ユノさん、いらっしゃい」
ユノの目には、チャンミンの表情が硬いように映った。
一瞬、嫌な予感が心をよぎった。
(つづく)