(40)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノは閉店間際のレンタカーショップに飛び込んだ。

 

交付したての免許証を提示した時のユノは、どこか誇らしげだった。

 

このユノとチャンミンの努力の結晶は、事務所の蛍光灯を反射してピカピカ光っていた。

 

さくさくと手続きを済ませ、ショップを出たユノの車は、真っすぐ高速道路入口に向かうのではなく、アパートに寄った。

 

着替えの用意は1泊程度なら不要だったが、ユノにはどうしても持ってゆきたいものがあったのだ。

 

アパートの階段を1段飛ばしで駆け上がり、5分もしないうちに階段を駆け下りてきた。

 

そしていよいよ、ユノはチャンミンの元へと出発したのだった。

 

背もたれの角度、ハンドルを握る手の位置、バックミラーの傾き...すべてチャンミンの指導通りだった。

 

当然、スマートフォンはドライブモードに切り替えた。

 

 

深夜の高速道路はがら空きで、目安となる前方車もないせいで、ヘッドライト頼りの運転の疲労度は高かった。

 

頭の芯はしびれたような感じがするし、眼もかすんでいる。

 

(ここで事故ったりしたら、元も子もない!)

 

この状態で運転するのは危険だと判断し、サービスエリアで休憩を取ることにした。

 

 

深夜のサービスエリアの駐車場はがら空きで、時間調整中のトレーラーが専用駐車場を埋め、アイドリング音をとどろかせていた。

 

シャッターを閉めたスナックスタンド、自動販売機が放つ明かりの列、終夜営業のカフェテリア。

 

夕食を取り損ねていたが、先を急ぐユノにはカフェで食事をする余裕はない。

 

「...疲れた」

 

ユノは眉間を揉み、パンパンに張った太ももをほぐそうと屈伸運動をした。

 

長身のユノに対してこのレンタカーは狭すぎて、長い脚を伸ばすことができない。

 

眠気覚ましのブラックコーヒーが、疲れた舌に苦かった。

 

ユノの車はカーナビゲーションの案内通り、制限速度を守って走り続けてきた。

 

ルートは間違えていないし、夜間の高速道路は渋滞の心配はない。

 

ここまで順調と言えたが、免許取りたてのユノにとって、わずか2時間のドライブであっても負担が大きかった。

 

「...あれ」

 

スマートフォンを確かめてみると、着信が10件も入っていた。

 

いずれも発信者はまるちゃんで、着信時刻は22時から5分刻みで連続していた。

 

ちょうど高速道路走行中の頃だ。

 

「なんだろ?」

 

一番くじ協力要請だったとしても、この着信回数は執拗だった。

 

電話をかけるには遅すぎる時間帯だが、夜行性の親友相手ならば気にする必要はない。

 

まるちゃんは1コール目で出た。

 

開口一番が、『電話に出ろよ、ば~か』だった。

 

「出れるかよ。

取り込み中だったんだ」

 

『“取り込み中”...ね。

何かよからぬことをしてるだろ?』

 

「......」

 

『アホか!』と呆れられること100%だと分かっていたユノは、返答を控えることにした。

 

「俺に何か用事か?

何度も電話かけやがって。

行列に並ぶとか、今日は無理だからな」

 

『今回に限っては違う。

なあ...“取り込み中”って言ってたな。

先生がらみのことだろ?』

 

「...そんなとこ」

 

まるちゃん相手にしらを切っても、どうせ暴かれてしまうからと、早々に認めたユノだった。

 

『先生と連絡が取れずにいるんだろ?』

 

「どうして分かった?」

 

『お前のダーリンが俺に会いにきたから』

 

「は?」

 

『ユノに伝えたいことがあるってさ』

 

「せんせが!?」

 

『連絡つかなかっただろ?』

 

「ああ」

 

まるちゃんは以前、チャンミンから伝言を依頼されたことがあったのだ(『チャンミンせんせ!』より)

 

『スマホのバッテリーが切れてたとかなんとか言ってたな。

代わりに俺のスマホを貸してやったんだが、ユノ、お前電話に出なかったじゃん』

 

「あの着信はそうだったのか...!」

 

あの時のユノは、チャンミンと連絡が取れないことで気もそぞろ、「どうせ大したことじゃないだろう」と親友からの電話をまるで無視していたのだ。

 

「...せんせんちで、何か大変なことが起こったらしいんだ」

 

『何かあったのか?』

 

「詳しいことは分からん。

まるちゃんは何か聞いてるか?」

 

『実家に帰らないといけないと言ってた。

お前の心配をする余裕はあったみたいだから、最悪なことが起こった風には思えなかった』

 

「それならよかった...」と、ユノは安堵の深い吐息をついた。

 

悲観論者のまるちゃんが「大丈夫だ」と言うのだから、信じてよさそうだった。

 

「で、せんせは何て?」

 

会話を邪魔するエンジン音がうるさくて、ユノは狭いレンタカーに戻った。

 

『お前に謝りたいんだとさ

アナルビーズとかセックスとか、ごちゃごちゃ言ってたなぁ。

変態プレイをしかけてゴメン、って言いたかったんじゃないの?』

 

「へ、変態じゃね~よ!」

 

性具がなぜかバルコニーに転がっていたのは事実だった。

 

(初めてそれ...赤のシリコン製でイチゴの形状...を見た時、最近は可愛いものがあるんだなと感心してしまった)

 

「せんせは大人なんだって。

そういうグッズを持ってるからって、変態じゃね~よ」

 

『へーへー。

お前たちの間に何があったかは知らんけど、先生はお前に『ゴメン』って言いたかったってこと』

 

直接伝えられた言葉じゃなかったとしても、ユノの胸がじんじんと熱くぬくもってきた。

 

心配と不安のあまり浅かった呼吸も、身体の力が抜けたおかげで、久しぶりの深呼吸をつくことができた。

 

ユノはチャンミンに会うため、夜通し車を走らせるつもりだと打ち明けた。

 

『無茶するなよ』

 

「分かってる。

事故ったりしたら、せんせが悲しむ。

安全運転で行くよ」

 

『絶対だぞ』

 

「ああ」

 

まるちゃんとの通話を終えたユノは、バッグからあるものを取り出した。

 

アパートに一度寄ったのも、これを持ってゆきたかったからだ。

 

チャンミンからもらった手紙だった。

 

卒業検定を前にしたユノ宛に、励ましの言葉に愛の告白を忍ばせた手紙だった。

 

 

ユノさんへ

 

僕は出来のよい指導員じゃなかったと思います。

僕の教え方は淡々としていて、話し方も冷たくに聞こえていたでしょう。

でも、教えるべきところは全て教えたつもりです。

車は凶器です。

ハンドルを握ること=沢山の人の命を預かることです。

事故も違反も起こさないドライバーになって欲しかった。

だから、教習中はよそ見をしないよう、教習にだけ集中してもらいたかったのです。

ひとつ、ユノさんに自信を与える話をしましょう。

僕が初めて運転免許を取ったとき、落ちこぼれでした。

補習も沢山受けましたし、仮免も卒検も落ちました。

そんな運転が下手くそだった僕が、指導員になれたのです。

なぜ合格できたのだと思いますか?

練習を沢山したこともあります。

それ以上に、ひとつひとつの操作を丁寧に、安全確認を省略せずに運転することを心がけたからです。

そんな運転をユノさんに教えてきました。

深呼吸して肩の力を抜いて、運転してください。

―チャンミン

 

 

「...っ...」

 

文字のひとつひとつ噛みしめるように読み返した。

 

目尻にたまった涙を袖口で拭った。

 

ユノが着ているトレーナーも、チャンミンからの借りものだ。

 

「せんせ...分かってますって。

安全運転で急いでせんせに会いに行きます」

 

ぐぐっとこぶしを握った。

 

ダッシュボードに置いたスマートフォンが突如震え出した。

 

ディスプレイに表示された名前を目に、ユノの息が止まった。

 

(せんせ!!)

 

(つづく)

 

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