入浴を済ませたユノはチャンミンの自室へ案内された。
「お兄ちゃんが帰ってくるまで、ゆっくり休んでください」
「ありがとう」
ユノは『チャンミン』と札がかかったドアを開け、「おじゃまします」と一声かけてから足を踏み入れた。
正面にチェック柄のカーテン、右側に学習机と本棚、左側にシングルベッド、ドア側にクローゼットがあった。
ユノはベッドに上がると、ぐるりと部屋を見渡した。
物置部屋と化していたようで段ボール箱はプラスティック収納ケース、ハンガーラックなどで埋め尽くされている。
(せんせが育った部屋...)
学習机の上には、古臭いデザインの目覚まし時計、家電製品やクリスマスツリーの箱が置かれ、隣の本棚には教科書や辞書などが並べられている。
ユノは本棚から気になる1冊を抜き出した。
『○○年○○中学卒業アルバム』とある。
ユノはさっそくページをめくり、チャンミンを探した。
(せんせは...せんせは...どこだ)
15年前ともなると、面立ちが変わってしまう場合が多いものだが、チャンミン一筋のユノは容易に見つけてしまった。(わずか2クラスしかなかったこともあるが)
両目ぎりぎりまで厚く下ろした前髪、大きな目はカメラを睨みつけているように見えた。
(ふっ...せんせらしい)
集合写真では、とびきり背の高いチャンミンは最後列に立たされていた。
男女比は半々ほど。
(クラスの人気ものっぽいのが彼...クラスのひょうきん者っぽいのが彼...この子はモテそうだな...彼がこの中にせんせの初恋相手がいたりして...な〜んて)
カメラマンがシャッターを切る前に場を和ませたのだろう。
皆が破顔している中、チャンミンの笑顔はぎこちなさそうに見えた。
(せんせらしい)
満足したユノは、大の字に寝転がった。
ギリギリまで耐えてきた眠気に、いよいよ耐えられなくなってきた。
・
「...!」
息苦しさに目が覚めた。
「ぐっ」
ユノの目がパチッと見開いた。
寝ぼけた脳みそでは、自分の居場所を直ぐに把握することは困難だった。
何かで口が塞がれている。
酸素を求めて口を開いたところ、口内が熱くぬるりとしたものでいっぱいだった。
「っうぐ!」
窒素させようとする何かを押しのけようとした手は緊縛されたうえ、万歳の格好で押さえつけられてしまった。
手がダメなら...と、跳ね起きようとしたくても、ずしりと重いものが腰の自由を奪っていた。
(殺される~!)
手で口を塞がれているわけではないことが分かる。
視界の半分を邪魔しているものは...この耳の形、もみあげ、頬のシルエット。
「ぷはっ!」
ユノは緊縛された手を力任せにふりほどき、窒息させようとする者の顎をつかんだ。
「せんせっ~!」
犯人はチャンミンだった。
「もしか...酔ってます?」
「ちょっとだけ」
顔が真っ赤なのは、暑さや日焼けによるものじゃない証拠に、チャンミンはアルコールの匂いをぷんぷんとさせていた。
イベントの場では、打ち合わせだろうと準備だろうと、なにかと理由をつけてアルコールが登場するものだ。
当然今回もやぐらを組み上げた労いで、缶ビールが振舞われた。
暑く喉が渇いていたチャンミンは、ビールのロング缶を3本空にしていたのだ。
「ユノしゃん。
いい子いい子」
チャンミンはごしごしとユノの頭を撫でまわした。
「せんせったら...はあ...」
ユノは額に手を当て、やれやれとばかり大きくため息をついた。
目覚まし時計によると午後も半ばで、ユノは4時間ほど眠っていたことになる。
外はセミの鳴き声がうるさい。
・
チャンミンは、健やかに眠るユノの寝顔を目にしているうちムラっとしてしまったのだ。
「ユノしゃん...
H...しませんか?」
「はあ?
何言ってんすか!?
ここをどこだと思ってるんすか?」
「う~ん、っと」
チャンミンは目をつむり、両こめかみのあたりで人差し指をくるくると回していたが、「布団の上です!」と答え、ケラケラと笑った。
「そりゃそうですけど、思い出してください!
ここは、せんせんちっす!
それも、実家っすよ!」
すると「ユノさんは真面目なんですねぇ」と、くすくす笑う。
「せんせ。
いったん落ち着きましょう」
ユノの言葉を無視して、チャンミンはユノのハーフパンツを脱がさんとしている。
「せんせも寝不足っしょ?
昼寝しませんか?」
「やだぁ」
「!?」
ユノはちらりとドアに視線をやった。
チャンミンの手はユノの股間を撫でさすり始めた。
「ちょっ、何すん!?」
「ふふふ」
(くっそ~。
場所が悪い。
ここじゃなかったら、せんせに襲い掛かっていたのに!)
「あれれぇ?
おっきくならないねぇ」
「勃つわけないでしょう!?」
ユノは両手でチャンミンの頬を挟み引き寄せた。
「ひとまず酔いをさましましょう。
今は時も場所も悪いっす」
チャンミンの顔がくしゃりとゆがんだ。
(えっ、えっ!?
泣いちゃった)
「僕のこと...嫌いなんですね?」
「なわけないでしょう!?」
酔っ払いの戯言であっても、ユノにとって聞き捨てられない言葉だった。
ユノはドアを見、ついで耳をすました。
階下の居間では父親がテレビを見ている。母親はオードブルを受け取りに外出中。妹も彼氏とデートの予定があると出掛けていった。
(お父さんが怪我した足で様子を見にくる可能性は低いけれど...かと言って、ここでのセックスは、なんだか集中できなさそうだ)
ユノの首にしがみつき、「いいでしょう?」と甘えるに任せながら、ユノは冷静に頭を巡らせていた。
(つづく)
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