(50)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「片想いがバレたきっかけは、何だったっけ?」と、チャンミンは十数年前を思い返した。

同性ばかり目で追ってしまう自分に気づいたのは小学6年の頃。

これは恋だと意識しだしたのは中学2年生の頃。

ビール片手に声をかけてきた男...仮にGとする...はノリのよい性格にスポーツ万能、女子受けする顔立ちをしていた為、学年一の人気者だった。

反してチャンミンは、勉強はできるが引っ込み思案の目立たない生徒だった。

チャンミンは、Gに想いを告白するような危険は犯していない。

自分の傾向は普通じゃないことだと知っていたから、その恋心は徹底的に隠す必要があった。

当時中学生のチャンミンにとって難しい注文だった。

告白した途端、拒絶される確率は100%に近い。

だからチャンミンはひっそりと目で追うだけにとどめておいた(Gを想ってマスターベーションする時もあったが)

 

Gはモテた。

 

好意を寄せられることに慣れている彼は、チャンミンの想いを見破った。

チャンミンはさりげなく目で追っていただけのつもりが、Gの前では行動が不自然になってしまっていた。

顔が真っ赤になってしまったり、目を反らしてしまったり、どもってしまったり...。

友人知人の多いGによって、チャンミンの嗜好は周知され、面白がられ、チャンミンの数少ない友人も離れていく結果となった。

 

 

「......」

 

ユノは言葉を挟まず、チャンミンの語りに耳を傾けていた。

 

そして、話を聞き終えたユノは、

「そうっすか...。

ヘヴィな学生時代だったっすね」

と、前を向いたまましみじみと、独り言のように感想を述べた。

 

「そんなところです」

 

すると、ユノはチャンミンの方を向き、

「せんせの故郷、いいとこっすね」

と、話題を変えた。

 

どこが?という顔でチャンミンはユノを見た。

 

「俺がよそ者ってこともあるんでしょうけどね。

空気もきれいだし、山も田んぼもあるし、祭りもあるし。

それに、せんせの家族はいい人たちだし」

「そうでしょうか?」

「そうっすそうっす。

俺ってほら、わりとポジティブシンキングな男なんで、せんせの代わりにいいとこを見つけてあげますよ。

せんせのこともいくらでも褒められるし。

例えば~」

 

ユノはチャンミンの長所を次々と挙げていった。

 

長所というより、どれだけチャンミンのことか好きで、よく見ているかを証明しているかのようだった。

 

「恥ずかしいから!

止めてくださいよ」

「ヤキモチ妬きってとこもひっくるめて、好きっすね。

せんせの気持ち、分かる気がするんす。

俺と一緒だなぁ、って」

「?」

「まるちゃん、っていう親友がいるんすけど、俺、まるちゃんに相談しまくりなんすよ?

まるちゃんは恋愛のエキスパートなんす。

せんせみたいな人と付き合うの初めてなんで、俺も不安なんすよ」

「ええっ!

全部話しちゃってるんですか!?」

 

(やべ)

 

びっくり仰天のチャンミンの表情に、ユノは口を滑らしてしまったことに気づいた。

 

「んなわけないっすよ。

全部話すわけないっしょ。

なんでも話しちゃう女子じゃなんすから」

「それなら、いいですが」

「俺も不安ってことっす。

ガキだし、あんま恋愛に慣れていないし。

それにせんせの過去も気になるし...」

 

(ユノも嫉妬することがあるのか。

あんなに自信に満ちてて、あっけらかんとしていて、かっこいいのに。

僕みたいな男に嫉妬することないのに...)

 

ユノの話を聞いて、チャンミンは意外に思った。

 

「この前のことをほじくりかえして申し訳ないけど、内緒で花火大会に行っちゃったことに嫉妬されて、なんか嬉しかったんす」

 

「ええ~...」

「俺のこと好きなんだなぁ、って」

「!」

 

照れくさくて、ユノの方を見られなかった。

頬にはユノの視線をビシビシと感じていた。

 

「はい、そういうことです」

 

ユノは真っ白な前歯で、糖蜜が溶けかけたイチゴ飴にかぶりついた。

口の中に糖蜜の甘さとイチゴの酸味ある果汁が広がった。

 

「美味いっす。

溶けかかってますよ。

せんせも早く食べちゃってください」

 

ユノに勧められ、チャンミンはイチゴをコーティングした糖蜜に舌を這わせた。

ユノはそんなチャンミンの食べ方をしばし観察していたのち、「その食い方...エロいっすね」とつぶやいた。

 

「ユノさん!?」

「ははっ。

せんせ、ってかわいいな~」

「年上をからかうものじゃありません!」

「すんません。

あの...せんせ?」

 

ユノは立ち止った。

 

「はい?」

 

あらたまった言い方に、チャンミンは「おや?」と思った。

 

「今の俺は学生だけど、卒業して、就職して、立派になったら、せんせんとこに挨拶に行きますよ」

「挨拶!?」

「『せんせを俺にください』って。

さっき聞いたっしょ?

『せんせの家族は、せんせが男が好きってこと、知ってるのか?』って。

俺のこと『彼氏』だって知ってて、接してくれてるんでしょ?」

「すみません。

隠さない方がいいかと思いまして」

「だから皆、注目してたんすね。

お父さんはぶっきらぼうっぽかったっすけど」

「あの人はああいう人なので、気にしないでください」

「皆が知ってるなら話は早いっす。

男同士は籍は入れられないんで、精神的な関係どまりっすけど。

俺はガキ過ぎて、せんせにはまだ相応しくないけど、急いで大人になるっす。

待っててくださいよ」

 

ユノの言葉はチャンミンの胸にズドンと響いた。

天使が放ったハートの矢が、心臓にトスっと刺さったイメージさえ浮かんだ。

 

「ありがとう」

「せんせ~、泣かないでよ」

 

暗がりの中でも、ぼろぼろと大きな水滴がチャンミンの頬を濡らしているのは分かった。

 

「せんせは泣き虫だからなぁ」

「泣き虫じゃないです」

 

イチゴ飴を手にしたまま涙をぬぐうものだから、まぶたも鼻先もねばねばになってしまった。

 

「せんせを初めて見た時も泣いてたじゃないっすか~。

レンタル屋の前で。

めっちゃ泣いてたじゃないっすか~。

ったく、あいつは酷い男でしたね」

 

チャンミンが当時の彼氏と言い争いをした末、フラれてしまった夜の件だ。

 

「男を見る目が悪かっただけですよ」

 

ユノにからかわれて、チャンミンは拗ねた風を装った。

 

「ユノさんは違いますからね」

 

2人は再び歩き出した。

道路沿いには、レジャーシートを合羽代わりした者や、濡れるに任せる者たちが、雨上がりを期待して揃って空を見上げていた。

「雨よ止め」とばかりに空へ念力を送っているかのようだった。

諦めて元来た道へ引き返す何人かとすれ違った。

 

「俺...せんせといっぱい話がしたいっす。

せんせのこと知りたい。

せんせの昔の彼氏の話でもなんでも」

「普通は聞きたい話じゃないでしょう?」

「いや。

せんせは俺より年食ってる分、恋愛経験も豊富っすよね?

知らないのは不安、っていうか、変な想像しちゃうっていうか。

つまり、俺はせんせの過去の男たちに嫉妬するってことっす」

「しなくていいですよ」

「過去が気にならないほど大人じゃないんすよ~」

「僕もユノさんのことを知りたいです」

「じゃあ、手始めに...せんせの初体験は何歳でしたか?」

「ユノさんこそ、いつですか?」

「質問で返さないで下さいよ~」

「あ...」

 

チャンミンにつられて、ユノも空を見上げた。

気づけば雨は止んだようだった。

 

 

(つづく)

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