(最終話)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ひゅるひゅるひゅるひゅる…..。

 

口笛に似た音とともに、火の玉が空高く昇ったかと思うと、一瞬間姿を消した。

直後、星空と雲が半々の夜空に、巨大なまん丸が花開いた。

ほう、と息をのむ人々の表情まであからさまになり、遅れてすさまじい爆発音が田舎町一帯に響き渡った。

辺りが暗闇に沈んだかと思うと、すぐに第2発目が発射された。

より大きく弾け、遠くの山の稜線までくっきりと見えた。

周囲からは感嘆のため息がいっせいに漏れた。

 

「すごいっすね」

「ええ」

 

当初の予定では花火デートは翌週だった。

ところが予定が繰り上がり、チャンミンの地元で鑑賞する流れとなった。

生まれ故郷の小さな祭りに、恋人を伴って参加している。

1人きりだったら絶対に参加しなかった。

 

「これはこれでよかった...」

 

こぼれてしまった独り言に、ユノは「そうっすね」と答えた。

視野一面に広がる光の粒がパラパラと、瞬きながら落下してゆく。

発射台に火が付くんじゃないかと心配するほどの火花の数だった。

大輪の花は散り散りに消えていく。

消えてゆく先から次々と、新たな花が開く。

炸裂音は腹の底まで響き渡った。

花火に見入っているはずなのに、ユノの存在にも気になってしまい、よそ見ばかりしていた。

花火に見惚れているユノに見惚れていた。

周囲から歓声が沸き起こった。

 

「せんせ、今のニコちゃんマークでしたよね?」

「見えた見えた。

土星もありましたよね?」

「俺、柳みたいなやつ、好きです」

「僕も好きです」

 

チャンミンのまつ毛が濡れていた。

「また泣いちゃったよ」と、ユノは心の中でほほ笑んだ。

 

 

Eが連れてきた恋人と隣町から呼び寄せた親戚一家も加わり、夜の宴は大盛り上がりだった。

ユノは勧められるがまま酌に応えようとするから、見かねたチャンミンがそれらの誘いを断っていった。

アルコールにさほど強くないユノは、目をとろんとさせている。

 

「ふわふわするっす」

「あなたはお酒禁止です。

お茶飲んでください」

 

チャンミンはユノの為に大皿から料理をよそってやり、冷たいウーロン茶を注いでやった。

 

「せんせ、チューしてください」

「馬鹿!」

 

会場の一同は、甲斐甲斐しく世話をし、される2人が気になるようだった。

2人の仲を聞かされてはいても、実際に目の当たりにすると、珍しくもなんともない光景だとは見過ごせないものなのだ。

チャンミンは彼らの視線が気になって仕方がない。

ユノは居心地悪い思いをしているチャンミンに気づいていないのか、もしくは気づいていないフリをしているのか、この場を楽しんでいるようだった。

 

そろそろお開きかという頃、

「皆さま!」

 

ユノは大声と共に片手を上げた。

それはまるで、解答に自信満々の優等生がしそうな立派な挙手だった。

酔っ払いたちは何事かとユノに注目し、隣のチャンミンもポカンとした表情で、立ち上がったユノを見上げた。

 

「え~っと、皆さまに宣言したいことがあります」

 

ユノは咳ばらいをした。

 

「俺、せんせを幸せにします!」

「!!」

 

ユノの大宣言に、しんと場が静まりかえった。

 

「ご存じの通り、俺はせんせの彼氏です。

チョン・ユンホ、20歳。

未来ある青年です。

せんせを幸せにします!」

 

元の性格プラス、アルコールによって、ユノは大胆かつ怖いもの知らずになっていたのだ。

 

(ユノ~~!)

 

覆った両手からはみ出したチャンミンの頬は真っ赤に染まっていた。

 

パチパチパチ...。

 

最初に手を叩いたのは、妹Eだった。

静まり返っていた会場に、次第に拍手の音が大きくなっていった。

この場の雰囲気に流されていただけの者もいただろう。

けれども、公開プロポーズという花火を派手に打ち上げたことで、半ば強引に認めさせたことに成功した...と言ってよかった。

 

 

部屋を占拠していたガラクタを壁際に寄せ、ユノの寝床スペースを確保をした。

チャンミンの実家は幹線道路からも隣家からも離れており、音と言えばカエルの鳴き声程度、寝静まった家、隣はEの部屋。

性行為は危険すぎた。

 

「今夜Hするのは無理っすね」

「そうですね」

「せんせって声がデカいもん。

ぎっしぎっしベッドが揺れるし」

「......」

 

ユノはベッド下に敷いた布団に、チャンミンはシングルベッドにおさまっていた。

 

「泊りは2度目でしたっけ。

あれ、3度目でしたっけ?」

「2度目です。

1度目は...僕の試験の時でしたね。

ユノさんが夜遅くに駆けつけてきてくれて...」

「自転車でですよ?

凄くないっすか、俺?」

「凄いです。

嬉しかったです」

 

ユノはストレートに褒められたのが嬉しくて、くすくす笑った。

 

「そうだ!

帰りはどうします?」

 

2人は明日、帰路につく。

 

「どうしましょう。

あの道のりをユノさん一人で運転させるのは心配です」

「...あのね、せんせ」

「同じ車で帰りたいところですけど、お互い車で来ちゃってますからね」

 

往路はチャンミンはマイカーで、ユノはレンタカーだ。

 

「別々で帰るしかありませんね。

サービスエリアで落ち合うのを繰り返しましょうか?

ユノさんが心配なので」

「俺は赤ちゃんじゃないんすけど?

それから、1台の車で帰れますって。

あのレンタカーは途中で乗り捨てできるんすよ。

系列店に車を返却すればいいんす」

「便利ですね」

「と言うわけでせんせの車で一緒に帰れます。

途中で運転を代わることもできるし」

「......」

「無言っすか。

なんか...ムカつくっす」

「......」

「こんな会話、前にもしましたね」

「そうでしたっけ?」

「しましたよ~。

自動車学校の時からそうだったけど、せんせってちょいちょい棘のあること言うんすよね~」

「そうですか?」

「自覚なしっすか?

それよりもせんせ...俺に敬語はもういらないっすよ」

「ユノさんこそ、もっとフランクに話してください」

「せんせは年上じゃん」

「恋人なんだから、敬語は要りませんよ。

それから、『せんせ』じゃなくて名前で呼んでください」

「う~ん...それはできないっす」

「どうしてですか?」

「だって、せんせは『せんせ』って感じ。

『チャンミンせんせ』って感じ。

先生と教え子って、なんかエロくありませんか?」

「エロくありません」

「せんせこそ、俺にさん付けは要らないっすよ。

『ユノ』って呼んでください」

「恥ずかしいですね。

まだ無理みたいです」

「おいおいってことで。

せんせにお任せしますよ...ふわぁぁぁ」

 

ユノは大きなあくびをした。

 

「来週の花火大会にも行きましょ」

「ええ。

そのつもりでした」

「よっしゃ!

...ふあぁぁ」

 

ユノは再び、顎が外れそうに大きなあくびをした。

 

「寝ましょうか?

今日はいろんなことがありましたから、疲れたでしょう」

「はい...」

 

チャンミンは部屋の照明を消した。

 

「おやすみなさい」

眠る前にユノの顔が見たくなって、チャンミンはベッド下を覗き込んだ。

 

(もう寝てる...)

 

チャンミンはほほ笑んだ。

眠るユノも、唇の端に微笑みを残していた。

 

「ユノ...」

 

チャンミンはユノの名前を囁いた。

 

(おしまい)

 

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